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激震  作者: じゅん
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広島壊滅

 第一章 「群発地震」

 

201X年5月、広島県北部にある三次市と庄原市の周辺では時折、大きな地震を伴う群発地震が起きていた。初めはM2程度の体に感じない地震だったが次第に地震の規模は大きくなり始めていた。

 広島市安佐北区深川の東都大里田まい広島地震観測所は気象庁と連携をとりながら観測を強化していた。

 「所長、1週間前からの地震計データです。」

 観測所技官の河内弘は過去1週間に地震計がとらえた地震分布をパソコンで示した。

 「三次市と庄原市の中間地域で発生していた群発地震が徐々に三次市に移動しているな。」

 所長は分布図を指し示す。

 「はいっ、1週間に発生した地震は庄原市と三次市の10㎞で多発しています。」

 「過去の地震から見るとこの分布の長さだとM4程度は発生する恐れがあるな。」

 三次市を中心とした広島県北部は逆断層が多く発達した中国地方では島根、鳥取県境に次ぐ地震の多発地帯である。過去には1933年と1973年に震度5を伴う群発地震が発生した例があり、将来的な大地震も危惧されている地域でもある。

 「更に活発化すれば、M6以上もあるかも知れませんね。」

 「たぶんな、2000年の鳥取県西部地震に匹敵する可能性もある。注意が必要だ。」

 東都大学は1972年に白木町に最初の地震観測点を設けていこう、観測地域を拡大してきた。特に広島県北部や島根県中部など地震が多い地域に地震計を設置しその数は他の観測機関のを含めると20以上に上る。それでも、関東や東北に比べると地震計の設置箇所は少ない。

 

  所長の危惧した大地震の準備が進められていることは誰も知るよしもなかった。

 

 第2章  「大地震」

 

 6月10日、群発地震発生から1ヶ月が経っていた。地震の規模はM3程度が多く、三次市で震度2の地震が観測されることは日常茶飯事となっていた。

 「あっ、また、地震速報だ。」

 「今日で3回目だね。大地震の前触れかね。」

 広島市内でも、広島県北部の群発地震の話題が日常的になっていた。2000年10月の鳥取県西部地震ではその3ヶ月前に地震が多発した経緯がある。広島県では群発地震が多発した事がないため、市民の間では大地震を心配する声が相次いでいた。広島県もこの群発地震に神経をとがらせていた。大地震発生に備え、自衛隊とも連携を強化するため連絡をとり続け、災害派遣要請の手順を確認していた。

 広島県警も大地震発生に備え、何時でも対処できる体制を整えていた。

 東都大学地震研究所広島観測所には連日、広島県や自衛隊から問い合わせの電話が連日かかっていた。

 「三次市周辺での地震活動は5月6日に始まって以来、654回発生しています。うち、有感地震が42回です。最高が震度4で、現在も活動が活発な状態です。今朝は震度2の地震が発生しています。」

 「鳥取県で発生した震度6強クラスの地震は発生する恐れはあるのか」

 陸上自衛隊海田市駐屯地司令は電話口で所長に質問する。

 「可能性としてはないとはいえません。現時点で震源域の拡大は続いています。」

  所長が電話で話している間にも地震計は広島県北部の地震を捉え波形がうつしだされていた。

 「広島県北部で地震発生。M4.1です。」

 助手の声に地震計を見る所長。波形は大きく触れるとカタカタッと波を打ち再び小刻みの波へと変化した。

 観測所でもゆっくりとながら小さな揺れを感じた。

 「コップが揺れたな。震度2って所だ。」

  テレビでは地震速報が流れる。

 「庄原市で震度4、三次市で震度3。直下型だな。」

 電話口の自衛隊でも慌ただしくなっていた。

 「司令部でも揺れを感じた。これからどうなるんだ。」

 災害発生時の初動が肝心の自衛隊にとっては現地の様子が気がかりだ。通常は震度5弱以上で災害派遣に向けて準備を行う。都道府県知事からの派遣要請があって始めて自衛隊は出動するが現地の被災状況の確認を行うため、ヘリコプターを出動させて偵察を行うのが初動任務だ。2011年、東北地方を襲った大地震の際に自衛隊はいち早くヘリコプターや航空機を出動させて現地の被災状況の把握に努めたのだ。

 震度4程度の地震では県知事からの要請はこない。だが、今は梅雨の時期で広島県北部では先日まで1時間に80㎜という局地的な豪雨に見舞われていた。ちょっとした揺れでも土石流などの土砂災害を招くのだ。

