37 ギルドハウス騒動(前編)
ギルドハウスを購入した俺達は、一度休息を取ることにした。
「4thエリアの情報もまだほとんど流れてきてないし、折角の機会だからゲームから離れて、長めの休息でリフレッシュするとしよう」
開始以来、睡眠時間を除きずっと俺達はゲームに没頭してきた。
なのでそろそろ少しゲームから離れて、のんびりするのもいいだろうと思ったのだ。
「でもさ。ゲームから出れないんだから、離れる事は出来ないよね?」
ハルカがそんな無粋なツッコミをしてくる。
「攻略の手を一旦止めるって話だよ。例えゲームの中から出れなくても、風呂にのんびり浸かるとか、ひたすら惰眠を貪るとか、色々とやれるだろ?」
そう言いはしたが、色々はやれないなと自分でも思ってしまう。
ここでもネット環境から断絶されているのが、やはり大きな痛手となっている。
ネットに繋がりさえすれば、やる事はいくらでもあるのだが……。
このゲームを始めてから充実した日々を送っているが、唯一それだけが不満ではあった。
「そうだねー。ここのお風呂結構広いみたいだし、ゆっくり楽しむのもありかもね! よし! ナツメっち、ユキハ、一緒に入ろうっ!」
ハルカがナツメとユキハの手を引いて、大浴場へと向かう。
VRなので身体などは汚れたりはしないので、お風呂に入る意味は無いのだが、そこはまあ気持ちの問題だ。
俺自身もVRでのお風呂は案外好きだったりするしな。
「さて、俺はゆっくり寝させて貰うとしましょうかね……」
残念な事に大浴場は一つしかないので、俺が入るには彼女達が出て来るのを待つしかない。
だが、あの様子ではしばらく出てこないだろう。
であれば、待っている時間が無駄なので、先に睡眠を取る事にする。
折角の機会なので、たっぷりと寝貯めをするのだ。
という訳で俺は、専用の個室へと向かう。
俺に割り当てられたのは、2階の一番右端の部屋だ。
対して女性陣の部屋は左側に寄せてある。
一応、男女だから気を遣ったという訳だ。
まあ、VRゲームは共通してセクシャルハラスメントに非常にうるさいので、その辺の心配は余り無い。
事前説明でも警告があったが、良からぬ真似をしようとすれば、痛覚設定を超える範囲の痛みが襲われる事になる。
そして、それでも尚やめなければ、封印宮送りになるそうだ。
「しかし、広いし雰囲気はいいし、本当にお買い得だったな、ここ」
一人用にしては少々大き目のセミダブルのベッドに、高そうな調度品の数々。
これで後はネットに接続出来る機器があれば最高だったのだが。
「ま、無いものねだりは止すとしよう」
そう一人ごちて俺はベッドに潜り込む。
いつもの宿のそれよりも余計にフワフワな気がする。
あそこの宿も結構、高い宿だったのだが、ここはそれ以上だ。
「ああ、これならゆっくりと眠れそうだ……」
ベッドの心地良い柔らかさに全身を委ね、ゆっくりと眠りに落ちていく。
――ん?
眠りに落ちる寸前、何かの物音が聞こえた気がして、俺は反射的に飛び起きる。
――ナツメたちか?
そう思い扉を開け、部屋の外を覗いてみるが、誰もいない。
そのまま廊下へと出て、女性陣の部屋の方へと向かう。
誰か居ないのか彼女達の部屋を順番にノックしていくと、ハルカの部屋の中に誰かいる気配を感じる。
「ハルカ、いるのか?」
何度か呼び掛けるが、返事は無い。
不審に思った俺は1階へと降り、大浴場のナツメ達へと大声で呼びかける。
「おーい。ハルカはいるか?」
「カイト、どうしたの? ボクに何か用?」
するとハルカから、極普通の声色で返事が返って来た。
「……ほかの2人も一緒だよな?」
「うん。そうだけど?」
となると、さっきのは一体……?
実はNPCが何かをしていたのかとも疑い、それぞれの部屋を覗いて確認したが、特に部屋から出た様子は無い。
仕方なく2階に戻ったが、その時にはもう感じた気配は完全に消えていた。
――俺の勘違いか?
