第五話 現代に合ったサンタの設定を考えよう
「あのさ、煙突って見ないよね?」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「どうしたの? 急に」
と葵。
「サンタクロースって、煙突から家の中に入るって言うじゃん。でもさ、もう煙突って無くない?」
「確かに、あまり見ないよね」
「でしょ? この間さ、親戚の子にサンタの絵本を読んだんだけど、“煙突が無いから、ウチには来ないね”って言われて困ったワケ。絵本もさ、時代に合わせて設定を変えてほしいよねぇ~」
「一理あるけど……」
由来が薄れていくことを危惧する葵だった。その横では楓が教科書に落書きをしている。
「あのさ、今の時代に合ったサンタの設定を考えてみない? それで絵本を描くの。煙突から入るとか、突っ込まれそうな絵本より売れると思わない?」
「いやぁ、それはどうかなぁ……。新しい設定にもよると思うけど。ちなみに、何処から入って来ることにするの?」
「あたし、考えてみたんだけどさ、どの家にもあるものがいいよね。それでいて、そこから入って来ても困らなそうなところって言うと……」
「言うと?」
「エアコンの通気口」
葵の鼻がピクッと動く。
「ほら、あそこってネットやるための線とか通すじゃん。穴あけ工事とか要らなくて便利だよねぇ~。今ならどこの家にもエアコンくらいあるし」
「ミニマムなサンタに来てもらってもね……。プレゼントはどうするの? 通気口に入るのは、細い線くらいのものだよ」
「あぁ、そっか……。じゃあ、窓からにしよっか」
「それじゃ泥棒と一緒だから……」
呆れ顔で言う葵を見て、う~んと唸った遥は楓に助けを求めた。何か言ってという視線で。
「玄関」
楓は落書きをしながらボソッと言う。彼女の答えに遥が目を見開く。
「楓がフツーのこと言ってる」
「まぁ、そうなるよね。いくら楓でも……。何かあればすぐに教育上よくない、やれ規制だって騒ぐ現代社会を鑑みれば、いくらサンタと言っても玄関一択。不法侵入で捕まったというジョークのニュースもあるくらいだし」
仕方ないよねといった顔で葵が玄関案に補足する。
「なんか夢が無い! つまらない!」
遥がテーブルをバンバン叩く。
「気持ちはわかるけど……。煙突を否定した時点で、もう夢の無い方向に動いていたと思うよ……。たぶん、このまま話を進めれば、プレゼントを靴下に入れるのは衛生的に問題があるとか、そもそも入らないとかなりそうだし……」
「靴下じゃないなら、何処にプレゼントを入れればいいの?」
「それは……。玄関から入るんだから、手渡しでよくない? 寝ている子供の枕元に置いていくのって怖いし……」
「そりゃ、不審者なら怖いけど、サンタだよ?」
「そ、そう……。私は怖かったんだけど」
知らない人間が夜中、枕元にやって来るという恐怖に怯え、眠れずにクリスマスを過ごした記憶が葵にはあった。その時のことを思い出し、思わず頭を抱える。
あの頃、サンタを妖怪“枕返し”と同じように捉えていた。クリスマスが近づく度に、モテない兄がクリスマス終了とか、サンタ狩りとか言い出し、機嫌が悪かった上に、枕元に立つ妖怪や幽霊の話をするものだから、同じ類だとばかり思っていたのだ。
「あっ、名案を思い付いた」
遥が手をパンっと叩く。
「名案?」
「あのさ、葵。イマドキは家にあがると何かと問題になるじゃん。それなら、家に入らなければいいんじゃない?」
「は?」
予想外の展開に葵は口を大きく開ける。
「よくよく考えたらさ、ウチにはプレゼントを受け取るのに最適なのがあったわ」
「それって何?」
「宅配ボックス~♪」
猫型ロボットが道具でも取り出したかのような声で遥が言う。
「宅配ボックスって……」
「宅配便や郵便物が受け取れるロッカーみたいなものだよ。ウチってほら、両親が通販マニアじゃん。だから、家に居ない時にも受け取れるようにって設置してるんだ。受け取れないのも、あるみたいだけどさ」
