Part 31-1 Means 手段
I-Temp Bld. Midtown Manhattann, NYC 20:05
午後8:05 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン アイ・テンプ・ビル
そのビルの狭い屋上が迫って来るとやっと空中から解放されるという期待と同時にあのわずかな場所へうまく着地出来るのかとルナは別な意味で緊張しだした。
着地直前、腹下に吊り下げていたコンバットバッグを右手だけでカラビナから解放し外し落とすとルナはファンネルの出力をわずかに上げ降下速度をほとんど相殺し屋上に両足を着くなり個人飛翔装置のショルダーベルトから逃れる様に両腕を引き抜いて壊れるのを覚悟で背後に乱暴に脱ぎ落とした。
そうしてコンバットバッグをつかみ上げると屋上出入口の鉄製のドアに駆け寄った。
ノブへ手をかけ回したがロックされておりルナは眉をしかめた。鍵の解除ツールは持っていたが時間が惜しかった。
彼女は右手で太股のホルダーからP90を引き抜くとデッドボルトが入り込んでいるコンクリート壁目掛けフルオートで銃弾を二十発以上撃ち込んだ。
戦術指揮官の自分が作戦現場でこんなに撃つのは初めてだと彼女が思っている目前で蜂の大群が翔んでいる様な音と共にコンクリート片が舞い散り弾倉の半分も撃つとデッドボルトがむき出しになった。
ルナは短機関銃を太股に戻しドアを引き開くと中へ駆け込んだ。
そうして短い通路を走ると別な通路に突き当たった。ルナは左右を見、両側にドアを眼にするとすぐにパティを意識し少女を呼び出すとアリスに“ドアの先を”と命じた。左のドアの先に二つの大きなワイヤーの巻かれた大きなドラムが床に固定されていて、それに連結されたギヤーボックスやモーターが見えそこがエレベーター機械室と分かりドアに駆け寄った。
彼女は急いでノブをつかみ回すとロックされておらず乱暴に引き開けた。
部屋の広さはテニスコート半面ほどで中央より右手にエレベーター・ワイヤの巻き取りドラムシステムがあり、部屋の奥壁に近い場所には大型冷蔵庫を四台並べたぐらいの鉄板の箱があった。あれがキュービクルだとルナは部屋を横切り箱の裏手を覗くと大きなリュックサックが床に置かれており上部の開いた口から金属製の三角錐が飛び出していた。
「多目標再突入体だわ!」
言うなり彼女はリュックに歩み寄ると片側にコンバットバッグを下ろし床に片膝をついてその三角錐を間近に見た。飛び出しているのはリュックの大きさから全体の五分の二ほどだと判断し、リュックから引き出さない事には話にならないと思い、なら、引き出せるかと瞬時に考え、またパティを呼び寄せアリスにリュックの中を見せる様に命じた。次の瞬間、彼女は見えた物に息を呑んだ。
投射体からリュック内の四方へ数本のコードが渡してあり明らかにトラップの類いだった。一本でも断線させれば起爆する可能性があった。それだけでなくさらに投射体の中間表面にはチーフの話していた携帯電話が三つも並んで取り付けてあった。しかもそれぞれの携帯電話から投射体へ六本のコードが平行に連なった配線が引き込んである。
それらの意味する事を推察し始めて、まず彼女は三つの内二つが予備だと考えた。だがトリガーが増えればそれだけ誤爆の確率が高いと思った。リュックにトラップを仕掛けた奴だ。用心深さの点からは受信装置が三組は多すぎると予想した。
一つがトリガー受信用、一つが予備。なら、もう一つはなんだろうと考えルナはふと送信用に一つ回線を組んであるのではないかと思いついた。
送信すべき理由に何かしらの別なトラップの匂いを感じた。
だが肝心の核爆弾はここにある。リュックから取り出した時点で起爆するなら送信する必要はない。
いいや、リュックのトラップを解除して投射体自体に手を加えようとしたら発信し遠隔操作で起爆させるのか?
そんな面倒な罠はあり得ない。望むのは自動で起爆に至る守りだ。完璧である為には──ルナはふととんでもない事を考えてしまい、意識から締め出したい欲求にかられた。
本当に核爆弾はこれ一基なの?
その疑念に迷いを感じた矢先にチーフの意識が流れてきた。
────ルナ、核爆弾がもう一つあるわ。突入体外部に付いている携帯電話を見た?
そうチーフに言われルナは瞳を大きく見開き、やっぱり一基ではなかったのだとここ数日迂闊に立ち回っていた事を悔やんだ。だがやるべき事は一つ。核爆弾を起爆出来なくするのみだと意識を集中させながら二基の爆発物を解除する方法を考え始め呟き意識をマリーへ送り出した。
「はい、チーフ。まだ手を出していません。三つの携帯電話の意味を考えていました。解除手段を考察中です」
────一つずつ携帯電話を切り離したらどうかしら?
