第二話 手抜きアニメを作ろう
「あのさ、アニメってどうやって作んの?」
今日も部室で、遥が部活には関係のない話題を切り出す。
「どうしたの? 急に」
と葵。
「この間さ、なんか流行ってるっぽいアニメの映画を観たんだけど、あたしもああいうの作りたいなって」
「個人でアニメとか無理だから。まぁ、あの監督は一人で作っていたけど……」
「何で無理なの?」
「あれって、30分のテレビ作品でも何千枚も絵を描いて、色を塗って、音を付けてるんだよ?」
「マジで? そんなことして作ってんなら、無理だわ……」
遥は口を開けたまま、椅子の背もたれに寄りかかって天井を眺めた。話は終わりだと思った葵は本を取り出し、栞を挟んでいるページから読み始める。楓は教科書に落書きをして、一人でクスッと笑っている。
「よ~し、じゃあ大変じゃないアニメを作ろう」
「は?」
また遥が訳の分からないことを言い出したと、葵は口をあんぐりとさせる。
「だってさ、絵の枚数が多いから大変なんでしょ? だったら、枚数を少なくしたらいいじゃん」
「動かなかったら、アニメにならないでしょ。パラパラ漫画みたいに、少しずつ変化してる絵を描くから、動いてるように見えるんだからね」
「大丈夫、動いちゃダメなストーリーにするから」
「は?」
それは紙芝居じゃないかと葵は思ったが、その想像すら超えてきそうなので言わないことにした。
「呪いによって動けなくなった男女の恋愛とか?」
「動けないのに、どうやって恋愛するの?」
「それはほら、便利な乗り物が発明された世界で、行きたいって思った場所にパパーッと動いて、口を動かさなくても考えてることがピピーッと伝わる何かも発明されてて……」
「それは何? 個人乗りのUFOにでも乗ってて、そのまま瞬間移動とかできて、互いに見つめ合った状態で、字幕が出るってこと?」
「そうそう、そんな感じ」
「シュール過ぎて、恋愛ものじゃなくなると思うよ。それに、呪いと近未来ってミスマッチ過ぎるから」
そう言われた遥は絵面を想像して、これはダメだと苦笑した。今度こそ本が読めると、葵は開いたページに目をやった。
「じゃあさ、同じカットを何回も使うのはどう?」
「は?」
葵は本を閉じることにした。
「例えばさ、顔のアップだけ繰り返すんなら、背景もいらないし、体の動きもいらないじゃん」
「それは、演出としてどうかと……」
「でも、使いまわせそうなカットを何度も使うのって、良いアイデアだと思わない?」
「ああ、バンクね。そういうのはあるから。変身シーンとか、いつも同じ絵が使われてるでしょ? ほかにも、前に似たシーンがあるとき、それを使ったりするんだって。バンクを管理する仕事の人もいるらしいよ。うちの兄から聴いたことがある」
「チッ、もうあるんだ。あたしが発明したと思ったのに」
舌打ちする遥に、葵は特許でも取るつもりだったのかと驚く。
「ん~、それじゃあ……こうしよう。他の作品で欲しいカットがあったら、その線を写して顔だけ変えて使う。これなら、一から描くよりも手間が省けるんじゃない?」
「それ、ダメだから。トレパクとか、問題になってるでしょ? 著作権のあるイラストとか、勝手にトレスして使っちゃダメなの」
「へぇ~、そうなんだ。問題になるってことは、結構な人がやってんだよね? それってさ、“トレパクしてもいいよ本”を出せば、売れるんじゃない?」
「買った人だけトレスしてもいいよ原画集でも作る気?」
「無理無理。あたし、絵、下手だもん」
原画集云々以前に、絵が下手なのにアニメを作ろうとしていた事実に、葵は何て言っていいのかわからなかった。
「よくよく考えたら、あたしが絵を描くって時点で無理っぽいかも」
「“かも”じゃなくて、確定してるから」
「なんか、良い方法ないかなぁ~。絵を描かなくてもいいような世界観の話とか?」
絵の無いアニメという時点で、もはや葵の思考は停止していた。考える気の失せた彼女の代わりに、ずっと落書きをしていた楓がポツリとこぼす。
「暗闇の世界。もしくは停電」
それを訊いた遥がテーブルにドンッと手を置く。
「それだ!」
「光の無い世界の物語とか、夜中に街全体が停電になってパニクる話とか?」
葵が訊くと楓はコクンと頷いた。
「画面はずっと真っ黒で、音だけで何が起こってるのか想像すんの! ワクワクしない?」
「いや、私だったら放送事故だと思う」
「そっか、そう思う人もいるよね。仕方ない、“この黒い画面は演出です。放送事故ではありません”ってテロップを出すことにしよう」
葵の頭の中では、水曜どうでしょうの“激闘! 西表島”が一瞬よぎっていた。
「でも、あたし、パニック映画って苦手なんだよね。なんか、もっと怖くない停電っていうか、暗闇ってないかな?」
遥の視線は楓に向いていた。
「闇鍋」
遥の期待に応えるように楓がボソッと言う。
「闇鍋、いいねぇ~。暗がりの中で男女が鍋をつついて、好きな人の箸とぶつかったと思ってドキッとしたら、恋敵のとかだったりして……ヤバいなぁ。で、嫌いな奴が苦手な食材を入れたら、好きな人も苦手で好感度がダダ下がりとか……。もう、制作に行き詰まったら、闇鍋回をやればいいんじゃない?」
ずっと聴いていた葵だったが、ひとつの疑問を口にすることにした。
「それってさ、ラジオドラマでよくない? アニメである必要ないよね?」
遥は葵の顔を見ると、ゆっくりと首を縦に振った。楓は教科書の落書きに夢中だ。
部内は静まり返っていた。
「終了~」
と言って遥は、この話題を終わりにした。