やってきました異世界へ
目が合った瞬間──
その少年は驚きの表情を顔に貼り付けたまま凍り付いた。
はあ、ここでもか。
思わずため息が出てしまう。
このあたし、テュマ・トゥ・ウェルは、若干16歳にして世界最強の称号を得た、天才美少女大魔導師として世界中に名を轟かせている。
つまり、超絶なまでの有名人なのだ。
どのくらい有名かというと──
地図にすら載っていない辺境の超ド田舎に行って、道の隅っこで虫を突いて遊んでいるような年端もいかない子供に話しかけると、あたしの名前をフルネームで叫ぶ──と、いうくらいだ。
そんなだから、都会に行けば人に囲まれ身動きがとれなくなるし、田舎に行ったら行ったで、まるで珍獣にでも遭遇したみたいに、露骨に驚かれる。
そして決まって、やれサインをしてくれ、やれ魔法をみせてくれ、やれ最強の座をかけて勝負してくれと──
もういい加減うんざりなのだ。
ノンビリと休養すらできやしない。
変装すりゃいいじゃないかって?
ふっ……。
そんなの、とっくの大昔にやっている。
魔法による幻覚、幻影はもちろん、古典的に髪型や服装の変更、マスクやメガネや付けぼくろ、付けヒゲや特殊メイクと、どんなことをやったって見破ってくんのよ、ヤツらは。
ありゃもう異常としか言いようがない。
細胞レベルでの整形でもしない限りは、欺くことは不可能だろう。
でも、この美貌に手を加えるなんて、そんなのは神への冒涜でしかない!
そうなると、あとはもう、あたしを知っている人がいない別の世界にでも行くしかないじゃない?
と、いうわけで──
やってきました異世界へ!
異空間跳躍の魔法なんて、大魔導師のあたしにしてみれば、ちょいと気合いを入れた大掃除くらいの手間でしかない。
それよりも厄介なのが、次元管理機構と魔法警察局だ。
一応、禁呪扱いなので、あれこれうるさくて、大量の書類を書いたり、いろいろな意味であちこちに手を回したりと、そりゃもう骨が折れたわよ。
それもこれも、誰にも騒がれることなくノンビリと休暇を過ごすため──
そう思って我慢したのにぃっ!
まさか、あたしの名声は、時空すらも越えていたとは……。
ため息が出るのも、わかっていただけただろうか?
しかしまあ、莫大なお金と魔力をつぎ込んじゃってるワケだし、せめて観光くらいはしてかないとね。
その少年は、青の上着に、紺のズボンと、動きやすさと丈夫さを重点においているような出で立ちをしていた。
鉱山で働く人の服装に近いが、それにしては泥ひとつ、シミひとつない。
スラッとした体格をみても、重労働をしている風もない。
この世界は、これが一般的な服装なのかもしれない。
髪はサラサラのショートで色は黒。
顔はまあまあ。とびきりの美形ではないが悪くもない。
髪の色や顔立ちは、違和感がないくらいあたしの出身地と似ている。
それもあってか、至ってどこにでもいるような、普通の人の良さそうな少年という印象を受ける。
年は、あたしとそれほど変わらない感じがする。
「はあ」
今度は、わざとらしくやれやれのため息をついてみせた。
「あのさ、いつまで驚いていんのよ」
あたしの問いかけで、彼はハッと我に返った。
「あ、いや、あの、えっと、その──」
驚きの硬直は解けても、有名人を前にして緊張は解けないのか、なかなか言葉が出てこないようだ。
「で? なに? サインが欲しいの?」
途端に彼の口が、ぽかーんと開き、
「はい?」
「いや、だから、あたしのサインが欲しいのかって聞いてんのよ」
「なぜ?」
「『なぜ?』って、超絶有名人のあたしのサインよ? 欲しくないワケがないじゃない」
「決めつけんなよ! っていうか、有名人? アンタが?」
眉根を寄せる彼。
「ありゃ? もしかして、知らない?」
「いや、知らないって、誰だよ?」
「うそ? だって、こんな所であたしみたいな超絶有名人に会っちゃったもんで、驚きおののいてたんじゃないの?」
「有名人じゃなくても驚くだろフツー! 自分の部屋に、全く知らないヤツが居ればさ」