中
「……きっとお前、嫁き遅れるよなぁ」
今年の社交のシーズンも終わったとかで、伯爵一家と共に王都から戻った兄は、あたしを見るなりそう言った。半年ぶりの妹になんて失礼な兄だ。いつか剣の柄にマスタードを塗りこんでやるからな覚悟しとけよ兄。
とはいえ、その意見にはあたしも同意だった。というか、既に嫁き遅れつつある。田舎では、乙女たちの結婚は早いものだ。一番多いのが18、19。16歳とかで嫁いじゃう子もいる。あたしは既に20だ。残念なことに恋人もおらず、なってくれそうな人もいない。このまま行けば嫁き遅れ、最終的にはお見合いとかになりそうな気がする。
女を捨てたつもりはないけれど、同僚たちに言わせればあたしは、そこらのお嬢さんたちに比べて雄々しすぎるし凛々しすぎるのだそうだ。それは騎士だから当然だし、確かに、華奢とか可憐とかはあたしの対極にある言葉である。
なにせあたしは、騎士団の演習で誰よりも差し入れをもらう女で、花祭には男共よりもたくさん花冠をもらうような女だ。あたしの頭の上にうずたかく積まれた花冠を見上げて、乙女が意中の男に花冠を渡す風習だったはずではないかと兄に嘆かれた女なのだ。これであたしが美女ならまだしも、残念ながらそんなこともない。
そんなあたしを嫁にほしいという男がいたら、それはかなりの変わり者だろう。
一方、兄は淡い金の短髪に薄い緑の瞳のなかなかの美丈夫だ。若様の護衛であり、ポルタ辺境騎士団の団員でもあるので、当然騎士で、ガタイもいい。ちょっと堅物そうに見えはするけれど、そこが『ストイックで素敵』なんて町娘の皆さんの熱い目線を集めている。まあ、本人は知らないし、教えてやる気もないけど。
「何よ今さら。騎士団に入った時点で分かってたでしょ」
「うん、まあ、そりゃあなあ……」
「惜しむような美貌でなし、兄貴が嫁さんもらってくれればうちは困らない。あ、なに、相手出来た?」
「……若様より先に貰うわけにいくかよ!」
「いるの!? やだもう、嫁さんもらうならあたし家出るから言ってよね!」
「…………恋人が欲しい!」
「いないのかよ!!」
がくりとうなだれた兄にあたしは天井を仰いだ。口が悪いのは許してほしい。騎士団にいるとどうしてもそりゃ、ね。
「若様のおこぼれとか頂戴できないわけ? 相変わらずふわふわしてるんでしょ?」
「んなキレイどころに手を出すとか怖すぎるだろ! 無理だ! あの顔に群がるのは美人ないいところの姫さんばっかりなんだぞ……」
ぶるりと震える兄の好みは『家庭的な女性』だ。女をナメてるとしか思えな……ではなくて、それは貴族のお嬢様には絶対に期待できないチャームポイントである。
でも、王都には街で働くかわいい女性もいるだろうし、お嬢様お付のかわいい侍女さんとかいるだろうに。この人はこんなナリで結構な奥手なのだ。
あたしはやれやれと頭を振った。兄と同じ色の髪がぞろりと揺れる。今日は休日なので、髪は結い上げずに下ろしているのだ。馬に乗るには長い髪は邪魔なのだけれど、こればっかりは乙女の命だ。切る気はない。
「それにしても、若様今いくつだっけ? 兄貴と同い年だよね? 婚約者くらいはいるんじゃないの?」
兄はあたしの3つ上なのだから、23にはなったはずだ。
「それがなあ……まだまだ遊び足りないなんて言って、縁談がまとまらんのだ」
「相変わらずの女の敵だねえ。そのうち刺されるな若様」
「あ、この夏ついに刺されかけた」
「えええええ」
「代わりに俺が刺された」
「不憫!」
顔をしかめて兄は脇をさする。そんな話聞いてない! と言えば、言うほどじゃねえだろと兄はため息をついた。確かに、そんなのも含めて護衛の仕事ではある。でも、暗殺者の手によってとかじゃなくて痴情のもつれのご令嬢に刺されるとか、かなり虚しい。
