番外編:初めての祭り
伊勢編の付け足しです。
伊勢を後にした斬紅朗と藍璃は尾張に来ていた。
「・・・ハァー。良いお湯だった」
昼間の内に尾張に着いた二人は早めに宿を取った。
宿に着くなり斬紅朗は伊勢で狩った土蜘蛛の賞金を受け取りにに役所に向かった。
藍璃は斬紅朗を待っている間に風呂に入っていた。
「よぉ。藍璃。風呂に入ってたのか?」
部屋に帰って見ると斬紅朗が煙管を吸っていた。
「あ、お帰りなさい。斬紅朗殿」
濡れた長い髪を拭きながら部屋に入った。
「伊勢で狩った土蜘蛛の賞金、結構高かったよ」
煙管を吸いながら斬紅朗は言った。
「そうですか。良かったですね。斬紅朗殿」
相槌を打つ藍璃。そんな他愛無い話をしていると食事を持った下女が入って来た。
「お客さまはお祭りに出掛けないのですか?」
盆を置きながら下女が尋ねてきた。
「お祭り?」
藍璃が聞くと下女が笑顔で答えた。
「はい。お連れの方とご一緒に行って見ては如何ですか?」
そう言って女中は部屋から出て行った。
「・・・お祭りですか」
遠くでやっている祭りの太鼓の音を聞きながら藍璃はポツリと言った。
「・・・・・行って見たいか?藍璃」
「えっ?」
「飯を食ってもまだ寝るには時間がある。行って見るか?」
斬紅朗が言うと藍璃は元気に頷いた。
夕食を食べてから斬紅朗と藍璃は祭りに出かけた。
藍璃は目を輝かせながら祭りを見て回った。
「斬紅朗殿。あの女の人が髪に差している物は何ですか?」
藍璃が斬紅朗に聞いてきた。
「あれは、髪留めと言って結った髪に差す物だ。欲しいのか?」
斬紅朗が尋ねると素直に頷いた。
「・・・よし。じゃあ、買いに行くか」
斬紅朗は藍璃の手を掴むと藍璃に似合う髪留めを捜し始めた。
藍璃のかんざしを探しに斬紅朗と藍璃は市を捜し回ったが中々みつからなかった。
そして少し奥の所にあった市に向かった。
「・・・いらっしゃいませ」
老人が笑顔で二人を迎えた。
「この娘に似合う髪留めはないか?」
斬紅朗が藍璃を前に出すと一瞬、老人の顔が驚きの表情になったが直ぐに元の表情に戻った。
「・・・畏まりました。少々お待ち下さい」
老人は青い布に包まれた物を持って来た。
「・・・・・お連れの方に似合う髪留めを持って参りました」
布を左右に分けると翡翠色の鳳凰の形をした髪留めが出て来た。
「・・・・・・綺麗」
感嘆の声を漏らす藍璃を見ながら斬紅朗は老人に値段を聞いたが、
「・・・・・お金は結構でございます」
それを聞いて斬紅朗は首を傾げた。
「このような高価な物を一文も取らずに渡すのは何故だ?」
斬紅朗の問いに少し哀しそうな顔をして答えた。
「・・・・・貴方様のお連れの方が、私の死んだ娘に似ているからでございますよ」
斬紅朗は目を細めた。
「そのかんざしは娘が嫁に行く時に送ろうとしたのですが、その前に流行り病で亡くなってしまい私もその時に死にました」
「えっ、それじゃ、お爺さんは・・・・・・・・・」
「この世の者ではありません。髪留めが心残りで成仏できません」
藍璃を見て哀しそうな笑みを浮かべる老人。
「・・・・・・お連れの方を見た時、死んだ娘が生き返ったと想いました」
哀しそうに笑いながら老人は藍璃を見た。
「・・・・藍璃。その髪留め、貰ってやれ」
斬紅朗の言葉に藍璃は静かに頷いた。
斬紅朗は髪留めを藍璃の髪に差した。
「・・・・・ありがとうございます。これで、もう想い残す事はありません」
老人は笑顔で言うと体が消え始めた。
「な、何で消えるんですか?!斬紅朗殿!?」
藍璃は斬紅朗に尋ねた。
「・・・・願いが叶ったから消える。それだけだ」
静かに斬紅朗は藍璃の問いに答えた。
「・・・あの爺さんは、お前にそのかんざしを渡すために待っていたんだよ」
確信したように斬紅朗は言った。
「どうか、お幸せに・・・・・・」
老人は二人に言うと静かに消え辺りは何も無くなった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
帰り道、二人は何も話さず無言で宿に向かった。
「・・・・・・・ねぇ。斬紅朗殿」
藍璃が沈黙を破った。
「・・・・何だ」
前を向きながら斬紅朗は聞いた。
「・・・・・・あの、お爺さんの娘さんってどんな人だったんでしょうね?」
「・・・・・分からない。・・・・だが、お前のように見ず知らずの人のためにも泣ける心優しい娘だったと思うぜ」
藍璃の頬を伝う真珠の玉を拭うと藍璃の手を掴んで歩き出した。
藍璃は何も言わずに斬紅朗の手を強く握り還した。
後、一話続きます。