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38 ギルドハウス騒動(後編)

 ベッドでゆっくりと惰眠を貪っていた俺だが、残念な事にまたもやその安息の時間は破られてしまう。

 

「(カイト!)」


 ハルカからパーティ通話で救援を求める声が聞こえ、すぐさま俺は部屋を飛び出し、彼女がいるユキハの部屋へと向かう。


「どうした!?」


「となりの部屋から、何か物音が……」


 今はユキハの部屋にいる訳だから、物音の発信源は元ハルカの部屋という事になる。


「何者だ!」


 俺は元ハルカの部屋の扉を開き、そう叫ぶ。

 視界には紙キレが舞うだけで、誰の姿も無い。だが――


「そこかっ!」


 部屋の中へと突っ込んでいき、気配のする方へと手に持った短剣を振るう。


「グギャァッ!!」


 すると人とも獣ともつかないような悲鳴が上がる。

と同時に一見何も見えなかった筈の場所に、隠れていた何者かの姿が浮かび上がる。

 その正体は、唐草模様の風呂敷を背負った妙なゴブリンであった。


「〈ゴブリンシーフ〉? レベルは15か。しかし、なんでこんなところにモンスターが……?」


 意味不明な事態を前に、思わず俺は動きを止めてしまう。

 それはどうやら他の3人も一緒だったらしい。

 ろくに声すら発すことが出来ぬまま、呆けてしまっている。


 だが、そんな俺たちの目の前で〈ゴブリンシーフ〉は更なる予想外の行動を見せる。

 

 いやそれは行動と言っていいのか。

 なんと、奴のHPが突然0になり、粒子となり砕け散ったのだった。


「はっ?」


 訳が分からない。

 確かに俺は短剣で一撃を加えた。だがそれだけだ。


 スキルでも無いただの通常攻撃では、流石にレベル15でも一撃で死ぬ事は普通は有り得ない。

 そもそも、奴が死んだタイミングと俺が攻撃を加えたタイミングは明らかにズレていた。

 なので、俺の攻撃が直接の原因では無いと判断出来る。

 だが、なら一体何が……。


「あの、多分毒です」


 その疑問の答えは、ユキハが教えてくれた。

 

