25 シンの申し出
"水霊の三日月島"のエリアボス〈ミズチ〉を倒した俺達は、アイテム整理の為、一旦"始まりの街"へと帰還する。
「ねぇ、カイト。気付いてた? 彼らが"黄金の草原"のエリアボスの初討伐者よ」
「だな。ランキングの上の方で、全員名前を見た覚えがある」
あの手慣れた動きからも、彼らがベテランである事はすぐに見て取れた。
「ねぇ、ところでさ。新興宗教ガミガミ教って何なの?」
ああ、ガミガミ達がなんか名乗りを上げていたあれか。
名前そのまま判断すると、ガミガミを崇める新興宗教……なのか?
もはや現代においては、宗教なんてものはほとんど歴史の遺物と化しているので、正直良く分からない。
「いや、俺に聞かれてもな。……多分、パーティ名かなんかじゃないのか?」
「パーティ名?」
「パーティ情報欄を開けば、表示されてるだろう? 俺達のは初期設定から弄ってないから"カイトのパーティ"となってるが、そこを変えることも出来るんだよ」
「へぇ、知らなかったよ」
俺達みたいに固定メンバーでパーティを組んでると、パーティ情報欄なんてわざわざ見る事が無いので、あまり意識しないのだが、野良でパーティを組む場合、パーティ募集リストにパーティ名とリーダー名が載る仕組みになっている。
なので、人を集める為には特徴的なパーティ名は有効……なのかもしれない。
もっとも素直に、どういった目的のパーティなのかを書くのが一番だと俺は思うのだが。
それに、見た感じガミガミ達も俺達同様に固定パーティだ。だからパーティ名を弄る必要性は特には無い筈なんだがな。
まあ、その辺は気分の問題もあるので、突っ込むのはやめておこう。
アイテム整理やポーション類の補充、そして情報収集を軽く済ませてから、パーティでの話し合いだ。
「次の行動方針についてだが、何か意見はあるか?」
〈ミズチ〉の初討伐に失敗した今、次の優先目標は他の未討伐エリアボスの撃破となる。
だが、現時点で行き方が分かっているのは"大樹の祠"のみ。
情報収集の結果、残るエリアはそれ以外にあと2つ。
"黄金の草原"の西に"蜥蜴人の湿地"が、"白亜の採石場"の南に"清水の鍾乳洞"が有る事が判明したが、その正確なルートまでは分からなかった。
「……難しいところね。攻略状況的には"大樹の祠"が無難だけれど……」
"大樹の祠"は以前も行った事があるので、一番情報を持っている。
その時はマコト達と揉めたせいで、一旦攻略を断念したが、時間をある程度空けた今なら、危険も然程無いとは思う。
「問題は、あのダンジョンギミックだな。今も攻略されていないって事は、あそこを突破出来ていない可能性が高いと思う」
〈トレント〉達が行く手を遮っていて上の階に進めないのに、〈トレント〉を倒すと何故か大樹の外に追い出されるという謎ギミックの事だ。
暇な時間に色々と考えを整理したりもしたのだが、解決の糸口は未だ見つかっていない。
「かといって、他のエリアもまだ攻略されていない以上、何らかの問題があるんでしょうね……」
既に新エリア開放から、丸1日が経過している。
それなり以上の数のプレイヤー達が、各エリアに挑んだ筈だ。
にも関わらず、未だ攻略が成されていない事を鑑みれば、"水霊の三日月島"以上の難易度だと考えた方が無難だ。
「何か決め手となる情報が欲しいな……」
そうやって俺達が頭を悩ませていると、突如フレンド通話が掛かって来る。
「(……どうした、†ラーハルト†。何か用か?)」
「(まあそんなとこだな。なぁ廃人、今どこにいるよ?)
廃人呼びはやめろと言ってるだろうが。
まあ、そう言って素直に聞く奴では無いのは、分かっているのだが。
「(今は街に戻ってるが、それがどうかしたか?)」
「(おお、なら丁度良かったぜ。前の会議室で話をしようぜ、ちょっと相談があるんだよ)」
俺達も丁度、話し合いに行き詰っていた所だ。
奴の相談というのが何なのかは分からないが、この状況の打破してくれる情報が得られる事に期待するとしよう。
◆
「おお、来たか。そっちに座ってくれ」
勧められるまま、俺達は席へと着く。
「で、相談ってなんだよ?」
「その前に一つお尋ねして宜しいでしょうか? "水霊の三日月島"のエリアボスを倒したのはあなた達ですか?」
何か言おうとしていた†ラーハルト†を制し、シンがそう尋ねて来る。
「あー。一応俺達も倒しはしたが、初討伐したのは別のパーティだ」
その辺の事情を簡単に説明する。勿論、攻略に繋がるような情報は伏せた上でだ。
「なるほど、それは災難でしたね」
「こっちの事は別にいい。それで、相談ってのは、何なんだ?」
「ええ、実はですね。現在、我々のパーティは"蜥蜴人の湿地"の攻略に挑戦中なのです。そこのエリアボスは〈リザードマンキング〉という固有名なのですが、こいつが少々厄介でして……」
エリアボスが厄介なのは、当たり前の話だ。
なぜそれをわざわざ無償で俺達に話すのだろうか?