「お嬢さんの細腕で刺されたくらいじゃ大したことねえよ。俺、三日で復活したし。でも、若様だったらひと夏寝こむだろ」
「おお相変わらずの青瓢箪っぷり。日々腰振ってりゃ腹筋くらい鍛えられてそうなのにねぇ」
「……お前女がそういうこと言うなよ」
「兄貴は女に夢見てるから恋人できないのよ」
「うっ」
「あとさ、仕事柄しゃーないけど『あたしより若様を大事にするのよねこの人は』って思われてるよね」
「ううっ」
「あと若様が昔、美少女過ぎたのも理想上がりすぎてる一因じゃないかと」
「うううっ」
俯いて震える兄の肩をあたしはポンとひとつ叩いた。
「よし、兄貴。飲みに行こう」
妹が男前すぎると兄はさめざめと泣いた。失礼な。
*
「やあ、ディーじゃないか! 久しぶりだね」
「なっ?!」
「あーお久しぶりでございます若様」
……で。なんでそういう日に限ってこんなところで遭遇するのだろうな。
「なああああああんで若様がこんなところにいらっしゃるんですかこのバカボン!! ジャスティスはどうした!?」
「あ、撒いた」
「撒くなああああああああ!!」
あたしが兄を連れ出したのは、町一番の食堂である『魔女の鉤爪亭』である。
昔は可憐な看板娘だったというたくましい女将さんの煮込み料理と、寡黙な旦那さんの仕込む絶品ソースを掛けた焼いた肉が名物で、美味い麦酒と葡萄酒のそろった、騎士団御用達の店だ。美味いだけじゃなく、量も多い。素晴らしい。
で、入るなりあたしの名を呼ばれたわけですよ。その瞬間の兄の顔は正直、見ものだった。目を皿のように見開いてざっと周りに目をやり、若様の左右でにやにやしている町娘さんたちとやっぱりにやにやしている常連のおっちゃんたちの中に護衛が混じっていない事を見出して青くなり、白くなってから赤くなって、んで、叫んだ。
なんでも、兄は今日休暇で別の男が護衛についていた。だというのに今その男の姿はなく、つまりは若様がひとりお忍びでここに現れたに違いなく、それってとってもまずいことだと。
若様の顔を知らないものはこの町にはいないし、そのちゃらんぽらんさも、女好きっぷりも、たいそう知れ渡っている。若様の身を害そうと思ったら、こんなに簡単なことはないのだ。
「まあいいじゃない、今日はセラがくるだろうって思ってたしさぁ」
「その呼び名はおやめくださいって何度も言ってるだろこのボンクラ!!」
「それにしてもディー、久し振りだねえ。あ、向かい座っていいよ。セラは僕の隣ね、護衛だし。ゴメンねメアリ、隣あけてくれる? アンナもごめん、向かい空けてくれる?」
「ええ〜」
「はぁ〜い」
「人の話を聞けェ!!」
相変わらず不憫な兄だなぁとあたしは目を細めた。
この、主従らしからぬやりとりは昔からのものだ。兄と若様は同い年で、兄は4つの時から若様付きなのだ。子供にまともな敬語が使えるわけもなく、主従とは何かを理解できる歳になる頃にはすっかり、この関係が定着してしまっていたそうである。つまりはボンクラなボンボンと苦労性の従者だ。なんと物語的で残念な関係か。
あたしは兄の妹——最初の数年は弟扱いだった——として時々若様の遊び相手に加わっていたので、身分に大きな差はあれど、若様の幼なじみと言えるのかもしれない。とはいえ若様を剣で打ち負かし、若様を馬で追い抜き、とこちらも残念な従者にしかならなかったので、兄は幼くして胃痛持ちとなった。……いやほんとゴメンネお兄ちゃん。
そんな道化もびっくりの掛け合いを繰り広げる兄と若様に付き合っていると正直身がもたないので、あたしは座れ座れと鬱陶しい若様に頭を左右に振って、カウンターに腰掛けた。この分では兄は若様の護衛をするしかないだろう。若様にはおごってもらえるだろうし、ついでにおこぼれにあずかって、かわいい町娘を引っ掛けるがいい、兄よ。
