13 情報交換
"炎熱の山地"のエリアボス〈ファイアードレイク〉を無事に倒し、俺達は"始まりの街"へと帰還した。
夜だけに既に辺りは真っ暗だ。
念のため、周囲に人が居ないかを探っていると、ナツメが話しかけてくる。
「ねぇ、カイト。気付いてた? "渇水の砂丘"の攻略ログが流れたこと」
ナツメによると、どうも俺がボスにトドメを刺す直前に"渇水の砂丘"のエリアボス討伐を知らせるログが流れていたそうだ。
その時の俺は目の前のエリアボスに集中しており、ボス撃破後も大量のアイテム取得ログなどでそれらは流されてしまっており、気付けなかったようだ。
左下のログを過去に遡ると、確かにそんなログが存在している。
「むぅ……。予定が狂ったな。次はそっちに行くつもりだったんだが……」
俺がそんな風に頭を悩ませていると、すぐ傍に白い光が4つ現れるのに気付く。〈帰還の魔石〉による転送エフェクトだ。
〈帰還の魔石〉による帰還ポイントは、街の中心から少し北に外れた位置にある。
それは全プレイヤー共通なようで、ずっとそこに居座っていると、帰還した他のパーティと鉢合わせになる事がある。
「まずは場所を移しましょう」
ナツメの提案に従い、その場を離れようとするが、そんな俺の背中に声が掛かる。
「あれ、廃人じゃね? 久しぶりだな、おい!」
思わず振り返ると、そこには金属鎧に盾装備のいかにも騎士といった姿があった。
「†ラーハルト†。廃人呼びはやめろって言ってるだろうが。俺はカイトだ」
「ははっ。まあいいじゃねぇか」
これは大分前にやっていたゲームでの出来事だ。
当時、俺は本名である"灰人"をそのままプレイヤーネームに用いていたのだが、何を血迷ったかコイツが廃人呼びした事で、それが定着してしまったのだ。
まあ俺がVRMMO廃人ってのは間違ってはいないし、自称する分には別に構わないのだが、他人から呼ばれるのはやはりどうも、な……。
「お前も†のキレは相変わらずみたいだな」
「うるせぇやい。これが無いと俺じゃないだろ?」
まあ確かそれはそうだ。
†で名前を囲むなんて、そんな痛いプレイヤーネームは今どきそう見ないので、どのゲームでも分かりやすい存在なのだ。
「〈転移の魔石〉で帰還したみたいだが、調子はどんな感じだ?」
「ふっ。聞いて驚くなよ。〈渇水の砂丘〉のエリアボスをぶっ倒して来たぜ!」
「さっきのログはお前たちだったか……。ふんっ、まあ俺達も〈炎熱の山地〉のエリアボスを倒したけどな」
「ちょっと、カイト。何張り合ってるの……」
「†ラーハルト†。ホイホイ情報を漏らすのはやめなさい」
俺はナツメに襟元を引っ張られる。
対する†ラーハルト†もパーティメンバーらしき青年に頭を叩かれていた。
「すまん」
「わ、悪い。シン君」
ん? †ラーハルト†のその言葉に、俺は後ろの青年の頭上へと視線をやる。
「お、お前、もしかしてあのシンか? 久しぶりだな。また†ラーハルト†と組んでるのかよ」
シンという名のプレイヤーは、別のVRMMOゲームでも†ラーハルト†と一緒に行動をしていた奴だ。
その時とは、見た目が全然違うので気付かなかったが、このゲームでもパーティを組んでいるらしい。まったく仲が良い事で。
「ええ、お久しぶりですね、カイト」
こげ茶色の長い髪を揺らしながら、シンが軽く頭を下げる。
「そっかー。いや気付くべきだったな。そういやランキングの10位くらいに名前あった気がするな」
良くある名前なので、ついスルーしてしまっていたようだ。
「カイト。折角ですし、場所を移して情報交換でもしませんか?」
ふむ。お互い新エリアを攻略したもの同士だ。きっと有益な情報が得られるだろう。
