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33 大樹の祠(後編)

 "大樹の祠"のエリアボスの猛攻を前に、俺達は全滅の危機に陥ったが、間一髪の所でどうにか難を逃れる事に成功する。


「ううっ、危なかったね……」


「そうだな。……今回ばかりは流石に全滅を覚悟したな」


 少しばかり胸がドクンドクン鳴っている。

 まあ無理もないか。


「ユキハ、お疲れさま」


「すいません。もう少し余裕があれば……」


「何言ってるの。MPがもう限界だったんでしょう?」


 見ればユキハのMPゲージはほぼ0だ。

 どうやら最後の〈クレイウォール〉連発で使い切ったらしい。

 その事実を知り、改めてギリギリだった事を思い知る。


「あんなに厄介な相手なら、まだクリア出来てないのも、十分に頷けるな」


「そうね。この感触だと、まだ何回も挑んで動きを最適化しないと倒せそうに無いわね」


 今回の攻略でボスの行動パターン自体は、大体把握出来たと思う。

 残り半ゲージを切ってから更に行動が変化する可能性も0とは言えないが、流石にそこまで鬼ではないと信じたい。

 そうでなくとも、これからすぐに挑んでも撃破するのは非常に難しい相手なのだ。


「今回は、抜け道には期待できそうにないしね」


 "海魔の潜伏地"の〈クラーケン〉や"邪妖精の住処"の〈ゴブリンナイト〉達も、正面から戦えば理不尽なまでに強かった。

 だがそのあまりに理不尽な強さ故に、抜け道的な攻略法が存在していた。

 大して今回のエリアボスは強いには強いのだが、そういった理不尽さは感じなかった。


 となれば、これは飽くまでゲーマーの勘に過ぎないのだが、恐らく正攻法による攻略が必要なんだと思う。

 ナツメもそう思ったが故の発言なのだろう。


「だなー。やれやれ、暫く大変だなぁこれは……」


 装備を整え、アビリティを育てて、レベルを上げる。敵の行動を覚え、その対処法を考え、無駄な動きを減らす。

 極当たり前の攻略手順を積み重ねる事こそが、今回の攻略における一番の近道なのだろう。

 "邪妖精の住処"の時のように、エリアボスの討伐を諦めて、強化に専念する事も考えたが却下した。


 あの時は、俺達のパーティだけで"2ndエリア"のボスを2体も倒していたという事情もあった。

 正直、成果を上げすぎて目立ち過ぎていたので、これ以上周囲の嫉妬を買うのを避ける為という意図もあったのだ。


 だが今回は違う。

 "3rdエリア"においては、俺達のパーティ単独でのエリアボス撃破はまだ一度も無い。

 これはこれで問題だ。

 この状況を放置すれば、所詮序盤だけの奴らだったと、周囲から思われかねない。

 そして俺はそんな評価を甘んじて受けることなど、到底許すつもりは無い。


 であれば、今回のエリアボスの攻略から手を引くつもりは俺には無かった。


「私も同感ね。それに他のパーティのレベルや装備と比べても、私たちは十分整っているわ。あとは慣れるだけよ」


「そうそう! もうちょっと頑張ろうよ!」


「私も……、次はもっと上手くやります!」


 幸いにも3人の同意が得れた事で、"大樹の祠"の攻略は引き続き行われる事になった。


 ◆


 それからの挑戦の日々は中々に大変なモノとなった。

 連日、長い行列に並び、ダンジョン内へと入場できる時を待つ。

 その時間の余りの無駄さ加減に、途中から"邪妖精の住処"のように代表者だけ並んでおけば良い事を提案し、多少の悶着はあったものの無事受け入れて貰えた。

 お蔭で無駄な時間は大分削減出来たが、一方で新たなトラブルを呼び込むことにもなった。


「おいっ、お前ら何割り込もうとしてるんだ!」


 先頭の方で、そんな叫びが聞こえたので、そちらへと視線を送る。

 どうやら、順番待ちの列を無視して割り込もうとしている3人組がいるらしい。

 

