命名、「遠間うえる」。え? あたし転校生?
「おはようございます」
口々にそう挨拶をしながら男性教師の横をすり抜けていく生徒達。
「服装のチェックだから堂々としてて。奏はいつも通ってるから問題はないはず」
そう耳打ちする拓斗。
確かに、呼び止められている生徒は、その場で服装を正しているような感じだ。
あたしは無言でうなずいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
拓斗と奏が、まるで決まっているかのような同じ挨拶をしたので、あたしも何食わぬ顔でそれに続く。
「おはようございます」
雰囲気のせいか、なんだか少し緊張してきた。
横目でチラッと見ると、男性教師のスルドイ視線があたしを追っていた。
なんだか怪訝そうな顔してない?
気のせい?
「おい待て」
あたしは思わず息をのんだ。
少し前を歩く拓斗と奏も、ビクンと方を跳ね上げ立ち止まった。
ヤバい、呼び止められちゃった!
やっぱり奏の服だから、どこか怪しかったのではないだろうか?
実は呼び止められたのは、あたしの近くを歩く別の人だった──なんて、オチ……ではなさそうだ。
男性教師が、あたしの行く手を阻むように立ちはだかった。
「おまえ荷物は?」
そこかぁっ!
他の生徒達はバッグを持っているのに、あたしだけが手ぶら──
そりゃ、呼び止められてもおかしくないか。
魔法で誤魔化すのは簡単だが、精神系の魔法は制御が難しい。
特にあたしのような規格外に強大な魔力を持っていると、一般的に使われている魔法では、相手の精神を破壊してしまうこともある。
魔力を抑えるだけでいいなら簡単だし、いけなければアイテムで制御してもいいのだが、精神系魔法はそんな単純なモノではない。
呪文に手を加え、ちまちまと微調整しながらの使用なので、とにかく面倒だし、ストレスもたまる。
だから魔法の使用は最終手段で、できるかぎり口先だけで切り抜けたい。
「あ、えっとぉ──」
忘れちゃいました。てへ☆
──と、不本意ではあるが、ドジを演じようと思ったその時だった。
「ん? おまえ、見かけない顔だな?」
「うっ」
そっちも突いてきたかっ!
「どうせバレっこない」って言ったのは誰だ!
奏だ!
責任取れ!
心の中で叫んでいたら、
「あ、あの、えっと、センセ──」
奏が助け船を出してきた。
大丈夫かなぁ……。
ちょっと不安だけど、まあ、お手並み拝見といきましょうか。
──って、なんか人ごとだな、あたし。
「この子は、その、えっと、転校生なんです」
奏のちょっと苦し紛れっぽいその言葉に、拓斗が「うわ、ばかっ」とでも言いたそうな顔をした。
一瞬、この世界では、転校生など日常茶飯事で、誤魔化せるのかとも思ったけど、彼の様子からすると無理があるようだ。
「転校生?」
男性教師が眉根を寄せる。
ほらほら雲行きが怪しくなってきた。
「名前は?」
そう問われ、仕方なくあたしは「テュマ・トゥ・ウェル」と口に出そうとして、この国では名字と名前を逆にいうことを思い出した。
そうなると、トゥ・ウェル・テュマ? それとも、ウェル・トゥ・テュマ──あ、称号じゃないほうがいいのか。
その一瞬の迷いが命取りとなった。
「トマト植える!」
「なっ!?」
テンパった奏に、おかしな名前を先に言われた。
「トマトうえる!?」
面食らう男性教師。
さらに状況が悪化した。
「いったい、どんな字を書くんだ」
「字? 字ですか? えっと、とー、とー、「遠い」と「間」と、えっと、あとは……面倒だからひらがな」
挙げ句の果てには、「面倒」とか言って投げ出すしぃ!
ダメだこりゃ、いよいよもって魔法を使わなければならないらしい。
「遠間だろ。遠間うえる。紹介する時にあだ名は失礼だろう」
とうとうあたしは、「遠間うえる」にされてしまった。
もういい、なんとでも言って。どうせ──
「話は聞いている」
「「はい!?」」
あたしと拓斗の驚く声がハモる。
奏だけは、その異常さに気づかず、なんとかうまく誤魔化せたとばかりに、ほっと胸をなで下ろしていた。