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衝動の天使達 1 ─容赦なく─  作者: 水色奈月
Chapter #28
106/155

Part 28-2 Promise you 約束するわ

In the Sky, NYC 20:00


午後8:00 ニューヨーク市上空



 ファンネルの巻き上げた爆風が凄まじい量の水を滝のように降らせ続けプレキシガラスを叩きつけていた。



 キャノピーの前方をにらみつけながらヴィクトリア・ウェンズディは大きく息を吐いた。



「ヴィク──ここ、川の中──なの?」



 副操縦席にちぢこまりアリスが流れ落ちる水を見つめながら尋ねた。



「違うわよ──ハミングバードに潜る機能なんてないから」



 ヴィクがそう言うと水の切れ目から川岸の建物の照明が幾つもにじみながら見え始めた。



「アリス──後で新しいチーフに報告するとき私が空から降りてきたダイバー達をかわしたせいだと一緒に言ってちょうだい。じゃないと三百九十万ドルもする装甲車、私が弁済しなきゃならないから」



「だいじょうぶだよ、ヴィク。わたしも見たもん。皆、四つ目のナイトゴーグル着けてヘッドギアの後ろにピカピカとライト光ってたよ」



 アリスに励まされ、そういえばこの子も可視光外の光を見る事が出来るのだとヴィクは思いだし、ならばダイバー達は特殊部隊兵だと結論づけた。



 それでもこんな雪の日の夜間に大都市にフリーフォールで降下するなど正気じゃないと思いながら機体を上昇させ始めた。早く上空に機体を隠さないと、地上近くでランプ・ゲートを爆破解放したのと派手な水飛沫がきっと何人もの眼にとまったはずだと思った。



 高度計が百フィート(:約91m)を超えた時、操縦室後方の階段をやかましく誰かが駆け降りてきた。



「ヴィク、フローラ達のビルに──くそっ、名前が分からん! とにかく戻れ!」



 ヴィクが振り向くと髪がずぶ濡れになったアンが予備席の背もたれにつかまっていた。まさかカーゴルームまで川の水が入ったとは考えられなかった。



「なんで!?」



「パティが息してないんだ! 早く戻れ!」



 一瞬、ヴィクは唖然となり仲の良い少女の事が心配になったが操縦を放棄出来ないと奥歯を噛みしめ堪えた。それに珍しくアンがパティの事を心配していると気がつきながら彼女は機体を旋回させ始め、パティが溺れるほどは後部を川面かわもに浸けなかったと眉根を寄せた。



 いくらピンチでも機体の挙動は完全に掌握していたはずなのにと思いながら、新しいチーフに言い分けがましい事はあまり言いたくないのにと降下してきた特殊部隊兵達を呪った。









──言い切ったわ。マリア、あなた、なに者なの?



「私は──わたし、マリア・ガーランド──よ。それ以外の何者でも────」



 パティに問われ答えている事が本当にそうなのかとマリーは自らに投げ掛けてしまった。彼女の返事に少女は驚いた面持ちになったが表情を引き締めた後にまたマリーへ意識が流れ込んだ。



 それは分かってるの。私を引き戻せたあなたなら──きっとできるわ!


 マリーは少女が、あなたなら核爆弾の危機を皆から拭い去れると言いたいのだと思った。その瞬間パティが強く射し込んでくる意識で否定した。



 ちがうの! マリア!


 ミュウは──ミュウ・エンメ・サロームは望まずして核爆弾の運び屋をやらされたの。



 叔父に──育ての親であるイズゥ・アル・サロームに何も知らされず利用されたの。そのことが彼女の心に深く突き刺さっている。それを取り除いてあげないとせっかく助けた彼女はまた死を選びかねないわ。



 そう言われマリーは、なら、強制してでも、脅してでも、イズゥに謝らせれば丸くおさまるのかと考え、それでミュウが安らかになるなんてないと困惑した。



「私にどうしろと──」



 戸惑うマリーは意識しながらつぶやいた。分からない。テロリストなのだ、聖戦(ジハード)の兵士として核爆破で私達の街を焼け野原にしようと固執する男をどうやったら?



 二人の様子を見ていたケイスがパティはもう大丈夫そうだと判断し少女のバスタオルを隔壁のフックから手にとりマリーへ手渡した。マリーは受けとり彼へ顔を向けるとケイスは何かしら問いかけたな表情を含んでいた。



 あなたなら、何とかできるわ。だって彼女とわたしをあのなにもない世界から引き戻せたから。わたしは──そう信じて──疑う理由なんてないの!