シンのその提案に俺は頷き、全員で中心街の宿にあるレンタル会議室へと移動することになった。
多少借りるのに金が掛かるが、防音がきちんとしており密談向きなのだ。
◆
「まずは自己紹介と行きましょうか」
†ラーハルト†、シンに続いて、残りの2人が自己紹介を行う。
「†ディオ†だよ」
「†ティア†だ」
プレイヤーネームに視線をやれば、2人とも†で名前を囲っているのが見える。
……おいおい†ラーハルト†の同類かよ。
こちらもそれぞれに自己紹介を終え、話題が情報交換へと移る。
「では提案したこちらから。私達が攻略した"渇水の砂丘"についての情報をお教えします」
一応あちらのパーティリーダーは†ラーハルト†らしいが、実質的にはシンが仕切っているようだ。
シンは支援職を専門にしており、一見地味だが非常に良い動きをする奴だ。
前にやっていたVRMMOで†ラーハルト†の名が売れていたのも、実際はシンの支援に依る所が大きかったと俺は思っている。
より正確にいえば、あの2人のプレイスタイルが物凄く噛みあった結果だと言うべきかもしれない。
「"渇水の砂丘"は、文字通りその大半が砂地に覆われています。主な出現Mobは〈サンドワーム〉と〈デザートスコーピオン〉の2種類ですね」
ワームは、ミミズをでっかくしたようなモンスターで、砂地の下に生息しているそうだ。
故に移動中に、地面の下から急襲を食らうこともしばしばあり、面倒な相手のようだ。
〈デザートスコーピオン〉は、サソリ型のモンスターで、しっぽの毒針による状態異常が厄介らしい。
まあ、この辺りの情報はわざわざ聞くまでもなく、ある程度は仕入れていた。
「エリアボスまでの道中についてですが、一部流砂などのマップギミックがあるものの、注意をしていればそう問題ではありません」
マップギミックは大したことが無く、Mobについても〈サンドワーム〉の急襲への対処が面倒なだけで、〈デザートスコーピオン〉に至っては毒針にさえ注意すればむしろカモらしい。
「一番気になっているだろうエリアボスですが、固有名は〈デススコーピオン〉。名前通り、〈デザートスコーピオン〉のマイナーチェンジ版ですね。色が若干違うのと、サイズが一回りほど大きいだけです」
なんかエリアボス、そんなのばっかだな。まあモンスターデザインは色々と大変らしく、こういった事はVRMMOでは結構ありがちな話なのだ。
「エリアボス戦は、ボスそのものよりも、周辺の雑魚を全滅させるのが大変でしたね」
エリアボスが居る場所は、流砂で周囲を囲まれてた円形の空間らしく、そこに大量の〈スコーピオン〉が配置されているらしい。
また、地面の下には〈ワーム〉が何体も隠れているらしく、それらを掃討し、〈デススコーピオン〉だけの状態に持っていくのが一番の難関のようだ。
「HPゲージが残り1本を切ると、〈デススコーピオン〉がしっぽを光らせて特殊な攻撃を仕掛けてきました。ただ、†ラーハルト†が全部盾で防いでしまいましたので、詳細は不明です」
そこが一番重要な所っぽいが、まあ仕方ない。
「成程な。参考になったぜ。じゃあこっちも教えるよ。"炎熱の山地"だが――」
俺は"炎熱の山地"の情報を思いつく限り語っていく。
流石にマップギミックの配置の詳細までは話さなかったが、ある程度の傾向はあるらしく、それをナツメが代わりに説明してくれた。
「お互い有意義な時間になりましたね。そうだ、良ければフレンド登録をお願い出来ませんか?」
「ああ、こっちからお願いしたいくらいだ」
そうして俺達がそれぞれにフレンド登録をしていると、突然†ラーハルト†が重苦しい声を上げる。
「ううむ。やっぱ、さっきのはちょっと俺らが貰いすぎじゃね? よし、おまけ情報をくれてやろう」