 様子を窺うと、そこには見覚えのある顔があった。


「マコト……だったか? 皆列に並んでるのが見えないのか?」


「カイト、てめぇ……。良く俺の前に顔出せたなぁ!!」


 大昔のヤンキー漫画のチンピラのようにこちらを威嚇してくるが、全く怖くは無い。

 お前の方こそあんだけやっといて、良く俺の前に顔出せたなと言いたいところだ。


「いいから後ろに並べよ。PK野郎」


 大勢の前で、しれっとコイツラがPKである事をバラしてやる。

 瞬間、周囲の視線がマコト達へと集中するのを感じる。


「ああん? 何で俺様がそんなお行儀よく並ぶ必要があるんだよ!」


 PKである事をばらされて、周囲のヘイトを買いまくっているのも気付かず、更にそんな暴言を吐くマコト。

 ホントに呆れる程に馬鹿だなコイツ。


「お前は列に並んでいる連中全員を敵に回すって事でいいんだな?」


「はっ、お行儀よく列になんか並んでる良い子ちゃんどもなんざにビビるかよ」


「だ、そうだぞ?」


 俺は列に並ぶ連中へと話を振る。

 ほとんどの奴が、マコトに対し大なり小なり怒りの感情を向けている。

 まあ、列に並んでイライラしてるのは、コイツラも一緒なのだ。

 その苦労を無下にされた上、喧嘩を売るような暴言。怒らない方が逆に変だ。


「なぁ、提案だ。このエリアの秩序を乱す奴らを、排除すべきじゃないか? 放っておけば、順番も何もなくなって一帯がカオスになるぞ?」


 実際は、マコト達を全員でぶっ殺そうという提案だが、建前をそれっぽく整えてやれば、彼らも乗りやすいだろう。


「そうだな。いくらなんでもコイツらの言動は目に余る」


「まったくだ。秩序の為には排除もやむを得ないな」


 順番待ちの連中の中で、徐々にマコト達を殺すべきだという共通認識が生まれていく。


「ああん。調子乗んなよ、てめえら!」


 流石に20を超える数を敵に回すのがマズイと、今更ながらに気付いたのだろう。

 マコトが後退りしながら、そんな事を言うがもう遅い。


「しばらく封印宮で反省してろ!」


 PKをやった事ない奴らでは、最初の引き金を引くのをきっと躊躇うだろうから、代わりに俺がやってやるとしよう。


 俺が先手を打って弓を放つの見て、他の連中も堰を切ったように、一斉にマコト達に攻撃が殺到する。

 最前線にいるだけあって、全員がそれなりにやるらしく、あっという間にマコトと金魚のフン2人――ちなみに彼らのプレイヤーネームは絶斗とペロというらしい――のHPは0になり消えていった。


