67 牛馬の高原
俺達は協議を重ねた結果、次に攻略するエリアを"牛馬の高原"へと定めた。
色々と迷いはしたのだが、決め手となったのはこちらの方が"不毛の荒野"よりも多く情報が流れており、事前対策が立てやすい事だった。
「これまで得た情報によれば、出現モンスターはたったの2種類。〈ミノタウロス〉と〈ケンタウロス〉だ」
どちらもギリシャ神話を出自とした非常に有名なモンスターだ。
それもあってどちらも他のゲームなどでその姿を良く見かける存在だ。
〈ミノタウロス〉は、牛の頭を持ち二足歩行のモンスターだ。武器として巨大な斧を扱う。
その名は「ミノス王の牛」を意味しているが、「ミノス王」そのものの存在は割とスルーされているゲームが多い気がする。
一応ミノス王自身もクレタ島の支配者にして、主神ゼウスの息子という中々の経歴を持っているるのだが、その知名度のほとんどをミノタウロスの存在に吸い取られてしまっているのが現実である。
〈ケンタウロス〉は半人半獣のモンスターで、その姿は馬の首から上が人間の上半身に置き換わったような姿をしている。
弓矢と長槍を上手く使い分け、"牛馬の高原"ではその高い機動力を生かして〈ミノタウロス〉の援護を行うそうだ。
ちなみに〈ミノタウロス〉は個体名なのに対し、〈ケンタウロス〉は種族名であり、その為か神話におけるその出自にも様々な説があるそうだ。
「前衛に高い火力と耐久性を持つ〈ミノタウロス〉が立ち、それを〈ケンタウロス〉が援護する形が基本みたいだな」
ただの雑魚Mobにも関わらず、その余りに高度な連携で数多くのプレイヤーが苦しめられているそうだ。
その中にあのガミガミ達も含まれる事から、相当に厄介な事が分かる。
「"竜虎の平原"と違って、モンスター同士が対立してるわけじゃないんだね」
エリア名が少し似た感じなので、そんな事を連想してしまうが、別にそんな事は無かった。
「そうだな。あれはあれで面倒だったが、モンスター同士が連携するとなると厄介度のレベルが違うな」
特に互いが互いの弱点を補うような性能を持っている事もあり、一つのチームとして見れば、非常にバランスが取れた相手なのだそうだ。
「これ以上は実際に戦ってみない事には、なんとも言えないな」
そんな訳で、俺達は"牛馬の高原"へと向かうのだった。
◆
「わぁぁ。高原っていうだけあって、景色はすっごく綺麗だね」
ハルカの言葉通り、背の低い草木が視界一面に生い茂っており、どこを見ても鮮やかな緑で彩られている。
「むぅ。障害物がほとんどないな。これじゃ敵との接触を避けて、先へと進むのは難しそうだな」
視界が開けているのは何も利点ばかりとは限らない。
当然ながら、敵からも俺達の姿が視認しやすいのだ。
「折角だし、〈闇夜のローブ〉の性能テストをやってみましょうか」
ナツメの提案に頷き、全員が黒のローブをその身に纏う。
それからハルカの〈フェイド〉によって、更にその隠形能力を向上させる。
「(良し、進むぞ)」
それから然程歩かない内に、敵の一団を発見する。
「(〈ミノタウロス〉が2体に〈ケンタウロス〉が3体か。あの群れを迂回しつつ進むぞ)」
敵から一定の距離を維持しながら、俺達は前へと進んでいく。
が、半ば程進んだ辺りで、〈ケンタウロス〉の一体が突然弓を構えるのが見えた。
「(まずいっ。気付かれたか!?)」
慌てて距離を取るとするも時既に遅く、他の個体も動き出しており、こちらへと視線を向けている。
「くそっ、全員戦闘態勢!」
そう指示を出したその直後に、〈ケンタウロス〉がこちらへと矢を放ってくる。
「ナツメ!」
矢を持った相手への基本的な対処法は、やはり接近する事だ。
俺のような例外もいるが、普通はやはり弓矢を持ったまま接近戦を演じるのは難しいからな。
「任せて!」
