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56 全民公敵

 ――これは流石に死んだかな?


 HPバーの減少の勢いは凄まじく、とても回復が間に合う状況では無かった。

 事実、俺のHPバーはあっという間に0になった、かに思えたのだが……。


 俺は咄嗟に背後の気配から距離を取るべく、大きく飛ぶ。


「はぁ……、どうにか生き残れたみたいだな」


 HPがほんの僅かだが残っている。

 ブリギッドに貰った〈天使の首飾り〉のお蔭だ。

 まったくブリギッド様々だな。

 

「よもや、あの状況でも死なないとは……。成程、それが〈天使の首飾り〉ですか。確か市場にもほとんど出回っていないレアアイテムの筈。それを持っているとは、流石はランキング1位と言うべきなのでしょうか」


 大して驚いた様子も無く、淡々とそう述べるその男は、黒のローブで全身を覆いフードで顔を隠している為、その表情は分からない。

 それよりも、その手に持つ漆黒の大鎌の方がどうしても印象に残る。

 黒い恰好と合わさり、差し詰め死神といった様相を呈している。


 接近に気付けなかったのは、恐らくあの黒ローブの力のお蔭だろう。

 あれは多分ガミガミが持っているものと同じ、隠形効果を持つ特殊な装備品だ。

 PKに利用される事は懸念していたが、よもや俺達がその被害に遭うとはな……。


「で、突然色々とやってくれたようだが、一体どういうつもりだ?」


 俺は短剣を構え、その男へと向き直る。

 他の連中も皆動けるようになったらしく、油断なく武器を構えている。


「それは、先程も伝えたと思うのですが……。ああ、そう言えば名を名乗っておりませんでしたね。私の名はラキシス。アンチ攻略ギルド〈全民公敵〉のギルドマスターを務めております」


 もしかして、こいつがブリギッドの言ってたPK連中か?


「まあ、PKという呼称も悪くないのですが、私達の目的は少々異なります。先程もお伝えしましたが、目的はゲーム攻略の失敗です」


「……どういうことだ? 攻略に失敗したら、お前も死んでしまうんだぞ?」


 それは仮に"生存の書"を所持していても変わらない。

 ゲーム攻略の失敗が齎すのは全プレイヤーの死だ。


「ええ、それは勿論分かっていますとも」


 だったら何故? とそう尋ねる前に、周囲にいくつもの気配が現れるのを感じる。

 それに僅か遅れて、黒ローブを纏った人間が次々と姿を見せる。

 全員がフードで顔を隠しており、黒ローブの効果でプレイヤーネームも分からない。


「……あの連中は、お前のお仲間か?」


「ええ。私達〈全民公敵〉の栄えある同士ですよ」


 その数、パッと見でも30人は超えている。

 俺達の倍以上の人数だ。

 そのくらいの数のプレイヤーなら、平時の俺達ならば相手に出来たかもしれないが、困った事に今は全員満身創痍の有様だ。

 そして、その身のこなしから彼ら全員がそれなり以上の腕を持ったプレイヤーに思える。

 少なくとも目の前の男は、確実にかなりの腕の持ち主だ。

 加えて、正体不明のアビリティを所持しているようだしな。


「これだけの数がいたなら、最初に俺達の動きを止めた時点で仕留められたんじゃないのか?」


「ええ、そうでしょうね。ですが、それでは意味がありません。きちんとあなた方に挨拶をして、私達の事をちゃんと知って頂いた上で、死んで貰わなければ意味がありませんからね」


 単に奇襲で殺すよりも、そっちの方がゲーム攻略の妨害には有効だとでも判断したのだろうか?

 俺には良く分からない思考だが、そのお蔭でまだ首の皮一枚繋がっている。


「その慢心が大きなミスに繋がなきゃいいけどな」


 そう言いつつ、後ろ手でいくつもの操作を俺は行う。


「別に慢心などではありませんよ。私達は目的の為に必要な事を、ただ成しているだけに過ぎません」


 実際、これだけ鮮やかな奇襲を決めたにも関わらず、浮足立っているようにも、こちらを見下しているようにも見えない。

 良くも悪くも彼らは皆、自然体だ。


「で、その目的はゲーム攻略の失敗って訳か。一体何がしたいんだ、お前たちは?」


「別にあなた方に理解して貰う必要性は感じませんね。さて、おしゃべりももう十分でしょう。HPも回復したようですしね」


 会話をしつつも残った最後のポーションを使い、こっそりとHPを回復をしていたのだが、どうやら気付かれていたようだ。


「気付いていたのに、わざと見逃してくれた訳か。随分と余裕がある事で……」


「別に余裕、という訳ではありませんよ。さて、では今度こそ、死んで頂きます」


 奴が大鎌を構え、戦闘態勢を取る。

 と同時に、俺達を取り囲む黒ローブの連中も一気に剣呑な雰囲気を醸し出し始める。


「シン。こいつらを倒すのは今の俺達じゃ無理だ。だから、お前にはここからの脱出の指揮を頼む」


「……あなたはどうするのです、カイト?」


 お前、答えが分かっていて聞いているだろう?

