15 邪妖精の住処
"海魔の潜伏地"のエリアボス〈クラーケン〉をどうにか無事撃破した俺達は、次の行動方針をどうすべきか頭を悩ませていた。
「あれ? 次は"邪妖精の住処"のエリアボスを倒しに行くんじゃないの?」
ハルカがそんな悩みに対し、不思議そうな反応を見せる。
「まあ、それはそうなんだがな……」
未攻略のエリアボスが残っているのは、そこだけなのだ。
普通に考えれば、そちらへ向かうのが正道だ。
「だけどなぁ……。多分あそこに一番人が集まっているだろ? にも関わらず、いまだにエリアボスが倒されてない時点で、正直嫌な予感しかしないんだよなぁ」
「……そうね。単純にボスが厄介なのか、あるいは……」
"黄金の草原"のように、プレイヤー同士での揉め事が勃発している可能性も考えられる。
モンスターは、近くに行かなければ襲ってこないが、プレイヤーはそうでは無い。
まして、街中でのPKが開放されているこのゲームでは、争いがヒートアップすれば、非常に面倒くさい事にもなりかねない。
「はぁ。ここで悩んでいても答えは出ないな。とりあえず行ってみるか」
「賛成!」
という訳で、俺達は"邪妖精の住処"へとやって来た。
「やっぱり人が多いね……」
もともと人気のエリアだった上に、他エリアが攻略された事で更に人が増えたようだ。
そこかしこに、レベル上げ目的とみられるパーティの姿が散見される。
「今の所、おかしな感じは無いようね」
懸念していたプレイヤー間の騒動も、今のところは見られない。
道中の雑魚Mobの相手は他のプレイヤーがしてくれている事もあり、ほとんど戦闘も無くあっさりと奥へと進むことが出来た。
のだが――
「えー!? 何これ?」
ハルカがそう声を上げるのも無理はない。
俺自身もまさかここまでとは思っていなかったからな。
そこに広がっていた光景は、エリアボスへの挑戦待ちのパーティが長蛇の列を為している姿だった。
列の先には洞窟が存在し、どうやらそこに中へと続く扉があるようだ。
その中にきっとエリアボスが待ち構えているのだろう。
そして、どうやらその中には1パーティしか入れないらしく、エリアボス戦の観戦は出来ない模様だ。
「ここまで多いとはね……」
ナツメが若干疲れたような声でそう呟く。
俺も同感だ。
「……なんかもう帰りたくなってきたな」
パッと見る限りでも、並んでいる人数は軽く20人を超えている。
挑戦1回にどれくらい時間が掛かるか不明だが、それでも結構な時間待たされそうだ。
「お、カイトじゃねぇか!」
列を眺めていた俺に、見知った顔が声を掛けて来る。†ラーハルト†だ。
「お前らも順番待ちか?」
「ああ、次で2回目の挑戦だな」
「……やられたのか?」
「いや、埒が明かなかったから一度撤退したんだわ」
「埒が明かなかった?」
「おっと、悪いがこれ以上の情報は渡さねぇぜ」
「つれない奴だな」
まあ仕方あるまい。未討伐のエリアボスの情報は貴重だからな。
「ところで他の連中は?」
†ラーハルト†以外のパーティメンバーの姿が見えないのだ。
「ああ、順番待ちを全員でするのは不毛だからって事で、1人が並んどけばOKって事になったのさ」
どうも、俺達が来る以前に、列の割り込みやらなんやらで色々と揉めていたらしい。
それを、†ラーハルト†達が中心となって取り纏めをした結果、今のように秩序ある順番待ちの列が形成されたのだそうだ。
しかし、そうなると20人以上並んでるってことは、最前列の連中は同じパーティだとしても、20パーティ近く順番待ちがいるのか……。
これは相当待たされそうだな。
「今みたいに落ち着くまで、結構大変だったんだぜ。やむを得ず、何人かぶっ殺す羽目になっちまったしな」
笑いながらそう言う†ラーハルト†。
どうやら力技をかなり駆使したようだ。まあ彼らしいと言えば、らしいかもしれない。
†ラーハルト†と別れた後、他の連中に対しても情報収集を試みたが、やはりと言うべきか皆口が堅く、大した情報は得られなかった。
精々分かったのは、エリアボスの固有名が〈ゴブリンナイト〉で、ボスが3体いるという事くらいだ。
そんな訳で、現在俺はボス待ちの列の最後尾に並んでいる。
「疲れたらちゃんと連絡しなさいよ。すぐに交代しに行くから」
ナツメが心配そうにそう言うが、俺の方は特に問題は無い。
そもそもこういったシチュエーションに俺は割と慣れている。
VRMMOにおいて、モンスターの湧きを長時間待つなど、割と良くある事だったからだ。
「俺の事は心配するな。それより折角の空き時間だ。ゆっくり休みといい」
ナツメたちを送り出し、俺は一人列に並ぶ。
そして前を見据えたまま、ゆっくりと脳の活動を休ませていく。
