53 2体のエリアボス(2)
2つの敵陣営を互いに争わせる策が無事に功を奏し、残すはエリアボス2体だけとなった。
邪魔者は居なくなった訳だが、それで油断出来るかというと、決してそうでは無い。
「悪りぃ。そろそろ限界だわ……っ」
2体のターゲットをずっと受け持っていた†ラーハルト†がそんな言葉を漏らす。
見れば彼のMPが尽きかけていた。
そして、それは彼の回復を一手に引き受けていたシンも同様であった。
「ナツメ、代わりを頼めるか?」
「ええ、任せて」
「よし。†ラーハルト†達は一旦下がって態勢を整えてくれ。それとこれを使え」
そう言って俺は手持ちの半分ほどのマナポーションをシンへと渡す。
彼は一瞬躊躇したものの、ここで時間を浪費している場合では無いと気付いたのか、渋々ながら受け取る。
「……借りておきますね」
一々律儀な奴だ。
くれてやると言っているんだから、有り難く貰っておけばいいものを。
まあ、そういうのは嫌いじゃないがな。
「それより、サッサと戦線復帰してくれ」
「ええ。直ぐに戻ります」
こうして2人は一時的にだがパーティを離脱する事になった。
目的は戦闘状態を解除し、料理アイテムなどを使って少しでもMPを回復させる為だ。
人数が減った事で、残った俺達の負担は増えるが、まあ耐えるだけならなんとかなるだろう。
「ナツメ、タゲをもう片方に擦り付けてしまえ!」
折角、ボス2体が対立しているのだ。
わざわざ両方を同時に相手にする必要は無い。
「分かってはいるのだけど……っ」
敵の猛攻の前に、それは中々に難しいようだ。
〈ストームタイガー〉は先程から、風魔法を絶え間なく連打してきている。
一発の威力はそれ程でも無いようだが、余りに間断なく放ってくる為、どうにか回避するので手一杯のようだ。
上手く誘導して〈マザーワイバーン〉に誤爆させたい所だが、奴は先程からずっと空を飛び回っているので、それも難しい。
こちらは遠距離攻撃をしてこないのは助かるのだが、巨体を生かした突進攻撃を繰り出して来る為、ナツメでは下手に受ける事も出来ないので、こちらも回避するので手いっぱいだ。
そう考えると、こいつらに加えて雑魚10体以上を受け持っていた†ラーハルト†はやはり凄かったのだろう。
流石のナツメでも本職の凄腕タンクと比べれば、その実力は一段劣ってしまうのも仕方がない。
ガンガンとHPが削れ続けているナツメに対し、ヒーラー勢は回復魔法を飛ばしまくっているが、一方で俺達火力組は手出しが出来ないでいた。
今はナツメがタゲを持っているが、ナツメ自身は大してエリアボス達に攻撃を加える事が出来ていない。
この状況で下手に手出しをすれば、すぐさまタゲが他へと移り大混乱に陥ってしまうだろう。
今はただ†ラーハルト†達の復帰を待つしかない。
「くそっ、これは歯がゆいな……っ」
いっそ一度全員で撤退して挑戦しなおしたい所だが、それをやると折角ここまで削った敵の大群が復活してしまうだろう。
そうなれば、これまでの苦労が水の泡となってしまうので、その手は選べないのだ。
――くそっ! †ラーハルト†達はまだなのかっ!
勿論彼らだって、全速力で態勢を整えているのは分かっているが、眼前でナツメがひたすらタコ殴りに遭うのを見ていれば、嫌でも焦れてしまう。
いっそ代わってやりたい所だが、残念な事に俺の装備ではそれも難しいだろう。
――いかんな。もっと冷静になれ。
そう自分に言い聞かせながら、ナツメの奮闘を見守る事しばし。
ようやく待ちに待った声が届く。
「待たせたなっ!」
「遅いぞっ!」
「悪りぃな。だが、もうこれで万全だぜ!」
見れば2人のMPは約半分程度まで回復していた。
これならば、順調にいけばMPは最後まで持つだろう。
「ナツメと交代してやってくれ!」
「おうよっ! 〈ウォークライ〉!」
†ラーハルト†が放ったスキル一発で、タゲはナツメからあっさりと剥がれ、彼の方へと向く。
やはり、下手な手出しはしなくて正解だったようだ。
「カイト。†ラーハルト†がタゲを固定したら、一斉に攻撃を仕掛けましょう。……どちらから先にやるべきだと思いますか?」
「……〈マザーワイバーン〉からだな。あんだけ動き回られると厄介だ。早めに叩き落としてしまおう」
迷いどころではあったが、俺はそう判断を下す。
奴は空を飛び回っているせいで、自由にさせておいては不安要素が大きい。
そして対する〈ストームタイガー〉だが、奴は遠距離から攻撃を仕掛けて来るせいで、†ラーハルト†のタゲ固定が甘い為、下手に攻撃を集中すればタゲが外れかねない。
そんな理由もあって、出来れば〈マザーワイバーン〉から先に倒したいのだ。
「そうですね。こちらも異論はありません」
