2 スタートダッシュ
本日2回目の更新です。
俺が"Countless Arena"の世界へとダイブしたのは、その日のお昼を大分過ぎた頃だったと思う。
だが、そこから実際にゲームが始まるまでが、また長かったのだ。
ゲームへとダイブして最初に行ったのが、キャラクターメイキングだ。
と言っても、これに関しては特に俺は何もしていない。
現実世界の俺を基に自動生成されたアバターを、そのまま使うのが俺のポリシーだ。
……別に色々弄るのが面倒とか、そういうんじゃないから。
それをさっくりと終わらせ、ゲームの世界へとダイブした俺は、周囲に星々が煌く、まるで宇宙空間のような所に浮かんでいた。
遠くに視線をやれば、他の人間の姿がぽつぽつと見える。
だが、そんな彼らに声をかけようにも、近寄る手段が無かった。
ここは無重力を再現しているのか、ジタバタと手足を動かしても空を切るばかりで、その場から一歩も進めない。
そうこうしている内に、どこかから声が響いて来た。男性とも女性とも区別がつかない機械的な声色だ。
「これより、ゲームについての説明を行います」
それを皮切りとし、ゲームに関する種々の説明が始まった。
どうやら質問は受け付けていないらしく、俺は一字一句聞き逃すまいと耳を傾け集中する。
説明はかなりの長時間に及んだ。
重要な点だけをかいつまんで挙げるとこんな感じだ。
参加プレイヤーの数は全部で3000人。
ゲームの目的は、全部で100あるエリア、それぞれに存在するボスを全て倒したらゲーム終了という、極々単純なモノだ。
開始直後はいくつかのエリアにしか入れないが、条件を満たすことで、進入可能なエリアが増えていくらしい。
肝心のゲームクリア時に生存する為に必要なアイテム、名前をそのまま"生存の書"というそうなのだが、これの入手条件は、基本は各エリアのボスを初討伐時に、MVPを獲得したプレイヤーに与えられるそうだ。
MVPの決定方法は、エリアボス戦での勝利への貢献度の高さで決まるらしい。ただその貢献度なるものが、どのような基準によって決まるのかについては、何も語られなかった。
また、MVPを獲得したプレイヤーには、"生存の書"ともう一つ、"封印の書"というアイテムが与えられるそうだ。
これがまた中々にえげつないアイテムで、これを使用されたプレイヤーは、ゲーム終了時まで、"始まりの街"に存在する"封印宮"と呼ばれる施設に幽閉されるらしい。
一度幽閉されてしまうと、自力脱出は不可能らしく、他プレイヤーが"生存の書"を使用することでのみ、脱出可能となるようだ。
ただし、生存の書を既に所持していた場合は、それを消費することで、幽閉処置を回避出来るとのことだ。
やはり、この"生存の書"というアイテムが、ゲーム攻略の鍵となるようだ。
ちなみに、エリアボス戦でMVPを取る以外にも、ゲーム内イベントなどで入手方法はいくつか用意されているらしい。
そちらについては、ゲームをプレイしながらゆっくり探って欲しいとのことだ。
そしてこれも多くのプレイヤーが関心を持っているだろう、クリア報酬についてだが、賞金総額1000億を生き残ったプレイヤーで分配するそうだ。ゲームプレイに対する賞金としてはハッキリいって破格だ。……命掛けという事を考慮しなければの話だが。
賞金の分配方法については、ゲームクリア時に取得していた活躍ポイントの量に応じて行われるそうだ。
活躍ポイントというのは、ゲームクリアにどれだけ貢献したか、を示すポイントらしい。
エリアボスの初回討伐時における貢献など、ゲーム攻略に関する様々な要素が加味されるらしい。
またそれについては、5日毎にプレイヤー全員の現在の取得ポイントと、そのランキングが開示されるようだ。
これは俺にとっては、ある意味一番求めていた要素だ。
俺が最高のVRMMOプレイヤーだと証明する、絶好のチャンスだからな。
他にも細々としたシステムについて、色々と語られたが、基本的にはオーソドックスなVRMMORPGのようだ。
Lv制かつ技能制。職業や種族などは無し。
この辺の説明は、多分VRMMO慣れしていないプレイヤーに対するモノだと思われる。
正直に俺には分かり切った話ばかりで、退屈だった。
ハッキリとは明言されなかったが、このゲームの参加者はどうやら、俺のようなVRMMO中毒ばかりではないようだ。
まあ、どんな相手がいたとしても、トップを譲るつもりは毛頭ないがな。
「それでは、ゲームを開始します。転送!」
こうして、命掛けのゲームが始まった。
◆
転送された俺の視界に広がっていたのは、良くあるファンタジー世界の街並みだ。
ここが恐らく、事前説明でも言っていた"始まりの街"なのだろう。
ただ既に辺りは真っ暗だ。
CAの世界の時間は、現実とリンクしているらしいので、現実でも既に夜なのだろう。
3000人は同時に飛ばされている筈なのだが、その割には周囲の人影は少ない。
街のあちこちにバラバラに飛ばされたのだろうか?
