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30 清水の鍾乳洞

 現在、俺達はエリアボス攻略の為、鍾乳洞内を歩いていた。


「なんだか神秘的な場所だね……」


 ハルカの言う通り、中の雰囲気は外とはガラリと変わっていた。

 外の荒地を色で表せば赤。対して鍾乳洞の中は青だ。

 光源が何なのかは不明だが、そこかしこに青色の光が浮かんでおり、視界にはそれらに照らされた美しい景色が広がっている。


「ここに吸血鬼が潜んでいるなんて、ちょっと変な感じですね」


 俺もユキハに同感だ。

 いやそれは別に吸血鬼だけに限った話では無い。

 この外とは隔離された神秘に溢れる世界は、そもそもモンスターの生息地としてはあまり相応しくない気がするのだ。

 

「近くには他のプレイヤーは居ないみたいね」


 となれば、〈蒼翼騎士団〉の連中は、恐らくもっと奥にいるのだろう。

 なるべくなら、エリアボス戦前に追いつき、その戦闘を見学したいものだが。



「〈レッサーヴァンパイア〉、ね。確かに吸血鬼の名を冠してはいるけど……」


 ナツメが2本の剣を敵の群れへと向けながら、少しうんざりしたようにそう呟く。

 彼女の言わんとすることは理解できる。


 目の前にいるモンスターの姿は、一般的なヴァンパイアのイメージからは大きくかけ離れている。

 爛れた皮膚に、だらりと垂れ下がった両腕、そして何より知性の窺えないその瞳。

 その有様はむしろゾンビと呼ぶべきモノだと感じる。

 いや、"蜥蜴人の湿地"で戦ったゾンビの方が、まだしも人間的だと言えた。

 端的に言ってしまえば、こいつらは酷く醜いのだ。


「うええ。なんか気持ち悪いよ……」


 ハルカが一刻も早く目の前の敵を焼却処分したいとばかりに、杖を構える。

 一方のユキハは無言だが、その表情は明らかに堅い。


「さっさと始末するぞ!」


 仕方なく俺が率先して、前に出る事にした。

 女性がグロ系の敵に対して、動きが鈍るのはVRMMOでは割と良く聞く話だ。

 特に"Countless Arena"は他のゲームと比べても、モンスターの造り込みが細かいので、その分余計に、見た者に与えるダメージが大きくなっているのだ。


 道中では〈レッサーヴァンパイア〉以外にも、〈ブラッディバット〉というコウモリ型のモンスターも出現し、行く手を阻んだ。

 こいつは攻撃力などは大した事はないのだが、物凄くすばっしこい為、攻撃を当てるのにかなり苦労をさせられた。

 加えて、一撃で倒しきれなかった場合、吸血攻撃によってHPを回復するので、面倒な事この上無かったのだ。


 そんな感じで、それなりに苦労しつつも着実に先へと進んでいく。

 道中いくつも分かれ道があり、何度も行ったり来たりを繰り返す事になったが、それでもどうにか一番奥まで無事に辿り着くことが出来た。


「おっ、もうやってるみたいだな」


 目の前には天井の高い大きな空洞が広がっていた。

 そしてその奥では、火花を散らす激しい戦闘が繰り広げられているのが見える。

 まだ遠いので、ハッキリとは分からないが、恐らくエリアボスである"ノーブルヴァンパイア"と〈蒼翼騎士団〉が戦っているのだろう。


 俺達は戦闘の見学をするべく、そちらへと近づこうとしたのだが、その行く手を遮る者達がいた。

 恐らく戦闘に参加していない〈蒼翼騎士団〉の面々なのだろう。

 "ノーブルヴァンパイア"のHPゲージは5本。これは単パーティで戦うべき相手であることを示している。

 奴はHPが減少すると逃げるという話なので、恐らくそれを防ぐ為の包囲も兼ねているのだろう。


 彼らは、俺達へと各々に武器を向け、警戒の姿勢を見せてくる。


「ここから先は立ち入り禁止だ」


 その中心に立っていた男が、有無を言わさぬ口調で、そう言い放つ。

 彼が手に持った槍の先からは、敵意がありありと伝わって来る。


「へぇ、何の権利があってそんな事を?」


「ここのエリアボスは我ら〈蒼翼騎士団〉の獲物だ。余所者は引っ込んでいろ!」


 俺の挑発的な物言いに対し、その男は顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。


