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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #31
119/155

Part 31-3Distant Target 遥かなる標的

OWTC Bld. Lower Manhattan, NYC 20:10


午後8:10 ニューヨーク市 ロウアー・マンハッタン ワン・ワールド・トレード・センター



 まるで多くの惑星を従えながらまったく軸を揺さぶらせない太陽の様だとマリーは感じた。



 その凄まじい集中力と経験とデータが導き出す弾道に一片の曇りもなく、予定された現実を引き寄せる力量に泪があふれてきた。



 ルナから受け取っていたレイカ・アズマという女の知識がまったく一部しか認識してない事を思い知った。東という武家の家名が負わせた宿命に潰されるどころか、享受きょうじゅしわずか十五歳にして日本の弓道界のトップに立ち、24歳で初めてライフル射撃を覚えるなり1・5マイル(:約2.414㎞)先の標的を撃ち抜いていた。



 その歳からして2000ヤード(:約1829m)先の標的にワンホールで何発も撃ち込める圧倒的な自信。麗香にはブレットの自他すべての挙動が見えていた。いいえ、それは白銀の3D放物線。それを完璧に構築出来る類いまれない才能にマリーは鳥肌だった。



 自分が彼女と同じ十五の時にやっと600ヤードで一インチの範囲に弾丸を送り込める様になったのにとマリーはレイカの経験を実感しことさらに恥ずかしくなった。



 それにレイカは誰にも自慢することなく二マイルの距離でフィフティ・キャリバー(:.50BMG(12.7x99mmのヘビー・マシンガン用実砲)の俗称)をテロリストの頭部に撃ち込んでいた。



 信じられない!



 その弾道落差だけでも2414フィート(:約736m)もあるとマリーは知り、レイカがバリスティック・ソフトウェアに頼らずワンショットで撃ち込んだその直前に風の偏流だけでなくスピンドリフトで右へ744インチ(:約19m66㎝)も流され、冷え込んだ冬の空気の粘度からさらに150フィート以上もブレットが落ちる事すら手のひらにつかんでいた。その膨大な知識と経験と自信が意識に染み渡りマリーは一人のマークスーマンが自分に憑依ひょういした様に理解しつぶやいた。





「コンプリート──」





 そうマリーは言い切りすべてが流れ込み終りラピスラズリの瞳を丸くしたままアンとケイスが見つめている事に気がついた。



「大丈夫なのか、チーフ。顔色が悪いぞ」



 彼に尋ねられマリーはかぶり振った。



「わたし──なんでもないわ──ケイス、貴方の狙撃銃とアーマーピアシング全弾、それとレーザー・デジグネーター(:ミサイル誘導に使うレーザー目標指示機)を貸して」



 言った直後、意識に浮かび上がったレイカの知識から、ケイスが使う対物狙撃銃や実包に彼女が様々な手を加えている事を思い知った。



 技術で劣る彼が能力以上の狙撃が出来る様にとリップスティックの様に太く人差し指よりも長い弾頭が出来るだけシャイニー・タック(/.408 Chey-Tac:最も低伸性があると知られる弾頭)並みのフラットな弾道係数を得られる様に、マシニングセンターで加工し皮膚に刺さりそうなぐらい先端を鋭利に研ぎ澄ませただけでなく.416Barrett(/バレット:.50BMGの改良弾。2000ヤードでも音速を超える低伸性弾頭)と同様に砲弾状に外形やテール形状を見直し、もはや元の.50BMGとは似ても似つかないブレットに──マリーはパニックになりそうになり慌ててレイカの知識を締め出した。



「何を狙うんだ?」



 尋ねながら彼が狙撃銃をマリーの前にまわし出した。



「核弾頭よ」



 マリーがぼそりと告げるとケイスはバックパックから次々と電話帳の半分もありそうな弾倉を取り出す手を止めた。それを眼にしてマリーは彼に釘を刺した。



「余計な事は言わないで。一基はレイカが撃ち抜くわ。一基は私が」



 だが異を唱えたのは彼でなくアンだった。



「少佐、あんたまさか、ハンドガンぶっぱなすつもりで1/2インチ口径を撃とうとしてるんじゃないだろうなァ?」



 アンに言われマリーは今、余計な時間を彼女に費やしている余裕がないと言い切った。



「私、スナイピングに関してもレイカに退けをとらないから」



 そのさらりとした言い方に近接戦で圧倒的な自信を持つ彼女の青い瞳孔が収縮し信じ難いと寄せた眉根が無言で語っていたがアンは聞き過ごす事が出来ずに絡んだ。



「──でェ、そいつはァ何ヤード先なんだァ?」



2マイル(・・・・)(:約3.2km)先よ」



 言いながらマリーはエンパイアステートビルを意識した。



「はァ──!? マイル!? おいィ、少佐ァ!?」



 マリーはアンがこれ以上絡む前にウォール街の西突き当たりにあるトリニティ教会の斜塔へ手を振り上げ指差した。



「イズゥ・アル・サロームがもうブロードウェイのトリニティの前まで来てる。私が行くまで捜査当局や特殊部隊兵に渡さないで!」



 マリーに指示されアンは条件反射の様に個人飛翔装置をつかみ上げた。



「まァっ、任せろォ──ただしィ派手に(・・・)撃ちまくるからなァ!」



 念押しするように告げたアンを彼女が胸の前に下げたはち切れんばかりのバックパック越しにマリーは抱きしめ彼女のヘッドギアの外から声を掛けた。



"To many men have died tonight."(:もう、誰も殺さないで)



