不思議
目の前に、高校時代の同級生がいる。
何だか不思議な気がした。
守はコーヒーを一口飲んで、口を真横に結んでから決意したような顔をした。
「高校の時はごめん。暁生にひどいことをしたと思ってずっと後悔していたんだ。あんな形で消えたのは卑怯だった」
暁生は首を振った。
「もう気にしていないよ。でも、最初はなんでかなって思ったけど…」
過去の事を思い出すと、少し胸が痛かった。ずっと、しまいこんでいた気持ちだった。
守は、そうだよな…と小さく言った。そして、暁生が知りたかった真実を教えてくれた。
「俺、高校生の時、好きな人がいたんだ」
「え?」
好きな人?
どうやらそれは自分ではなかったのだ。
それは少し、ショックだ。
「その人は男性で先生だった。すごく好きだったけど、俺は学生だったし、先生に見てもらえないって分かっていた。その時に暁生と会った。暁生は優しくて、一緒にいるとすごく居心地がよかった。でも、俺はずっと先生の事を忘れられないでいた。そのうち、先生の事を言えない事がだんだん辛くなって…。だから、別れようと思った。でも、やっぱり言えなかった。俺は、暁生の優しさに甘えていたんだ。暁生を傷つけたくなかった」
守は苦しそうに告白をする。
暁生は信じられなかった。
まさか、他に好きな人がいたなんて。しかも、相手は教師だなんて。
あまりに驚いて声が出ない。
「ごめん…」
守が呟いたのを聞いて、ハッと我に返った。
「い、いや、いいよ。びっくりしたけど、でも、よかった…」
「え…?」
守が不思議そうな顔をする。暁生は、泣きたいような気持ちで言った。
「僕は君にひどい事をしたのかと思っていた。それで、君が離れていったのかと思っていたから、だから、本当の事が聞けてうれしい」
「怒っていないのか?」
「あの頃の僕だったら、怒っていたかもしれない。けど、今の僕は違う。守もあの時、辛かったんだなって分かったから」
守は、ハッとした顔をしてから、少しうつむいた。組んでいる手が少しだけ震えていた。
「本当の事を話してくれてありがとう。守」
「うん……」
守はすぐに声を出さなかった。
しばらく黙っていたが、飲みかけのコーヒーを飲んで顔を上げた。
「付き合っている奴いるの?」
「え?」
暁生はどきりとする。こくりと頷くと、
「そっか……」
と、小さく呟いた。
「あの後、先生に告白したんだ」
「え、そうなの?」
寝耳に水だ。相手は誰か知らないが、守は本気だったのだ。
「もちろん、断られた。俺は男だぞって。心の迷いだって言われた」
守が苦笑する。
「でもさ、あの時、俺は暁生と付き合っていたもんな。やっぱり男が好きなんだと思う」
頭を掻いて、ちら、と暁生を見る。
「そっか、付き合っている人いるんだ。もう一度、付き合えるなら、大事にしたいって思ったのにさ」
暁生は返事に困った。守のようなかっこいい男性に、こんなふうに言われるような自分じゃない。
「ごめん……」
「いいよ。今日のことはその、付き合っている人に言ったのか?」
「うん。伝えている」
「うまくいっているんだな…」
守の声が寂しそうだ。
男同士で付き合うって、大変なんだと思う。
それは、暁生が一番よく知っている。
守は、話をしたことで気が楽になったのか、ほうっと息をついた。
「やっぱり会ってよかった。暁生が変わっていなくて、すごくうれしいよ」
「僕もだよ。本当のことを話してくれてありがとう。こちらこそお礼を言うよ」
そう言うと守は笑顔になった。
それから、少しだけ話をして、一緒に店を出た。
「これからは友達になってもらえるかな」
守が言う。
「もちろん、いいよ」
暁生は素直に答える事ができた。
「じゃあ、な」
守の方が先に駅へ向かった。
暁生はその後ろ姿を見送りながら、春臣の声が聞きたいと思った。
携帯電話を見ると、ラインが入っていた。




