12 炎熱の山地
本日更新2回目です。
続きは明日更新予定です。
〈帰還の魔石〉を使い"始まりの街"へと帰って来た俺達は、アイテム整理を行った後、いつものように宿で3時間の睡眠を取る。
「ふあぁ。なんだかこのサイクルにも慣れてきちゃったね」
そんな眠そうな目をしながら言っても、説得力が足りないな。
俺くらいになると、きっちり3時間で起きて、お目々もパッチリだ。
「今日も"炎熱の山地"の攻略ですか?」
ハルカ程では無いにしろ、ユキハもまだちょっと眠そうに見える。
ただ、それを隠そうとする辺り、中々好感が持てる。
頑張れ~、と心の中でこそっと応援しておいた。
「ああ、昨日の攻略の続きだ。目標としては、今回でエリアボスの所まで到達したい所だな」
そして可能ならそのままボスを撃破と行きたいが、流石にそれは甘い考えかな?
「頂上にエリアボスがいると仮定しても、昨日で三分の二は進んでる筈よ。そこまでのマグマ噴出孔の位置は大体把握してるし、問題なく行けると思うわ」
ナツメが冷静な分析を述べる。
その意見には俺も同意だ。
「うん、行けるよきっと! ついでにボスも倒しちゃおーよ!」
そう上手くいけばいいけどな。
「今回は、アイテム類の使用もある程度解禁する。恐らくボスと一戦する事になるから、MPの残量には注意してくれ」
「は、はい!」
前回は、ユキハのMP切れで帰還する事になったので、それを気にしているのか、勢い良く返事をする。
別にあれは、ユキハが悪いんじゃないけどな。
「肩の力を抜いて、ユキハ。大丈夫、あなたはちゃんとやれてるから」
ナツメがユキハの方へと近づき、そのフォローをしてくれている。
本当に気が回る奴だ。
ナツメは宣言通りマグマ噴出孔の位置をきっちり把握しており、前回よりもかなり早いペースで山道を登っていく。
勿論俺も人任せにはせずちゃんと覚えてはいたが、この様子だと特に口出しは不要だろう。
僅か3時間足らずで前回帰還した地点を超えて、俺達はなおも進んでいく。
前回と違い今は夜だが、特にモンスターの種類や出現率にも特に変化が無かった事も順調に進んだ要因だろう。
ダメージを食らう回数もかなり減っているので、MPやアイテム類の消費もまだほとんどない。
「頂上が見えて来たわね……」
先頭のナツメがそう呟いた通り、ゴール地点が視界に見えて来た。
実はまだ先があるとかだったら、ちょっとキレそうだが、下から観察した地形的に恐らくそれは無いだろう。無いよな?
無かったらしい。山道を登り切った先には、周囲を岩壁で囲まれた広い空間が広がっていた。
そしてその奥には、〈サラマンダー〉を一回り大きくして、より真紅に近い炎を纏ったモンスターの姿があった。
固有名は〈ファイアードレイク〉。HPゲージが5本ある事から見ても、エリアボスで間違いないだろう。
周囲にはそれ以外のモンスターの姿は無い。
「ねぇ、こんなところでボスと戦うの?」
ハルカが不安そうな顔でそう尋ねて来る。隣のユキハも似たような表情だ。
彼女達の不安の源泉は、ボスそのものではなく、ボスが居る場所のようだ。
まあ、そう感じる事自体は理解は出来る。
ボス部屋自体はそれなりに広いのだが、そのあちこちにマグマが飛び交っているのだ。
道中でもあったマグマの噴出孔が、部屋のあちこちに存在しているらしい。
その為、パッと見では安全地帯が存在しないようにすら見える。
「外から自由にギミックを観察出来るなんて、随分と甘い仕様ね」
「そうだな。こんなんじゃ俺達に攻略して下さい、って言ってるようなもんだな」
「……なんで、2人ともそんな余裕な感じなの?」
俺とナツメを不思議そうにハルカが見つめて来る。
「大抵のゲームだと、こういう仕掛けはボス部屋の中に入って初めて判明するもんなんだよ。だからこそ、仕掛けに対応する為に、何度も挑戦が必要になる。だけど、その仕掛けがこうも外から丸見えなら、事前に対策をいくらでも練れるからな」
