第九話 物語の売り方を考えよう
「あのさ、映画のCMとかで、満足度って発表してるじゃん」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「うん、発表してるね」
と葵。
内心、また映画の話かと思わないでもない。
「なんか、もっと別の数字っていうか、参考になる言葉が欲しいよね。アンケートやってるんなら」
「どんな指標が欲しいの?」
「温泉の効能みたいなヤツ」
「は?」
映画の指標について話していたのに、温泉の効能と言われて葵は口を開けた。そんな彼女の隣では、今日も楓が教科書に落書きをしている。
「ほら、冷え性やリウマチに効くとか、あるじゃん。まぁ、リウマチが何かは知らないんだけどさ」
「それって、この映画を観たら元気になったみたいな……。あっ、笑えますとか、泣けますとか、そういうこと?」
「そうそう、そんな感じ」
「そういうのは個人の感想だから、指標にならないような……」
そう言ったところで、葵は通販番組が個人の感想で成り立っているのを思い出す。あれを数値化すればいいのではないかと。そもそも、満足度だって個人の感想に過ぎない。
「試写会でアンケートを取って、笑った人や泣いた人の割合を発表すれば、それっぽくはなるけど……。ただ、イマイチな数字だと動員数に影響するから、結局は数字を作りに行きそうな気も……。やるとなると、映画には無関係な第三者的な組織かなぁ……」
「それそれ! どっかのアンケート会社が、そういうのを始めればいいんだよ。でさ、それをサイトで発表したら、みんな見ると思わない? あたしだったら見るなぁ~。あと、何%の人がじゃなくて、カレーの甘口・中辛・激辛みたいに、微笑・半笑い・爆笑みたいなのがいい。そしたら映画を観た後に、想像したのと違って時間を損したって思わないもん」
「半笑いは意味合いが……。それは置いておくとして、時間を損したと思った映画があるんだね」
「そういうの、滅茶苦茶あるよ。題名に天使がくれた~とかあると、感動するような奇跡を期待しちゃうのに、感動要素がゼロなのとかさぁ……」
葵は今までに観た映画のタイトルの中で、天使がくれた~的なものを想像する。ウォール街で金持ちの独身をやってるより、貧乏でも郊外に家庭を持つ方がいいよね的な内容のものが思い浮かんだ。
「あとさ、ホラー系であるような“心臓の弱い人は注意”みたいなヤツ。ああいうの、もっと要るよね。あたしはさ、“非モテには見せないで下さい”ってのが、あってもいいと思うんだ。イチャつくシーンばかりで腹が立つ時があるもん、だから」
「……そうね。そういうのは、カップルがデートの時に観る映画なんだろうね」
「だよねぇ~。デート用って書いといてくれればいいのに……。楓は、そういうのない?」
ここで訊くのかと葵は意外に思ったが、楓は急な問いかけに驚く様子もなく、ニタッと笑って話し始めた。
「理解度の指標が欲しい」
「理解度? 映画の内容に関するテストでもするの?」
葵が確認すると、楓はコクンと頷いた。
このシーンは何を意味しているのか、主人公は何故そう言ったのか、そんな映画の内容に関する問題を出せば、どのくらい理解した上で感想を言っているのかがわかる。単純に、理解し易いかどうかの指標としては便利だ。
一方、使い方次第では、理解度が低い方には不評でしたが、理解度の高い方には好評でしたなんて言い方もできる。そうなれば、“馬鹿には、わからない映画”と書かれかねない。それはアンチが湧きそうで怖いと思う葵だった。
「そうだ! 大事なのを忘れてた。“映画の最初は音だけです”ってのが要る」
「音だけって……。映像は何もないの?」
「無かったよ。会員になると動画が見放題になるヤツで、古い映画を観たんだけどさ、何にも映らないから、機械が壊れたのかと思って焦ったんだから。そういうのは絶対に書いておいてほしいよね」
