第六話 オリンピックを考えよう
「あのさ、なんでオリンピックを自分の国でやろうとするの?」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「どうしたの? 急に」
と葵。
「なんかさ、ニュースとかで揉めてるじゃん。オリンピックをやる場所がどうとかで……。そんなに問題になるなら、やらなきゃいいのにって思わない? ホント、何でやろうとしてんの?」
「経済効果があるからじゃない?」
「誰が言っての?」
「国際オリンピック委員会とか」
「何それ?」
「オリンピックを主催してる団体」
「それって……」
と、切り出して何かを言おうとした遥だったが、思うように言葉が出てこなくて“何て言うか”を繰り返しながら指をくるくる回した。
おそらく、主催者側が儲かると言ってるのを真に受けて、実施してる状態からして胡散臭い、そんなことを言いたいのだろうと葵は察する。
「ところで、経済効果って何?」
遥が言いたかったことは、葵の想像とは違っていた。
「そこか……。経済効果って言うのはね、お金がどれだけ動くかってこと。何かイベントを開催します、すると人がやってきます、交通機関が使われます、その付近の物が売れます、その売り上げで別の何かを買う人が出ます、みたいな感じで使われる額。儲かったかどうかとは別の話」
「よくわかんないけど、オリンピックをやれば何かよくなるの? リオの前って何処だっけ?」
「イギリスのロンドン」
「そこって、今はどう?」
「EU離脱絡みで色々あったね」
「その前は?」
「中国の北京」
「そこって、今はどう?」
「人民元切り下げで、中国株が暴落したね」
「その前は?」
「ギリシャのアテネ」
「そこって、今はどう?」
「財政破綻したね」
少し考えた後に、遥は腕組みをして言う。
「やめた方がよくない?」
「……」
困ったことに否定する言葉が見つからない。どう切り返したものかと苦慮し、葵は何となく楓の方を見てみた。いつも通り、教科書に落書きをしている。
その姿を見て“平和だなぁ~”と思えたことで、別の目的のことを言うことにした。
「一応、平和の祭典って側面もあるらしいけど」
嘘臭いと思いながらも口にする。
「ふぅ~ん。じゃあ、競技で使ったものとかでチャリティーしてるの? 平和の何とかって、そういうのよくやるじゃん」
「そういうのは、してないんじゃないかな……」
コンサートなら聴いたことがあるが、使ったものを出した話を葵は耳にしたことが無い。やれば、結構な額になりそうな気がする。
「それじゃさ、あんま豊かなじゃない国で作ったものとか使って競技してるとか?」
「そういうのも、ないんじゃないかな……。競い合いだからね、良い記録には優れた道具がつきものでしょ。そういうのが作れるのは、やっぱり……」
葵は言っていて、少し悲しい気持ちになった。何で自分がオリンピック側をフォローしているんだと……。
それとは別に、遥が平和の祭典と聴いてイメージするものが意外だったことで、改めて彼女の思考の方向性を認識していないことに気づく。
「なんか、よくわかんないけどさ、お金儲けしたいんなら、素直にそう言えばいいのにね」
「本音と建前ってあるから……」
日本オリンピック委員会と契約を結んでいない企業が、オリンピックという言葉を販促に用いた時のアレコレを考えれば“素直”だと言えなくもない、と葵は思ったが口にしなかった。
「で、葵は見た? この間のオリンピック」
「全然」
「楓は?」
落書きをしながら、楓は首を横に振る。
「誰も見てないじゃん。あたしもだけど……。ねぇ、この競技があったら見るっていうのある?」
「いや、私はスポーツって見ないから……」
葵は手を振って苦笑する。
「楓は?」
「クィディッチ」
某児童文学における魔法ありきのスポーツだ。そんなのやれるわけがない。
「どっかで聴いたような名前だけど、思い出せない……。ちなみに、あたしは椅子取りゲームかなぁ」
「椅子取りゲームって、スポーツなの?」
「あたし的にはスポーツだよ。素早く座る瞬発力も要るし。どの椅子を狙うのかって、スゲー駆け引きじゃん。競技にするなら、競技用の椅子を用意しないとね。座り易い椅子と、座りにくい椅子、あと滑る椅子とか用意すると面白くない? 椅子ごとに点数があってもいいよね」
「座り損ねて、腰を痛める人が増えそう……」
面白いかどうかよりも、怪我の方が気になる葵だった。
「怪我を気にしてたら、スポーツなんてできないし、見れないじゃん。あっ、そうだ!」
ポンッと遥が手を叩く。
「ロボットなら怪我をしないから、葵みたいな心配性でも見れるかも。そうだ、ロボットにスポーツをさせよう!」
「ある意味、見てみたい気もするけど……」
「だよね! これって今までに無い発想じゃない?」
得意げな顔を見せる遥に向かって、楓がボソッと呟く。
「疾風アイアンリーガー」
「えっ? 何? あるの?」
驚いた遥はスマホを取り出して、言われた単語を検索する。熱血スポーツロボットアニメが引っ掛かった。
葵は、この作品の存在を知っていた。昔、兄に見せられた記憶がある。
「あたしが生まれる前に、こんなのやってたんだぁ……へぇ~」
スマホの画面に映し出された絵を見ながら、遥が感慨深そうに大きく頷いた。
「俺のオイルが沸騰してきたって書いてるよ、葵」
「整備不良じゃないかって思うよね」
「ううん、別に~」
遥は楽しそうに検索結果を見ている。
「なんか、みんなでパスを回し合うのが必殺技みたい」
「パスを繋げると威力が増すのは、変だって言うんでしょ?」
「ううん、別に~。みんなの気持ちがボールに込められれば、きっと威力だって増すよ」
「そ、そう……」
兄と同じことを言っている、その事実に葵はむず痒くなった。
そんな葵の想いなど知らない遥は、興味深そうにスマホの画面を眺める。辺りはシーンと静まり返り、楓が教科書に落書きする音だけが聴こえる。
「あっ、このアニメを調べたいから、この話は終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。