「マグマの飛び交う数はちょっと多いけど、やる事は道中とそんな変わらないわ。マグマの飛んでくる位置と、その周期さえ覚えておけば、後は普通のマップと大して変わらないわ」
「……そ、そうなの?」
ハルカやユキハが微妙な表情をしているが、実際に観察させれば理解するだろう。
「そんな訳で、これから作戦タイムだ」
後続が近くに来ている気配はないし、余裕はある。
若干減っているMPの回復も兼ねて、じっくり観察しながら作戦を練るとしよう。
「……右側の方が若干だけど、マグマ噴出孔の数が少ないみたいね。噴出周期も長いみたいだし……」
その偏りは多分ワザとだろう。ゲームとしては攻略方法が用意してあるのは当然だからな。
最初の攻略エリアをここに選んだのはやはり正解だった。
挑戦者が増えた後だと、こんなのんびりと観察する暇なんて無かっただろうしな。
「ボスをそっちに釣ってから戦うべきだな。あの辺一帯の噴出孔の周期を良く観察して覚えてくれ」
「は、はい!」
「ううっ、大変だけど頑張るよ……」
「今回は俺がタゲを持とう。ナツメは反対側から削りと、周辺の警戒を頼む」
ナツメがコクリと頷く。
「ボクはどうすればいい?」
「2人は、まずはマグマの回避に専念だな。慣れてきたら、ハルカは〈雷魔法〉で援護を。ユキハは回復に集中してくれ。攻撃は今回は考えなくていい」
2人にも指示を下し、いよいよエリアボス戦の開始だ。
「その前にバフの上書きをしましょう」
そう言ってナツメが〈氷魔法〉の〈シャープエッジ〉を全員に掛けていく。
それに合わせて俺も、〈風魔法〉の〈アクセルウイング〉を使用する。
ハルカは〈火魔法〉の〈ブレスオブファイア〉、〈雷魔法〉の〈ライトニングムーヴ〉を。ユキハは〈水魔法〉の〈アクアヴェール〉、〈土魔法〉の〈アースバリア〉を同じく全員へと掛ける。
これでボスに挑む準備は完了だ。
「釣りは俺がやるから、皆は予定ポイントで待機しててくれ」
俺は〈ルナティックボウ〉を取り出し、矢をつがえたまま〈ファイアードレイク〉へと向かって走り出す。
あちこちからマグマが噴き出しているが、噴出位置やタイミングは把握済みなので、回避は容易だ。
「〈ブラインドシンカー〉!」
俺は弓スキルを発動する。
このスキルの一番の特徴は、暗闇の状態異常付与だが、それには期待していない。
隠れた利点として、通常攻撃よりも若干射程が長いので、釣りには便利なのだ。
射程ギリギリから放たれた矢が〈ファイアードレイク〉の胴体に突き刺さる。
「グルゥゥ!」
HPゲージはほとんど削れていないが、うねり声を上げてこちらへと視線を向け、口を大きく開く。
「グルァ!」
開かれた口から、炎の弾丸が飛び出して来る。
反撃は想定済みだったので、俺は特に焦ることもなく、軽い横移動でそれをあっさりと躱す。
おそらく炎弾はクールタイムが存在し、連射は出来ないのだろう。
〈ファイアードレイク〉が巨体をのそのそ揺らしながら、こちらへと向かってくる。
どうやら上手く釣れたようだ。
「今からそっちに誘導する!」
俺はそう叫んでから、ギミックを上手く回避しつつ、かつターゲットが外れないようにクールタイム毎に〈ブラインドシンカー〉を叩き込みつつ、部屋の右側へとボスを誘導していった。
途中、何度か炎弾による攻撃もあり、冷や冷やしたが、どうにか無傷でファーストミッションを終える事が出来た。
「流石ね、カイト」「おつかれー!」「お、お疲れ様ですっ」
3人のねぎらいの声を受け、少し気分が良くなるが、それに浸っている場合ではない。
「ここからが本番だ! 各人、打ち合わせ通りに頼む! ヤバくなったら遠慮なくライフポーションは使えよ!」
まだ在庫が少ないライフポーション類だが、かといって大事に取っておいても仕方ない。
消費アイテムを場面に応じて的確に放出する判断こそが、優秀なVRMMOプレイヤーには要求されるのだ。
○ストエリクサー症候群など、持っての外なのだ。
