涙
森岡は飛びのいて、春臣に飛びかった。しかし、森岡の体が投げ飛ばされ、春臣が馬乗りになる。
それからすぐに、森岡が部屋を飛び出して行った。
「暁生さんっ」
春臣の声に我に返った。
暁生は、ズボンを引き寄せてうずくまった。体の震えが止まらなかった。
「俺が分かる?」
「う、うん……。ありがとう。助かったよ……」
「ごめん、ごめんなさいっ」
「どうして謝るんだ? 助けてくれたのに」
「俺のせいだ。森岡があなたに興味を持ったのは、俺のせいだから」
何か理由があったのかもしれないが、今はどうでもよかった。
「いいよ、気にしてない。それより、体を洗いたいから……」
「手伝う」
「自分でするから、きみはもう帰って」
春臣の手を拒んで、立ち上がろうとした。がくんとひざが折れて立てなかった。
「恐がらないで、俺は何もしないから」
「そうじゃないけど……」
涙が出た。止められなかった。
「情けないね」
男なら誰でもいいと思われたことが悔しかった。
「僕は男だけど、誰でもいいわけじゃない」
「うん…」
「春臣も思ってたんだろ? だから、軽蔑したんだろ?」
「違うっ」
「だったら何だよっ」
「何度か話そうと思った。けど、言えなかった。ずっと、このままでいたいと思っていたから」
「僕が、桜子と付き合っている方がよかったの? 女の人を好きになれる男だったら、ずっとこのままでいられたのか?」
「姉さんの恋人だったから興味を持った。姉さんは女の人しか好きになれなくて、かわいそうだと思ってた。その姉さんが好きになった男の人はどんな人なんだろう。ずっと、不思議に思っていて、あなたを知りたかった。知ったら離れるのが辛くて、姉の恋人であるのも許せなくなって」
小さく肩を震わせる春臣に手を伸ばす。
春臣は顔を上げて、暁生の頬を撫でた。
「暁生さん、付き合っている人いないの?」
「いないよ。ずっと一緒にいたのに知らなかった?」
「姉さんに、あなたが男の人しか好きになれないって聞いて、頭が真っ白になった。今まで、暁生さんに触れてきた男がいるんだと思ったら、許せなくて」
そんなに、もてないよ……。
ぽつりと言うと手をそっと握ってきた。手の甲を唇が触れる。
「いいの? 僕は男だよ」
「男とか女じゃなくて、触れたいとずっと思ってた」
――ひどいことを言ってごめんなさい。
優しい言葉で春臣が慰めてくれた。




