第四話 お歯黒と時代考証
「あのさ、テレビドラマで、お歯黒って見ないよね?」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「どうしたの? 急に」
と葵。
「葵さ、この前、授業は真面目に受けた方がいいって言ったじゃん。だから、先生の話を聴いてみたわけ。そしたら、“この頃、身分の高い女性はお歯黒を~”って言ったの! あたし、それ聴いてビックリしちゃって」
「えっ? 驚くようなことなの?」
「驚くって、フツー。だって、時代劇とか、昔の時代が舞台のドラマ見てても、お歯黒って出てこないじゃん。だから、アレやるのは超珍しいことだって思ってたの」
「あぁ、そうなんだ」
葵は話に納得し、少し嬉しそうに頷いた。その嬉しさは遥が自分の忠告を聞き入れてくれたことにある。
「それでさ、葵。やっぱ、テレビドラマって、いい加減に作ってるの? だって、お歯黒してなきゃいけない人も白い歯なんだよ?」
「いい加減っていうか、時代考証を何処まで入れるのかという話だと思うよ。史実として適正だったとしても、観るのは現代の人だからね。観る人が“お歯黒、キモッ”ってなったら、観てもらえないだろうし……」
「そういうもんなの?」
「そういうもんじゃない? 遥、シリアスなシーンで、お歯黒を見たらどう?」
「笑う」
「でしょ? 逆に言えば、そういう使い方もあるんだけどね。そう言えば、物凄く制作費がかかったのに、コケたアニメでお歯黒のシーンが……」
説明し始めた葵の前で、遥は腕組みをして唸り始めた。その横では楓が教科書に落書きをしている。
「遥、どうしたの?」
「葵が逆に言えばって言うから、お歯黒で笑いを取れるシーンを考えてみようかなって」
「何か思いついた?」
「ん~、ダメっぽい。なんか、もっと他に面白そうな時代考証ってない? 今までのドラマで取り入れられなかったような……」
「そう言われても……」
訊かれたところでパッとは思いつかない葵は、妙案を期待して楓に目を向けた。落書きをしていた楓が、ゆっくりと口を開く。
「石田三成は大便をした後、美濃紙で拭いたから追手に見つかった……」
想像していたのとは違った方向に話が展開したので、遥と葵は顔を見合わせて同じことを同時に言った。
「えぇ~? 何、それ~」
「美濃紙は高級な紙。普通の人は使わないから、逃げているのは身分の高い人物だと追手が気づいてしまった。関ヶ原の戦いのときに……」
「嘘……」
またしても、二人同時に呟く。こんなことを聴いてしまっては、テストで石田三成が出てきても、野グソで運が尽きた人としか思えない。
「いいね、それ! そのうち戦国探偵ものとかってジャンルが出来るかも! この紙は高級な美濃紙だ。この大便をした者は身分が高いに違いない。さすが、便所紙探偵! みたいな」
「嫌な響きだね、便所紙探偵って……」
「ねぇねぇ、楓。他にも、なんか面白そうなのない?」
楓は少し頬を赤らめて言う。
「江戸時代、京都の家の前にはオシッコ用の桶が置かれていた……」
「その桶に、男が立ちションするわけ?」
「桶は女性用。それを見た滝沢馬琴が驚いてる。この頃、江戸以外では女性の立ち小便が見られた……」
ちょっとアレな内容に遥と葵は言葉を失う。同じ女性として信じられないというのが正直なところだ。
「マジで?」
念のために遥が訊くと、楓はコクンと頷いた。
「あたしはさ、こんな時代考証を入れたらドン引きするけど、スケベな男は喜ぶんじゃない?」
「そうかもしれないけど……」
「物語そっちのけで、いつトイレに行くんだろうって、画面に食いついたりして」
「うん……」
「笑いは取れないけど、視聴率は取れるんじゃない? そういうドラマ作ったら」
「ドラマっていうか、もうAVの領域だよね……」
葵が下を向いて言うと、遥はスッと真顔になった。
辺りはシーンと静まり返り、楓が教科書に落書きする音だけが聴こえる。
「終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。