両親が通販マニアというのは初耳だった気がしたが、葵は別のことを訊くことにした。
「それじゃ、ただの通販と変わらないんじゃ……」
「そこは企業努力ってヤツだよ、葵」
「企業?」
サンタ話からの企業努力という展開に葵はついていけてなかった。
「今の時代ってさ、ネットで物を買ったりするわけじゃん? サンタのさ、手紙に欲しい物を書いたら届くって、ネットでポチッとするのに似てなくない?」
「そ、そう?」
「あたしは似てると思う。だからさ、新時代のサンタは通販で物を買うイベントにすればいいと思うんだ。子供の頃から、どのネットショップが安いか、時間通りに届くのは何処か、ポイントが溜まるは何時か、そういう考えを身に付けさせるのが大事だと思う」
遥にしては真っ当なことを言っているような、それでも認めてはいけないような気がする葵だった。
「で、企業努力って言うのは?」
「そりゃ勿論、配達時にサンタの格好をするとか、注文を受けたショップもサンタのメッセージカードを用意するとか、そういうサンタ特典が大事よね」
「サンタが特典になる時代……」
「そう。それで、プレゼントを受け取った子供は、サンタ宛のお礼の手紙の代わりにレビューを書くの。★5つ。今年のサンタは時間通りに来た。梱包状態も良かったので高評価ですとか」
「嫌な子供だ……。というか、そんなことになったら、ただでさえ大変な運送会社が……」
クリスマス配送は確実に値上げになるだろう、と危惧する葵だったが、既に遥の興味は別のところに移っていた。
「サンタの話をしてて思ったんだけど、そもそもクリスマスって何? 誰かの誕生日なんだっけ?」
「イエス・キリストの降誕を祝う日だけど、誕生日って訳じゃないからね。新約聖書には生まれた時期の記述はないし」
「じゃ、誰の誕生日でもないの? 誕生日だからって、祝日があったような……」
「それは23日。今上天皇の誕生日」
「キンジョウ? そういう名前なんだっけ?」
「在位中の天皇のことをそういうの」
「へ~、そうなんだ。で、25日は誰の誕生日でもないの?」
遥の視線は楓に向けられていた。
「不敗の太陽神ソル・インウィクトゥス」
「誰それ?」
「ローマ神話の太陽神。ミトラ教で検索すれば、いろいろと出てくる」
「うん、わかった」
スマホを取り出すと、遥は慣れた手つきで調べ始めた。
「なんか、12月25日って元々はミトラ教の祭典があった日っぽいよ。キリスト教が広がる過程で、この祭典を吸収した後付けの習慣とかある。これって、パクッ……ふご」
遥が話し始めると同時に、彼女の後ろに素早く回っていた葵が手で口を塞いだ。
「なんて恐ろしいことを……。宗教絡みは難しいんだから、滅多なことを口に出さない。いい?」
口を塞がれたまま、遥が頷くので葵は手を放した。
「あ~、びっくりした」
「びっくりしたのは、こっちよ」
もう言わないだろうと葵が席に戻っていく。
「なんか、宗教って面倒くさいね。もっとこう、気楽な宗教ってないの?」
チラッと遥が楓を見る。
「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」
「アハハ、何そのふざけた名前。そんなのあるわけ…………あった!」
試しにスマホで検索した遥が驚いて立ち上がる。
「祈る時は“アーメン”の代わりに“ラーメン”って言うんだって。お布施は電話の通話料を下げるのに使うんだって。なんか、面白そうだよ。葵も調べてみなよ!」
席に座ると、遥は嬉々とした顔でスマホの画面を眺める。葵も少し気になるのでスマホで検索し始めた。
辺りはシーンと静まり返り、楓が教科書に落書きする音だけが聴こえる。
「あっ、調べものしたいから、この話は終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。