14 海魔の潜伏地
現在俺達4人はエリア"海魔の潜伏地"へと来ていた。
「砂浜の向こうに、海が見えるわね。あの中のどこかに〈クラーケン〉がいるのね」
「砂浜部分での出現Mobはレベルこそ違うけど、大体"朱色の砂浜"と似たような感じっぽいな」
「みたいね。対処が楽でいいわ」
「だな。じゃあまずは予定通り、条件に合致する場所を探すぞ」
〈クラーケン〉撃破作戦の鍵となる場所を探す為、俺達は海岸線に沿って歩いていく。
「ねぇ、カイト。この辺りなんかどうかな?」
ハルカが立ち止まり、周囲を見回している。
「……そうだな。近くに敵のポップ地点も無さそうだし、プレイヤーの姿も見えないな」
それに周囲には障害物も少なく、俺の求めている条件に正にピッタシの場所だと言える。
むしろ、その為に用意された空間なんじゃないかと、思える程に。
「じゃあ、次はいよいよ海中に入るぞ」
このゲームで初めての水中戦だ。
とはいえ、別ゲーで慣れているので、特に緊張などはないが。
「……別に水の中でも、息が苦しいとかは無いんだね」
ハルカがそんな事を呟いているが、特に水に阻まれ声が届かないという事も無い。
若干響きに違いを感じるが、特に会話のやり取りに支障は無さそうだ。
「ただやっぱり、少し動きづらいですね……」
ユキハが初めての水中に、少々戸惑う様子を見せる。
「〈水中戦闘〉のアビリティを取るまでの辛抱だな。話に聞いた限りでは、全身が水中に浸かってさえいれば、割とすぐに取得できるって話だが……」
取得するまでは、ここから動かない方がいいだろう。いま戦闘に入ると何かと面倒そうだ。
「わわっ、HPが減り出したんだけどっ!」
「アビリティが無いとそうなるらしいな。まあこの減る速度なら、そう焦る事はないさ。ユキハが作った料理でも食べて対応するとしよう」
今は戦闘中では無いので、料理アイテムが使える。
水中で食事というのは若干シュールな光景だが、別に水に濡れて食事がグチャグチャになるような事はない。
グラフィック等が現実さながらなので忘れがちだが、ここはあくまでゲームの中なのだ。
そうやってHPの減少を凌ぎつつ待つ事しばし、無事〈水中戦闘〉のアビリティの習得に成功し、その時点でHPの減少も止まった。
ぶっちゃけ、こんなに楽に取れるなら最初から取得させとけよ、と思わなくもない。
「さてと、軽く水中戦闘に慣れつつ、〈クラーケン〉を探すぞ」
そう言って俺は海中を泳ぎ始める。
海底を歩いて進むことも出来るようだが、泳いだ方が早い。
その後、何度も雑魚Mobと遭遇し、戦闘になった。
主な出現モンスターは、〈スピアースクイッド〉と〈ソードフィッシュ〉の2種類。
〈スピアースクイッド〉は槍のような形状をしたイカ型のモンスターだ。
〈ソードフィッシュ〉は剣のように尖ったヒレを持った魚型モンスターだ。
どちらも一度の出現数が少なく、攻撃も体当たりのみだったので、然程苦戦する事なく対処出来た。
「しかし、2人とも普通に泳げるんだな……」
てっきり暫くは使い物にならないと思っていたのだが、彼女らはあっさりと水中に適応し、戦闘に参加している。
「へっへー。ボクたち水泳得意だもんね!」
なるほど。リアルで身に付けた技術か。
ふと、俺は初めてVRMMO内で泳いだ時の記憶を思い出す。
かなり苦戦した記憶が脳裏をよぎり、首を振る。
――むぅ。なんかちょっと悔しいな。
「それにしても、Mobの数が少ないわね」
ナツメが訝し気な表情でそう述べる。
「まあ初の水中エリアだし、こんなもんじゃないか? あんまり厳しくすると、慣れてない奴らが大変だからな」
ハルカやユキハのように、VRMMOに慣れてない連中もこのゲームにはそこそこ参加しているようだ。