 まあ、分かっていない連中に周知する必要はあるか。


「俺はおまえらが逃げる時間を稼ぐさ。それがこのフルレイドのリーダーの役目だろうしな」


 こんな事になるなど予想は不可能な事態ではあったが、それでも責任は取らねばなるまい。


「おいおい。廃人、何一人で恰好つけてやがんだ。俺も――」


「†ラーハルト†。カイトの覚悟を無碍にしてはいけません」


 その通りだ。

 大体、お前もうHPが大して残ってないじゃないか。

 それに、タンク役のお前が先陣切って退路を確保して貰わないと、厳しいからな。

 そして、それは俺には出来ない役目だ。だから頼んだぞ。


「私も残るわよ。カイト」


「いや、ナツメも逃げてくれ。ここは俺一人で十分だ」


「でも……っ」


「お前には、さっき預けたアイテムを守りきって貰わないと困るからな。分かるだろ?」


「っ!?」


 先程のお喋りの隙にこっそりとナツメへとトレード申請を送り、手持ちの"生存の書"と"封印の書"を預けたのだ。

 "生存の書"を預けるかは迷ったが、恐らく奴らは"封印の書"をまだ所持してはいない。

 ならば、ここで死に運悪くドロップする危険を避けた方がいいと判断したのだ。

 折角MVPをゲットして手に入れたアイテムだ。

 他の連中に山分けする前に、失う訳にもいかないしな。


「ナツメさん……」「ナツメっち……」


 ハルカとユキハが、ナツメの両側からその手を引く。


「……分かったわ。死なないでね、カイト」


 その手に引かれ、渋々ながら俺に背を向けるナツメ。


「……まあ、努力はするさ」


 勿論、むざむざ死ぬつもりは無い。


「では、そろそろ始めましょうか。殺し合いを」


 ラキシスのその言葉と共に、黒ローブが一斉に動き出す。

 それに合わせて俺達も動く。


「うおおぉりゃぁ!」


 まず†ラーハルト†が盾を全面に構えたまま、ラキシスと反対側の包囲網へと突っ込む。

 それで正解だ。

 ラキシスのアビリティは未知数過ぎて危険だからな。


「お前らの相手はこっちだ!」


 包囲網を突破しようとする†ラーハルト†に攻撃を仕掛けようとしている奴に対し、俺は次々と弓を射掛けていく。

 