「古い映画も観るんだ……」
「観るよ。なんかさ、石油王みたいなのと結婚できたら、ハッピーになれるかと思って、そういうのがないか探してたら、アラブのロマンスみたいなタイトルがあったから観たの。まぁ、全然違ったんだけどね……。でも、砂漠じゃ井戸は超大事だから、勝手に人の井戸の水を飲んだらダメだって知ったよ」
「井戸の水……。アラブのロマンスみたいなタイトル……。それって、アラビアのロレンスじゃないの?」
「それだ!」
遥は手を叩いて葵を指さした。
あの映画なら、冒頭は黒い画面に音楽だけ。中盤にも音楽だけの箇所がある、インターミッションと表示された後にだ。
上映当時、意図的な途中休憩の時間は珍しくないものだったが、今となっては新作で見かけることはない。二時間以上も観るのだから、もっと事前情報が用意されていてもいいというもの。
それにしても、タイトルすら覚えていないのに楽しめてる辺り、映画の理解度というのは指標としては微妙ではないか。そんなことを考える葵だった。
「ああいうのってさ、DVDのパッケージとかには書いてるものなの?」
「どうなんだろうね……。私も、映画専門チャンネルか何かで観たから、パッケージは見たことないし」
「ぶっちゃけ、もうDVDで観ることもなくなったよね」
「そうだね。うちの兄が言うには、DVDの売上も落ちてるらしいよ。何のDVDかは知らないけど」
これからは配信サービスで稼いでいくモデルになるんだろうな、なんてことを葵が考えていると、遥が口を尖らせて唸り始めた。
「ん~……」
「どうしたの?」
「せっかくさ、DVDになってるんだから、動画配信とは違う見方が出来てもいいのになって……。再生、早送り、巻き戻し、もっと別の方法があってもよくない?」
「コマ送りとか? うちの兄は、時間が勿体ないからって、倍速再生で撮ったのを観てるけど」
「そういうの大事よね」
確かに、動画配信と同じ視聴方法しかできないのなら、差別化が図れずに縮小していく気がする。最大の違いであるネットが無くても見られるという点は大きいが、如何せん費用対効果の面では厳しい。
「でも遥、コマ送りまでして観たい場面ってある?」
「言われてみると、無いような……。逆にさ、これからパッケージ化する作品は、コマ送りで観たいシーンを増やしていくのってどう?」
「例えば?」
「例えば、ん~……なんだろう? 楓、何かない?」
遥が楓に視線を送ると、彼女は落書きをしながら答えた。
「高速パンチラ」
遥はキョトンとし、葵は絶句した。
高速パンチラは、葵の兄も主張していたものだった。兄曰く、アニメのパンチラは長々と見せ過ぎ。現実のパンチラは一瞬。あの瞬間のトキメキを大事にして欲しいと熱く語られたことがあった。よもや、楓の感性が兄に近いとは思わなかったし、思いたくもない。
「アハハ。楓、パンチラが見たいんだ。なんか、オッサンみたいだね」
楓はニヤッと笑って落書きを続ける。
「そうだ! あたしは役名が出る機能が欲しい。海外の役者の人ってさ、見分けがつかない時ってない? 特に、いっぱい人が出てくる映画。もう誰が誰だか、わかんないっちゅーの。だから、ボタン一つで役名が表示されると助かるんだけど」
「役者の顔の傍にジャックとか、ケイトとか出るってこと? でも遥、カタカタ名を覚えるのも苦手じゃなかった?」
「そうだった! 簡単に覚えられたら、世界史で苦労しないっての。もういっそ、役名を太郎とか花子にする機能が欲しいよ」
「遥、世界観が台無しだよ……。金髪のイケメン俳優や美人女優が、“花子ぉ~!”“太郎ぉ~!”って呼び合ってる姿って、どう?」
遥は首を横に振り、一息ついてから口を開く。
「終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。