消去
春臣の電話番号を消去した。
携帯電話そのものを交換しようと考えたが、そこまでする理由がない。
あれから春臣と連絡を取らなくなって、数日が過ぎた。
休みの日、朝寝坊して、朝と昼を兼ねた食事をしようと部屋を出ると、いきなり目の前に上背のある少年が立っていて、心臓が止まりそうなほど驚いた。
「あっ、すみません、脅かせてっ」
男らしい声が焦っている。少年は学生服を着ていた。野球部員なのかと思わせる角刈りで、思いのほか綺麗な目をしている。鼻筋も通っていて男前だ。
「誰かな?」
「俺、春臣の友だちで森岡って言います」
春臣の名前が出て胸が痛んだが、それを無視して少年の話を一通り聞く。
「君、前に春臣とケンカしてた子だよね」
森岡は口を閉じると小さくうつむいた。見た事あると思った。 春臣と出会うキッカケを作った男だ。
「春臣の友だちなの?」
「あの日……、ちょっと俺、追いつめられてて、あいつにひどいことをしました。あなたに止めてもらって……。頭が冷めて、それから謝って仲直りしました」
「そうなんだ。ごめん、悪いけど、これからご飯を食べに行くんだ」
「一緒に行ってもいいですか?」
「え?」
「あなたと春臣が仲がいいの知っていて、ずっと気になっていたんです。でも、最近、春臣と一緒にいないから」
「ああ…」
暁生は家の鍵を閉めると歩き出した。森岡がついてくる。ついて来るなと言うのも大人気ない気がして、そのままにしておいた。
森岡にとっては自分をよく知っているのかも知れないが、こちらからすると初対面である。だが、高校生にそれを求めるのは無駄なのかも知れない。
二人分の水が用意される。メニューを決めて、仕方なく森岡にも渡した。
「いいんですか?」
「いいよ。好きなの注文して」
「ありがとうございます」
これがいけないのだろうか。
森岡の顔が輝くのを見て、しまった、と思ったが後の祭りだ。
「最近、一人なんですね」
「どこかで見てる?」
「ち、違いますっ。あなたは俺の憧れで」
「は?」
拍子抜けする。憧れと言われても、お互いのこと何も知らないのに。
「たまにです。たまに、アパートの近くまで来て……」
「そういえば、家はこの辺りなの?」
「はい。近所です」
合点がいく。だから、初めて会ったとき、家の近くだったのだ。
ウエイトレスがA定食を二つ持って来て、話が中断する。
森岡は勢いよく味噌汁をすすった。