ポプラに勇気を
僕はポプラの木です。
目覚めたらこの草原にいました。
僕のつける花は「勇気」の象徴なんだそうです。
大好きなおばあさんが言っていました。
みんなのお願いを、僕は花が終わると
"ふわふわ"に乗せて一気に飛ばします。
あっ、誰か来ました。
「ポプラさん、ポプラさん。」
かわいらしいお嬢さんがトコトコとやってきました。
「私のお願いを聞いてくれるかしら」
とても真面目なお顔です、心して聞かせてもらいます。
「ママの大切にしていた栞を無くしてしまったの、とても綺麗な押し花の。」
言い終わると、お嬢さんは涙を堪えるようにうつむきます。
仕方ありません、お母さんの悲しむ姿を想像してしまったのでしょう。
だけど大丈夫です、それなら問題はありません。
なぜなら僕は、お嬢さんとお母さん、お二人を笑顔にしてあげられるからです。
僕は木です。
そして花をつけていますから。
体を震わせるイメージでユサユサと
枝を揺らします。
よいしょ、どうかな?
ポトッ。
成功です、少しですが地面に
落ちました。
これで押し花を作ればお母さんも
喜んでくれるに違いありません。
お嬢さんは地面に落ちた花を手に
取ると、困った様子で僕を見上げます。
「ポプラさん。」
なるほど、そうでしたか。
僕はさっきより勢いよく枝を
揺らします。
バサバサ!バサバサ!
ポトッ、ポトッ、ポトッ。
これだけあればどうでしょう。
「違うのポプラさん、聞いて。」
どうしたのでしょうか。
「ママの大切にしていた栞、あれはポプラさんのお花で作ったものではないわ。
あの栞はたったひとつ、だからポプラさんのお花では作れないの。」
僕は枝を垂らし唖然としました。
こんなことがあるでしょうか。
僕ではお嬢さんもお母さんも笑顔に
してあげることが出来ないのです。
きっとこの小さな女の子は
ずっとお顔を曇らせて
お母さんの待つあたたかいお家へ
この畦道をトボトボ下を向きながら
帰らなければならないのです。
いいえ、それでいいはずがありません。
僕は知っています。
お日さまの光がなければ
笑顔で上を向くことは出来ないのです。
僕は考えます。
僕に何が出来るのか。
しかしその時です。
少女は意を決した様子で言いました。
「お願いがあるの。」
いったい僕に何が出来るのか。
前のめりになり言葉を待ちます。
「ママに謝りたいの。」
目を逸らさずに見つめます。
「お願いポプラさん、私に勇気を
ちょうだい。」
お嬢さんは僕に手をかざし、そっと目を閉じました。
しばらくして、お嬢さんはかざした手を戻し、静かに目を開けました。
そのお顔はとても強い力に溢れています。
まるでお日さまの光をこれでもかといっぱいに吸い込んだように。
「ありがとうポプラさん。」
見ている僕の方が嬉しくなる笑顔でした。
お嬢さんはクルッと振り返り
「また来るわ、じゃあね。」
そう言ってあの煙突お屋根の
お母さんの待つあたたかいお家へと
手を振りながら帰っていきました。
そして、それを僕はずっと見ていました。
枝をユサユサ揺らして、少女に勇気を。
それから何日か経ったある日。
最近思いついた「枝を揺らし風に調子を上手く合わせどこまで綿付種子を飛ばせるか」という面白い遊びをしていた時です。
「ポプラさん、ポプラさん。」
おや、あのお嬢さんですね。
「お願いがあるの。」
何でしょう。
やはりお母さんは許してくれなかった
のでしょうか。
お嬢さんの表情からは読み取れません。
すると少し遠くからお嬢さんを呼ぶ声が
しました。
「待って、お母さんそんなに速くは走れないわ。」
その方はお嬢さんのお母さんでした。
「お母さん遅いわ、日が暮れてしまう
かと思ったもの。」
そう言いながらお嬢さんはお母さんに
飛びつきます。
よかった。
仲直り出来たのですね。
僕は嬉しくなりましたが、ふと先ほどの
言葉が気になりました。
お願いとは何のことでしょうか。
お母さんはお嬢さんの頭を撫でると
「ほら、まずは」
そう言ってお嬢さんの体を僕に
向けます。
お母さんが微笑むとお嬢さんもそれに
習い
「ありがとうポプラさん、私勇気を出して本当に良かった。」
そしてポケットから赤いリボンを取り出します。
お嬢さんは僕の一番低い枝に、その赤いリボンを巻き付けます。
「雨風で無くしてしまったら大変だもの。」
さらに力が入ります。
「これでいいわ、かわいいでしょ?」
僕は枝をユサユサ揺らします、するとリボンもそれに合わせてヒラヒラ揺れます。
その様子を見てお嬢さんがにこにこ
笑います。
僕も嬉しくなってさらに枝を揺らします。
バサバサ!バサバサ!バサバサ!
「そんなに揺らしちゃだめよ。」
少しだけ怒られてしまいました。
「お願いっていうのはね。」
そうでした、何でしょう。
お嬢さんはゆっくりと地面から
"ふわふわ"を拾って
「来年またあなたがお花を咲かせたら、その時はもらってもいい?? お母さんに世界にたったひとつのプレゼントをしたいの。」
お嬢さんは微笑んで"ふわふわ"を空に放ちました。
あの時僕は考えました。
僕の花を押し花に。
でも本当は知っています。
僕の花は、お母さんの無くなって
しまった押し花に代わるほど
綺麗な花ではありません。
それでもうつむき泣いてしまいそうな
少女の力になりたくて
僕は枝を揺らしていました。
お嬢さんの放った"ふわふわ"が遠く空に消える時、僕は一度だけ赤いリボンを揺らしました。
するとお嬢さんは少し大きく目を見開いて
「今、いいよって、言ってくれたの?」
気恥ずかしいです。
バサバサ!バサバサ!バサバサ!
「だからだめよ!」
その時、一斉に"ふわふわ"が風に乗って飛んでいきました。
新記録です、どこまでいくのでしょう。
おばあさんの言う通りでした。
僕は自分とおばあさんの言葉が
とても誇らしくなりました。
会いたい。
"ふわふわ"といっしょに届くといいな。