16 ゴブリンナイツ
俺は右、ナツメが左へと別れて、それぞれ〈ゴブリンナイト〉達へと突撃を開始する。
「〈ブラインドシンカー〉!」
射程ギリギリから〈弓術〉スキルを放つが、どうやら既に敵の探知範囲に入っていたようだ。
スキルが直撃する前に槍ゴブは、既にこちらへと動き始めていた。
一方のナツメも、斧ゴブの探知範囲内に入っている。
「〈アイススピア〉!」
ナツメの放つ氷の槍が、真ん中に立つ剣ゴブへと突き刺さる。
ダメージはほとんど与えていないようだが、これで2体のタゲはナツメへと向いた。
「ハルカ!」
まずは、ハルカと連携して槍ゴブのHPをギリギリまで削る。
それが作戦の第一段階だ。
俺は短剣へと武器を持ち替え、敵と対峙する。
短剣ならば、敵の攻撃を掻い潜りつつ攻撃を継続できるからだ。
ハルカの火力がかなり上がっており、タゲを維持するのも中々大変になって来ている。
「〈ポイズンエッジ〉!」
相手はエリアボスだから効果は期待薄だが、一応毒を仕掛けてみる。
一応、何度か状態異常は入ったのだが、すぐに効果が切れてしまう。
これじゃ、ほとんど意味がないな。
そうやって試行錯誤しつつも、俺達は槍ゴブのHPをゴリゴリと削っていく。
敵のHPゲージ自体は5本あるが、減りがやけに早い。
3体いるので、その分個々のHPは他のエリアボスと比べ、低めに設定されているのだろう。
槍による攻撃も、事前の挙動が分かりやすい大振りばかりで、俺にとっては回避が容易いものばかりだ。
そんな風に考えていたせいなのか、残り2ゲージとなった段階で、敵の動きに変化があった。
突如として槍ゴブが構えている槍が、淡い光に包まれる。
「カイトっ!」
ハルカから警告の声が上がるが、俺もその意味はちゃんと理解している。
直後、先程までの攻撃とは比べものにならない程に、深く鋭い突きがこちらへと飛んでくる。
「ちっ!」
俺は、反射的に横っ飛びに転がり、ギリギリの所でそれを回避する。
今のは、槍ゴブが放った〈槍術〉スキルだ。
やはりシステムの補助を受けた攻撃は、速度が段違いらしい。
とはいえ、スキルはメリットばかりではない。
相手に当て損ねれば、その硬直は大きな隙とも成り得る。
即ちこの場合は、俺達にとっては攻撃チャンスだ。
「〈バーニングハンド〉!」
ハルカもその事は理解しているらしく、ここぞとばかりに接近してスキルを放つ。
今ハルカが使ったのは〈火魔法〉スキルの一つで、炎を宿した手で攻撃するという、魔法スキルにあるまじき近接スキルだ。
魔法スキルにしては、珍しく超短射程というだけあって、その分威力はかなり高めだ。
「ギィィ!!」
ハルカの魔法の直撃によって、槍ゴブは悲鳴を上げると共に、HPゲージを大きく減らす。
よし、いい感じだ。
その後も何度か敵のスキル攻撃はあり、一度は俺が避け損ねて瀕死に陥るという事態も起きたが、ユキハのフォローによって事なきを得ていた。
そして、ついに槍ゴブのHPを残り半ゲージ以下まで削り切る事に成功する。
「ナツメ、交代だ!」
俺はその事を伝えると同時に、武器を弓に持ち替え、すぐさま矢をつがえる。
「〈ブラインドシンカー〉!」
剣ゴブへと向けて、俺はスキルを放つ。
長い時間ナツメがタゲを持っていたせいか、一発ではタゲを奪えない。
その後、槍ゴブの攻撃を避けつつ、何度か矢を放って、ようやく剣ゴブの視線が俺の方を向いてくれた。
「ナツメ! ハルカ! 頼んだぞ!」
俺は再び短剣に持ち替え、今度は剣ゴブ、槍ゴブの2体と対峙する。
一応タゲを維持出来る程度には攻撃を加えるつもりだが、基本方針は回避だ。
その隙に2人が斧ゴブのHPを削ってくれる筈だ。
ボス2体の攻撃の前には、流石の俺も無傷とはいかず、何度か攻撃を受けてしまうが、その度にユキハの回復魔法が飛んでくる。
この素早いフォローは正直感服ものだ。
時たま、ナツメたちの方に視線をやるが、順調に斧ゴブのHPを削っているらしい。
何もかも俺の想定通りに事が運んでいるなと考えていた矢先、突如思いがけない事態が俺達を襲う。
これまで俺に対し執拗なまでに攻撃をしてきた、剣ゴブと槍ゴブの2体が、突如として攻撃の手を止めたのだ。
「……なんだ?」
突然の事態に訝しむ俺の存在など、視界に入っていないかのように、2体は上を見ながらその頭上へと武器を掲げる。
それら武器が淡い光に包まれたかと思うと同時に、槍ゴブのHPゲージが急速に回復し始めたのだ。
「えっ!?」
どうやらHPが回復し始めたのは、ナツメたちが対峙している斧ゴブもらしい。
ナツメ達が驚愕の声を上げる。
――くそっ、何だこれは!?
