31 大樹の祠(前編)
〈蒼翼騎士団〉の面々が去ってからも、俺達4人は"清水の鍾乳洞"へと残っていた。
ボス攻略の現場をマジマジと見せつけられた以上、俺達もそれに挑戦しない訳にはいかない。
俺達には〈蒼翼騎士団〉と同じ方法での攻略は無理だが、決して手段が無い訳ではない。
そしてその手段とは、特別な奇策などではなくただの正攻法だ。
高火力スキルの集中運用によって、HPゲージ1本丸ごと一気に削り取ってしまおうと算段だ。
今の俺達にはこれしか打つ手は無い。
「上手くいくでしょうか……」
ユキハが不安げな表情を浮かべている。
「さてな。いいとこ3割ってとこだろうな」
上手くいく可能性は、良く見積もっても精々その程度だ。
それでも出来るだけの準備をして〈ノーブルヴァンパイア〉が再湧きするのを待つ。
「来たか」
広間の中心に光の粒子が瞬いたかと思うと、それがゆっくりと形を成していき吸血鬼の姿を形作る。
「よし、打ち合わせ通りやるぞ!」
そうして俺達と〈ノーブルヴァンパイア〉の戦いが始まった。
戦闘は順調に進み〈蒼翼騎士団〉よりも大分早いペースで奴のHPを削っていく。
純粋な実力では決して負けてはいない。その事に少しだけ自尊心を回復させる。
「そろそろね」
そしてHPゲージが残り1本を割ろうとした段階で、俺達はスキルの使用を一時取りやめ、通常攻撃のみに変更する。
そうした理由は単純にスキルの温存の為だ。
スキルにはクールタイムが存在する為、連続で放つ事が出来ないからだ。
「皆、準備はいいか?」
俺の言葉に3人が頷いたのを確認し、俺は弓を構える。
今回の攻撃には、ユキハも参加する。
安全を度外視してでも、少しでも火力を高める必要があるからな。
「いくぞ!」
そうして各々が持つ強力なスキルが次々と〈ノーブルヴァンパイア〉へと向けて放たれる。
それによって半分近いHPゲージを削り取る。
と同時に、奴は短距離転移を使い逃走を始める。
「逃がすかよ!」
弓の射程ギリギリまで広間の入り口近くに陣取っていたので、多少奴が移動しても十分こちらの射程圏内だ。
入り口の方へと下がりつつも、ありったけの弓スキルを打ち込み続ける。
ハルカやユキハも同様に魔法スキルを打ちまくっている。
唯一ナツメだけは、近距離でしか火力が出せない為、逃げ出した奴の背中を追い始める。
そして広間の入り口に立ち塞がる俺達3人へと、真っ直ぐに〈ノーブルヴァンパイア〉は飛んで来る。
そこを抜かせまいと俺は素早く短剣に持ち替え、奴の行く手を阻もうとするが――
「なっ、転移だとっ!?」
〈ノーブルヴァンパイア〉がそんな俺達を嘲笑うようにして、短距離転移を使い、広間の外へと抜けていく。
――くそっ、予定が狂ったっ!
俺の想定では短距離転移のクールタイムの回復は、後5秒程掛かる筈だった。
その間にナツメが追いつく予定だったのが、大きく狂ってしまった。
短距離転移のようなスキルは、必ずしもクールタイム回復と同時に使う訳ではない。
その点も踏まえた上での想定だったのだが、まだ足りなかったようだ。
「追うぞ!」
失態を取り戻すべく、そう指示を出すが、恐らく厳しいだろう。
一度逃げられてしまえば、再び追いつくのは非常に厳しい。
単純な移動速度はあちらの方が上なのだ。
その後必死の追跡も空しく、〈ノーブルヴァンパイア〉を見失ってしまう。
「失敗だな……」
俺は肩を落としながらそう呟く。
「湧くのを待ってから、もう一度挑む?」
「……」
正直悩ましい所だ。
今回の失敗は、〈ノーブルヴァンパイア〉の逃走時の行動パターンや使用するスキルの情報が足りなかった事が原因だ。
なので感触的にあと2、3回ほど挑戦して情報を揃えれば、倒し切る自信は十分にある。
だが、倒してももはや初討伐の栄誉は手に入らない。
ならば、そこまで頑張る必要があるのか。
ここは切り替えて"大樹の祠"への挑戦に向かうべきではないか、そんな思いもあるのだ。
「"大樹の祠"に行きましょう」
そんな俺の逡巡を汲み取ったのか、ナツメがそう提案してくる。
「そう、だな……」
〈蒼翼騎士団〉に出来た事が、俺達には出来ていない。
その事に関するもやもやは、俺の中には未だハッキリと存在している。
だが、そういった感情を制御し、上手く切り替えることが出来て一流だ。
俺はそう自分に言い聞かせて、前を見据える。
「よし! "大樹の祠"の初討伐を目指すぞ!」
俺は心無し大きな声で、そう宣言する。
ようやく元気を取り戻した俺の姿に安心したのか、3人は笑顔で頷いてくれた。
◆
といっても、いきなり"大樹の祠"に向かった訳ではない。