 マコトが封印宮送りになった事で、"封印の書"の使用条件が満たされた。

 一瞬、使って二度と顔を拝まなくなるようにしようか考えるが、流石にこんな馬鹿には勿体ないと思い、やめておく事にした。


 ◆


 そういったトラブルを乗り越え、俺達は何度となくエリアボスへと挑む。

 メンバーの死こそ避けたものの、毎回MP切れギリギリで撤退という綱渡りだ。

 それでも徐々にだが攻略は着実に前進していく。

 撤退時のボスの残りHPが、挑戦する度に確実に少なくなっているのだ。


「次の挑戦で倒したいね」


 ハルカがそう呟くが、軽い口調に反し、言葉には重みが感じられる。


 ――この数日ずっとボスの攻略を頑張って来たんだ。そろそろ報われてもいい頃だろう。


「だな。次こそ倒しきるぞ!」


 俺達はそう決意を新たにして、ボス戦で使う為のアイテムを準備する。

 度重なる戦いで、パーティ共有の資産は大分減っていたが、その残りをほとんどつぎ込む勢いでアイテムを揃える。


 準備を終えた俺達は、いつものように列に並び自分たちの順番を待つ。

 前のパーティが中に入って待つ事しばし、入り口の扉が開き、俺達は大樹の中へと入っていく。

 2階・3階と、ほとんどノンストップで進み、ギミックが存在する4階・5階・6階もあっさりと抜ける。

 流石に数をこなしまくったので、俺達は〈トレント〉の微かな違いもすぐに見抜けるようになっていた。


 そうして7階のエリアボスのもとへと到達する。


「やる事はいつもと同じだ。少しでもいいから、ハルカが攻勢に移れるように時間を稼いでくれ」


 細かい差異は数あれど、大まかな戦闘方針は最初の挑戦の時からほとんど変わってはいない。

 ナツメが8体の〈マザートレント・ガード〉――枝の攻撃から全員を守る。

 ハルカが枝を撃ち落としてナツメの負担軽減、ユキハはナツメの回復などの支援を行う。

 残った俺が雑魚〈トレント〉の処理をしつつ、ボスのHPを削る役割だ。


 〈マザートレント・コア〉に対し余り近づきすぎると、攻撃が前方のナツメ以外にも飛んでしまう為、ナツメは持ち場から動くことは出来ない。

 ハルカが得意の火魔法による迎撃の手を止めれば、ナツメのHP減少がユキハの回復では追いつかなくなってしまうので、ハルカもまた手を離せない。

 当初は、ユキハは回復の合間に若干手隙になっていたが、現在では〈クレイウォール〉の魔法を使ってナツメのガードを行うようになっていた。

 これまでのエリアボス戦において〈クレイウォール〉は、設置しても範囲攻撃で薙ぎ払われる為、大して利用価値が無い魔法という認識だったのだが、今回は非常に役立ってくれた。

 今回の戦闘でこちらへと攻撃を仕掛けて来るのは、〈マザートレント・ガード〉と〈トレント〉の2種類。

 〈マザートレント・ガード〉は壁から生える木の枝そのものであり、その全身を鞭のようにしならせる攻撃のみだ。

 〈トレント〉も同様に、枝で突き刺す攻撃しかして来ず、どちらも極狭い範囲への攻撃だ。

 そんな訳で〈クレイウォール〉で生み出した土壁の障害物が使い様によっては、物凄い効果を発揮するのだ。


 俺一人だけの火力では、〈トレント〉を倒してから再び湧くまでの僅か5秒程度では、コアのHPをほとんど削れない。

 たった5秒では、スキル後の硬直などを考慮すると、とても大技を放つ暇は無いのだ。

 そこで〈クレイウォール〉の魔法が役に立つ。

 生み出された土壁が、僅かでも敵の攻撃を遮っている間に、手の空いたハルカがコアへと攻撃を加えるのだ。


 稼げる時間は僅かだが、その僅かによって、コアのHPを削る速度が速まる。

 あとは、コアのHPとユキハのMP、そのどちらが先に無くなるかの勝負だった。


「MP残り1割です!」


 もう少しでエリアボスを倒せるという段で、そんな無情にも思える報告が聞こえてくる。


 ――くそっ。あと少しだってのに。


 コアのHPとユキハのMP、果たしてどちらが先に0になるかを脳内でシミュレーションするが、正直微妙なラインだ。

 このまま戦闘を続行しユキハのMPが減って行けば、撤退する為に必要な〈クレイウォール〉による土壁の山を作る事が出来なくなる。

 その状況で、もしコアのHPを削り切る前にユキハのMPが尽きれば、その先に待っているのは全滅だ。


 ――だが、それでも……!!


「戦闘続行だ。ユキハのMPを少しでも温存する為、ポーションを予備の分まで使用する許可を出す!」


 ポーションは高価な割に、その回復効果は有体にいってショボい。

 魔法と違い、魔法攻撃力の大小問わず、誰でも使える。MPを消費しない。などといったメリットも勿論あるのだが、回復魔法の代用品として使うには余りにコスパが悪い代物だった。


 ――これで赤字確実だな。


 これだけポーションを使いまくれば、仮にエリアボスを倒せたとしても、資産は確実に目減りする。

 もっとも"生存の書"と"封印の書"いう、資産価値では測れないアイテムが手に入るので、一概に損とも言えないが。


「こうなったら意地でも倒すぞ!」


 これは、俺達パーティが、〈蒼翼騎士団〉によって傷つけられたプライドを取り戻す為の戦いだ。

 いや、そんな事を気にしているのは、パーティの中で俺だけかもしれない。


 だが、それでも構わない。

 俺は自分勝手な男なのだ。

 パーティの皆には悪いが、今回は俺の我儘に付き合ってもらう。

 恨むなら、こんな馬鹿な男をリーダーに選んだ自分を恨むんだな!