ただ列の状況だけを見据え、列が前に進む度に、同じようにただ前に進むだけの機械へと己を化すのだ。
――はっ。
気が付けば、辺りはもう夕暮れになっていた。
列はかなり進んでおり、俺の前にはもう4パーティ程しかいない。
そろそろナツメ達に連絡すべきだろう。
「お待たせ。順番待ちお疲れさま、カイト」
連絡して暫く後に、ナツメ達がやって来た。
彼女達もちゃんと宿で休めたのだろう。声に張りが戻っている。
「とりあえず、待っている間に分かった情報だけ伝えるぞ」
半分寝ていたとはいえ、必要な情報収集はきっちりやっていたのだ。
「恐らくだが、ボスは特定の条件で狂暴化するタイプだと思う」
そう推測する根拠は、複数の要素から成り立っている。
まず早いパーティだと5分と掛からず全滅していた。
その一方で†ラーハルト†達などは1時間以上粘った挙句、ほとんど無傷で撤退して来ていた。
いくら†ラーハルト†が優秀な盾といっても、流石に差が極端すぎるのだ。
そこから、何らかの条件を満たすとボスの攻撃力が大幅上昇するのではないかと、俺は考えたのだ。
「狂暴化の条件は不明だが、それを踏まえて慎重に戦うとしよう」
不明と言いつつ、俺の内心には一応の予測は存在する。
ただ、それを周囲の耳があるこの場で、口には出さない程度の分別は俺にもある。
「分かったわ。暫くは情報収集に徹するとしましょう。2人もいいわね?」
ハルカとユキハが神妙な顔つきで頷いたのを確認し、俺達の番を待つ事にする。
やがて俺達の前のパーティが中へと入り、それから僅か数分後、洞窟の扉が開く。
中からは誰も出てこない。どうやら前のパーティは全滅したようだ。
「よく、行くぞ!」
俺が先陣を切って、洞窟内へと突入する。
中は岩壁に囲まれた、それなりの大きさの空間が広がっていた。
最後のユキハが入った時点で、洞窟の扉が閉まる。
こうなると、扉は外からは開かなくなるのだ。
「事前情報の通り、ボスが3体か」
俺の視線の先には、固有名〈ゴブリンナイト〉の名を持つモンスターが3体立っていた。
いずれも重厚な金属鎧で身を固めており、2mを超える巨体を持つ。
またナイトの名を冠するだけあって、ゴブリンらしからぬ悠然とした佇まいをしている。
3体は同じ名前であっても手に持つ武器が異なり、左から斧、剣、槍をそれぞれ両手に構えている。
分かり易いように、以下、斧ゴブ、剣ゴブ、槍ゴブと呼称する事にする。
まだ距離がある為、動く素振りは見せないが、その視線は明らかにこちらへと向いている。
この分だと奇襲は無理だろう。
背後に回り込もうにも、壁を背にしている為、まず不可能だ。
「ナツメ、左2体のタゲ頼めるか? 右の槍ゴブは俺が受け持つ」
ナツメが頷いたのを確認し、俺は弓を構える。
「これは俺の予想だが、多分1体ずつ倒そうとすると、残りの2体が強化される仕組みだと思う」
敵が複数いる場合、各個撃破が基本戦術だ。
恐らく早々に全滅したパーティは、その基本に忠実だった結果、強化された残りのボス2体にやられたのだと思う。
「有り得る話ね……。それでどうするつもり?」
「まず俺とハルカの2人で右の槍ゴブをギリギリまで削る。その後、真ん中の剣ゴブのタゲを俺が取り、2体を引き受けている隙に、ナツメとハルカで左の斧ゴブを削る。そして、ハルカが一旦斧ゴブのタゲを持っている間に、ナツメが俺から剣ゴブのタゲを奪い、それと同時に俺がハルカから斧ゴブのタゲを奪う。それから、ナツメとハルカで剣ゴブを削れば、準備は完了だ。最後に全員同時攻撃で、3体纏めてぶち殺して終わりだ」
言葉にすると少々ややこしいが、実際はそう難しいことでは無い。
俺とナツメのどちらかが、タゲを2体引き受けているうちに、残った方がハルカと協力して敵のHPを削る、それをただ繰り返すだけだ。
「一瞬だけとはいえ、ハルカにボスのターゲットを任せる事になるが、大丈夫か?」
「ちょっとの間だけなんでしょ? いいよ、ボクも頑張るよっ」
「ユキハは、いつも通り回復に専念してくれ。ただ、万が一そっちにタゲがいっても、こちらが取り返すまで、慌てず対処して欲しい」
回復魔法というのは、敵のAIにもよるが、割かし敵のヘイトを稼ぎやすいのだ。
今回は、敵に常時攻撃しっぱなしという訳にはいかないので、敵のターゲットがユキハへと流れる懸念がある。
「は、はいっ。その時は、防御に専念しますねっ」
敵の攻撃パターンが全く不明である為、これ以上は出たとこ勝負となる。
不安要素を上げればキリがないが、それを乗り切ってこそ、真の最高プレイヤーと言えるだろう。
各種バフを互いに掛け合い、各々武器を構える。
「準備はいいか? じゃあ行くぞ!」
こうしてエリアボスである〈ゴブリンナイト〉達との戦いが始まった。