「……さてと、どうするかな」
事前説明においては、今夜は宿を取り休んで、明日の朝から本格的にプレイするのをオススメしていた。
だが、俺にはそんなアドバイスを黙って聞き入れるつもりは、毛頭無い。
ただ勧められるままにプレイしていては、他人を出し抜くなど到底不可能だからだ。
俺は夜の街を探索しながら状況把握に努めているうちに、とある計画を思いつく。
それが実際に実行可能かどうか確認すべく、初期配布アイテムのうちの一つである〈銅の短剣〉をインベントリから取り出す。
そして、それをおもむろに自身の左腕に突き立てた。
「なるほど。痛覚設定は、若干弱めといった所か」
VRMMOをプレイする際に重要な要素の一つに、痛覚設定がある。
これは敵の攻撃などによってダメージを受けた際に、どの程度の痛みを感じるかという設定だ。
ゲームによって異なるものの、大抵は大ダメージを受けてもチクリと感じる程度だ。
ただ、中には馬鹿に出来ない痛みを感じるゲームも稀にだが存在していたので、その辺の確認はVRMMOにおいては、必須確認事項なのだ。
そしてこのゲーム"Countless Arena"においては、幸いにも、痛覚設定は弱めである事が実証された。
「第一段階はクリアだな。さて、残りの条件についても確認していこうか」
計画を実行に移すには、まだいくつか確認すべき事がある。
それらの確認と計画の準備を兼ねて、俺は夜の街を再び歩き始めるのだった。
◆
それから数時間が経過した。
ゲーム開始直後で、暗いながらも人で賑わっていた街も、今では人通りはほとんど無い。
多くのプレイヤーがオススメ通りに、宿を取って寝てしまったのだろう。
勿論、早速街から出て各エリアの探索に繰り出している奴らも、それなりにいるのだろうが。
「よし。どうやら問題は無さそうだ」
計画への障害が無い事を確認した俺は、早速実行へと移すことにした。
最適なタイミングは、今この時しかない。
失敗すればそれなりにリスクがあるし、成功してもリターンがほとんど無い可能性も0ではない。
だが、それでも俺は躊躇わなかった。
情報不足の為、断言出来ることではないが、それでもこの計画、勝算は十分に高いと俺は考えていた。
「よし、じゃあ行くぞ!」
自身を奮い立たせるように、小声でそう叫ぶ。
そうして向かった先は、"始まりの街"の北東付近に存在する宿屋街だった。
俺が調査した所によると宿屋は、中心部に近い程に宿代が高く、逆に街の外縁部へと向かう程に安くなる傾向にあった。
俺が向かったのは、その中でも特に安い宿が集まる一帯だった。
古びた木製の建物が立ち並ぶ。
ふとした衝撃で、あっさりと倒壊しそうなほどにボロイ。
そんな建物の一つに俺は、足音を殺して忍び寄る。
そして中の様子に耳を澄ませる。
「スー……、スー……」
僅かに聞こえてくるのは、人の寝息だけ。
木製の建物は音が響くので、物音がすればすぐに分かる。
どうやら中の人間は、全員寝ているようだ。
それを確認した俺は、すぐさま宿屋の中へと侵入する。
音を殺しつつ建物内部を奥へと進み、使用されている部屋を発見すると、鍵を壊してその中へと侵入する。
そこには無防備に寝ているプレイヤーが存在した。
「悪いな、俺の為に死んでくれ」
恨むのなら、安宿で警戒なく寝ている自分の迂闊さを恨むんだな。
事前説明でPKに対するペナルティが存在しない事や、いわゆる戦闘禁止エリアが存在しない事を聞いているにも関わらず、警戒心が無さすぎなのだ。
それに死んでも、封印宮とやらで24時間を過ごせば、復活は可能だ。
普通のVRMMOであれば、かなり重いデスペナルティだが、一応、命が掛かったゲームである以上、それくらいの罰が必要なのだろう。
蘇生手段の類が存在しないらしい事からも、簡単に死ぬようなプレイをして欲しくないという運営の意図が透けて見える。
だからといって、俺の心中には他プレイヤーを殺す事への罪悪感などは、欠片も存在しなかったが。
俺は念のため寝ている相手の目線を左手で覆いつつ、右手に持った短剣で素早く首筋を掻き切った。
急所への一撃だが、所詮レベル1の攻撃力では、一撃で死に至らしめることは出来なかったようだ。
だが一方で相手もまだ目覚める様子は無い。
そのまま、もう何度か攻撃を加えると、眠っていたプレイヤーが粒子となって消えた。
それと同時に視界の左下にログが流れる。
『レベル2になりました』
『レベル3になりました』
『レベル4になりました』
それを見て俺は、ニヤリと口端を歪める。
予想通り、プレイヤーの経験値はかなり美味しい事に、俺は内心で喜びに打ち震えていた。
それからは、ただ同じ事の繰り返しだ。
建物内のプレイヤー全員を同様の手口で殺していき、次々と経験値へと変えていった。
それが終われば別の建物へ。
そうして、気が付けば俺は50人程を殺して、レベルも12まで上がっていた。
途中、〈忍び足〉や〈暗殺術〉なるアビリティを覚えたので、それらも効率の良い狩りの助けになってくれた。
そろそろ夜明けも近いようだし、この建物を最後にするか。
そう思いつつ、慣れた仕草で建物へと侵入した俺は、不覚にも驚愕することになった。
そこには剣を構えた赤髪の少女が立っていたのだった。