 「震度4程度の地震でも梅雨時期の豪雨が先日まで降り続いていたので、土砂災害の恐れがあります。」

 司令官の言葉に所長も電話具で頷いた。

 「確かに、土砂災害の懸念があります。現地の被害状況如何では要請が出るかもしれませんね。」

 その頃、庄原市と三次市では震度4の地震に伴う被害がないかどうか。地域消防本部や消防団が被害状況の把握に努めていた。

 「昨日まで激しい豪雨があったので、警戒は必要だ。消防本部や警察から被害状況の把握に努めてくれ。」

 「はいっ、」

 災害対策本部は緊張に包まれていた。5月下旬から中国・四国地方は梅雨入りし連日のように激しい雨が降り続いていた。夏の前の恵みの雨ではあるが時として大きな被害を招く梅雨の季節。三次市の江の川や庄原市の西条川、国土交通省河川事務所の水位計モニターは連日の豪雨で通常よりも水かさが増していた。

 「今は、殆どの山の地盤は連日の雨で水で満たされている状態だ。ちょっとした揺れでも土石流や土砂崩れが起きやすい。」

 緊張が極限状態に達しつつあった、その時だった。

 「ドーン。グラグラッ」

 対策本部を激しい揺れが襲った。

 机の上に置いてあったあらゆる物が床に落ちる。

 「ガシャーン。パリン。」

 今までとは違う揺れ。 

 「地震だ。」

 「今までよりも大きいぞ。」

 市長は市役所に設置されている計測震度計に目を移す。

 「震度6強」

 対策本部にいる誰もが最悪の事態を予想した。

 午前11時45分、三次市で揺れを感じて14秒後。広島市でも揺れを感じ始めた。

 「ガタガタガタ。」

 前の地震とは違う揺れ。

 「大きいぞ。」 

 浅野県知事は知事室で執務中だった。激しい揺れに机にしがみつく。

 「ピシピシッ」

 と音を立て窓ガラスにヒビが入る。

 県知事は一瞬、目の前の光景に目を疑った。激しい揺れによって建物の壁が小さいながら亀裂が走ったのだ。芸予地震ではあり得なかった事態だ。

 「まさか、三次市」

 1時間前の震度4の地震があった広島県北部の地震が脳裏によぎった。

 激しい揺れが収まり、周囲を見渡す知事。広島市では被害が起きていないか。県と市が災害対策本部を設置し被害状況の把握を始めていた。

 「広島市西区・己斐・古江地区で住宅の倒壊発生、閉じ込め事例発生。中区江波・舟入で住宅火災発生、観音、草津地区で液状化発生。」

 次々と被害状況が上がってくる。

 地震から30分がたっていた。


 第3章 「激甚被害」

 

 大地震発生から5分。最大の被災地である北部では、今までにない揺れによって三次市内の様子は一変していた。JR三次駅周辺は激しい揺れによる住宅の倒壊が発生していた。

 「こっちにきてくれ。建物の下敷きになってる。」

 「家が燃えてる。」

 消防署に次々と助けを求める住民が駆け付けていた。だが、消防隊の能力の限界を超える災害のため、消防隊員は全てに対応できない。

 災害時は住民同士が助け合うのが鉄則なのだ。阪神淡路大震災の際には閉じ込められた住民をお互いが助け合った。三次市は対策本部を開設していたが震度6強の大地震で次々とかかってくる電話に対応するのが精一杯だった。

 「自衛隊は何時来るんだ。」

 もはや、自衛隊が頼りだった。東日本大震災では災害派遣要請から直ぐに自衛隊は全部対を被災地へと急派させた。翌日には数万態勢に数日後には10万人態勢に。三次市には発生当初から派遣準備が進められていた。群発地震発生から様々なシュミレーションが進められ広島県とも数回にわたって協議していた。それが功を奏した格好となったのだ。

 20分後にはヘリコプター部隊が海田市駐屯地から出発し現地に向かっていた。UH-60、UH-1他用途ヘリが次々と離陸、隊員と救援物資を積んでいた。

 中国自動車道、国道54号線、国道375号線は橋、トンネルの崩落で軒並み通行不能に、広島市や呉市からの増援部隊も途中で阻まれた。土砂崩れなどの土砂災害が発生しやすい土地柄なため三次市を取り囲むように土砂崩れが多発し通行止めとなっていた。

 「土砂崩れや落石などで三次市への救援部隊が足止めになっています。」

 広島県庁に設けられた災害対策本部には次々と被害報告が上がっていた。広島市は三次市から35㎞離れていたがデルタ地帯であることが災いし大きな揺れが襲い、各所で大きな被害が出ていた。