 そのくもりなき願いを聞き続け、いきなりマリーはパトリシアをバスタオルで包み抱きしめるとはっきりと告げた。



「まかせなさい。なんとかするから!」



 彼女が少女を抱きしめたその時、操縦室から戻ってきたアンがパティを見下ろし下目使いで吐き捨てた。



「心配させやがってェ、バカたれがァ!」



 ガンファイターを見上げパティは苦笑いを浮かべたがアンは顔を背けてしまった。マリーがパティを肩につかまらせ立ち上がらせ少女を端の椅子まで連れていき座らせるとケイスが彼女に尋ねた。



「チーフ、パティのリンクなしで全員の指揮を統轄とうかつできるのか?」



「リンクなし? 大丈夫よ。パティ、皆を私につないでくれるでしょう?」



 ケイスに問われマリーは少女に確認した。



「大丈夫よ、チーフ。いまなら本当に機械を使わなくてもあなたを皆にリンクできる。もっとたくさんの事を──ああ、とんでもなく遠くまで見渡せる」



 言いながらパティは身体に回したバスタオルを前で握りしめた。



「パティ、それなら皆に私をつなぎながら情報収集も出来る?」



 マリーに尋ねられ少女は首を横へかたむけた。



「イズゥと他三名の最新の行動、あとNSAや、FBI、警察が──捜査当局がどんな捜査でテロリストらを追いつめようとしているかを探って。効率良くよ」



「まかせて、チーフ。短くやる」



 そう答えパティは集中するためにまぶたを閉じた。その様子を見ていたマリーへケイスが問い掛けた。



「チーフ、貴女は少佐と“呼ばれてた”と言ったな。それじゃ、軍籍はなかったんだな」



 ケイスは装甲車が動き出すトラブルの前にアンがチーフと話していた時から気になっている事をいきなり突きつけてきた。



「あるわけないじゃない。だって五歳の時からサンディエゴにある彼らの訓練施設が私の遊び場だったから」



 それを耳にしケイスが怪訝な表情を浮かべた。



「だが──シールズの連中が貴女の事を少佐と呼んでたくらいなら“一目”おいていたんだろう。その理由は、貴女も、少しは同じ訓練を受けていたという事なのか?」



「少し? 少しどころじゃないわ。基地内の学校に行く時以外はすべて同じ訓練を──それ以上を寝る時間も取り上げられて何もかもやらされたわ。初めてガバの分解組み立てを叩かれながらやらされたのが六歳よ! 信じられないでしょ!」



 ケイスは軽く口笛を吹くと眉根を上げた。



「十代前半でシールズの訓練をこなせてたなんて狂気の沙汰だぞ。チーフ、貴女の親父さんてもしかしたらマイクか? マイク・ガーランドなのか?」



「ええ、海軍大佐の。今でもシールズ達の総指揮官よ──それがどうかしたの?」



 吐き捨てるようにマリーはつぶやいた。



「ああ、それなら知っている。SASが合同訓練を行った時に会ったが、軍人の塊みたいな男だな。なるほどな。幾らかつかめてきた。だけどチーフ──」



 マリーはこの上、何を言われるかと怪訝な表情を浮かべ彼を見た。



「“言われていた”と言ったな。いつ部隊を抜けた?」



「十年前よ」



「実戦経験もなく、しかも十年も経ったなら、チーフ、貴女は残念だが錆びついているかもしれない。現場で立ち往生するぞ」



 遠回りに現場から──一線から身を退けと暗に言われているとマリーは感じ、ケイスが突きつける現実に黙って肯定するつもりはないと心がささやき否定する言葉が口をついた。



「錆びつくもんですか──実戦──あるわ」



 ぼそりとマリーが吐き捨てた言葉を耳にしケイスはそんな年齢でどうして戦場なんかにと考え直ぐに問い返した。



「何処に? 何の作戦だ?」



「ベッカー高原でシリア軍相手に──」



 マリーは視線を逸らし絞り出す様に答えた。



「どんな規模の? 遊軍は?」



「私一人でテロリスト・キャンプを殲滅し、機械化歩兵部隊二大隊相手に」



 マリーはぼそりと説明した。



「えっ、何だって!?」



 ケイスが初めて声に驚きをにじましていた。



「一千人相手に白兵戦を経験したのよ!」



 彼女が言い切った直後それまでケイスと新任のやり取りを黙って聞いていたアンがいきなりマリーに飛びつき抱きしめた。



「少佐ァ、あんた気に入ったぜェ! やっと見つけたァ! あんたみたいな奴をォずっと探してたんだァ!」



 マリーに頬擦ほおずりしてくるアンを押し退けようとマリーはじたばたした。



「チーフ、貴女の親父さん本気で──」



「ちっ、違うわよ。父はテロリストキャンプの狙撃に私を、さぁ、参加させただけよ。仲間が撃たれて、にっ、逃がす為に──アン、離れなさい!」



 アンの腹にひざを当ててマリーは抱擁から逃れようとしたが彼女が話すほどアンの抱きつく力が増していると感じ焦った。



「──私一人で撹乱かくらん戦をやったのよ」



 マリーがケイスに訴えると彼はじっと彼女を見つめた。



「私ィ、あんたみたいな奴がきっといるとォ信じてたんだァ!」



 ケイスは目の前でアンがしがみつく新任がどこまで驚かせてくれるのだと呆れていた。



 娘を軍規に反して十代で軍務に着かせた父親もどうかしているが、SASの古参兵士ですらそんな遮蔽物もない荒れ地で大多数の敵兵に取り囲まれる状況に堪えられるのかと鳥肌だった。自分なら──自分で銃口を眉間に押しあて引き金を引いてしまうかもしれないと思い、新任が何かを誇張している様な感じはまったくなかったと判断したがその事実をどううけとめたらいいのか困惑した。



