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68 勧誘

 "牛馬の高原"の攻略を始めてから、早5日が過ぎようとしていた。


「さてと、一体今はどの辺まで進めたのかねぇ……」


 その間、俺達は大量の〈ミノタウロス〉と〈ケンタウロス〉の群れを屠っていたが、その一方で攻略そのものは遅々として進んではいなかった。


「……せめて半分は超えたと思いたいわね」


 そう呟くナツメの声に力は籠ってはいない。

 彼女自身もそれが希望的観測に過ぎない事を理解しているからであろう。


「で、でもさ! レベルもちょくちょく上がってるし、確実に敵を倒す速度は速くなってるよ!」


 確かにここに来てからレベルは2つ程上がっているし、敵への対処も大分慣れてきたように思う。

 だが――

 

「だけどな。奥に進めば進むほど、敵Mobの出現率や一度に出て来る数が増えていくし、毎回毎回総力戦じゃぁ、すぐにこっちは息切れでとても前に進めないぞ……」


 多少、1つの群れを殲滅する効率が良くなったところで、こうも次々から次へと敵とエンカウントしていてはスキルの回復が追いつかないし、アイテムの消費だって馬鹿にはならない。

 結果、ある程度まで進んだ辺りから、そこから先は一進一退を繰り返してロクに前に進めていないのが現状だ。

 一応、長期的なスパンで考えれば、少しずつ奥に進めるようにはなっているのだが、所詮それは亀の歩みでしかなく、このペースだとエリアボスに到達できるのは果たしていつになるのやら……。


 そんな訳で、正攻法での攻略を進めつつも、他に一気に攻略を推し進める良い手がないか、あれこれ思案していたのだが、残念ながら今のところ特にこれといったモノが思いついてはいない。

 いっそ、このエリアの攻略を諦めて"不毛の荒野"の攻略に移ろうかと考えたりもしたのだが、それもどうやらあまり宜しくない状況のようだ。

 というのも、あのエリアを攻略中のパーティがいくつもPKにあったという情報が流れているからだ。


「あの連中。本気で攻略の妨害をする気満々なんだな……」


 これまで得た情報から判断するに、恐らく今俺達がいる"不毛の荒野"こそが4thエリア中で最難関のエリアだと推測される。

 そちらについては、俺達がそうであるようにどのパーティもロクに攻略が進んでいない為、奴らは"不毛の荒野"における妨害にその戦力を集中させているようなのだ。


「ねぇ、アイツラを討伐したりとかはしないの?」


「恐らく今は無理だろうな」


 ハルカのその疑問は確かに最もなのだが、現状ではまだ難しいだろう。

 奴らの被害者は徐々に増えているが、その多くがランキング上位のプレイヤー達である。

 そんな彼らは勿論俺達も含め、残念なことにプレイヤーの大多数を占める中位・下位のプレイヤーから妬まれる立場にある。

 無論、PKされた事に対し、色々と同情の声は寄せれられているのだが、その陰で喜んでいる連中も決して少なくは無い。

 そして当の上位プレイヤー間においては、お互いにライバル同士という事もあり、公然とライバルの失態に喜びを見せる連中もいる始末だ。

 このような現状では、PK集団に対抗する為の討伐隊結成など、夢のまた夢だ。


 こんな時こそ、〈蒼翼騎士団〉のような大手ギルドが率先して動いてくれれば良かったのだが、初期の段階でギルドマスターであるブルーロビンがPKされたことによる影響が大きいらしく、現状はその立て直しに奔走しているらしく、とてもそんな期待は出来ない模様だ。