 「午後1時現在で広島市内だけでも死者が12名出ています。建物倒壊などはまだ統計が取れていません。」

 県庁からでも市内の被害は容易に見て取れる。火災による煙も1時間以上経った現在も数カ所で上がっている。

 「三次市へは救出部隊は出動したか。」

 県知事は呼気を上げ、職員に詰め寄る。

 「はい、現在、自衛隊の部隊がヘリで三次市内に降り立ち、情報収集を始めています。火災や倒壊などでかなりの死者が出ている模様です。梅雨時期での大規模地震ですので土砂崩れが各所で多発しているようです。現地もかなり混乱しているので情報が錯綜しています。」

 「ズン ガタガタガタッ」

 県庁の対策本部で突き上げるような強い揺れを感じた。

 「少し大きかったですね。」

 「何処の揺れだ。」

 県知事が辺りを見回し職員に訪ねる。

 県庁に設置されている震度計を確認に向かった職員が戻ってきた。

 「県知事、県庁で設置された震度計では震度4と表示されていました。」

 「震度4」

 対策本部に設置されているモニターに各地の震度が表示された。

 「庄原市で震度5強、三次市十日町で震度5弱、震源地は三次市付近、地震の規模を示すマグニチュードは5.8」

 「被害状況を確認しろ。まだ、強い余震がおきるかも知れん。警戒を強化しろ。」

 「了解。」

 対策本部で情報収集している。警察、消防、自衛隊など地震対策を行う部署隊員は一斉に電話や無線で被災地へ情報を取り始める。


第4章 「救援活動」

 

 大地震発生から3時間が経っていた。時刻は午後2時21分、余震は依然、15分おきに続いていた。

 「まるで、船の中にいるみたいだ。」

 「ガシャン、ガシャン」という建物がきしむ音に慣れつつあるものの、何時、建物が倒壊するのか気にしながらの災害対応だ。災害対策本部には1時間前にヘリコプターで到着した自衛隊の情報官が本部への連絡など情報収集を行っていた。火災は市内を見る限り、沈静化しつつあったが今も、数カ所で煙が上がっていた。

 「ガス、水道、電気のライフラインは市内全域で不通状態です。給水車を出動させて対応していますが、水道局の車では数が足りていません。自衛隊にも出動を。」

 ペンを走らせる自衛隊員。

 「了解しました。本部に給水車の派遣を要請します。只、地震によって道路の被害が甚大なため給水車の到着は遅くなる可能性があります。大型ヘリによる輸送をもっても夕方以降になるものと思われます。」

 無線機を手に取り、本部に連絡を入れる隊員。

 「現在、第十三旅団から1200人の隊員が三次市内に向かっているようだが、道路状況はどうなってる。」

 地図を見ながら三次市市長。

 「はいっ、国道54号線、国道357号線、高速道路、共に橋の倒壊、のり面の崩落などによって車の走行は困難な状態です。現在、全ての道路は緊急用車両以外、通行を禁止しています。警察、消防、自衛隊の緊急用車両が通行可能な道路を経由して急行しています。」

 この頃、三次市の被害を受けて広島市消防局ハイパーレスキュー隊隊長・杵島は部下4名を従い広島西へリポートから消防局所属の防災ヘリ『ひろしま』に搭乗し三次市に向かっていた。

 広島市内も地震による被害を受け、ハイパーレスキュー隊は土砂崩れによる車両生き埋め事故に急行し救助活動を行った。

 『杵島。三次市の被害は聞いているな。』

 無線をとった杵島に広島市消防局の秋吉司令補。

 「はいっ、国道375号線で発生したトンネル崩落事故ですね。26名が生き埋めになっているとか。」

 「ああっ、崩落範囲が広くて救助隊がたどり着けていない。ハイパーレスキュー隊の機材が自衛隊によって搬送されているそうだが、暫く時間がかかりそうだ。君達にはトンネルの検索と救助方法の模索してもらいたい。地元消防隊と連携して頼む。」

 「了解です。」

 「ひろしま」は三次市内を県境の国道375号線「両国トンネル」に向けて飛行した。両国トンネルは広島から島根県の県境をトンネルでつないでおり、3233㍍と県内の国道では長い距離となっている。

 三次広域消防の消防隊員の誘導で両国トンネル側の退避施設に着陸する。

 「三次広域消防の戸川です。」

 「広島市消防の杵島です。現在の状況を説明して下さい。」

 「はいっ、トンネルの広島県側から1㎞程いった所で、側壁が崩落し路線バス1台と乗用車、軽乗用車など4台が巻き込まれています。バスの乗客が18人と乗用車、軽乗用車8人の26人が生き埋めとなっています。乗用車と軽乗用車はコンクリートと岩の下敷きでほぼ原型をとどめない程破壊されています。呼びかけには数名程が答えていますが生存者が何人いるかは不明です。削岩機などでの救助を検討していますが岩盤自体が脆くなっているので二次災害が懸念されています。」