「食らえ!」
ターゲットを俺に固定すべくスキルを次々と打ち込んでボスのヘイトを稼ぐ。
DPSを少しでも上げるべく覚えたばかりの〈風魔法〉スキルを織り交ぜながらだ。
それを確認してたナツメが、左右の手それぞれに剣を構えボスへと向かって駆けてゆく。
「やぁぁ!」
赤と白、2筋の剣閃が走り、斜め十字を描く。
新エリアからナツメは、戦闘スタイルを、片手剣の2本持ちに変更していた。
まだ〈二刀流〉といったアビリティは発現していない――そもそも存在するか不明――が、〈剣術〉スキルは普通に使えるようなので、特に問題は無い。
むしろ、元からこのスタイルが本命だったと言わんばかりの、洗練された動きだ。
なぜ、最初からそうしなかったのか尋ねてもみたのだが、口を濁すばかりでハッキリとした答えは貰えなかった。
まあ、言いたくないのなら、別に無理に聞き出すつもりは俺には無い。
「〈ライトニング〉!」
ハルカもマップギミックに大分慣れたらしく、ちょくちょく攻撃魔法を飛ばして来るようになっていた。
尚も戦いは続く。
〈ファイアードレイク〉が一瞬動きを止めたかと、思うと突如口を大きく開き、首を大きく振りながら周囲に炎のブレスをまき散らす。
「くっ!」
ボスのターゲットは俺に向いたままだが、突然の全周囲攻撃に対応できず、ナツメが被弾してしまう。
「〈アクアヒール〉!」
だが、すぐさまユキハから回復魔法が飛んできたので、一安心だ。
ユキハはちゃんと俺の指示通り、回復に専念しているようだ。
その後も、俺がずっとターゲットを維持したまま、戦闘は続く。
途中、俺やナツメは何度か被弾したものの、ユキハの素早いフォローで難を逃れている。
ボスと一定の距離を保って戦える俺はまだマシで、接近しないと戦えないナツメは、かなり苦労しているようだ。
ボスに近づきつつ、ギミックも避けつつ動くというのは、何かと大変なのだ。
やはり今回は、俺がターゲット役を引き受けて正解だったようだ。
「グルゥゥゥ!!」
そうしてついにHPゲージが残り1本となった時、ボスが大きな唸り声を上げた。
と同時に、マップの四方に〈サラマンダー〉が複数体召喚された。
「ナツメ!」
俺がそう叫ぶ前に、既に彼女は駆け出し〈サラマンダー〉の対処に向かっていた。
――まったく指示の出し甲斐の無い奴だ。
「俺達はボスに集中するぞ!」
雑魚はナツメに任せておけば問題無い。
それだけの実力が彼女にはある。
幸い、〈サラマンダー〉の召喚は1度きりだったらしく、無事に掃討を終えたナツメと合流し、ボスを追い詰めていく。
「トドメだ! 〈アローレイン〉!」
俺がまだ覚えたばかりの、とっておきのスキルを放つ。
使用後の硬直が大きく、また矢を多く消費するが、攻撃範囲と威力に優れた非常に強力なスキルだ。
スキル名の通り、矢の雨が〈ファイアードレイク〉へと降り注ぐ。
HPゲージが一気に減少し、そして0となった。
「やったね!」
ハルカがそう喜びの声を上げて、ユキハへと駆け寄ろうとするが、その目の前をマグマが横切る。
「わっ! もうびっくりした~」
マップギミックはエリアボスを倒したからと言って無くなるものでもない。
「油断しすぎだ」
「えへへ、ごめん」
まあそんなハルカは放っておいて、俺は左下のログへと視線を向ける。
『"生存の書"を入手しました』
『"封印の書"を入手しました』
よし、無事MVPを取れたようだ。
「カイト、おめでとう」
ナツメが器用にマグマを回避しながらこちらへとやって来て、祝福の言葉を贈ってくれる。
「ああ、ありがとう」
そう返事をしながら、部屋の入り口へと視線を送る。どうやら、まだ後続は来てないようだ。
とはいえ、こんなところで突っ立っていても落ち着かない。
「無事にボスも倒した事だし、街に戻るか」
3人の同意を得て、俺は〈帰還の魔石〉をインベントリから取り出し、頭上へと掲げる。
全員の身体が光に包まれ"始まりの街"へと転送されたのだった。