"But, Never hesitate."(:だけど躊躇ためらっちゃダメよ)



"And, Hold on, Ann."(:死なないで、アン)



"F, Fo, Foolish ! So things are less simple tonight ! l'm real good at crapping the crappers."(:ばっ、馬鹿野郎! そんなに簡単にいくかァ! クソ糞野郎にはクソを見舞うぜェ!)



 いきなり暴れる様にマリーを振りほどき飛翔装置を起動させながらアンは展望台の屋根から跳び出した。彼女を追うようにケイスが一度マリーに振り向き立ち上がるファンネルの甲高い音を引き連れ外へ駆け出した。



 マリーはケイスの姿がネオ・ゴシックの斜塔目掛け降り続く雪の先に見えなくなると、展望台の屋根に両(ひざ)をついて大きな狙撃銃を手にした。



 マリーは手慣れた銃器を扱う様にGM6 Lynx狙撃銃のストック下に突き出した大きなマガジンを引き抜き、劣化ウラニウムの特殊徹甲弾が五発ローディグされた弾倉を叩く様に押し込み、ハンドガード先に独立したバレルロック・システムのリリース・ボタンを片手で叩いた瞬間、縮体していた磨き込まれたバレルが勢いよく伸びる切ると初弾が装填された。



 アンやケイスには二マイルと告げたがエンパイア・ステート・ビルまで実際はもっと遠いとマリーは理解していた。だが自分がやるしかない。マリーは過去に叩き込まれたボルトアクションを素早く操作するためのスタンスを選ばず使う狙撃銃はセミオートで連射するのだからとレイカの経験から腹這いになり狙撃の衝撃を逃がせる様に狙撃ラインに対し左へ二十度ほど身体を逃がした。そうしてまずレーザー・デジグネーターを傍らに引き寄せると電源スイッチを入れスポッティング・ビューワーをのぞき見た。十倍の倍率があるはずの接眼レンズに浮かび出たクロスヘアーの中心の先に目標のビルを探した。あふれる光の湖にわずかに突き出た鉛筆の尖った芯ほどのエンパイア・ステート・ビルが見え同時に距離がファインダーの右隅に緑色で表示された。



 4970yd.(:約4545m)!!



 その距離に怖じけづいた。



 使う高性能の弾薬でも弾道落差が2317フィート(:約706m)もある。水平に撃てばエンパイアステートビルの遥か地下に落ち込んで行く。



 だが瞬間マリーにかいま見えたのはレイカの記憶だった。イスラマバードの陽炎の踊り狂う荒れ地で5000ヤード(:約4572m)以上の距離を逃げるテロリストの車のタイアを後ろから撃ち抜いていた。なら自分にも出来るとマリーは狙撃銃のシュタイヤーの四十倍スコープの乗った可変アングルのロックを外し、最大の角度を持ってスコープの対物レンズを下げロックした。



 そうして積算されるアングルに上乗せしてスコープのエレベーション・ダイアルを回し弾道内に少しでもスコープの視界が近づく様に調整しようとしてマリーは苛立ち、どのみちエンパイアステートの避雷針の遥か上の吹雪を狙わなくてはならないのならスコープの倍率をズームダウンして十倍に下げる選択をした。



 次に、雪の流される風向きと風速から考えられる偏流と弾頭の回転からくるスピンドリフト量からウィンテージ・ダイアルを回し律儀に修正すると、クロスヘアのイルミネーション・スイッチを入れ、ストックのバットプレートを右肩に引き付けその下ストック後端を抱きかかえる様にひじを大きく曲げた左手の人差し指と親指の間で支えた。



 そうしてバイポットを押し出す様に狙撃銃を構えスコープのアイカップから瞳を七インチ離し接眼レンズをのぞき見た。修正値のMil(:ミル。火器用照準角度単位の一つ)量はすべてレイカの射撃データを完全に信頼していた。



 赤く浮かび上がったレティクルが途切れ交差してるはずの中心を指すウェッジマーク(∧)の先端に見える光のビルをじっと見つめながら目標が気休め程度にしか見えてない事にマリーはプレッシャーに圧し潰されそうになった。



 ビルが極細のシャープペンシルの先端ほどにしか見えてなかった。この状況でビルのどこにレーザーが当たっているかなんてまったく見当がつかない。パティに言いアリスにビルの壁面をと意識した刹那、マリーの脳裏にその壁に赤々と輝くレーザーの光点が見えた。












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