1 プロローグ
本日更新1回目です。
既に世は22世紀に突入し、もはや国民皆労働の時代は遠く過ぎ去った。
労働者人口は既に成人人口の3割を下回っており、大半の国民はベーシックインカム、即ち国からの給付金で生活している。
人口の多くを占める不労者たちは、少ない給付金で人生を謳歌するべく、内的な趣味にその居場所を求めていった。
その一つがVRMMOゲームである。
旧世代のMMOゲームが抱えていた課金ガチャなどといった醜悪な集金システムは、いくつもの凄惨な事件の果てに遂に全面禁止され、現在のVRMMOゲームでは皆、月額課金制が採用されている。
金は無いが時間が余って仕方がない不労者層のニーズと、プレイヤーに膨大な時間消費を要求するVRMMOゲームのシステムが上手く合致し、その結果が現在のVRMMOゲーム全盛期の到来という訳である。
そんな時間の有り余った数多の廃人たちがひしめくVRMMOゲームにおいて、常に最前線を走り続けているのが、この俺ことプレイヤーネーム"カイト"だ。
その名は、某巨大匿名掲示板で叩かれない日が――もとい話題にならない日が無い程に知れ渡っている。
そんな俺の元へと、ある1通のメールが届いた。
送り主は国内最大手のVRMMO運営であるビフレスト社からだった。
メールには回りくどい言葉で色々と書かれていたがその内容を一言で纏めると、最新VRMMOゲームへの参加要請だった。
メールを読んだ限りでは、そのゲームは従来の頭部装着型デバイスを用いたモノではなく、ゲーム装置内に全身を預ける方式を取っているらしい。その装置によって排泄や栄養補給などの人体の維持に必要な行為が全て賄われ、それによって従来のVRMMOでは不可能だった超長時間の連続プレイが可能だそうだ。
これはかなり面白そうだ!
常々それらの肉体の維持に必要か行為によってゲームを中断させられる事に煩わしさを感じていた俺にとっては、正に理想の体現と言える。
俺はすぐさま参加の意思表示を行い、その後のやり取りによって、県境の辺鄙な場所に建てられたとある大型施設へとやって来る事になった。
「雨宮灰人君だね。ようこそ、ここが最新VRMMOゲームのプレイ会場だ」
出迎えてくれた男の第一声がそれだった。
黒服にグラサンといった、如何にもな恰好なのに加え、2mに届くのではという程の巨躯を前にして、嫌でもプレッシャーを感じてしまう。
「一目見ただけで、良く俺だと分かりましたね?」
だが、そういった感情は表には出さず、平静を装いそう問い掛ける。
「君のアバターは有名だからね。ホントにそのままなのだと、正直ビックリした所だよ」
ピクリとも表情筋を動かさないまま、男はそう言う。
VRMMOでは通常、プレイ感覚に違和感が生じないように、使用するアバターは本人の性別や体格に準拠して自動生成される。
とは言え普通の人は、自動生成されたアバターをそのまま使わずに、容姿などをある程度弄るものなのだが、俺はそう言った面倒が嫌いな為、どのゲームでも自動生成されたモノをそのまま使用している。
即ち現実世界の俺同様に、見た目は中肉中背で至って普通の18歳の青年の姿なのだ。特徴的なアッシュグレイの髪色も含めて。
そう言った訳で、俺の容姿はVRMMOプレイヤーの間では割かし知られたモノなのである。
なので、その事自体はそれ程不思議ではないのだが……。
「……それよりも、ゲーム内容の詳細を早い所教えてくださいよ! 詳しくは現地で説明ってあったから、気になって仕方が無かったんです」
男の案内によって連れてこられた部屋の椅子に座りながら、俺はそう尋ねる。
「見た目に依らず、案外せっかちな性格なんだね。では、ご希望にお応えして、早速ゲームの説明に移ろう」
未知にして最新のゲームを前にして、俺の胸の鼓動が期待感に踊る。
「君にこれからプレイして貰うVRMMOゲームの名は"Countless Arena"、通称CAだ。……このゲームは一言でいうと、いわゆるデスゲームという奴なんだよ」
「……はい?」
俺の疑問の声など、聞こえなかったように男は構わずに説明を続ける。
「このゲームには1000日間というクリア期限が設定されており、クリア出来ないままそれをオーバーした場合、参加者には全員死んで貰うことになっている」
はぁ? どういう事だ?