一度街へと戻り、アイテム整理もしなければならないし、なにより今の俺達には休息が必要だった。
宿で久しぶりの休息を満喫してから、俺達は"大樹の祠"へと出発する。
前回はPKなどのゴタゴタもあって攻略を断念したが、今度こそエリアボスを倒すところまで行くとしよう。
そしてやって来た"大樹の祠"エリア。
「うわぁ……。やっぱり人が多いね」
ハルカの言葉通り、そこら中に人が溢れかえっていた。
まあそれも無理も無い話ではある。
なぜなら、初討伐のエリアボスが残っているのが、もうここだけなのだ。
となれば、多くのプレイヤーがここに集まるのは必然の出来事だ。
なので、この事自体は想定の範囲内であるのだが――
「またこれか……」
エリアの北側にある大樹の入り口の前には、多くのプレイヤーが列を為していた。
そしてそれは、ダンジョン内に入る為の順番待ちの列らしい。
「はぁ。なんか、こんなんばっかだな」
俺達が挑んだ際には、他のプレイヤーがいなかったせいで気付いていなかったのだが、どうもこのダンジョン、1フロアに1パーティしか入れない仕様らしい。
全部で何フロアあるのかは不明だが、そうなれば一度に挑戦できるパーティの数は限られてしまう。
故に出来たのが、この長い行列だ。
「とりあえず並ぶか……」
"邪妖精の住処"の時とは違い、全員が並ぶ必要があるらしい。
それもあって、列の進み自体は見た目よりは早いようなので、思ったほどは待つ必要が無さそうだ。
「(こっちで話すぞ)」
俺は待ち時間の有効活用もかねて、パーティ通話に切り替えて言葉を発する。
傍から見れば、口だけパクパクさせているように見えるだろう。
〈読唇術〉なんてアビリティがあれば別だが、これで周囲に会話は漏れない筈だ。
「(どうしたの?)」
「(まだエリアボスが倒されていない事について、どう思う?)」
「(そうね。人数制限があるのも、原因の一つなんでしょうけど、一番はやっぱりボスそのものなんでしょうね)」
「(同感だな)」
ここに来るまでは、前回の挑戦で俺達が苦戦させられた謎ギミックがネックになっているのかと思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。
というのも、列の進む速さに比べて、大樹の外に放り出されるパーティの数が明らかに少ないのだ。
謎ギミックがある4階までの敵はそれ程強くない。であれば、そう何パーティも全滅して死に戻りしているとは流石に考えにくい。
となれば、その先で全滅している可能性が高いだろう。もしくは、〈帰還の魔石〉を使い撤退したか。
ちなみに謎ギミックとは、大樹内ダンジョンの4階にいるトレント達を倒していると、途中で大樹の外に排出される仕掛けの事だ。
2階、3階までは、トレントの全滅によって上階に進めていたのに、4階で同じようにやろうとしても、ダメらしいのだ。
その為、俺達は上階に進めずに困っていたのだ。
「(やれやれ。あの訳わからんギミック以上に面倒な敵、もしくは罠が待ち受けている可能性が高いって事か)」
謎ギミックの攻略法すら定かでは無い状態で、増々頭が痛くなる話である。
「(謎ギミックに引っ掛かっている連中が少ない事から、並んでいる奴らの中にも、攻略法を知っている奴がいる筈だ。上手く聞き出せないか頑張ってみてくれ)」
3人が頷いたのを確認してから、一度パーティ通話を切り、俺も動き出す。
幸いその成果はすぐに得られた。
「(4階のギミックの攻略法が分かったわよ。どうもトレント達の中に、微妙に姿が違う個体が混ざっているらしくて、それに気付かずに倒してしまうと外に放り出される仕組みみたいね)」
その微妙に違う姿というのが、また本当に微妙な差らしく、枝の数が違うだとか、微妙に色が違う部分があるとか、そんなレベルらしい。
戦闘中にそんな細かい観察を要求するとか、このギミックを考えた奴、正直馬鹿なんじゃないかと思ってしまう。
「(4階、5階、6階と同じようなギミックの階層が続いて、7階にエリアボスがいるみたいね。その詳細までは、分からなかったけど……)」
流石にそこまで漏らす程のアホは居なかったらしい。
だが、それだけでも大きな収穫だ。
「(上出来だ。後はエリアボスの攻略だな。まだ"生存の書"を一つも手に入れてないし、そろそろ成果を出さないとだしな)」
"3rdエリア"に来てから、俺達パーティ単独でのエリアボス撃破はまだ一度も無い。
ここのエリアボスを倒す事で、〈蒼翼騎士団〉のせいで溜った鬱憤を晴らさせて貰うとしようか。
俺は内心でそう意気込むのだった。