「そっかぁ……。なんだか色々面倒なんだね」


「そんなもんだ。MMOで一番厄介なのは、モンスターではなく同じプレイヤーだって言われるくらいだしな」


 それくらいにプレイヤー同士の争いは、複雑怪奇で解決が難しいという訳だ。

 まして、全プレイヤーがログアウト不可能という密室状況においては、その厄介度は通常のMMOゲームよりも更に増している事だろう。


「それに、そろそろ閉じ込められている事に対するストレスが表面化してくる連中も増える時期だろうしな」


 ゲーム開始からもうすぐ1月が経とうとしている。

 集められた連中の多くが、程度の差はあれど概ね俺のようなゲーム中毒(ジャンキー)であったせいか問題になるのが思ったよりも遅かったが、それもそろそろ時間の問題だろう。

 ずっと閉鎖環境に閉じ込めらていれば、大半の人間は大なり小なりその精神に負荷を受ける。

 そして、それは今の俺達の置かれた状況にも当てはまる。


 俺? 俺自身は特に問題は無いな。

 一日中、面倒な現実に煩わされる事なく大好きなゲームの世界に没頭出来るなんて、なんて素晴らしい環境だ! 程度にしか考えてはいない。

 唯一不満と言えば、精々ネットが閲覧する事が出来ないくらいか。

 特に俺自身に関する事柄が、ネットの掲示板などに書き込まれるのを実は割と楽しみにしていたのだ。

 長いゲーマー生活の果てに、俺を褒め称えるような内容は勿論、例えネガティブな事を書かれたとしても、それはそれで楽しむ事が出来る強靭なメンタリティを俺は身に付けていた。

 なので、そう言った要素での楽しみが無いのは少し残念ではあるが、その辺についてはゲームクリア後のお楽しみに取っておけばよいのだ。


 さて、話が逸れたな。


「お前たちは大丈夫か? きつかったら無理をせずにすぐに言えよ。何が出来るか分からんが、俺の方でも色々と対処方法は考えてみるから」


 当然ながら、これほど長期間ゲームに閉じ込められる経験なんてした事は無いので、そのストレスの発散方法など勿論知らない。

 だが、仲間が苦しんでいるのなら、それを助けるのもギルドマスターの務めだからな。


「私は特になんともないわ」


 あっけらかんとそう言い放つナツメは、無理をしている気配などは微塵も感じさせない。

 うむ、問題は無さそうだな。良い事だ。

 

「うーん。ボクも大丈夫かなぁ。このゲーム結構楽しいしね」


 出会った頃と比べて、ハルカは随分とVRゲームに馴染んだように思う。

 元々身のこなしは一流ではあったが、それ以外の部分についても著しい成長を見せている。

 その事は恐らく彼女自身が一番実感しているだろう。

 そして自身の成長を肌で感じられる事は、ある種の快感が伴う。それがやる気に繋がる訳だな。

 もう暫くは心配は無さそうが、成長が止まってからどうなるかだな。


「私も問題ありません。こんな所で立ち止まっている暇はありませんから……っ」


 見た目は気の弱そうなユキハだが、意外と彼女は芯が強い子である。

 パーティ結成以前から感じていたが、彼女達2人の並々ならぬゲーム攻略に対する意思の強さは、正直目を見張るものがある。


「なぁ――。いや何でもない」


 一体、何を目的にそんなに必死に頑張るのか? 好奇心からそう尋ねようとしたのだが、熟慮の末、辞めておく事にした。

 察するにそれなりに重い事情がありそうな雰囲気だし、それを聞いた所で俺は特に行動を変えるつもりは無い。

 それでなくとも俺はこれ以上は無理な程に、常に全力でゲーム攻略に邁進しているつもりだからな。

 だったら余計な事を耳に入れない方がきっといいだろう。

 