「カイト。何か妙な事を考えているみたいだけど、今回のエリアボス攻略を決めたのは全員の意思よ。そして、今、資産をすり減らしてでも、エリアボスを倒そうとするのにも、全員が賛成してる。だから、間違っても責任を一人で背負ったつもりになんてならないでね」


 ずっと前だけを向き、こちらに視線を向けた様子も無いのに、核心をついたような言葉をナツメが投げて来る。


「そうそう! パーティでやった事は皆の責任だし、成し遂げた事は皆の成果だよ。だから、今度は皆で勝利を分かち合おう?」


「カイトさんをリーダーに選んで従っているのは、自分たちの意思なんです。だから私達の事は気にせず、好きな様にやって下さい」


 ハルカやユキハも、俺を慰めるようなフォローするような言葉を投げかけて来る。

 

「おいおいお前たち、こんなギリギリの戦闘中に随分と余裕だな」


「え、そんな反応……?」


「だが、ありがとう。その言葉に甘えて、これからも俺の好きなようにやらせて貰うぞ!」


 こんな時、フィクション作品ならば、何かユニークスキルかなんかを覚えて、ボスを一気に倒す展開だったりするのだろうか。

 だが、現実はそんなに甘い訳ではなく、さりとて俺の仲間たちはフィクション以上に甘く、しかし頼もしい連中だった。


「これで終わりだ!!」


 残り僅かとなったボスのHPを削り切るべく、最後の攻勢に出る。

 ユキハも回復の手を止め、ここぞとばかりに攻撃に転じている。


「〈アローレイン〉!」「〈ブレードダンス〉!」「〈ラーヴァストライク〉!」「〈レイズグラビティー〉!」


 各人が持てる最大威力のスキルを次々と放つ。

 大技だらけの為、エフェクトの混雑で視界が少々酷い事になっている。


「……やったか?」


 あえて失敗フラグめいた言葉を呟いてみるが、現実は意外と俺に優しいようだ。

 見ればボスのHPはどうにか無事に0になっている。

 それから一拍の時をおいて、〈マザートレント・コア〉が砕ける。そして空気に溶けて消えていった。


「終わったな……」


「ええ、終わったわね……」


「終わったよ」


「終わりましたね」


 各々ただそう呟くだけで、誰一人喜びの声を上げない。

 多分、まだ現実感が追いついて来ていないのだろう。


 ――やれやれ、仕方ないな。


 勝利の喜びを示してやるのも、リーダーの役目だろう。

 俺はスゥーと息を吸い込む。


「やったね!! カイト!!」


 俺が声を出す直前に、ハルカがそう言って俺に抱き着いて来る。


「やったよ! 倒したんだよ、ボクたち!」


「わ、わかった、分かったから、そうひっつくな……」


 こんな事を言うのは自分でも恥ずかしいのだが、俺は女性との接触にあまり免疫が無いのだ。

 たとえ、それがVRだとしても同じ事だ。

 だから、お願いだからやめてくれ……。


「えー。ケチ……」


 ケチでもなんでもいいから、本当に勘弁してくれ。

 

「やったわね、カイト」


 そんな俺達を見て笑いながら、ナツメが手を掲げる。


「ああ」


 その手にハイタッチをする。

 これくらいの接触、そして距離感ならば、俺も別段問題は無い。


「あ、あのカイトさん……」


「ユキハもおつかれ」


 ユキハもおずおずと手を掲げていたので、同じくハイタッチを交わす。

 そんな風にして、俺達は勝利の喜びを分かち合うのだった。


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