これは俺の憶測に過ぎないが、"Countless Arean"の運営は、そんな彼らをイキナリ振り落とすようなゲームバランスにはしない気がするのだ。
「うーん。中々見つからないねぇ……」
ハルカの言う通り〈クラーケン〉とはまだ出会わない。いや出会えないというべきか。
もう海中に入って3時間は経過しているが、その影は未だ見えない。
「そろそろ、撤退も考慮すべきか……」
慣れない水中では、体力を奪われる。
いやVRでは肉体的疲労は無いので、精神が疲労するというべきだろうか。
「カイトさん! あれっ!」
そんな台詞がフラグになったのか、ユキハが珍しく大声を上げる。
彼女の視線の先には、イカのようなタコのような9本足の巨大生物が悠々と海を泳いでいた。
HPゲージが5本あるし、あれがここのエリアボス〈クラーケン〉で間違いないだろう。
「やっとでおでましか。皆、打ち合わせ通りに頼むぞ!」
各自で急いでバフを掛け合った後、俺の指示に合わせて、全員が散開する。
「最初は俺が仕掛ける!」
俺は弓の射程ギリギリまで近寄り、〈クラーケン〉へと矢を放つ。
胴体を狙ったつもりのそれは、若干狙いが逸れて奴の足へと突き刺さる。
水中では、矢の飛び方が陸上と異なるので、それにまだ慣れきっていないのだ。
――俺もまだまだだな。
とはいえ、当初の目的である〈クラーケン〉のターゲットを俺に向けるというのは、無事成功したらしい。
〈クラーケン〉がどこか怒ったような雰囲気を纏いながら、こちらへと方向転換し猛然と迫って来る。
あの速さで、突っ込んでこられたら回避もままならないし、直撃を貰えば恐らく一撃で俺は死んでしまうだろう。
だが――
「ナツメ、頼む!」
「任せて! 〈アイススピア〉!」
ナツメが構えた剣先から氷の槍が飛び出し、それが〈クラーケン〉の胴体へと突き刺さる。
とはいえ、ナツメは剣を持っている事からも分かるように、完全な物理装備だ。
そんな彼女が放つ魔法では、〈クラーケン〉に対しまともなダメージを与えることは出来ない。
だが、そうであるにも関わらず〈クラーケン〉は、さっきまで怒りを向けていた俺の存在など忘れたかのように、ナツメの方へと向き直る。
そして、再び猛烈な勢いでもって、今度はナツメ目掛けて突進していく。
「ユキハ!」
「は、はいっ」
そんな〈クラーケン〉に対し、今度はユキハが〈アクアボール〉を放つ。
水棲モンスターである〈クラーケン〉に対し、効果が絶望的な筈のその魔法は、やはりというべきか、奴の怒りを買う事に成功したらしく、今度はその矛先をユキハへと向ける。
もうお分かりだろうか。
どうやら〈クラーケン〉は、非常に特徴的なAIをしているらしく、攻撃を食らう度に、すぐさまそのターゲットを変えてしまうらしい。
分かりやすく言い換えれば、奴は短気で忘れっぽい性格をしているという事だ。
「ハルカ!」
「任せてよ!」
俺のその推論はやはり正しかったらしく、ユキハに向かっていた〈クラーケン〉に今度はハルカが魔法をぶつけると、即座に狙いをハルカへと変える。
「よし、作戦を第二段階へと移行する! 皆、頼んだぞ!」
俺は、†ラーハルト†から聞いた話から、この事を事前に予想していた。
彼程の腕の持ち主が、そう易々とタゲを外すのはおかしいと感じ、この推測へと至ったのだ。
まったく感謝しないとな。
しかし、このまま遠距離攻撃をひたすらやり続けても、勝てるかもしれないが、このペースでは倒しきるのに相当な時間が掛かる。
俺とハルカ以外の攻撃のダメージがほとんど通っていない上に、微かだが自動回復しているようにも見えるのだ。
自動回復は流石に想定外だったものの、それ以外については概ね予想していたので、俺は作戦をもう一段考えていたのだ。
◆
「よし、もうちょいだ! 頑張るぞ!」