「毒?」


「はい。先程の〈ゴブリンシーフ〉に毒のアイコンがついてました。多分、そのダメージで死んだんだと思います」


「そういう事か……。しかし、何で毒を食らってたんだ、あいつ?」


 俺の短剣に、毒の付与効果なんてものは付いてはいない。

 勿論、〈ポイズンエッジ〉などといった、毒の状態異常を付与する類のスキルを使った訳でもない。


「さあ。そこまでは……」


 まあそうだよな。

 毒のアイコンに気付いただけでも、十分ナイスだ。


「さて、問題は奴の侵入経路だな。モンスターが街中に入ってきたなんて話は聞いた事ないが、下手すれば由々しき事態だな、これ」


 "始まりの街"にモンスターが侵入しないのは、これまで不文律だった。


 街中であってもPKの存在という危険はあるものの、PK自体リスクがかなり大きい行為だ。

 公にPKと周囲から認定されてしまえば、それこそ大義名分を得たとして、周りから逆に狙われる事態にも成り得る。

 そして現時点ではプレイヤーの拠点となる街は、ここ"始まりの街"しかない。

 もし、ここを追われる事態に陥れば、もはやベッドで睡眠を取る事など叶わなくなる。

 そうなると寝袋なんかを買って、他のエリアで野宿などをして休むしかないが、当然モンスターに襲撃される危険に常に晒される事になる。

 Mobの湧き場所は時間ごとに微妙に変化しているらしく、1日中を通しての安全地帯はどうも存在しないようだ。


 そんな訳で、現状ではPKの脅威は非常に少なく、"始まりの街"はプレイヤーにとっての重要な安全地帯となっている。


 だが、モンスターが"始まりの街"に侵入してくるとなれば、それが大きく覆る。

 そして、その事が引き金となって、様々な厄介な事態が起こるのは容易に想像出来てしまうのだ。


「これは本格的に調査をしないとかなりマズイな。全員で部屋をもう一度良く調べてみるとしよう」


「確かにそうね」


 俺の言葉に全員が頷き、手分けして部屋を隅々まで精査していく。


 〈ゴブリンシーフ〉の姿が見えなかった事自体は、多分スキルか何かが原因なんだと思う。

 シーフと名につくくらいだし、そういったスキルを使えても別に不思議では無い。


 問題なのは、どうやってこの部屋に奴が侵入したかだ。

 窓は内カギによって閉ざされており、それ以外に外から入れそうな隙間は見当たらない。

 かといって正面の扉からの侵入も有り得ない。

 あの扉には、開けば紙キレが落ちるように仕掛けていた。

 そしてその紙キレは、俺が扉を開くまでは落ちていなかったのを、この目で確認している。


「侵入経路は謎と。てかそもそも、あの部屋に侵入した目的はなんだ?」


 俺の気配察知能力が正しければ、先程だけでなく、2時間程前にも一度、奴はこの部屋に侵入していた筈だ。

 その時は扉の前にいた俺達の目を掻い潜って、部屋から逃げ出している。


「未知のスキルか何かに依るものなのか?」


 そんな俺の問いに、誰からも答えは返っては来ない。

 考えれば考える程に謎は深まっていくばかりだ。


「これじゃあ、ゆっくり休めないわね……」


 まったくだ。

 かと言って、この問題を放置したまま、ゲーム攻略を進める訳にもいかない。


「さぁて、どうしたもんかな……」


 調査開始から既に2時間近くが経過しており、徹底的に調べ尽くした感がある。

 だが、やはり何一つ得られたものは無い。

 侵入の痕跡一つすら、見当たらないのだ。

 皆の気持ちが落ち込みかけていたその時、事態が動いた。


「あ、あれ!」


 ハルカが声を上げて指差した先には、何か光の粒子が浮かび上がっていた。

 あれは……。


「まさか。……そういう事なのか?」


 そう、あれは、モンスターが今まさにポップしようとしているのだ。

 それが正しい事を示すように、光の粒子が集まり〈ゴブリンシーフ〉の姿を象っていく。


「……まじかよ」


 どうやら、この部屋にモンスターのポップ地点が設定されていたらしい。

 道理で侵入した形跡が見当たらなかった訳だ。

 だって、ここで生まれているんだもんな。


「見て下さい。毒のアイコンが……」


 そして〈ゴブリンシーフ〉の名前の横には、毒の状態異常である事を示すアイコンが浮かんでいる。


「ああ、そういう事か……」


 〈ゴブリンシーフ〉が忽然と部屋から居なくなった理由も判明した。

 奴は部屋から逃げた訳じゃない。

 最初から毒によって、一定時間が経てば自動的に死滅するように仕組まれていたのだ。


「あ、姿が消えたね」


 〈ゴブリンシーフ〉の姿が見えなくなるが、気配はそのままだ。

 恐らく隠形系のスキルか何かを発動したのだろう。


「特に攻撃を仕掛けて来る様子は無いな」


 どうも、ただ部屋の中を歩き回っているだけのようだ。

 時たま、部屋の調度品とぶつかっているのか、物音が聞こえて来る。


「ボク達が聞いたのは、この音だったんだね」


 それから10分近く、〈ゴブリンシーフ〉の行動を見守っていたが、特に何をする訳でもない。

 そうしているうちに、毒のダメージによって奴のHPが0となる。


「あ、死んだね」


 HPが0となった〈ゴブリンシーフ〉は光の粒子となって消えていった。


「このモンスター。多分、バグじゃないわよね?」


「だろうな。この仕掛けを考えた奴は、ホント性質が悪いな」


 モンスターがギルドハウスにポップするというだけなら、バグの可能性を疑ったが、わざわざポップと同時に毒を付与している辺り、まず確信犯だろう。

 この部屋では、一定時間ごとに姿の見えないモンスターが湧き、物音を鳴らした後、10分ほどで姿を消す。

 事情を何も知らなければ、かなり不気味に思えただろう。


「大方、このギルドハウスを買った奴が、今の俺達みたいに右往左往してるのを想定してこの仕掛けを仕組んだんだろうな」


 要は、俺達は運営の掌で踊らされていた訳だ。

 まったく、ムカつく話だ。


「さて、どうする? この部屋を使わなきゃ無害みたいだが……?」


 一応女性陣に、そんな疑問を向けてみるが、全員が無言で首を大きく横に振る。

 どうやら意思は3人とも同じのようだ。


「さて、ここを売り払って、新しいのを買うとするか……」


 150万Gで購入したので、半額で売ったとしても、75万Gの損だ。

 そこそこ痛い損失ではあるが、別に致命的では無い。


 俺個人としては、〈ゴブリンシーフ〉の湧く部屋だけ封鎖して使わないようにすれば、と思わないでもない。

 だが、やはり不意に妙な物音が鳴る家など、女性にとっては嫌な耐えがたいモノなのだろう。


「まっ、勉強代と思うしかないな」


 やはり、値段が安いのにはそれ相応の理由が存在するのだ。

 世の中ままならないもんだな。


 

 その後、ギルドで手続きして売り払い、新しいギルドハウスを購入する事になった。

 こんなに早く売り払う事に不審に思われたので、皮肉交じりに今回の件を伝えたら、そのお詫びとして、以前の案内では無かった特別な物件を紹介してくれた。

 値段は、予算ギリギリの1000万Gだったが、諸々の条件を十分以上に満たしており、熟慮の末、購入を決める。


「おい。今度の建物には変な仕掛けとか無いだろうな?」


 勿論、案内の職員にはきっちり問い詰めて確認も取っている。

 これでまた何かあれば、それ相応の保障をしてもらう事も約束済みだ。


 加えて、お詫びの印としてボロい宝箱を渡される。

 中身は開けてからのお楽しみだそうだ。


 こうして今度こそやっと、俺達は一息つく事が出来たのだった。


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