 ――コイツじゃないな。


 シルバリズムの話では〈蒼翼騎士団〉のギルドマスターは槍使いという情報だったので、鎌をかけてみたのだが、どうやら外れだったようだ。

 こんな安い挑発に乗る奴が、50人もの人間を纏めるなどまず不可能だ。


「お前じゃ話にならないな。ギルドマスターはどこだ」


 エリアボスとの戦闘に参加している可能性も考えたが、それは恐らく低いだろうと踏んでの質問だ。


「僕を呼んだかな?」


 集団の後方から、渋い男の声が響いて来る。

 それに僅か遅れて、コツコツと足音を鳴らしながら俺の前へと、一人の男が姿を現した。


「あんたが〈蒼翼騎士団〉のギルドマスターだな?」


 男のプレイヤーネームは"ブルーロビン"。

 シルバリズムから聞いた話が本当だったならば、目の前の男がギルドマスターなのだろう。

 見た目は40代程の、やや丸顔の普通のおっさんだ。

 ぶっちゃけ50人ものプレイヤーを纏める凄腕にはちょっと見えない。


「その通りだよ。それで君達は……ああ、君達がそうなのか」


 俺のプレイヤーネームへと視線をやると同時に、すぐに合点のいった表情を浮かべる。

 恐らく入り口にいた他のメンバーから、連絡が入っているのだろう。


「悪いがここのエリアボスは、僕ら〈蒼翼騎士団〉が倒す事になっている。もし邪魔をするならば、これ以上は言わなくても分かるかな?」


 実力で排除すると、そう言いたいのだろう。

 見たところ一部を除き、以前のPK連中と大して変わらないレベルのようだが、流石に今回は数が多すぎる。

 俺としても戦う気は毛頭無い。


「別に邪魔をするつもりは無いさ。だが、見学くらいはいいだろう?」


 元々の目的はこれだ。

 あわよくば出し抜いて、初討伐をと行きたいところだが、それはちょっと厳しそうだ。


「……そうだね。戦いの邪魔をしないと約束してくれるならば、構わないよ」


 シルバリズムが言っていた通り、どうにも甘い男のようだ。

 もっとも、それがこちらの利になる以上、その事をとやかく言うつもりは無いが。


「助かるよ」


 礼を述べてから、俺達も見学の輪へと加わる。


「ところで、あんたはエリアボス戦に参加しなくて良かったのか?」


「はは、僕はあんまり戦闘が得意じゃないから、後方で待機さ」


 ブルーロビンは謙遜でもするようにそう言うが、その装備にレベル、何よりその隙の無い立ち振る舞いが、彼が十分な実力を有している事を示している。

 甘い上に、嘘が下手か。

 単に人を纏めるだけならそれでもいいんだろうが、他ギルドと争いにでもなった時どうなるやら。


 まあ他人様の心配はやめておこう。

 それよりもエリアボスの情報入手に力を入れるべきだ。


 今戦っているのは〈蒼翼騎士団〉の主力メンバーなのは間違いないのだろう。

 ギルドマスターであるブルーロビンと、同格かそれに近い装備とレベルを備えている。

 連携も十分取れており、全員が一流のプレイヤーで有る事が窺える。


 対する〈ノーブルヴァンパイア〉だが、これまた中々厄介な相手だ。


 見た目は、人間に非常に近い容姿をしており、相手と距離を取りつつ、いくつかの魔法を使い分けて戦うスタイルだ。

 地面から常時僅かに浮いているので、地形に左右されず素早い移動が出来、そのせいで奴を捕えるのは中々に大変なようだ。

 その上、時たまではあるが、短距離転移を使用する事があり、大変さを倍増させている。

 かと言って近づけば安全かというと、そうでも無い。

 どこに仕舞っているのか巨大な爪による切り裂き攻撃、手で触れる事で相手のHPを吸収するエナジードレインなど、近距離においても決して油断は出来ない相手なのだ。

 加えて、吸血鬼らしく自己再生能力まで備えている。


 〈ノーブルヴァンパイア〉のHPが中々削れないのには、他にも理由がある。

 それは戦っている場所そのものだ。

 全体としては広間のような形であるのだが、その地形の凹凸が非常に大きいのだ。

 加えて天井部にはつららがいくつもぶら下がっており、それがランダム落ちてくるというギミックが存在している。

 そちらにも注意を払う必要がある為、中々攻めきれずにいる。 


 それらの理由によって、挑戦者たちはかなりの苦戦を強いられているのだ。

 