 それをさらりと話すマリア・ガーランドという女がアン並みの、いいや、それ以上の狂気を内包しているという事を彼は初めて危惧した。



 その途端にマリーはいきなりアンを投げ飛ばした。カーゴルームの床に仰向けに投げ飛ばされ、アンは猫の様に素早く身体を回して身体を起こしまた飛び掛かろうと身構えとんでもない事を口走った。



「えェへへっ、あんたはァ私のものだからなァ、少佐ァ!」



 そのどうかしてしまった女へ右手の手刀を突き出し腰にもう一つの手刀を構え両足を斜めに開き回り込もうとするアンを警戒しながらマリーは言い放った。



「アン、あんた本気で叩きのめされたいの?」



 マリーの利き腕とは逆向きに足を繰り出すアンは上目遣いで左腕で唇の端をぬぐって片方の口角を吊り上げた。



「いいねェ、やってみなよォ、少佐ァ──金輪際、俺はァあんたの事を諦めたりしねぇからよゥ」



 二人を見ながら、ケイスはアンをたった数時間でここまで惹き付けてしまったマリーの別な面を見いだしていた。



 フローラ・サンドランですら狂暴なアンを懐柔出来ずに使いこなせる迄に半年も悪戦苦闘していたのに、アンがこれほどマリーへ異様な執着を見せているのはきっと引き合う何かがあるのだと思った。



 いきなり貨物室の後部に航空機衝突防止灯の光が流れ三人が振り向くとビルの屋上に立つフローラ達が見えた。



『どうしたの、マリー?』



 フェイスガードを引き上げたままのフローラがにらみつけていた。その彼女の意識が流れ込みマリーは思いだしパティへ振り向いた。少女はバスタオルを身体に巻きつけ端の椅子にちょこんと座ったままで電子ドーピングシステムも使わずにマリーに命じられた探索を続けるだけでなく、部隊の他の者達とマリーをリンクさせ続けていた。



 なんでもないわ! トラブルは回避したから!


 マリーが強く意識するとフローラがさらに眼を細めた。



『少しでも油断するようならあなたを引きり落としてやる』



 突然流れ込んだ思考がフローラのもので間違いないとマリーは唖然とした。まさかパティがリンクしていると知りつつ彼女がそう意識したのかとマリーは考えたが、パティがそんな混乱させる様な事を見せるはずがないと戸惑った。そうしてマリーはフローラの思考を閉め出す様にヴィクを意識した。



 ヴィク、WTCのワン・ワールド・トレード・センターへ向かって。



『了解、チーフ』



 マリーは即座にヴィクの意識を感じ取ると、見る間に1585ブロードウェイ・ビルの屋上が流れ去りビルの照明の海が広がった。



「ケイス、アン、装備を用意しましょう! 三人でイズゥに対応します。戦場に降下するわよ!」



 マリーが明確に告げるとアンは彼女に流し目を残し、座席の下から自分のアリスパックを引き出しに掛かり、ケイスも同じ様に座席の下からコンバットバックと内壁のラックからゲパードGM6リンクス(/Gperd GM6 Lynx)狙撃銃を取りだし、離れた内壁に半埋め込みになっている個人飛翔装置を引き抜いた。



 マリーはその初めて眼にしたレシーバーに対して銃身の短過ぎる狙撃銃がブルパップなのかと異様に見えた瞬間、ルナの知識からハンガリーのものであり、どうしてレミントンやバレッタみたいなスタンダードなライフルを使わないのかと思いルナの知識があふれそうになり意識を他に振った。



 マリーは身に付けている物以外に自分の手荷物がないので自分とアンの分も飛翔装置を用意し、後の開口部へ視線を向けると街灯に浮き出ている巨大なOWTCのビルが見えてきた。



 錆びついているかどうか試してやる──そう思いながら二人の先に立ちマリーは気持ちを引き締めた直後、またしても他人の意識が流れ込んできた。





 一千の兵と斬り合った時にィあんたは何を感じたのかよォ? 気持ちは昂ったのかァ? 何を望んだのかァ、ぜひ知りたいなァ、少佐よォ。







 アンが後ろからあまりにも強い獰猛どうもうともいえる視線で見つめ舌なめずりする様な感覚まで伝わってきて、マリーはパティがなぜこんなに何もかもリンクし続けているのか理解しかねた。












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