「仮にゲームをクリアした場合でも、ある条件をクリア出来なかった参加者については、同様に死んで貰うことになる」
「あんた、何を言って……」
あまりに滑稽無糖な話を前につい、素の口調が出てしまう。
「これは戯言でも何でもなく全て事実だ。そして、君はこの場所にやって来た時点で、もう逃げることは出来ない」
気が付けが部屋の扉は閉ざされており、逃げ道は塞がれている。
そもそも目の前の男が、逃がしてくれるとは思えないが。
「はぁ。オーケー、あんたが本気だってことは理解した。で、聞かせてくれよ。その条件って奴を……」
「ふむ。思ったよりも冷静だな。なに、簡単な事だ。ゲームクリア時にとあるアイテムを所持していること。それだけだ」
「ふむ。で、そのとあるアイテムとやらの入手方法は?」
そこが重要な点だ。入手難易度はどの程度か、数に限りはあるのか、などによって、ゲームの難易度が大きく変わって来る。
「本当に切り替えが早いやつだな。普通はもっと動揺するものなのだが……」
「慌てて見せたらここから帰してくれるのか? 違うだろ?」
「まあそれはそうなんだが……。君は死が怖くないのか?」
「ふん。どんな内容か知らないが、VRMMOで成果を出せない俺に、生きる意味なんか無いな」
例えどんな理不尽な内容だろうと、ことVRMMOに関して俺は誰かの後塵を拝するつもりは毛頭ないのだ。
もし俺が死ぬ羽目になったのなら、間違いなくその時はクリア期限オーバーで全員が死ぬ時だろう。
それだけの自負が俺にはある。
「成程な……。だがゲーム内容の説明については、また後日だ。本日は君の参加意思を確認するのが目的だ。ゲーム開始は明後日の午後からを予定している。それまではこちらが用意した一室で、待機して貰うことになる」
「……それは構わないけどよ。待ってる間にも当然ゲームは出来るんだろうな」
「……すまないが、それは不可能だ。外部と接触されては困るからな」
VRMMOゲームは、どれもネットに繋ぐ必要がある。
ゲーム内に入ってさえしまえば、いくらでも外部と連絡の取り様があったのだが、流石にそこまで甘くはないようだ。
「はぁ、じゃあゲームに備えて、寝貯めでもしておくかな」
それから俺は黒服に案内された部屋で、食事などの時間を除きほとんど寝て過ごした。
そして、迎えたゲーム開始当日の朝。
白い白衣を纏った研究員らしき人間に案内されて、機械が立ち並ぶ広い部屋へとやって来た。
「これが最新のVRMMOゲーム機なんですか?」
「ええ、そうですよ。ここに横になるだけで、機械が食事や排泄など全て面倒を見てくれますよ。また、筋肉への電気刺激などの機能のおかげで長期プレイ後の覚醒時も、肉体への負担は最小限に抑えられる仕様になっております。理論上では10年間寝たきりでも、覚醒後すぐに歩くことが出来るよう設計されています」
「成程。まあ細かいことは分かりませんが、ようはずっとゲームに没頭してても、問題ないってことですね?」
「まあ、そういう事になりますね」
研究員の人が、苦笑しつつもそう答える。
「では、早速こちらへ横になって下さい」
それから、いくつかのやり取りを経て、いよいよ俺は最新VRMMOゲーム"Countless Arena"の世界へと飛び立つ事になった。