新エリアとエリアボスの情報という意味では、等価の情報交換だったが、放出した情報量では若干俺達の方が多かったかもしれない。
ただそうなったのは、"炎熱の山地"の方が色々面倒臭い点が多いからなのだが、その辺が†ラーハルト†のプライドを刺激してしまったようだ。
シンがそんな†ラーハルト†の発言を止めたそうに見ていたが、結局黙っている事にしたらしい。
「実はな"海魔の潜伏地"に俺ら最初行った訳よ。そしたら海に入ってそう経たないうちに、エリアボスに遭遇したのさ。名前は〈クラーケン〉って奴だ。HPゲージが5本あったし、まず間違い無いだろうな」
〈クラーケン〉は、巨大なタコにもイカにも見える9本足のモンスターらしい。エリア内の海中を自由に泳ぎ回っているらしく、海中に突入したばかりの時に、運良く遭遇出来たらしい。
これは思いもよらぬ貴重な情報だ。是非続きを聞きたいと先を促す。
「とりあえず†ティア†の矢で遠距離から釣った後、いつものように俺がタゲを取ったんだが、……正直ヤバかったぜ。殴ってもHPゲージがほとんど削れねーし、逆に奴の足払いを盾で受けたら、ガードの上からHPをゴリッと削られちまった」
†ラーハルト†は盾役らしく全身を重装備で固めている。その質も、見る限りでは決して悪いモノではない。
にも拘らず、ガードの上からダメージを与えてくるなんて、俺が直撃を食らったら、多分即死コースなんじゃないかと思う。
「幸いその直後に、流れ弾っぽい魔法が飛んできて、タゲがそっちに移ってくれたからどうにか事なきを得たが、正直あの時は死を覚悟したぜ」
どうやらかなり怖い思いをしたようだ。
確かに俺も死ぬのは怖い。1日何も無い部屋で幽閉されるとか、考えたくもない。
「まあそんな訳だから、あそこに挑むのはやめておいた方がいいぜ。時間の無駄だ」
それだけ言って、†ラーハルト†が立ち上がる。
情報はどうやらこれで終わりのようだ。おまけといいつつ、かなり役に立ちそうな良い情報だった。
「ありがとな。まあ、今後もお互い頑張ろうぜ」
これは本心からの言葉だ。
ライバルがしょぼいと、トップである俺の凄さが際立たないからな。
「ああ、んだな。じゃあな」
そうして†ラーハルト†達は去っていった。
「じゃあ、俺達はこのまま今後についての作戦会議な」
部屋の近くに誰も居ない事を改めて確認し、俺はそう切り出す。
「まず決めないといけないのは、未攻略エリアのボスを倒しにいくか、攻略済みのエリアで装備を整えるか、についてね」
現在俺達のパーティが所有している"生存の書"は3つ。まだ一人分足りない。
まあ、まだゲーム開始から6日目なので、そう焦る事も無いのだが、かといって余りのんびり構える訳にもいかない。
「現状装備に大きな不足は感じられないし、早いうちに"生存の書"を稼いで、余裕を持ちたい所だ。やはり未攻略エリアに行ってボスの初討伐を狙うべきだろうな」
「そうね。私もそうすべきだと思うわ。ゲームの仕様にプレイヤーが慣れだす後半になるほど、プレイヤー間の格差は縮まるでしょうしね」
通常のゲームなら、時間と共に上と下の格差は広がるものだ。
だがこのゲームにおいては、話が違う。
新規プレイヤーの参加が無く、全プレイヤーのプレイ時間などの条件は全て同じ。その上、新エリアの解放が、既存の全エリア攻略後なので、抜け駆けして先のエリアの攻略が許されない仕様なのだ。なので既存エリアの攻略がグダればグダる程、最前線のプレイヤーと後続のプレイヤーの差は縮まっていく。
自分の命が掛かっている以上、ほとんどの後続プレイヤー達は必死で追いかけて来るだろうしな。