俺の意を得たりとばかりに、ナツメが猛然と敵へと突っ込んでいく。
だが、その行く手を〈ミノタウロス〉のうちの1体がその巨体をもって遮ってくる。
「どきなさい!」
その障害物を打ち払うべく、ナツメが剣を振るうが、〈ミノタウロス〉はその一撃を斧であっさりと受け止める。
「やるわね!」
牛の見た目に反し、武人のように洗練されたその動きを前に、ナツメも歩みを止めざるを得ない。
「〈ガイデッドシュート〉!」
だが、その場から動かないなら俺にとってはただの的だ。
ナツメに気を取られているその隙に、必中のスキルで攻撃を仕掛ける。
「ブモモォ!」
上手く隙を付いた事で矢が全弾直撃し、〈ミノタウロス〉が大きく仰け反る、がやはり筋肉の鎧で覆われた巨体だけあり、耐久性はかなりのモノだ。
HPは4分の1も削れていない。
「ちっ、しかも再生能力持ちかよ」
そして削った筈のHPが徐々に回復するのが見える。
高い近接戦闘技能と強固な防御力に加え、自己再生能力を持ち、更にその手に持つ巨大な斧から察するに攻撃力もかなり高い筈だ。
正に前衛としては、一級品と言える性能を備えている。
しかして厄介なのは、前衛だけで無かった。
「くっ」
俺がスキルを放った隙を狙って、〈ケンタウロス〉が矢を放ってくる。
その狙いは正確かつ強力であり、流石の俺も後ろに下がらざるを得ない。
「ナツメ、下がれ!」
といってもこのまま下がれば、ナツメが孤立してしまうので、彼女にも撤退を促す。
「〈ケンタウロス〉の援護が有る中で〈ミノタウロス〉を倒すのはちょっと難しそうね」
「そうだな。なら先に〈ケンタウロス〉から倒せばいいだけさ」
とはいえ、〈ミノタウロス〉は下がった俺達を追いかけては来ず、あくまで〈ケンタウロス〉達を守る姿勢のようだ。
性能だけではなく、その立ち振る舞いにおいても奴は理想的な前衛でああるようだった。
そしてそれが2体。
その守りを突破して〈ケンタウロス〉の元へ辿り着くのは中々に至難の業だろう。
となると、次に思い付く手段としては遠距離攻撃によってじわじわと〈ケンタウロス〉のHPを削る事だ。
「ナツメは敵の攻撃を引き付けてくれ。ユキハはその援護を。その隙に俺とハルカが遠距離から削る」
「任せて」「分かりました」
ナツメが双剣を交差して構えたまま、じりじりと前進していく。
〈二刀流〉スキルの一つ〈カウンタースタンス〉だ。
これで矢だろうが斧だろうが、ある程度は防げる。
無論、完璧には無理なのでユキハの支援は必須であるが。
「行くわよ!」
ナツメが前に立つ2体の〈ミノタウロス〉を無視して、〈ケンタウロス〉達へと向かう。
「ブモモォ!!」
そしてそれを阻止すべく、〈ミノタウロス〉2体がナツメの前に立ち塞がる。
と同時に、奴らを援護すべく〈ケンタウロス〉達も弓を構えて動き出す。
「やらせるかよ!」
〈ケンタウロス〉達がナツメに攻撃を仕掛けるのとほぼ同時に、こちらも奴らに矢や魔法を放つ。
「ブルルゥ!」
ダメージを受けた苦痛に〈ケンタウロス〉がいななく。
人間に近い顔立ちで、馬のような鳴き声を発するその姿に若干違和感を覚えつつも、そのまま殲滅すべく攻撃を放つ。
が、奴らもやられっぱなしではなく、その馬の脚を使った高い機動性をもって、こちらの攻撃をひょいひょいと躱していく。
「くっ、ちょこまかと!」
放った攻撃の大半を回避し、更に奴らは長槍を構えてこちらへと突進してくる。
「ハルカ、下がれ!」
対する俺も矢を放つ手を止め、短剣へと持ち替えて迎撃態勢を取る。
「ブルルゥゥ!!」
突進しながらの鋭い突きを短剣でどうにか捌くが、休む暇もなく今度は反対側から別の1体が突進してくる。
「くそっ!」
それをどうにか捌いたところに今度は、残る1体から矢が飛んでくるのだ。