あれから、俺達は4人で交互にターゲットを持ち合いつつ、陸地を目指していた。
〈クラーケン〉を誘導し、陸上へと連れてこれないかと考えたのだ。
そのために、わざわざ事前に海岸線を調査し、最適な場所を探していたという訳だ。
「よし、陸に上がるぞ!」
誘導は無事成功し、既に足が付く程の浅瀬へと〈クラーケン〉はノコノコとやって来ていた。
その巨体ではかなり動き辛い筈だろうに、目に宿る怒りの色は消える気配は無く、奴は尚も俺達を追い続けている。
「成功だな」
そして遂に、〈クラーケン〉は水の無い完全な砂地へとその巨体を乗り上げた。
と同時に、奴は一気に力を失ったかのように動きを止める。
水棲モンスターである奴は、水が無ければロクに動くこともままならないらしい。
やはりこれが〈クラーケン〉の正しい攻略法だったようだ。俺はそう確信する。
「やったね、カイト!」
「ああ、後は倒すだけだ。多分もう大丈夫だろうが、一応奴の動きには注意しろよ!」
「ええ。遠距離でちまちまするのも飽きていたし、その鬱憤、晴らさせて貰うわ!」
上手く行ったとはいえ、中々に面倒な仕事だったのは事実だ。
ナツメのその気持ちは、俺にも良く理解出来た。
「いっくよー!」
〈クラーケン〉に対して、俺達は全力攻撃をぶち込む。
今回はユキハも、周囲の様子を見ながらではあるが参加している。
次々と容赦なくぶち込まれる攻撃に対し、〈クラーケン〉は抵抗を見せることもなく、膨大なHPゲージをじりじりとすり減らしていく。
「これでっ! 〈ラーヴァストライク〉!」
ハルカが杖を掲げ、前方に巨大な溶岩の塊を召喚する。
それが砂地を焦がしながらゴロゴロと〈クラーケン〉目掛けて転がっていく。
それが奴へと衝突した途端、ドォォーン!! と巨大な爆発音と共にマグマを周囲へと撒き散らしながら、大きく爆ぜた。
その魔法によって、〈クラーケン〉に残された僅かなHPゲージが遂に0となる。
奴はその巨体を砂地に横倒しにした後、粒子となり空気に溶けていった。
「終わったな……」
「そうね……」
最後こそ楽勝だったとはいえ、それまでの準備はかなり大変だったのだ。
「はぁ、流石に疲れたな……」
「えっ? わわっ、もしかしてボクがMVPとっちゃった!?」
ぼやいている俺の横で、ハルカがそんな声を上げる。
「おめでとう、ハルカ」
「良かったね、ハルカちゃんっ」
ナツメやユキハが祝福の言葉を贈るが、当のハルカ本人は戸惑った様子を見せる。
「え、でも。……ボクが貰っちゃっていいの?」
「今回は4人ともやった仕事に大差ないからな。なら、ボスへの与ダメージが多かった奴にMVPが行くのは当然だろ」
この結果は、作戦を立てた時点である程度予想していたので、別に俺に不満は無い。
「でも、作瀬はカイトが立てたのに……」
「まあ、作戦立案を評価に含める事は出来ない、って事なんだろうな」
単純にボスへの与ダメージだけでMVPを決めている訳ではないようだが、流石に戦闘以前の行動までは、評価の対象外なんだろうな。
「まっ、いいから今は喜んどけよ。俺はこうなるんじゃないかって、最初っから思ってたから気にするな」
ボスが水棲モンスターである時点で、〈火魔法〉と〈雷魔法〉を主力とするハルカが、ダメージレースでは有利なのは分かり切った話だったのだ。
ナツメも剣を2本持ちに変えてから、かなりDPSを上げているので、そちらの可能性もあったが、結果はやはり本命の勝利に終わった。
「そうよ、ハルカ。カイトからMVPを奪う機会なんてそうそう無いんだから、素直に喜んでおいた方がいいわよ」
ナツメのそんな説得もあり、ハルカはとりあえず納得したようだ。
「さてと、疲れたしそろそろ帰ろうぜ」
3人が頷いたのを確認してから、〈帰還の魔石〉を使い、"始まりの街"へと帰ったのだった。