「ディーエあんたいいのかいこっちで」
「いいのいいの。女将さん、兄貴になんか適当に持ってって、あたしには麦酒と煮込みちょーだい」
「ビブリオのチーズ入ってるよ」
「食べる!! バゲットもつけて!! やっぱ麦酒じゃなくて葡萄酒!! 瓶で!!」
「あいよ」
我ながら乙女もなにもない食い意地である。だが騎士団では毎晩の食事が戦争だったし、ビブリオのチーズは絶品なのだ。仕方がない。
「ちょっと焼くかい」
「焼いてー!!」
やだもう女将さん大好き。
軽くあぶられたチーズの乗ったバゲットが、葡萄酒と共に現れる。指でつまめばとろりと滑った。ふんわりと、チーズから香草の匂いが広がる。最高だ。胃が鳴り響くが構うものか。この香りだけで葡萄酒が二杯いける。ちょっと取っておいて煮込みに乗せよう。
兄と若様のことなどすっかり忘れ、左に葡萄酒、右手にチーズではふはふと至福に浸っていたあたしのグラスに、カチンと打ち鳴らされるものがあって、あたしはようやく我に返った。気づけば煮込みも既に目の前に置かれている。チーズ美味しさにすっかり恍惚としていたらしい。
「ディーってば無視するなんてひどい」
打ち鳴らされたグラスの方を向けば、まばゆいばかりの金髪と、真っ青な瞳が微笑んでいた。若様だ。
あたしはしみじみ、この幼なじみとも言える男を眺めた。相変わらず、素晴らしい美貌である。金糸の如きと言われる金の髪はふわりと波打ってひとつに纏められ、空の色をした青い瞳は物語の王子様めいている。日に当たらないせいだと思われる真っ白い肌と、完璧な位置に配置されている瞳、高い鼻と薄い唇。服装は、こんな田舎で意味があるのかと思うくらいの都会的な装いだ。
若様は、そりゃあもう愛らしい子供だった。幼いころは絶世の美少女に見えたものだ。あたしが隣に立つと、護衛の少年と伯爵家の姫様、みたいな風情だったことを思い出す。これでボンクラでなければ完璧なのに。神は二物を与えぬとは本当かもしれない。
グラスを片手に、あたしの隣に勝手に座る若様に、何してんすかと視線で問えば、にっこりと天使のような笑みで誤魔化された。
「兄貴……兄は?」
「あそこ」
グラスで示された方を振り返れば、若様が座っていた席に座らされ、硬直している兄の姿があった。娘さん達にまとわりつかれて完全に固まっている。セラータ・フィーニスの氷像だ。
そう、あの人は奥手なのだ。いい年をして、かわいいお嬢さんたちに囲まれると沈黙してしまうのだ。今頃胃を痛めているに違いない。隣り合って育ったのに、この若様との大きすぎる違いはなんだろう。身分の差か。顔面の差か。
「……兄死にませんかね」
「刺されても生きてたよ」
「人の兄をあんまり危険に晒さないで下さいよ、若様」
「ごめんね〜」
反省してるのやらしてないのやら。それ以前に主が従者たちにこんなにカジュアルに謝っていいものか。貴族社会のことはよくわからないけれど、あまり褒められたものではなさそうだ。
あたしはやれやれと肩をすくめるだけに留めて、煮込みへと立ち向かった。
「無視しないでよディー」
「お腹すいてるんです」
「食べながらでいいからさー。おしゃべりしよう?」
「どうぞ勝手にお話ください。適当に相槌打ちますよ」
「うーんこれでこそディー。でも冷たい」
もう何杯目なのだかわからない葡萄酒をぐるぐると回しながら頬を薔薇色に染めて、気さくな若様はごきげんである。
「だってさあ、セラ、女の子苦手すぎと思わない? 慣らしてあげなきゃ」
「若様を反面教師にされたのでは? 主従揃って女性にうつつを抜かすわけにもいかないでしょう」
「あははー。でもお休みの日くらい遊べばいいじゃないっては思うでしょ」
「それはそうですけどね」
「でもさあセラ、娼館行っておいでよってお金渡しても行かないんだよ!」