それを避けても、また最初の1体が反転して再度突撃を仕掛けて来る。
その繰り返しであり、息つく暇も無い。
「くぅっ、ハルカ!」
「分かってるけど……っ」
一足先に後方へと退避したハルカが、魔法で攻撃を仕掛けているが、動き回る3体を止めるには至らないようだ。
「さて、どうしたもんか……っ」
幸い直撃はまだ受けてはいないが、こうも一方的に攻撃を受け続けていれば、それもいつまで持つか分からない。
「任せて下さい!」
とここで、ナツメの援護をしていた筈のユキハから声が掛かる。
「〈レイズグラビティー〉!」
どうやら動き回る3体の〈ケンタウロス〉の軌道が上手く重なり合った瞬間を狙ったらしく、奴らの細い脚がぐにゃりと折れる。
一瞬のタイミングを狙いすましたその1撃は達人技だと言えるだろう。
魔法スキルには、その発動までに大きなタイムラグが存在するので、武器スキルよりもそのコントロールは難しいからだ。
「今です!」
「〈アローレイン〉!」「〈スペクトラムシャワー〉!」
折角ユキハがつくってくれたチャンスだ。
この機に、俺とハルカはそれぞれが持つ最大火力のスキルを放つ。
矢の雨と、光のシャワー、その2つの攻撃により滅多打ちにされた〈ケンタウロス〉達はそのHPを一気にすり減らす。
「〈ラーヴァストライク〉!」
弱った〈ケンタウロス〉達にトドメとばかりにハルカが巨大な溶岩の塊を放つ。
結果、3体ともどうにか無事に仕留める事に成功した。
後はナツメが相手をしていた〈ミノタウロス〉2体だが、後衛を失った以上、後はナツメの後ろから攻撃を当てたい放題だ。
こうなってしまえば、もはや俺達の敵では無く、あっさりと2体とも沈んでいった。
「はぁ。なんとか倒したが、これが単なる雑魚戦だと思うと、流石にちょっと辛いものがあるな……」
かなり死力を尽くして戦い、結果スキルも大分打ちまくる羽目になった。
お蔭で現在、主力スキルの多くがクールタイム回復待ちの状態だ。
これではすぐに連戦するのは、とてもじゃないが不可能だ。
「探知能力がかなり高いみたいだから、戦いを避ける事も出来ないし、これじゃちょっと前に進めそうにないわね……」
〈闇夜のローブ〉と〈フェイド〉そして〈忍び足〉を併用した隠密行動でも、あっさり察知されてしまったのだ。
これでは雑魚Mobとの戦いを避けつつ、エリアボスの許へ向かうのは厳しそうだ。
かといって、正面から雑魚Mobを倒しながら進むには多大な労力を要する。
今も大分苦労したが、まだ入り口からほとんど動いていないのだ。
これまでの経験上、恐らく奥に進むほどに敵との遭遇率は上昇するだろうにも関わらず、現時点でこの体たらくでは先が思いやられる。
「ガミガミ達が苦戦してた理由が良くわかったな」
「そうね。慣れたらもう少し楽に戦えるのかしらね……」
これまで俺達は強敵を相手取った場合、その行動パターンを学習する事で対処してきた。
だが、今回は〈ミノタウロス〉と〈ケンタウロス〉2体の異なる種類のモンスターが連携をしてくる為、その行動パターンはかなり幅広い。
その動きを見切るのは、そう簡単にはいかないだろう。
「とはいえ、現状では正攻法以外での突破は難しそうだしな……」
何か弱点でもあればいいのだが、正直期待薄だ。
正確にいえば、どちらの敵にも弱点は存在するのだが、それを互いに上手くカバーしあっている状態なのだ。
個としては明らかな弱点を持っていたとしても、群としてはこれといった大きな弱点が存在しないという訳だ。
実際、片方さえ始末してしまえば、もう片方を倒すのは楽だったしな。
問題はそこに至るまでが物凄く大変という事なのだが……。
「兎も角、数をこなして慣れるしかないでしょうね……」
結局それしかないかと観念して、俺は視線を前へと向けるのだった。




