Part 29-1 Snowy Rooftop 雪積もる屋上
The Unhted Nations HQ Bld. East Midtown Manhattan, NYC 20:00
午後8:00 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン東地区 国連本部ビル
マンハッタン島中部の東イースト・リバー岸頭に建つ国連本部ビル屋上にほとんど身動きしない二人の人影があった。
その影も背中や足に積もったなだらかな雪がわずかに生み出す微かなものだった。
二人はそれぞれがビルの一段高くなった縁よりわずかに上に身体を持ち上げ支えるリフトベースに身体を預けプローンポジションに近いスタイルで対戦車ライフル並みのHPBR(:高出力ビームライフル)を構えてすでに五十分になろうとしていた。
『なあレイカ、パティとアリスは最高のスコープでスポッターだが、あんたが離陸した旅客機に乗り込んだハイジャッカー三人を狙撃したときどうやってリードを算出したんだ?』
ハント・ストールはセル・リーダーに問い掛け少し汗ばみかけた胸板に不快感を抱きバトルスーツのヒーターの設定を下げた。
『ビームライフルに必要なのは重力によるエレベーション偏差だけよ。スピンドリフトも無いしコリオリ偏差は数マイルなら無視できるわ。あとは水蒸気とダストによる減衰の算出だけが重要になるの。いずれもAAS(/Aimimg Assistant System:照準補助装置)が補正値を出してくれるじゃない』
右隣で伏せているレイカ・アズマが取り立てて大切な会話ではないので近接無線通信でそう伝えてきたがハントは納得できなかった。
『嘘だろ。二マイルであんた1/5MOA(:約5.08mm)にビーム全弾収めるのに同じ装備で俺は2MOAなんだぞ。教えろよレイカ、なんでそんなにぶれない』
問われてスターズ・ナンバーワンのマークスマンはフェイスガードの内側で一瞬微笑んだ。“ぶれる”──そうなのだ。矢であれ弾丸であれ振動しながら飛んでいく。
重力や回転、地球自転、弾体の振動などが影響する様々な偏流が与える軌道は変化にとんでいる。それはビームとて変わらず、空気のうねり一つで上下左右に鞭の様に波打つ。まるでプリズムの中で向きを変える光と何ら変わらないのだと彼女は意識した。
そうロサンゼルス国際空港で爆発物を持ったテロリストがコクピットの機長席と副操縦席の間に立ち離陸を強要していたあの瞬間、滑走路敷地外の西にあるハイウェイのさらに外側の丘陵地の頂きにあるVORTAC(:超短波全方向式無線標識施設)の傍の小さな設備建物の焼けたコンクリート屋上にプローンで伏せ狙撃した時に確信した。
二分の一インチ口径(:直径約12.7mm)もある対マテリアル・ブレットが二マイル以上という距離に風に流され空気のうねりに脈動し重力にとんでもなく引きずり落とされてなお、旅客機のセンター・ピラー越しにAOI(/Angle of impact:命中入射角度)の合成ベクトルがターゲットの頭部と後ろでキャリーアテンダントともみ合う男の頸椎を撃ち抜いた瞬間。
軍から派遣されたマークスマンが二人も犯人の狙撃手に殺された後、皆が条件に躊躇し急遽抜擢されたスナイピング・インストラクター以外の初狙撃仕事で初めて人を撃ち殺した静かな衝撃。
あれがフローラ・サンドランやこの私設特殊部隊と出逢う引き金となったのだと彼女の意識に過去が流れ込んだ。レイカはもうそろそろハントを次のステップに引き上げる頃合いだと思い彼に答えた。
『いいわ、この任務が終わったら新しい技術をコーチしてあげる』
彼女がそう伝えた直後だった。セカンド・スナイパーがとんでもない事をレイカにこぼした。
「レイカ、まずい。ビーム・リフレクターの補正値が基準値を超え始めた」
それを聞いて彼女は瞳を細めた。ビーム・ライフルは繊細な機械なのだ。絶えずこの様な状況になると念頭にはおいていた。
こんな冷え込む夜だ。予測外のファクターで反射器が正常に機能しないなら彼のライフルから十分なビームを射撃出来ないという事を意味していた。