「自己処理してるんですかね」
「うっわディー、女の子がダメだよそんなこと言ったら」
「騎士団育ちを舐めんでください。目撃したのも一度や二度じゃないですよ」
「えーホントに? そんななの? ディーちゃんと自己防衛してる? しんぱい」
「若様よりは迎撃もできるので大丈夫じゃないでしょうか」
「あーうんそうだそうだディー強いんだったあはは」
「酔っ払ってますね」
「ここで飲む葡萄酒美味しいんだもん」
ついでに言うと本番も目撃したことがあるけれど、それはさすがに黙っておく。
重ね重ね言うけれど、別に女を捨てたわけじゃないのだ。周囲の環境がカジュアルなだけなのだ。それに、人間は死線に近づくと、生殖本能が活性化するという。模擬戦などで神経が昂ぶるだけでも存分に、そちらの本能が活発になる野郎共はいるわけで。……まあ、仕方ない、と思う、のよ。
「夜会とかで飲むのはさ〜、女の子かわいいけどお酒はあんまり楽しくないんだよ」
「はいはい。まぁ、兄にもそろそろお嫁さん探してきて欲しいんでいいですけど」
「ディーは結婚しないのかい?」
「こんな女もらう男はいませんよ。若様こそどうなんです」
「うーん、女の子みんな可愛くてさー。あ、ディーもかわいいよ?」
「はいはい」
そんなことを言うのは若様くらいのものである。なにせこの人は、兄のお下がりを着て剣を振り回していたあたしにさえ、子猫のようにかわいいとのたまった人なのだ。お陰ですっかり免疫がついてしまった。若様は、貴族の姫君から下働きの町娘まで、すべての女性に分け隔てなく優しいへなちょこなのだ。
やれやれとため息をつくあたしを覗き込み、若様のテンションは最高潮である。正直ちょっと鬱陶しい。
「ホントだって! ディーってば普段王子様みたいなのに、おっぱいおっきいし!」
「殴っていいですか」
「ディーに殴られたら僕は心身共に死ぬからダメ。ディーは瞳が深い緑だし姿勢も綺麗だからその若草色のドレスはすごく似合ってるし、色の淡い綺麗な金髪だから白いリボンもよく合うんだね。その髪型かわいいよ! これどうなってるの?」
「両わきの髪だけリボンを編みこんで、後ろで組紐でくくってるだけですよ。慣れれば短時間でできるお手軽な髪型なんです」
「魔法の護符とかじゃないんだね」
「今日は騎士団、休みですから。魔女もお休みです」
「これ自分でやるの? ディー器用になったねえ」
「これしかできませんけどね。それに普通は自分でやるものですよ」
「えー僕無理。後ろ見えないし」
「でしょうね」
「でもやってみたい! さわっていい?」
「……ええ、まあどうぞ」
あたしがくるりと背を向けると、わくわくした気配が首筋を伝った。するりと組紐が解け、髪がほぐされる。女の髪を解くのは慣れているのだろう。
手櫛が頭皮を撫ぜていくのが心地よい。幼いころに頭をなでてもらった日々が思い出される。
「うーん、ディーの髪の毛相変わらずだー」
「何がです」
「いい色だよねぇ。ストンと落ちるのもいいなあ」
「兄と同じですよ」
「それだけが本当に心底残念だよ」
全身全霊で残念さをアピールしながら、どこからともなく出して来た櫛で、若様があたしの髪を梳く。
そういえば、少年にしか見えなかった幼少期、暴れまわってぐちゃぐちゃな鳥の巣の如きあたしの髪を、この人はごきげんで梳いていたのだった。あたしも、きれいにしてもらえるのでごきげんな幼女だった。
……あの時『さわらないでください』とか言っておけば、もうちょっと若様の女好きはおさまったのだろうか。そうしたら、兄の胃ももうちょっと幸せだっただろうか。幼女にそんな判断がつくはずもないけれど、後悔先に立たずとはよく言ったものだ。何故兄は止めてくれなかったのか。若様がごきげんだったからか。なんだ、打つ手なしか。