そうチーフが提案してくれた。
駄目よ。それを退ける為に余分な配線が仕組まれているのだから。
三組の携帯電話で恐らくは二基の核爆弾がリンクする様に仕組まれている。連動して起爆させるか、一つを解除させた瞬間にもう一つへ起爆送信するのだとルナは理解した。
「こんな仕掛けを弄する輩です。それは考慮して対策を仕掛けてあるでしょう。携帯電話から突入体のケースに入ってるパラレル・ハーネスの六本線は携帯電話三組とも同じ仕様です。三つ一組の携帯電話が相互干渉するようにするなら、ハーネスの四本はトラップの危険性大です」
説明した直後チーフの意識が沈黙した。ルナはその間にも何かしら解除方法はと考え目まぐるしく様々な手段が頭の中に駆け回った。こんな面倒な仕組みをと考え、もしや考えた奴はそこに自信を持ったのではと予想した。
ルナはまたパティを呼び寄せアリスに“投射体の外郭パネルの裏を”と命じた。見えた瞬間にルナは三角錐の湾曲した外板の裏には思ったとおり何の細工もされておらず断熱材と内側の二重構造のパネルがあるだけだった。
だがやはりパネルの固定スクリュウの先端とパネル裏に溶接されたナットにも配線が渡してありどちらもコードの被服が剥かれ銅線が鎌首をもたげていた。
スクリュウを弛めた瞬間に接触し起爆するのだとルナは眉根を寄せた。
ならパネルを切り開くのは可能かと考えたが恐らくは二枚の厚手チタン合金の素材を易々と切る道具がないとその案を投げ捨てた。
切り開けないなら孔を穿てば良いのかと即座に別な手段を繋げたが、その“ホール”という単語に何かを思いつきかかりとんでもない事に気がついた。
「チーフ、一つ方法を思いつきました」
────何に、ルナ!?
マリーはすがりつく様に尋ねてきた。
「コイントスになりますが、コアを直接起爆不能に──」
説明しながらルナは水爆の構造を簡略的にチーフへ意識してみせた。
────そんな事が可能なの?
そうマリーが問い返してきた直後ルナは説明を加えた。
「ええ、水爆を起爆させる為の外郭の原爆の圧縮用合成爆薬の数十枚の内一枚を取り除ければ、球体に対する均等爆縮が起きず確率フィフティで水爆も起爆出来なくなります。ただ、その為には突入体のパネルを開かないと合成爆薬に細工が出来ません」
直後ルナはパネルの固定スクリュウに渡されている配線を困惑げに意識した。
────パネルに細工がしてある可能性が高いと?
そうチーフに問われ可能性ではなく事実なのだとルナは思った。それを説明するのももどかしく彼女は端的に言い切った。
「ええ、チーフ。私ならスクリュウ一本でも抜いた時点で起爆する様に細工します。そこで相談なのですが、コアを銃でパネルごと撃ち抜くというのはどうかと?」
────本気で水爆を銃で撃ち抜けと言ってるの?
問い掛けに十分過ぎるほどのマリーの不安が付いてきた。
「本気です。ただし我々のP90やFive-seveNでは駄目です。使う小型高速弾はチタン合金プレートは撃ち抜けますが、コアに届く前にスピンするでしょうからコアの合成爆薬を剥ぎ取れるほどには破壊効果が得られません。それに二人の人間が操る普通の銃では完全な同期がとれませんから、射撃システムをリンクさせたビームライフルで二基のコアを同時狙撃したらどうでしょうか? それですと破壊差は最大でも一万分の数秒しか起きませんから相互起爆装置が作動するであろう千分の数秒よりは一桁速く解除出来るかと」
ルナは説明しながら、もうそれしか手段はないのだと追いつめられた気分になった。
『それは駄目よ。今しがたハントのビームライフルが作動不良で規定の出力値が出ないと言ってきたの』
マリーにそう告げられた刹那こんな時にとルナは絶句した。だったら何をと混乱仕掛かった頭で懸命に代替え案を模索し始めた矢先にチーフから驚く様な事を告げられルナは心臓が跳ね上がった。
────そちらの一基をレイカがビームライフルで、一基は私が狙撃し破壊するわ!
「マリー──狙撃って!?──どのビルなんですか!?」
────エンパイアよ。
そう教えられルナはチーフの下り立ったOWTCからエンパイアステートまでの距離を即座に意識し暗算した。
概算で二・七マイル(:約4.5㎞)もある事に気がつき不可能だと即座にマリーへ抗議しかかり、確かケイスが狙撃銃GM6 LynxとSAP(:特殊徹甲弾)を携行していると思い出したが、いくら12.7x99mmの特殊アンチマテリアル弾でもその距離で、しかも壁越しに正確に狙撃するとなるとレイカ以外に適任はいないと気がついた。それにビームライフルとの同期はどう取るのだとルナは焦った。
「マリー、貴女には無理よ!」
そう伝えようとしてチーフに意識が繋がっていない事に気がついたルナは即座にパティを呼び寄せチーフに繋ぎなさいと命じた。だが少女が伝えてきた事実にルナは困惑した。
────ルナ、マリーに繋がらないの!
────ありえない!
ルナがその意味を理解し即座にヘッドギアのフェイスプレート下部にあるマイクへボイスコマンドでマリーへ無線を繋ごうと命じた直後、彼女の背後にアサルトライフルを手にしたアハメド・バーハム少佐が息を切らして現れた。