「ボクも賛成だよ」「わ、わたしもです」
ハルカとユキハの同意も得られたし、未攻略エリアのボスの撃破を目標とする事に決まった。
「となると、どっちに行くかだな……」
「彼らの話を聞く限り"邪妖精の住処"しか、選択肢は無いんじゃない?」
余り気乗りしなさそうな声で、ナツメがそう言う。
かくいう俺も、多分似たような気持ちだ。
「まあ、そうなんだが……」
「どうしたの? 何か気になる事でもあるの?」
「……ああ。†ラーハルト†がさっき言ってた話だけど、ちょっとおかしくなかったか?」
「……? 彼が嘘を吐いていたって事?」
そうは見えなかったけど……、という表情で首を傾げるナツメ。
「ああ、いや。そういう訳じゃないんだ。ただ奴の話の中に少し引っ掛かる点があってな」
「……どういうこと?」
「†ラーハルト†はこう言ってたよな。流れ弾みたいな魔法で、タゲを奪われたって。それって、おかしくないか?」
俺のその言葉に、ナツメがハッとしたような表情になる。
「んん? 良く分かんないなぁ。どういう事なの?」
ハルカやユキハはまだ理解してないようなので、俺は言葉を続ける。
「†ラーハルト†は盾役として優秀だ。そんなアイツが魔法一発くらいで、あっさりタゲを外すなんて、普通あるのかな、と俺は思った訳だ」
「うーん。なるほどね。それはちょっと変かも……」
それでハルカも理解したらしく、得心のいった表情をしている。
「あとな、†ラーハルト†の話が、もし本当の事なんだとしたら、〈クラーケン〉はぶっちゃけ強すぎるんだ。これも実はちょっとおかしい」
「そうなの?」
「ああ。あの話が本当なら、俺達全員、多分直撃を受けたら一発で即死だ。攻撃を全部避ければいいのかもしれんが、水で動きの鈍る海中だとそれも厳しいしな。〈水中戦闘〉アビリティが育てば、大分マシになるみたいだが、まだそこまで育ってる奴なんて、流石に誰も居ないだろ」
〈水中戦闘〉アビリティはその名の通り、水中での戦闘行動を補助してくれるモノだ。
そして"Countless Arena"における本格的な水中戦闘は"海魔の潜伏地"が初めてとなる。〈水中戦闘〉アビリティは、水中にある程度滞在しないと取れないらしく、持っている人間はまだ少ない筈だ。そんなアビリティを高レベルまで育てるのは、現時点では時間的に無理な話だ。
「アビリティが育つまで攻略させない、ってことかもよ?」
ナツメがそんな事を言うが、多分それは無いだろうと俺は考えている。
このCAというゲーム。まだプレイ開始からそう時間は経っていないが、それでもこれまでプレイした限り、こちらが適切な行動さえ取れば、ちゃんとクリア出来るような作りになっていると感じていた。
となれば、今回も何か糸口さえ掴めればあっさり攻略出来るのでは、と俺は思ったのだ。
そして、俺はその糸口に一つ心当たりがあるのだった。
「なあ、確信はないんだが、ちょっと試したい考えがある。その、なんだ……。付き合ってくれないか?」
正直、憶測ばかりで穴だらけの案なのだ。なので言い出すのに、俺は少々引け目を感じていたのだが……。
「ふふっ、何今更遠慮してるのよ。いつものように、パパッと指示を出せばいいじゃない」
ナツメがそう言って笑う。
「ナツメっちの言う通りだよー。何か悪いものでも食べたの、カイト?」
ハルカもこちらをニヤニヤと見つめて来る。
「カイトさんの考えなら、きっと大丈夫ですよ!」
グッと手を握る仕草で、俺を後押ししてくれようとする、ユキハ。
「ああ、そうだな。悪い。リーダーらしくなかったな。〈クラーケン〉撃破の作戦案を考えたから、意見をくれ」
3人が頷いたのを確認し、俺は自身の考えを語るのだった。