「手伝わなくてもいいのか?」


「はは、今僕が手を出したら、これまでの彼らの苦労が水の泡になっちゃうからね」


 ここのエリアボスも、他のエリア同様に他パーティが横やりを入れるとHPが回復する仕様らしい。


「もっとも、それはエリアボスのHPが残り1ゲージを切るまでだけどね」


 どういうことだ? と俺が尋ねる前に、ブルーロビンはその理由を語り始める。


「あのボスは、HPが減ると逃げる事は知っているかな?」


 その辺の話はシルバリズムからある程度は聞いている。

 奴はHPが減少すると、今いる場所から離れようとしなかったのが一転、このダンジョン内を自由に移動するようになるそうだ。

 逃亡の最中に仮にダメージを与えたとしても、そちらへとターゲットを向ける事はなく、ひたすら逃げ回り続けるらしい。

 その為一度逃がしてしまうと、地形を無視して素早い移動を行う奴を捕まえるのは非常に困難なのだ。

 その上もたもたしていれば、持ち前の自己再生能力によって、そのHPを回復させてしまう。


 その話を聞いた時点で、既にかなり厄介だと思ってはいたのだが、ここに来て更にその思いは強まった。

 てっきり頑張れば、ゲージ一本分を一気に削り切れる程度の総HPだと思っていたのだが、戦闘を観察している限りでは、とてもそうは見えなかった。 


「それで大体合っているけど、少し情報が足りないかな。実はね、一度逃げに入ったボスは、他のパーティからの攻撃を受け付けるようになるんだよ」


「……そういうことか」


 ようやく彼らが何を考えているのかが分かった。

 ここに待機している30名近い〈蒼翼騎士団〉全員で攻撃を仕掛けて、一気にそのHPを削り取るつもりなのだ。

 他パーティからの攻撃制限が解除されれば、数はそのまま絶対的な攻撃力となる。


 そして、それは4人だけの俺達には無理な方法だ。


「そう。だから、君たちにはその様子を黙って見ていて欲しいんだ。もし、その邪魔をする素振りを見せれば、容赦なく君たちを殺すよ」


 表情こそ変わらないが、その淡々とした物言いはハッキリと俺を威圧している。

 さっきまで彼に抱いていた甘い男という印象は、今の一瞬で吹き飛んでいた。


「ロビンさん、手伝いに来ましたよー」


 ブルーロビンと俺が睨みあっていると、後ろから声が聞こえる。

 振り返ってみるとその声の主は、外にいる筈のシルバリズムだった。

 いやそこにいたのは彼だけではない。ダンジョンの入り口で屯していた20名ほどのプレイヤーが全て来ていた。


 ――奴はボスを逃がさないように待機していると言っていた筈だが?


「ああ、お疲れさま」


「結局、観戦者はあんまり集まりませんでしたねー。折角うちの華々しいデビュー戦だっていうのに」


「いやなに、彼らがいるだけで十分だよ。何といっても、現時点(・・・)でのトッププレイヤー達だからね」


 妙に"現時点"という部分を強調しているように聞こえたのは、俺の被害妄想だろうか。

 

 しかし、俺達はただの観戦者扱いか。


「そうか、そういう事か。俺達にわざわざ情報をペラペラと話してくれたのは、全部その力を見せつける為だったって訳か……」


 ようやく理解したよ。


「その通りっすよ。という訳でカイトさん、申し訳ないっすけど、ここで黙って俺達がボスを倒すのを見てて下さいね」


 この場にいるのは全員〈蒼翼騎士団〉のメンバーだ。

 この数を敵に回す訳にもいかず、大人しく従うしかない。

 

「さて、そろそろだよ」


 そういうこうしている内に気が付けば〈ノーブルヴァンパイア〉のHPゲージが残り1本を切ろうとしていた。


「では、僕ら〈蒼翼騎士団〉の雄姿を、まずは彼らに見せつけてやるとしようじゃないか!」


 ブルーロビンの号令と共に、俺達へと警戒を向けている数名を除き、全員が一斉に動き出す。

 

