Part 27-6 My Anger 私の怒り
Safe House of CIA Midtown Manhattan NYC NY, U.S. 18:30
午後6:30 合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市 マンハッタン ミッドタウン CIA工作拠点
放心しきったマホバ・シンジャール中尉からもう何も引き出せないと分かっていながらいたぶる手を振るい続けたのを止めさせたのはルイスだった。羽交い締めにされ捕虜から引き離されなければ、パメラはひと一人殺めていた。
そうして彼女はロフトのテラスに出て吹きつける雪の中に佇んで熱を冷ましていた。一線から身を退いていたのは自分を押さえきれない何かを恐れたからに他ならなかった。
衝動一つとるならテロリストと何ら変わりはしないと現場に背を向けていたのに魔の一刻に針が進み出るように呼び戻された。
事が想いの様にならぬからと苛つきをぶつけたのだと自嘲し心臓が落ち着いたころにはすっかりと身体の芯まで冷えきっていた。その塊を揺すぶられパメラはスーツの左胸に視線を向け、どこからだとバイブレータが唸り続けるセルラー・フォンを内ポケットから引き出した。
はいと冷たく返事をすると知っている声が耳に届いた。
『サダム・ギラ・アラークのネストをうちの者が確認した。今、本人はいる。だが一つ問題がある』
事が思い通りにならないのは今に始まった事ではないとパメラは瞳を細めた。
「障害はなに?」
『デトロイトへSADを派遣するのに三時間は掛かる。確認に行っている局員は二人だが強硬作戦の経験がない』
そんな遠くにアラークはいるのかと意識した次の瞬間には、冷戦が終わり世界は穏やかになったと震える瞼で考え続けた。
ところがだ!
世界中に不正規戦が蔓延する事になったのに中央情報局のエージェントが二人もいながらそろって実戦経験がないなんて泣き言は聞きたくなかった。だが、パメラはその二人がしくじりアラークを逃がす事にでもなれば取り返しがつかないと崖っぷちで判断した。
「分かったわ。FBIを動かします。彼らのミシガン支局の強行班にその二人を同行させ拘束後その場で尋問させなさい。手荒な事をしてもかまわない。緊急に核爆弾の場所を聞き出すこと。FBIにリークするから住所を教えて──」
マクリーン本部の分析官がミシガン州ランシングでの住所を伝え監視に当たらせている二名への連絡は了承したと告げた。
パメラは一度通話を切りセルラー・フォンのアドレスからD.C.の連邦捜査局本局の番号を選び通話アイコンに触れ、呼び出し二回で一職員が出ると彼女は身分を告げ長官へまわす様に頼んだ。十秒と待たされる事なく内線が彼に繋がった。
「──私は中央情報局の西アジア・ロシア情報統括官のパメラ・ランディと申します──ニューヨークの事案に関して非常に重要度の高い緊急なお願いがあります」
返事は短かった。FBI長官とは面識がなかったが余計な口を差し挟まない男で助かったと彼女は内心思った。
「──テロ計画者の潜伏する隠れ家を見つけましたが、ご存知の様に我々には法制上国内で貴殿方の立ち合いなくして行動が出来ません──」
彼がCIA長官を通せと言い出さないかパメラは一か八かだった。だがFBI長官は短い相づちを返しているだけで耳を傾け続けてくれた。
「そこでお願いしたいのですが貴殿方で隠れ家を急襲していただきたい──そうです。テロリスト首謀者逮捕に関して前段階の様々な事を含めそちらの手柄でかまいません──はい。ただし、一刻を争い爆弾の仕掛けられた場所を究明しなければなりませんので、私どもの局員二名が突入に際し立ち合います。その場での尋問を黙認下されば短時間で身柄はそちらへ──助かります。それではメモをお願いします。その首謀者の氏名と住所は──」
通話を終わりパメラはNSA長官代理のクレンシーに状況を報せるべきか考え、今はやめる事にした。核爆弾の場所が分かり次第に報せても彼なら十分に対応するだろうと思われた。彼女がスーツの内ポケットにセルラー・フォンを戻すと後ろから声を掛けられ振り向いた。
「パメラ、雪だらけじゃないですか。どうしたんですか?」
ルイスがテラスの出入口に立ち彼女に尋ねた。
「サダム・ギラ・アラークのネストをつかんだから、短時間での拘束にFBIを使う事にしたわ───でも核爆弾の場所が分かり次第我々で獲物を押さえましょう」
パメラが血の気を失いかけた唇でそう告げるのがルイスには痛ましかった。
「分かりました。皆に準備させます。ここの捕虜はどうしますか?」
「縛り上げたままで放置。事が終わり次第回収。あっ、ルイス──」
彼が片側の眉尻を持ち上げた。
「三人とも猿ぐつわをかませ服をすべて剥ぎなさい。暖房を切り、窓はすべて解放していくわ。一晩ぐらいでは死なないから」
彼女が肩の雪を払いながら表情も変えずに告げる事をルイスはどう取っていいのか理解しあぐねいていると顔を振り向けた彼女と視線がぶつかりパメラが片眼を細め穏やかに告白した。
「こんな事ぐらいで──私の怒りはおさまらないわ」