歌が聞こえる
春臣にそっと抱きしめられると、暁生のズボンがずり落ちて、あられもない姿になった。
あまりの恥ずかしさに春臣を押し返した。
「……暁生さん」
「ごめん、僕は汚いから」
「汚くなんかないよ」
春臣が必死な顏で言った。
暁生は、それでも首を振った。
「シャワーを浴びたい。とにかく、体を洗いたい」
「分かった」
春臣がいきなり上着を脱ぎ始めた。下着も何もかも脱いで、手を差し出した。
「洗ってあげる」
「君って……」
思わず笑いがこみ上げてくる。
「むちゃをするんだね」
「嫌いになる?」
その質問はずるいと思いながら、首を振った。
「嫌いになんかならないけど。頼むから、服を着てよ」
暁生は顔を押さえた。涙が出そうだった。でも、涙腺が緩んで再び涙があふれた。
「何で泣くの?」
「うれしいから。けど、いろいろあったから、少しの間一人にしてくれる?」
「俺…」
春臣は、洋服をかき集めて言った。
「家には帰らない。一緒にいたいんだ」
「うん」
暁生は頷いた。
ゆっくりと這うようにして風呂場に行き、ドアを閉める。
春臣の黒い影が、少しの間、ドアの外にいたが見えなくなる。
風呂場で一人になり、体を清めてから大きく息を吐いた。震えていた体を抱きしめる。
怖かった。もし、春臣が来てくれなかったらどうなっていただろう。
電話をかけてくれたのは、春臣だった。
彼は合鍵を使って、助けに来てくれた。
自分は二十三歳になっても鈍感で、森岡の気持ちに全然気がつかなかった。
森岡だけが悪いんじゃない。
お湯につかっていると、だんだんと眠くなってきた。
酒のせいもあり、さすがに疲れたのか、お風呂を出る頃には目がしょぼしょぼしていた。
髪の毛を乾かして出ると、春臣がすぐに飛んできた。
眠そうな暁生を見て驚く。
「眠いの?」
「限界みたいだ。お願い、眠らせて…」
「今夜、泊ってもいい?」
「いいよ…」
「姉さんに連絡してもいい?」
「……それは嫌」
「え?」
暁生は目をこすりながら、何とか春臣の顔を見た。
「僕から伝える」
「了解」
ふふっと笑って、暁生の額を撫でる。
「もう、寝なよ」
「春臣……」
「ん? 何?」
「敬語」
「あ、ごめんなさい」
「冗談だよ、ない方がいい」
目を閉じる前に春臣が囁いた。
「ねえ、お風呂借りていい?」
「いいよ」
暁生はうとうとしながらベッドに腰を下ろした。すぐにでも横になりたい。
春臣がお風呂場へ行くのを見届けると、暁生はベッドに横になった。
「暁生さん」
名前を呼ばれて薄目を開けると、春臣がするりと布団の中に入って来た。
「ごめん、今日だけ…、眠くって無理だから、桜子に連絡してくれる?」
「とっくに連絡しといたから、心配しないでいいよ」
「ん……」
目を開けていられず瞼を閉じる。春臣に抱き寄せられた記憶と同時に、歌が聞こえた。
「何か言った?」
「ん? 暁生さん?」
「歌が聞こえた気がして…」
「俺が歌った。うれしくて」
なぜか、耳元で春臣の声が囁く。くすぐったさに体をよじった。
「君の声、すごくいいね」
暁生はそれだけ言うと、ことんと眠りについた。