半分眠りかけていた状態だったし、間違う事もあるだろう。
そう判断して、俺は今度こそベッドに横になり、眠りに就く事にする。
だが、残念な事に俺の安息の時間はすぐに破られる事になった。
「きゃあっ!」
そんな悲鳴を聞き、俺は再びベッドから飛び起き、すぐさま部屋の外へと出る。
「どうした!」
「な、何かが。さっき、ボクの手にっ!」
ハルカが恐怖に表情を歪めながら、そう叫ぶ。
そんな彼女を、ナツメとユキハの2人が宥めている。
「何かって、一体何だ?」
「わ、分かんないっ。でも確かに何かいたんだよっ」
――もしかして俺が寝る前に感じた気配の奴か?
念の為、戦闘態勢を整えてからハルカの部屋の前へと向かい、扉越しに中の気配を疑う。
「確かに何かいるみたいだな」
「だっ、だよねっ!」
「入室許可をくれ。部屋の中に入って確認する」
「あ、うん。ちょっと待ってね。えっと、どうするんだろう、これ……」
ハルカにやり方を教えるのに手間取ったが、どうにか入室許可を得た俺は、彼女の部屋へと入る。
「……? 特に何も居ないみたいだな……」
確かに感じた筈の気配も、今はもう消えてしまっている。
「えー、でも、確かにいたんだよっ!?」
ハルカが憤慨したように、そう言う。
「待て待て、別に疑っている訳じゃない」
俺自身も、確かに気配は感じていたのだ。
なのでその言葉は本心からだ。
「ハルカ、部屋を隣に移ってくれ。俺は少しこの部屋を調べてみる」
「う、うん。ありがと、カイト」
部屋の持ち主であるハルカの許可を得た事で、この部屋の権限を俺へと移行する。
「何かあったらパーティ通話で連絡するから、そしたらすぐに来てくれ」
権限を得た俺は、予め入室制限を解除しておく。
これで何かあっても、すぐに集まれる筈だ。
「気を付けてね、カイト」
「ああ」
ナツメ達と別れ、俺は部屋の中の調査を開始する。
調度品の裏やベッドの下は勿論のこと、壁の隠し扉などの存在も疑って探してみるが、何も見つからない。
「くそっ、訳がわからないな」
分かっているのは、この部屋に何者かがいたという事だけ。
その根拠も、ハルカが何かに触られたという証言と、俺が感じた気配だけ。
姿形の情報がまるで無いのだ。
それから1時間程、俺は調査を続けたが、結局何一つ成果は得られなかった。
ギルドマスターの権限によって、このギルドハウスには他のプレイヤーは立ち入る事が出来ないようになっている。
これはシステム的な話なので、何かのバグでもない限りまず覆らない。
よって、他のプレイヤーがいたという線は考えない事にする。
となると、疑わしいのはNPCだ。
NPCに関して、個別の侵入可否の設定は存在しない。
すなわち、NPCならば誰でも自由にここの建物を出入りできる訳だ。
現に、ギルドから派遣された職員が数名、この建物には常時滞在している訳だしな。
だが、一方でNPCがそんなおかしな真似をするだろうかという想いもある。
ゲームの歯車に過ぎないNPCが、個人の部屋に侵入して一体何を得るというのだろうか?
こちらの考えは動機の面で、どうにも腑に落ちないのだ。
「何も見つからなかった以上、その何者かはもうここを去ったのかもしれないな……」
「う、うん。だといいけど……」
直接の被害にあったハルカは、まだ不安そうだ。
「ハルカちゃん、私の部屋で一緒に寝よう?」
そんなハルカを気遣うように、ユキハがそう提案をする。
「ありがと、ユキハ」
ユキハのフォローによって、少しは元気を取り戻したようだ。
「さて、俺はもうひと眠りさせて貰うとするかな。何かあったらいつでも呼んでくれ」
途中で起こされた事もあり、まだ俺は寝不足なのだ。
「よし。今度こそ、ゆっくりと寝るぞ」
ベッドに横になった俺は、先程の騒動を一旦心の端へと追いやり、ただ眠る事にのみ集中する。
夢の女神の誘いによって、俺はあっさりと眠りに落ちたのだった。




