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GREEN APPLE  作者: 霞
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青い実

 私はいつもちょっとだけついてない。

 すごく貧乏なわけでも、すごく体が弱いわけでも、すごい不幸なわけでもないけれど。

 何かいつもちょっとだけ。たりない。


 身長が平均から5センチたりないとか。乱視とか。矯正するほどじゃないけど歯並びが悪いとか。胃が弱くてすぐ車酔いするとか。

 配られるプリントが足りなかったり、教材が足りなかったり、教科書のページがとんでいたりは当たり前で。自転車の鍵が千切れたり、切符のおつりが間違えて出てきたり、中学の卒業式では名前を間違えられたり(まさに私の独壇場と化した)。妙な引きの強さがあった。

 人生ってこんなもんなんだと諦めがついたのは小学校3年生9歳の時だった。


 幼稚園の年長さんの時から好きだったN君。そのN君の好きな人が、私を度々いじめてきたぶりっ子Aさんだというのだ。失恋のショックよりも、趣味悪!!!!!という考えしか出てこなかった。


『あんなぶりっこに騙されるような見る目のないヤツだったんだ・・・』


 正直、私自身の名前が出てくるなんて夢のようなことは全く考えてなかった。可愛くて優しいSちゃんとか頭よくて運動できるMちゃんとか。私が男だったら絶対好きになっていた子が何人もいるなかで、どうしてAさんなのか。


 それから誰が好きとかも特になく。

 いいなぁと思った人にはすでに好きな人がいて、それが友達だったりしてそんなちょっとついてない。

 いいなぁから進展しないし、させない。友達とくっつくならそれがいいし。

 正直みじめになる前に気づいてよかったって思う。今なら応援できるよ!って思ってたのに。いいなぁって思っていた人はあっさり友達に振られた。女って怖いよね。


 そんな生活をしてて、学校を卒業して就職して、就職先がブラックで、また私はちょっとついてなかった。それでも魔の3年間を乗り切って5年目を迎える前に辞めた。

 私が辞めたらそれなりに大変だろうと思われるところで。けどそこまで引き止められないような絶妙な加減。のちのち大変だったと飲み会をした後輩の女の子に聞いた。それを聞いて少し優越感を得る私。


 我ながら嫌な性格になって、すれたな・・・って思う二十代後半。

 今年誕生日が来たら27歳だ。N君が好きだと思っていた小学3年生の頃が遠い昔だ。もはや別人。


 SNSを見れば結婚しましたとか、子供が生まれました、二人めですとかそんな幸せそうな写真がいっぱい。小学でもほどんどしゃべった記憶のない同級生からの申請。

 「どうでもいいね!」と『いいね!』ボタンを押しながら、自分は仕事辞めますと報告するのみ。

 やりがいのある仕事だったが、上司のセクハラ、同僚との性格の不一致などなどもろもろに疲れた私は転職して3年目の夏を目前にして仕事を辞めることにした。


 実家には最近結婚した兄、もうすぐ20歳になる弟が居ればきっと大丈夫。というか最強の布陣。

 私が居なくても大丈夫。世界は変わりをすぐにみつけて回っていくのだ。

 家族にとっての自分の存在価値なんてものは本当に少なくなったと思う。これだけ離れて暮らしていればそうなるのは当たり前だと思うし、自分も家族が近くにいなくても生活にはまったく困らなくなった。

 誰にも迷惑をかけない自由を今なら満喫できる。


 そんな学生を卒業して以来、7年ぶりの夏休みを手に入れた私の話。



 青い。青いな・・・自分。

 私の寝起きの顔はひどい。気持ち悪い・・・起きれない。

 血圧上がらない。


 今まで朝4時に寝て、12時に起きるというそんな生活をしていたのに朝7時に起きるからこんなことに。とりあえず、区役所とハローワークに行かないと。そんなことを思いながらダラダラと体を起こし、出かける準備をした。


 徒歩45分かけて行ったのに。

 離職証明書がまだ元職場から送られてこず・・・保険も年金もできないとは。

 今回は妙な引きの強さではなく、単純な自分のミスなのでただただ悔しい。

 まぁ、まだ夏休みは始まったばかりだし・・・なにしようかと思ったとき、高校時代の夏休みを思い出した。田舎すぎて夏季バイトの倍率はとんでもないことになるし、家で年の離れた弟の宿題を手伝うという夏。高校の図書室で借りた本をひたすら読んでぐーたらすごいていた夏。


「本・・・買いに行こう」


二十歳になる前、お酒の楽しみを知る前のこと・・・その頃一番楽しんでいたのは本だった。

 クラスでは活発ではなかったけれど、そこまで暗くもなく中の下で静かに生活していた。本を読むのは放課後に本を借りて家で読む。帰ってから300ページ越えのものを読むのはざらで、ハマってしまうと睡眠不足になるまで。学校が休みの日は家から出ずにゴロゴロと。