 どうやらうちのパーティメンバーには、ゲームに閉じ込められたストレスによる目立った影響は無さそうなので、とりあえず一安心だ。

 勿論、今後も経過観察は必要だろうが。


「さてと、おい! いい加減隠れてないで、出て来いよ」


 俺は遠くに見える黒い影へとそう大声で叫ぶ。

 それは以前なら見逃していただろう気配の薄さだったが、今はアビリティの補助もあってハッキリとその姿が認識できる。


「おや。まさか気付かれていたとは……。流石にそう何度も上手くはいきませんか……」


 俺の叫びに対し返ってきたのは、聞き覚えのある声だ。忘れもしない。

 声の主は、俺に初デスをくれたPK集団〈全民公敵〉の長、ラキシスだ。


「良く言うぜ。こっちが気付いている事に、気付いていた癖によ」


 大分前から奴がこちらの様子を窺っているのには気付いていたので、敢えて気付かないふりをしていたのだが、その誘いには乗っては来なかったようだ。まったく用心深い奴め。


「いえいえ、それは流石に買い被り過ぎですよ。ただ、あなたの程の実力者相手に、そう何度も同じ手が通じる訳が無いと信頼していただけの事です」


「そうかい、それはどうも」


 この会話の間にも、ラキシスはゆっくりとこちらとの距離を詰めて来る。

 その後ろには10人程の仲間を伴っている。

 この程度の人数差なら戦えない事も無いが、今はそれよりも奴らの情報が少しでも欲しい。

 なにより折角、奴が会話に乗ってくれているのだ。


 今にも奴へと飛びかかりそうな気配を見せているナツメを手で制し、俺は奴との会話を続けることにする。


「で、一体俺達に何の用だ?」


「勿論あなた方を殺しに、というのが第一目的だったのですが、それは難しそうなので、別の用事を済ませたいと思います。……ナツメさんでしたか? あなたを私達のギルドに勧誘しに参りました」


「……どういう事かしら?」


 あまりに唐突な発言を前に、怪訝な表情を見せるナツメ。

 多分俺も似たような表情をしていたと思う。

 それ程に奴の発言は意味不明だったのだ。

 

 ――ナツメがお前らなんかの仲間になる訳ないだろうが。


「単刀直入に申し上げましょう。あなたからは生きたいという意思、即ち生への渇望というモノが感じられません。そして、その事実こそが、我らの仲間へと加わるに必要な条件なのです」


 ナツメに生きる意思が無い? とてもそうには見えないが。

 少なくとも俺の隣で戦う彼女はいつも生き生きとした表情を見せていた。


 しかし、当のナツメ本人がその言葉にどうもショックを受けたらしく、言葉を失っていた。


「どうやら図星のようですね。とはいえ、今のあなたは仮初の渇望を得ているご様子。なので今日は飽くまで自覚を促しに来たに過ぎません。本格的な勧誘はいずれまたの機会としましょう。では――」


 言いたい事は言い終えたらしく、そのまま踵を返すラキシス。

 一見その無防備な背中に一撃入れてやりたい所だが、やめておく事にする。

 どうせ実際は、きっちり抜かりなく警戒しているだろうしな。

 いざ戦闘になっても、決して有利とは言えない状況ではあるし、態々こちらから仕掛けるべきではないだろう。


「ナツメ、なんか妙な事を言われたようだが、あんま気にするな。所詮、変人のいう事に過ぎないさ」


 ワザワザ自らの死を望む連中など、俺からすればただの変わり者に過ぎない。

 いちいち奴らの言葉を真に受けるだけ損というものだ。


「……ええ、分かってるわ。大丈夫よ」


 そう答えるが、まだ若干の動揺が見られるな。


「そろそろいい時間だし、一度街に戻るとするか……」


 本来ならもう少し狩り続けても良かったが、ナツメが本調子では無いようだし、なんだかやる気に水を差された感じになったので、一度仕切り直した方がいいだろう。

 焦ってもそうすぐに攻略できる見込みがある訳でもないしな。

 攻略が進んでいないのは、俺達だけに限った話ではないので、他の連中に出し抜かれる心配しなくても大丈夫だろう。

 そんな訳で、ここで無理をする意味も無いのだ。

 それに予定では、ブリギッドに頼んだ聞き取り調査がそろそろ完了している頃だしな。

 そちらの方も気になる。


 そんな訳で、俺達は始まりの街へと帰還するのだった。


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