「くっ」


「ちっ」


 その攻撃の目的はダメージよりも、顔を覆っているフードを剥がす事だ。

 フードを剥がし、顔を露わにすれば、プレイヤーネームが見えるからな。


 案の定というべきか、奴らはそれを嫌がり、動きを止め防御姿勢を取る。

 その隙に†ラーハルト†を先頭にした、皆が一団となって駆けて行く。


「流石ですね。ですが私は名前を隠しておりませんので、その行為は無意味ですよ」


 一人ラキシスだけは、俺の矢に怯んだ様子も無く、こちらへと攻撃を仕掛けて来る。


「死になさい」


 鋭い大鎌の一撃が、俺へと振り下ろされるのを、間一髪回避する。


「やりますね。ですが――」


 ラキシスの猛攻は続く。

 俺はそれを回避しつつ、尚も†ラーハルト†達を追わんとする敵に矢を射掛けていく。


「これは凄いですね……。私の攻撃を回避しつつ、尚それだけの余裕があるとは……。あなたへの評価を更に上方修正する必要があるようです」


 言葉面は感嘆しているように聞こえるが、その口調は相変わらず平坦だ。

 なんとも反応に困る奴だ。


 そして、奴の言葉の内容については、正直俺自身が一番驚いている。

 多分、エリアボス戦からの緊張の連続で、俺の精神が最高潮に高まっているからだろう。

 周りの動きがスローに見えるからな。

 だが、これは経験上、決して良い事ばかりではない。

 この状態は言うなれば、ロウソクが燃え尽きる前の最後の輝きのようなモノだ。

 そう長くは続かないし、その後には虚脱状態に陥るのが常だ。


 ――だが、それでもナツメ達が逃げる時間を稼げるなら、それでいい。


 最後の力を振り絞り、俺は30人もの敵の足止めを行う。


「さて、時間を稼いで得るものがあるのは、何もそちらだけではありません。〈タイムリストリクション〉」


 ラキシスがそう呟いた瞬間、俺の全身が突然動きを止める。


 ――前にやられた奴か。


 警戒してなかった訳ではないのだが、30人もの足止めをしていては流石に手が回らなかった。

 それに、あれだけ強力なスキルがこうも早く再使用が可能になると思っていなかったというのもある。


「まさかこのスキルを2度も使うことにはなるとは、思いませんでしたよ。あなたは称賛に値します」


 矢を放った態勢のまま止まった俺は、完全に無防備な姿を奴に晒している。

 先程、俺を救ってくれた〈天使の首飾り〉ももう無い。


「ですが、それもここまでです。封印宮でごゆっくりとお休み下さい。まあ、あそこもそう悪い所ではありませんよ」


 奴がそう呟いた直後、俺目掛けて大鎌の一撃が振り下ろされる。


「やらせるかよ!!」


 俺の首へと大鎌が当たる直前、白い光が飛んできて大鎌が弾かれる。

 白い光の出所へと視線をやれば、そこには全身を白で染め上げた双剣使いの姿があった。


「大丈夫か、カイトさん!?」


 そう言いながらも、次々と飛んで来る白い光を前に、ラキシスも流石に後退せざるを得なかったようだ。


「ああ。しかし、どうして来たんだ?」


 時間経過により動けるようになった俺は、カズヒトへとそう問い質す。


「いやー、俺は"生存の書"とか持ってないしさ。最悪死んでも失うモノが少ないからねー」


 確かに"生存の書"や"封印の書"は持ってないかもしれないが、彼が手に持つ2本の純白の双剣は、それらに匹敵するレアリティを持つアイテムだ。

 死亡リスクは十分高いし、それは彼自身も分かっている筈だが。


「ははっ。ここでカイトさんを見捨てるよりは幾分マシだよ」


 こいつとの付き合いはそう長くはないが、何故か妙に懐かれている気がする。

 だが、不思議とそれは心地よい気分にさせてくれた。


「"白の剣士"ですか。あなたが来るのは計算外ですが、まあいいでしょう。纏めて仕留めて差し上げます」


 カズヒトの救援によって、命拾いした俺だが、残念ながら状況はほとんど好転してはいない。

 敵の数は一人として減じてはいないのだ。

 このままでは、2人揃ってやられるだけだろう。


「多分、2人とも死ぬだろうが、その前にあのラキシスとかいう奴だけでも倒すとしようか」


「そうだね。カイトさん、背中は任せてよ!」


「奴らのフードを狙え、アイツらは名前バレを恐れている」


「……了解!」


 カズヒトは先程まで俺がやっていたように、取り囲む連中のフード目掛けて白い光を飛ばしていく。

 その隙に俺は、武器を短剣へと持ち替えラキシスへと向かう。


「はぁぁ!」


「くっ」


 小回りの利く短剣の連打に対し、大鎌では対処しきれなかったらしく、次々と俺の攻撃が刺さっていく。

 攻撃力に反して奴は妙に軟らかく、結果HPがもの凄い勢いで削れていく。

 当然、周囲の黒ローブ達も援護に入ろうとするが、それはカズヒトの白い光による牽制攻撃によって、防がれている。


「いまだ! 〈コンビネーションエッジ〉!」


 奴が態勢を崩した隙を狙い、俺は〈短剣術〉スキルの内の大技を繰り出す。

 大分HPを削ったので、上手くすればこれでトドメとなる筈だ。

 

 初動の1撃が奴へと突き刺さり、奴は仰け反る。

 ここに至っては周囲から邪魔が入らない限り、最後までダメージは入る。

 そうなれば、奴のHPは0になる。

 そして、他の黒ローブ達はカズヒトの牽制で助けに入れずにいる。


 俺は勝ちを確信しながら、2撃、3撃と次々と連撃を繰り出していく。


「已むを得ませんね。切り札を使わせて貰います。〈タイムインタラプション〉」


 仰け反ったまま奴がそう呟いた瞬間、連撃を繰り出していた筈の俺の身体が動きを止める。


 ――なんだ!?


「カウンター用の〈時魔法〉スキルです。今の段階でこれをお見せするつもりは無かったのですが、あなた方に敬意を表して使わせて頂きました」


 仰け反りから態勢を立て直した奴が、大鎌を掲げる。


 ――くそっ。こんなの反則だろうが!


 そう心中で悪態を吐くが、ラキシスの動きは止まらない。


「中々楽しかったですよ。では、今度こそさようなら」


 そんな言葉と共に、大鎌が俺の脳天へと振り下ろされる。

 それから僅かに遅れて、拘束から解除された俺に大ダメージが入る。

 それはどうやら致命的なものだったらしく、俺のHPゲージはぐんぐん減少していく。

 そして0になった。


「カイトさんっ!?」


 俺を泣きそうな眼で見ているカズヒトの姿を最後に、俺の視界は暗転したのだった。


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