 それでも上には上がいた。図書室で借りた冊数がランキングで発表されるのだ。全校で私は62位。これ以上読んでる上の人は一体どんな生活を送っているのか。寝る以外は本を読み続けてるのか。好き嫌いなく何でも読んでいるのだろうか。


何それしんどい。


競うものでもないと思いつつ、観察されていると思うと何かやる気が出なくなる。比べられると自分がいかにクズで、使えないやつかを再確認するようで前ほど図書室に近寄らなくなった。

 そんなことを思い出しながら次の日、駅前の本屋に行った。近所で一番大きな本屋だけど、家から歩いて25分はかかる。


「新刊・・・高い」

 文庫本1冊読みきるのに2時間から3時間くらい。値段は600~700円。1日で2冊は読みたい・・・。

 考えるのをやめた。ニートにそんな余裕はない。古本屋に行くしか。


 一人の時間は好きだ。

 誰にも邪魔されずに、好きなことを好きなだけ。自分だけの空間。いろんなことを自分の考えを、新しい情報を取り入れながら、捏ねて壊してまた再構成。

 だけど数日、誰とも話さず、会わずにいると自分がいらないただのクズに思えてきて耐えられなくなる。

 一人で生きてるって思っていても、完全に一人にはなれない。わがまま。


 青いな・・・自分。


 だからか、図書室や本屋の空気感が好きだった。心地よかった。

 いろんな人がいるのに誰も周りを気にしない。気にさせてはいけない。

 うるさくなく、かといって静かすぎず。近くに人がいる温かさ。だけど視線はみんな本に向かっている。


 一番安い本の棚、学生のとき好きだった作家の棚に行く。

 ちょっと汚れていたり、日焼けしたりしているがそれで600円する本が108円で買える。

 1冊とって本をめくる。学生時代に読んだはずなのに・・・


「読んだはずなのに、覚えてないもんだなぁ・・・」 


 絶対最後にどんでん返しがあって、犯人が当てられないこの作家が好きだった。ただただ気持ち悪く、残酷で悲惨な真っ黒なシーンもあれば、ただただ純粋で相手のことだけを考えた真っ白な登場人物も。

 短編集が多く、一気に読み切りやすいのも好きだった。だけど覚えてない。

 ので、とりあえず目についたものをかごに入れていく。


 そういえば・・・

 この作家さんが別名義で本を出してていたらしい。スマホで検索をかけながらその本を探す。

 名義は二つ。一つは男性名義で青春もの、恋愛ものなど・・・映画化もされていた。もう一つは女性名義で暗い話が多いようだ。が、1冊もない。

 あるのは学生時代に読んだものがほとんど。初版は15年くらい前のものだほとんどだ。


「学生時代がなんて昔のことになってしまったんだろう」


 そんなことをしながら棚をぼーっと見ていると、足にトンっと軽い衝撃が来る。

 痛くはないけど言いたい何が・・・と下を見ると3歳ぐらいだろうか、小さい男の子が私の足につかまって私を見上げている。


「ん?」


 ん?じゃない幼児・・・お母さんはどこなの?お母さんと一緒じゃないの?

 幼児はただ私を見上げる。ただただ見上げる。笑いもしないが泣きもしない。

 私は7歳年の離れた弟以来、幼児の相手をしっかりしたことはない。なのに・・・。よく幼児につかまる。何が幼児を引き寄せるのはわからない。

 どうしたものかと私も固まり、幼児と私はひたすら見つめ合ういう奇妙な状態に。


「あ‼いたいた、すいません‼‼」

 やっと幼児の母親らしき女性が現れた。私は頬笑みながら「大丈夫ですよ」と言い、ペコペコする女性と幼児から離れていく。


 クズな私は私なりに良い人のふりをする。

 良い人のふりをするのは自分がクズだとわかっているから。少しでもクズなところがチャラになるんじゃないか、こうすれば嫌われないんじゃないか、もっと生きやすくなるのではないかと思ってしまうのだ。情けは人の為ならず。完全に自分のための偽善である。


 私が居なくても世界は回るが、世界がないと、誰かがいないと私は結局生きていけないのだから。


 ぐるぐると自己嫌悪に飲まれそうになるのでまた本棚に向きあう。

 目当ての作家の本はなかったので目についたものを手に取ってあらすじを見てみる。ニートに金銭的余裕はないので吟味しながらカゴに入れていく。結果12冊。映画化した話題作も少し高いが数冊カゴに収めた。それでも1600円でおつりが来るのだからありがたい。

 今度は幼児につからまらないよう、警戒しながら店を出た。


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