「我らもじゃ。まずはあの羽付き大蜥蜴を地に叩き落してやるのじゃ!」
「よし、では行くぞ!」
俺が弓を構えるのに合わせて、他の連中も武器を構える。
「「「〈ガイデッドシュート〉!」」」
速度の速い飛行系の相手にはこのスキルがやはり一番だ。
狙いがズレたり敵に回避されたりしても矢が誘導して、確実に当たるからな。
などと、思っていた俺の考えはどうやら少し甘かったらしい。
「グギャァ!!」
〈マザーワイバーン〉がそう吠えながら、殺到する矢を回避する。
勿論、一度回避した程度で凌げる程、このスキルはそう甘いものでは無く、魔法の矢はすぐさま方向転換をして再び奴へと向かっていく。
だが、ここで奴は思いもよらぬ行動に出る。
魔法の矢に追われたまま〈マザーワイバーン〉が〈ストームタイガー〉へと向けて一直線に飛んでいく。
「まさかっ!?」
猛スピードの突進で〈ストームタイガー〉へと激突する寸前、奴は急に上方へと方向転換する。
結果、〈マザーワイバーン〉を追っていた魔法の矢は、方向転換が間に合わずそのまま〈ストームタイガー〉へとぶつかる事になったのだ。
「ガルゥゥ!?」
――まさか、誘導を逆手に取って擦り付けるとは……。
〈マザーワイバーン〉の想定外の行動のせいで、〈ストームタイガー〉のタゲが俺へと向いてしまう。
「くそっ!」
飛来する風の刃が他の連中に当たらないように、俺は集団から離れて一旦距離を取る。
「廃人! 俺の射程内にそいつを釣って来てくれ!」
†ラーハルト†は剣装備であるので、基本的には近距離の敵にしか攻撃が出来ない。
なので、モンスターのタゲを固定するには、なるべく敵を射程内に入れて定期的に攻撃を仕掛けてヘイトを稼げる状況にする必要があるのだ。
「くっ、無茶を言ってくれる!」
次々と飛んで来る風の刃を掻い潜りながら、どうにか〈ストームタイガー〉を†ラーハルト†の元へと誘導していく。
その際にいくつものかすり傷を負ったが、死ななければこの際OKだ。
「ナイスだ廃人! 〈ウォークライ〉!」
苦労の末、どうにか誘導に成功し、†ラーハルト†へとタゲを預ける事が出来たが、一息つくような暇も無い。
「HPを削ってしまった以上、予定を変更して〈ストームタイガー〉から倒すぞ!」
これまでの経験上、エリアボスはゲージが一定以上削れると、攻撃パターンが変わりその強さを増す。
そして、その一定以上というのがどの位なのかは個々のボスによって違いがある。
タゲを維持する上でも、多少なりともHPを削ってしまう事がある以上、ここで〈マザーワイバーン〉への攻撃に切り替えた場合、最悪の場合、2体同時に攻撃パターンが変わり、非常に面倒な事態に陥ることもあり得る。
よって、そういった危険を避ける意味でも、既にHPが削れている〈ストームタイガー〉への目標変更は、やむなしでなのであった。
それに懸念であったターゲットの固定は、俺の苦労の甲斐もあって一応解消されているので多分大丈夫だろう。
〈マザーワイバーン〉の縦横無尽な動きは、確かに厄介ではあるのだが、決して対処できない訳ではないしな。
「行くぞ!」
俺の号令と共に、弓と魔法による一斉射撃が行われる。
対する〈ストームタイガー〉も、その素早い動きでそれを回避しようとするが――。
「〈レイズグラビティー〉!」
ユキハの〈闇魔法〉の直撃を食らい、その重圧によって地面に伏せるような態勢を取らされる。
この闇魔法は、相手の重量に応じた行動阻害効果があるので、デカい相手だろうと構わずに動きを止める事が出来る。
まあ凶悪な効果を持つだけあって、クールタイムは非常に長いので、この戦闘では多分使えても後1、2回程度だろうが。
「今だ!」
何にせよユキハが折角つくってくれた隙を逃す手は無い。
ここぞとばかりに近接型の連中が、次々に〈ストームタイガー〉へと殺到する。
〈ストームタイガー〉は20本ものHPゲージを持つが、反面1本あたりが持つ量は思った程は多くは無い。
勿論、総量で判断すれば、これまで相手してきたエリアボスとは比較にならない程の膨大なHPを持つが、それでも攻撃をするたびに着実にHPゲージが動くので、気分的にはそこまできつくは無いのだ。
俺の経験上、実際のHP総量はどうあれ、攻撃を加えてもHPゲージが動いているように見えない相手は、戦っていて精神的に辛いモノがあるのだ。
HPゲージの変動が少なければ、相手の総HPの推測も難しいので、撃破までに掛かる時間の判断がし辛くなる。
人というものは得てして、見えない近くのゴールよりも、見える遠くのゴールの方が辿り着きやすいものなのだ。
そんな訳で、立ち回り的には苦労しつつも、精神的にはまだマシな気分で俺達は戦えていた。