その疑問の答えは、すぐに判明した。
「〈リザードマンキング〉の持つHPゲージは、10本。これまでのエリアボスの倍です。これが示す意味は〈リザードマンキング〉がミニレイド対応である事、即ち4人パーティ2組で挑むべき相手だという事なのです」
この話を聞いて俺は、いよいよ来たかと、感じていた。
そういった敵が存在する事自体は事前説明で知らされていた為、その事に関する驚きは特別存在しない。
「要するに、俺達と合同でそいつを攻略したいって訳か」
「ええ、その通りです」
正直、行き詰っていた俺達にとってはかなり嬉しい申し出だ。
目標は定まるし、合同で攻略する以上、エリアの地形や敵の情報などを得る事が期待できる。
とはいえ、手放しで喜ぶにはまだ早い。
「その申し出を受ける前に、いくつか確認したいことがある。まず、MVPで得たアイテムの扱いをどうするかについてだ」
初討伐をする上で、もっとも重要なのはMVPで得られる"生存の書"と"封印の書"の2つだ。
これらの扱いについては、事前に話しておかなければ、間違いなく揉める原因となる。
「それについては、MVPを取った人間がいたパーティが"生存の書"を持ち、もう片方のパーティに"封印の書"を譲渡するという事でどうでしょうか?」
まあ、その辺りが無難な取り決めだろう。
一応、横に座る仲間達にも視線で窺うが、特に異論は無さそうだ。
「俺らがMVP取ったら、そのまま持ち逃げするかもしれないぞ?」
「もしそうなれば、こちらもそれなりの対処をするだけの話です。それにあなた方は、そんな馬鹿な真似はしないでしょう?」
もしそんな真似をしでかしたと知れ渡れば、今後の複数パーティでの攻略に間違いなく支障を来たすだろう。
そのくらいの事は、当然俺も理解している。
「まだ確認事項はある。MVP以外のドロップアイテムの扱いはどうするんだ?」
「それについてですが、7:3の割合での分配でどうでしょう?」
まるで当然の如く、多くの取り分を要求してくる。
「……それは、そっちの持っている情報代って解釈でいいのか?」
「ええそうです」
「それだけの要求を出来るだけの情報を、既にそっちは持っているって事か?」
「そう受け取って貰って結構ですよ」
ふむ、と頷きつつ俺は脳内で現状を整理する。
この状況でハッタリを言う理由も無いし、多分それは本当なのだろう。
だが、ミニレイドという攻略のし辛い相手の素材アイテムについては、こちらもなるべく多く欲しい所だ。
「4:6に負けてくれ。代わりに"水霊の三日月島"の攻略情報を渡す」
本当なら5:5を要求したかったところだが、既に初討伐が済んでおり、その価値は低下している。
あまり欲を掻き過ぎても信頼を失うだけだし、これくらいが妥当だろう。
「……分かりました。それで構いませんよ」
他にもいくつかの細かい事項についての確認を終え、†ラーハルト†達との合同パーティの結成が決まった。
「では引き続き、〈リザードマンキング〉についての情報を提供します」
そうしてシンの口から、エリアボスに関する情報が語られる。
どうやら、彼らは単独で1度、別のパーティと組んで1度と2度に渡り挑んだらしい。
単独で挑んだ時は、すぐに逃げ帰ったようだが、2回目の挑戦ではかなり長く戦ったようだ。
そのお蔭か、俺が思っていた以上に色々と情報を持っていた。
「しかし、ちょっと前衛が少ない気がするな」
こちらはナツメ、あちらは†ラーハルト†と、併せても2人しかいない。
俺が前に出ることも考えたが、得られたエリアボスの情報から難しいと判断した。
正直、これはバランスが悪いと言わざるを得ない。
「まあ、それはなんとかなるでしょう」
それは†ラーハルト†に対する信頼の表れか、あるいは自身の持つ支援能力に対する自負なのか。
「では作戦の説明をしたいと思います。何か質問などあれば、遠慮なく仰ってくださいね」
ともかく今は、シンの説明に耳を傾ける事にする。
そして、いよいよ初めての2パーティ合同でのエリアボス討伐戦が始まろうとしていた。