 それから先の出来事は、見事という外になかった。

 ギルドメンバー同士では、お互いにダメージを与えられないという利点を存分に活用し、フレンドリーファイアを恐れぬ一斉攻撃が行われた。

 

 まず、遠距離から矢と魔法が大量にボスへと降り注ぐ。それによりあっさりと半分近いゲージが一気に吹き飛んだ。

 直後、〈ノーブルヴァンパイア〉を逃がすまいと近接武器を持った連中が、周囲を取り囲み、八方からスキルを放つ。

 これにより瀕死となった奴は、短距離転移で包囲をすり抜け逃げようとするが、直後別の連中によって囲まれる。

 短距離転移にはクールタイムがあるらしく、連続では発動出来ない。よって、この時点で奴は既に袋のネズミだ。

 だが、彼らは敢えてトドメを刺さずに道を譲る。


「ギルマス、どうぞ!」


「ありがとう。そして終わりだ!」


 ブルーロビンが掲げた槍が光を放ちながら、〈ノーブルヴァンパイア〉へと突き刺さる。

 それがトドメの一撃となり、〈ノーブルヴァンパイア〉は粒子となり空気へと溶けて消えていく。


「僕らの勝利だ!」


「「おおおおおっ!!」」


 ブルーロビンのその宣言に対し、〈蒼翼騎士団〉の連中は一斉に勝利の雄叫びを上げる。


 鍾乳洞を震わす大音量に、ナツメたち女性陣は気圧されているようだ。

 いや、それは俺も一緒か。


「さて、どうかな? 僕らも中々やるものだろう?」

 

 ブルーロビンが笑顔で、俺へとそんな言葉を向けて来る。


「……ああ、今回はあんたらの勝ちだよ。おめでとう」


 俺は顔を引き攣らせながらも、どうにか祝いの言葉を贈る。


 今回〈蒼翼騎士団〉が取ったエリアボスの攻略法は、残念ながら俺達では実行不可能だ。

 むしろそれを見せつけるが為だけに、俺達の来訪を待っていた気さえする。


「それでだ。良かったら君たちも僕らのギルドに入らないか?」


 結局は、そうやって力を見せつける事で、勧誘しやすくするのが目的な訳だ。


「いや、誘いは嬉しいが遠慮しておくよ」


 俺が思っていたよりも、彼らはずっと強かだった。

 ギルドマスターであるブルーロビンもかなり有能な人間だと思える。

 だが、俺は誰かの下に付くつもりは無い。


「……そうか。気が変わったら、いつでも連絡して欲しい」


 そう言ってブルーロビンがフレンド要請を送ってくる。

 こちらは特に断る理由も無いので、受け入れる事にした。


「へへっ、俺の言った通り、ロビンさんは凄い人でしょ?」


 去り際にシルバリズムがそんな事を言ってきたが、俺は苦笑を返す事しか出来なかった。


「あー!! くそっ、完全にやられた」


「そうだねー。やっぱり数の力って凄いね」


 まったくだ。

 だが何より凄いのは、それをきっちり纏めているブルーロビンの手腕なんだろうな。


「……さっきは独断でギルドの勧誘、断って悪かったな」


「ううん。ボクらは、カイトにずっと付いていくつもりだから、気にしなくていいよ」


 ハルカが優し気な笑顔を浮かべながらそう言って首を横に振る。


「そうね。ギルド自体は確かに凄いのは認めるわ。けれど、きっとあの数だと得られる活躍ポイントもかなり分散するし、良い事ばかりとは思えないわ」


 それは確かにナツメの言う通りだ。

 今は確かに纏まっているようだが、それがいつまで持つかは知れたものじゃない。

 理屈の上ではそうであると分かってはいても、今の俺にはそれがただの言い訳にしか思えない。

 いかんな。かなり悪い方向に気持ちが向いている。


「私達は、私達のペースで頑張りましょう」


 彼らのギルドに入るつもりが無い以上、結局はそれしかないのだ。

 気を取り直して、次のエリアボス攻略へと目を向けるとしよう。

 落ち込む心をそう叱咤し、どうにか俺は前を向くのだった。


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