「ねえちょっとやって見せてよ」
「何をです?」
「さっきの髪型!」
「鏡の前でないと無理ですね」
「えーじゃあ騎士団でどうしてるの?」
「全部まとめてひとつ括りです」
「男らしいなあ。それでもいいからやってみて!」
何がしたいんだこの人は。
とはいえあたしも、横髪が下りたままでは鬱陶しい。若様の櫛と、渡された紐——これ若様のリボンじゃないのか——で適当に、高い位置で結い上げる。まるで馬の尻尾のようなそれは、鏡のない野営でもできるお手軽なひとつ結びだ。
「さっきのほうが可愛いなあ」
「そりゃあそうでしょう」
「あの横で編んであったやつってどうやるの? ちょっとそれだけやってみてよ」
「編みこみじゃなくて三つ編みになりますけど」
鏡を見ないで編みこむなんてあたしには至難の業すぎる。再び解かれた髪を少しだけ掬い、あたしは細い三つ編みを作ってみせた。あたしの荒れた指がパサパサの金髪を編んでいく様を若様はじっと見つめ、編み方を覚えようとしているようだ。
こうなると、次に来る言葉なんて決まっている。
「ちょっとやってみていい?」
ほらきた。「ええ、どうぞ」としか言えず、再び背を向けたあたしの髪を、嬉々とした雰囲気と細い指が滑ってゆく。男らしからぬ綺麗な指だ。こんな手で、将来ポルタ領を守れるのだろうか、この人は。
ああでもないこうでもないと言いながら、若様は存外器用に、ちびちびと葡萄酒を飲み、煮込みをつまむあたしの髪を編んでゆく。頭皮や首、耳の裏をかすめる指先はたいそうくすぐったいが、滑らかだ。この人、姫君に生まれたほうが良かったんじゃあないかしら。
「ねえディー」
「なんです」
「ぞくっとしたりしない?」
「はい?」
「……ホント残念だなあ」
「何ですか一体」
「何でもないよ。うーん、サラサラだと編んでもすぐ解けちゃうね」
「編んだところですかさず結わえるんですよ。三つ編みなんて覚えてどうするんです」
「女の子にモテるかもしれないと思って!」
「それ以上モテてどうするんですか」
「うーん、もっと楽しくなるかも?」
「兄にその神経を少し分けてあげて下さいよ」
ちらりと目線を投げれば、兄は相変わらず硬直していた。そんな兄を見た女の子たちが楽しげな笑みを浮かべて、腕やら背中やらにまとわりついている。頑張れ兄貴。習うより慣れろだ。骨は拾ってやる。
可愛らしい乙女たちに囲まれて、しかしとても楽しそうには見えない残念な兄から目をそらせば、若様はあたしの髪に、自分のリボンを編み込もうと努力していた。器用な人だ。あたしと性別逆だったほうが良かったんじゃあなかろうか。ほんとに。
「髪なんか編んで楽しいですか?」
「楽しい!」
「……兄はあんなですけど」
「うん?」
「若様は、たくさんのお嬢さんに囲まれて、いつもちゃんと楽しんでますか?」
「楽しいよ」
なんとなくのあたしの問いに、手を止めずに若様は即答した。これだけきれいな顔をしていれば、さぞかしちやほやしてもらえるだろう。立場だって伯爵家の若様だ。しかも、他に跡継ぎになりうる兄弟はいないと来ている。
「だってほら、僕って身分と顔だけでしょう」
そんなことを考えていたものだから、思考を読まれたような気がして、あたしはギクリと固まった。カチャンと右手のフォークが落ちる。若様はそれに気づかないのか、あたしの髪を編みながら続けた。
「僕はさー、剣も駄目で、馬もイマイチでしょ? セラにも一度も勝ててないし、ちっちゃい君にも勝てなかったし。勉強は嫌いじゃなかったけど、嫌いじゃないなら得意かって言うとそういうんでもないし。ちょっと語学はできたけど、もっと出来る人はいっぱいいるしね」
胸を張れるぼんくらっぷりだと笑う声が背中に届く。若様は今、どんな顔をしているだろう。