そして、遂に〈ストームタイガー〉のHPゲージが残り10本を切る。
「ガルルゥゥゥ!!」
「あうっ!?」「くぅぅっ!」
〈ストームタイガー〉が咆哮を上げると同時に、周囲に暴風が吹き荒れ、取り付いていた連中が弾き飛ばされる。
「どうやら行動パターンが変わるみたいだな。奴の動きを見極めるまで慎重に行くぞ!」
見れば〈ストームタイガー〉の全身に薄く纏わり付いていた緑の風が、嵐のような激しさに変化している。
「はぁぁ!」
様子見を兼ねて、軽く矢を放ってみるが、なんと奴に届く前に吹き荒れる嵐によって弾かれてしまった。
「なるほど、差し詰め嵐の鎧って所か?」
その後何度か攻撃を放ってみた所、あの嵐の鎧は遠距離からの攻撃をある程度無効化する力を持っているようだ。
強力なスキルならば、ダメージを与える事が可能なようだが、通常攻撃や弱いスキルでは弾かれてしまう。
強力なスキルは、クールタイムが長い為、どうしても連射が効かず、結果遠距離からの火力はどうしても大幅に減衰してしまう事になる。
この状況では、遠距離からの火力は期待出来ないので、頼りは近接の連中となる。
こうなると、俺も武器を短剣に持ち替えた方がいいだろうな。
〈ストームタイガー〉の防御性能は嵐の鎧によって大幅に向上したが、幸いにも攻撃性能や敏捷性などに変化は見られない。
これならば、時間は掛かるがまだどうにかなるだろう。
などと思ってしまったのが、フラグだったのか。
奴は更に変化を見せる。
それは、奴のHPが残り5ゲージを切った時だった。
「ガルルゥゥゥゥ!!」
再び大音量の雄叫びを上げて、近接の連中を暴風で弾き飛ばす。
それに続いて〈ストームタイガー〉が纏っていた嵐の鎧が弾けて風の弾丸へと姿を変え、周囲を無差別に襲い始める。
「くそっ、ターゲット無視のランダム攻撃かっ!」
大規模戦において、特に厄介なボスの行動として良く上げられるのがこれだ。
ボスがターゲットに定めている相手とは、別の相手に対し攻撃を行う事で、これをやられるとこちらとしては非常に辛い。
これまで回復をタンク役に集中しておけば良かったのが、他の連中にも注意を配る必要が出て来る為、ヒーラーへの負担が大幅に増す。
加えてアタッカー側も敵の攻撃に対し気を配る必要が出て来る為、攻撃に専念できなくなりDPSの減少を招く。
こうなると火力面でも防御面においても、一気にきつくなるのだ。
「このやろう! 攻撃は俺にだけやれやっ!」
†ラーハルト†がそんな事を叫びながら必死で殴っているが、別に奴のターゲットが彼から外れている訳では無いので、特にその行為に意味は無い。
無論、彼もそんな事は理解しているのだろうが、他に被害が飛び火するのは彼のタンク役としての矜持を傷つけるのだろう。
だが、ランダムに飛んで来る風の弾丸の厄介さは、それだけでは無かった。
「えっ!? もしかしてHPが回復してる?」
「ああ。どうやらそうみたいだな……」
どうも風の弾丸でこちらがダメージを負うと、その何割かのHPを奴は回復しているようなのだ。
エリアボスに対してプレイヤーのHPは遥かに少なく、一度の回復量は微々たるものだが、それでも飛んでくる風の弾丸の数がかなり多くこちらの被弾量もそれなりの為、総量で見れば決して馬鹿に出来ない数値となる。
なんて面倒な……。
これで火力役は、余計に攻撃を仕掛けづらくなった。
無理に攻撃を仕掛けても、風の弾丸を食らってしまえば、敵のHPが回復してしまうので、下手をすれば差し引きでマイナスになってしまう。
そうでなくても、風の弾丸を食らうだけで、ヒーラーの負担が増すのだ。
事実、全体の攻撃の手が一気に鈍る。
「くそがっ!」
そして、一番風の弾丸を受ける事になるのが、タンク役の†ラーハルト†である。
HPの回復量はダメージ量に比例しており、その大半を盾で防いでいる為、言う程は回復されてはいないのだが、それでも攻撃を受け止める度に僅かでも敵のHPが回復するという状況は、非常に辛いものがある。
だが、彼は〈マザーワイバーン〉のタゲも同時に受け持っている以上、下手に攻撃を回避する訳にもいかない。
〈盾術〉スキルには、攻撃を受けるだけで敵のヘイトを稼ぐスキルがあり、それでタゲを維持している側面もあるので、下手に回避しようとすれば、タゲが外れる危険があるのだ。
結果、戦況は膠着状態に陥いってしまった。
一応、回復量を上回るだけの攻撃をどうにか加える事は出来ているので、〈ストームタイガー〉のHPは少しずつ削れてはいるのだが、その速度は亀の歩みに等しいものだ。
このままでは敵を倒しきる前に、全員のMPが尽きかねない。
一瞬も気が抜けない戦いが、まだまだ続くのだった。