訳が分からないが、動きを止めた2体の行動が原因だと判断し、邪魔をするべく攻撃を仕掛ける。
だが、1体を攻撃している隙に、もう1体は回復を続ける。
そして回復速度はかなり早い。これでは、俺一人では止める事は不可能だ。
援護を乞おうと、声を上げようとして、俺は気付いてしまう。
既に、斧ゴブと槍ゴブのHPがほとんど全快してしまっている事に。
「流石にふざけ過ぎだろ、これ……」
長い時間を掛けて、必死に削ったHPが今の僅かな間に元の木阿弥だ。
恐らく俺達は攻略法を間違えてしまったのだろう。
「……撤退だ」
そう理解した俺は、皆にそう指示を下す。
彼女達は一瞬躊躇う姿も見せたものの、その後特に反論する事もなく頷いてくれた。
それから事前の打ち合わせ通り、ハルカとユキハが先に脱出し、入り口の扉を開いたままにしてくれる。
そこに、ボスのターゲットを持った俺とハルカが、滑りこむような形で逃げ込む。
当然、〈ゴブリンナイト〉達も追いかけて来てはいたが、予想通り洞窟の外までは追って来ないようだ。
「ふぅ、全員どうにか無事みたいだな」
外はすっかり日が沈み、薄暗くなっている。
物凄い勢いで出て来たせいか、他の順番待ちパーティの連中から視線が集まっているが、それを気にする余裕は無かった。
「一旦街に帰るぞ」
再挑戦しようにも、また長い順番待ちの列に並ぶ必要があり、すぐには無理だ。
それに考えたい事が色々と出来た。
仮に再挑戦するにしても、その後だ。
俺のそんな気持ちは皆に伝わったらしく、特に異論などはなく街へと帰還したのだった。
◆
「という訳で反省会だ」
俺達は宿の一室に集まり、"邪妖精の住処"のエリアボス〈ゴブリンナイト〉戦について話す。
「いきなり回復し始めて、びっくりしたねー」
「んだな。あれは正直予想出来なかった。各個撃破が駄目だという推測がそもそも間違ってたのか。それとも他に原因があるのか……」
「他パーティの戦闘が観戦禁止ってのが、やっぱり痛いわね……」
まったくナツメの言う通りだ。
それが無ければもっと楽なのだろうが……。
「それでこれからどうするの? また挑戦するの?」
「うーむ。本来はそうすべきなんだろうが……」
洞窟から脱出した際、チラッと見ただけだが、夜にも関わらず順番待ちの列は前より増えていた。
あの様子では、今後も更に増えていくと考えた方がいいだろう。
「なぁ、何かボスの攻略法に心当たりはないか? どんな些細な事でも構わない」
今の俺には正直、何がまずかったのか見当もつかないのだ。
だが、それはどうやら他の3人も同じらしく、揃って首を横に振る。
「そうか……」
本当なら何度でも挑みたい所なのだが、混雑具合がそれを許してはくれない。
攻略の糸口が見えているのなら良かったのだが、現状はそうでもない。
「ならいっそのこと、あそこの攻略は捨ててしまうか……」
順番待ちの列に並ぶ間の時間ロスを考えると、いっそあそこの攻略は諦めて、その時間を装備強化やレベル上げに費やした方がいいのではないかと考えたのだ。
「皆どう思う?」
とはいえ、この選択を独断で決めるのは、不満因子に成りかねない。
なので、3人の意見もきちんと窺う事にする。
「私はカイトの判断に従うわ」
ナツメはあくまで俺の決断を尊重する考えのようだ。正直、助かる。
「うーん。もう1回挑みたいって気持ちもあるんだけど、でもカイトの言う事も分かるんだよねー」
ハルカは少々迷っているようだが、この分なら押し切ってもそう不満は出ないと思われる。
「私はカイトさんに賛成です。あの場所に無理にこだわる必要は無いんじゃないかと……」
ユキハは意外とドライな考えのようだ。
こういう場合、火力をやっている人間は、削ったダメージが無駄になった事に意地になりやすい。
その点、攻撃に参加していないユキハは、冷静に状況を判断出来るのだと思う。
「という訳のようだ。ハルカ、すまないが納得してくれ」
「あー。別に不満なんて無いから安心してよ。うん、ボクもカイトの判断に従うよ」
意見の一致を見たことで、俺達は"邪妖精の住処"の攻略を断念する事に決定した。
今後は、新エリア開放に備えての装備作りや、アイテム集め、レベル上げなどに専念するのだ。