第三話 必ず当たる占い
「あのさ、朝のテレビでやってる占いって、どこが一番当たるの?」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「占いは、当たるも八卦、当たらぬも八卦」
と葵。
「何? そのハッケって?」
「八卦は占いのこと。占いは当たることもあれば、外れることもあるから、気にするなって話」
「えぇ~、そんなこと言われてもさ、見ちゃったら気になるじゃん」
「それじゃ、良い結果だけ信じたら?」
遥は目を閉じて、今朝見たテレビの画面を思い出した。
「おひつじ座が1位だったチャンネルがあったから、今日は運勢が良い日! 確か、思いがけない出会いがあるって言ってた」
「まぁ、そもそも12星座占いとか、人類を12種類に分けてる時点で無理があるよね。世界の人口が70億人いるとしても、5億人以上が自分と同じ運勢になるから、全員が当たっていたら不気味なことに……。5億人が今日中に思いがけない出会いとか、運命の神様のノルマは大変だ」
淡々と話しながら、葵はスケジュール帳に“テスト”の文字を書き込む。
「なんか、そう言われるとさぁ……運勢が良くても、特別感がないよね。ホント、ラッキーアイテムとか、どうやって決めてんだろ?」
「決め方があるらしいけどね。占いによっては、長くて細いものが吉、だから蕎麦みたいな感じで……。でも案外、スポンサーが売りたい商品かも」
「何それ? ラッキーアイテムがプリンで、そのあとプリンのCMが入ったら、怪しいってこと?」
「そうそう。だから、占いの結果枠という広告枠が販売されていても……」
と言いかけたところで、さすがに言い過ぎかなと葵は口を閉ざした。仮にラッキーアイテムがプリンだったとして、ライバルメーカーのものが手に取られる可能性もある。そう考えると費用対効果が悪そうだ。
「ねぇ、葵。占いって、もしかしてインチキなの? だってさ、みんな違うこと言ってんだよ? 根拠とかもないし」
「占いなんて、そんなもんでしょ。だから、当たるも八卦。根拠が欲しいなら、統計のデータでも見た方がいいんじゃない? 中には、占いは統計だって言う人もいるけど」
「トーケイって何?」
遥は真顔だった。葵は予想外の質問に目を白黒させ、思いがけない沈黙が生まれる。横にいる楓は話を聴いていないのか、教科書にした落書きを眺めてニタッと笑った。
「統計って、授業でやらなかったっけ? 平たく言えば、調査して数を調べること。詳しく言えば、その数に法則性を見出すこと」
「ん~……初めて聴いた。たぶん、授業でやってない」
「百歩譲って、そういうことにしておくけど、授業は真面目に受けた方がいいよ。でね、占いが統計だって言ってる人は、こういう傾向があった人は、こういう風になった人が多いみたいなデータを元に、誕生した占いがあるからって話なんだけど……」
「生命線が長い人は、長生きした……みたいなこと?」
「まぁ、そんな感じ。でも、タロットとか、水晶とか、どう考えても統計に関係ないのもあるし、データを取ったからって統計だとは言えないの」
「何で?」
「調べなくちゃいけない標本数とか、特定の結果に偶然なる確率とか、いろいろと配慮しなきゃいけないことがあるんだって。私も、この辺に関しては怪しいけど」
「なんか、難しいね。でもさ、そのトーケイをきちんとやったら“超当たる占い”とか、できるんじゃない?」
「は?」
占いをインチキ呼ばわりした後に、“超当たる占い”の可能性に話が飛躍し、その展開に葵はついていけないでいた。
「だってさ、みんな当てる為にトーケイやってんでしょ? だったら、こういう傾向にある人は、こうなりますみたいなことを徹底的にやれば、スゲー儲かりそうじゃん」
「ある意味、保険がそうだってウチの兄が言ってたけど」
「保険ってトーケイなの?」
葵はコクンと頷いた。
「保険に入る前に、身内の病気傾向とか、既往歴……えっと、これまでにかかった病気のことね。そういうのを確かめるのは、その情報から特定の病気に罹る確率がわかるからなんだって。それでね、実際に保険が適用される確率から保険料が計算されて、保険会社的に儲かる仕組みになってるみたいだよ」
「えっと……よくわかんなかったんだけど」
「まず、病気になりそうな人からは、たくさん保険料を取る。病気にならなそうな人からは、少しだけ保険料を取る。確率的に、受け取った保険料よりも、支払う保険料を少なくしてるから、儲かるねって話」
「うわぁ~、まるで詐欺じゃん。入らない方が得だよね」
葵は否定も肯定もしなかった。自分が知らない情報が他にもあるかもしれないし、何より兄の情報を鵜呑みにしていることでの不安もあったからだ。
「トーケイで金儲けは保険会社がやってるから、“超当たる占い”は他のがいいな。もっと簡単な方法で、超当たるようにならないかなぁ……」
遥の視線は落書きをしている楓に向いていた。その視線に気づいたのか、楓はゆっくりと口を開いた。
「誰にでも当てはまることを言えば、必ず当たる」
その言葉を聴いて、遥は指をパチンッと鳴らした。
「それだ! “あなたは死にます”とか言えば、いつかは、みんな必ず死ぬから100%当たる! なんで、こんな簡単なことに気付かなかったんだろ」
「あ、あぁ……」
思いもよらぬ方向に話が向かい始め、葵は何て言っていいのかわからなかった。
「そう言えば、前に何かで見た気がする。“あなたの家の傍には大きな木がありますか?”とか訊いて、“あります”って言えば“そうでしょう。だから、あなたは……”って言って。“ないです”って言えば“だから、よかったんです……”って言うの。両方のパターンを用意しとけば、当てられたって思うんだって」
「それこそインチキじゃ……」
「違うよ、葵。これはトーク術だよ、トーク術。葵もなんか考えてよ、誰にでも当てはまる言葉とか」
言われるがままに、葵は考えて言葉にする。
「優しい、とか」
「ダメだよ、優しくない人っているじゃん」
「遥に対して優しくない人も、自分に対しては優しかったり、他の何かに対しては優しかったりするでしょ?」
「そっかぁ~。便利な言葉だね、優しいって……。よぉ~し、優しい……っと」
遥はバッグからルーズリーフを取り出して“優しい”とメモした。
「あのね遥、誰にでも当てはまる曖昧な言葉を、自分だけに当てはまるものだって思っちゃうのをバーナム効果って言うんだよ……」
「もぉ~、葵ってば、また訳わかんないこと言ってぇ~……。えっと、バーナムだっけ? ちょうどいいから、この占いの名前にしようっと。バーナム占い……っと」
その言葉をルーズリーフに書き足す。続けて、今まで話した内容をまとめに入る。
「書いてるところ悪いんだけど、こんな誰にでも当てはまる言葉を言うだけの占い師に、需要ってあるのかなぁ?」
遥のペンがピタリと止まる。
辺りはシーンと静まり返り、楓が教科書に落書きする音だけが聴こえる。
「終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。