 指令所となっている退避施設では警察、消防の他に陸上自衛隊の隊員も駆け付け、トンネルの図面をもとに救助方法を検討していた。

 消防隊員の案内でトンネル内部に入る杵島ら。

 トンネル内部は上部を中心に激しく崩落し乗用車のテイルランプが辛うじて見える程度だった。乗用車のテイルランプは「チカチカ」と点灯している。

 「生き埋めとなっている車の台数と種類ですが、追い越し車線ですれ違った車の運転手が確認したとのことです。路線バスは広島バスセンターから出雲市へ向かう高速バスとのことです。」

 「グラグラッ」激しい横揺れが発生、脆くなっている岩盤から「パサパサ」という音と共に崩れてきた。

 「あぶない」

 杵島は消防隊員を間一髪、土砂崩れから守る。

 「すいません。」

 「いや、それより。地震で脆くなっている岩盤をどう取り除くかだ。二次災害が起きたのでは救助も難しくなる」

 「はいっ」

 杵島らは一度現場を後にし現場指揮本部へと引き返す。

 この辺りは花崗岩の脆い岩盤の上、地震によって崩れやすい。二次災害の危険性は非常に高い状態となっている。

 「ファイバー内視鏡で内部の様子を見てみたいが崩れやすくて我々も危険です。現在、本部から音波探査による内部検査機の導入を取り寄せています。これは生存者の心音を調べることによって内部の生存者の様子を調べる機械です。2004年の新潟県中越地震でも威力を発揮しています。」

 トンネル内部で発生した落盤で車が押しつぶされる事故は過去にも幾つか発生している。1997年の北海道の国道で発生した落盤事故はバスや乗用車が4台以上が巻き込まれる大事故となり、20人以上が亡くなっている。この時、巨大な巨石を取り除く策を考えられてきたものの、結局、救出活動は難航し発生から10日以上経って20人全員の死亡が確認されるに至ってしまった。

 「内部が空洞であるなら生存者の可能性はありますが、バスや乗用車が押しつぶされていれば絶望的だと思います。」

 対策本部内は重ぐるしい空気に包まれていた。このまま、時間だけが過ぎていくのか誰もが思っていた。

 「とにかく、生存者がいることを信じてやるしかありまぜん。」

  杵島は声をあらたてた。

 「ああっ、やるしかないた」

 「カタカタカタッ。」

 小ぎざみな揺れを感じる。

 「小さな揺れでも崩落内部はより危険な状態だ。トンネル内部は」

 トンネル内部は数人の消防隊員が崩落状況を調査していた。

 「トンネル上部の亀裂が先ほどの地震で大きくなっている感じです。内部にいる自分達の危険な状態です。」

 本部内は消防隊員の無線報告で更に重くなっていく。

 「削岩機で崩落を助長がされるのでは」

 内部は崩落ヶ所を含めて見えない所にも亀裂が生じている可能性がある。削岩機の震動も救助にあたる消防隊員にも二次災害を招く恐れが高い。 

 「救助活動はますます厳しくなっているのは確かだ。」

 地震発生からこれまでに余震は震度5強2回を含めて42回の揺れを記録している。救助を待っている人はまだ多い。

 

   第5章 「野戦病院」

 

 6月10日午前11時45分、広島県北部を襲った地震は三次市や庄原市の拠点災害病院にも大きな打撃を与えた。三次市の約6万人の市民の病院機能の中核をなしている「三次市中央病院」。災害が発生した場合にはこの病院が重傷者の治療を引き受ける。激しい揺れが起きたとき、この病院では外来診療で通院者でごった返していた。

 「ドーン」

 という地響きで外来診療棟は激しい揺れに見舞われた。

 「部長、激しい揺れです。」

 外来診療中の医師が外科部長に報告する。

 「ああっ、分かってる。揺れが収まったら、受診者と医師、職員にけが人がいないか確認。被災者が担ぎ込まれるおそれがあるから、今日の外来は中止にしろ。」

 「分かりました。」

 外科部長は最悪の事態を予測していた。東日本大震災や阪神淡路大震災の時、内陸部での地震被害も甚大なものだった。倒壊した建物や橋の落下、土砂崩れ、様々な災害が発生する。

 「三次市中心部で震度6強。」

 診療外来に設置していたテレビからは緊急地震速報が流され、アナウンサーが絶叫と似た激しい口調で各地の震度を伝えていた。

 『三次市十日市町で震度6強、高田市高宮町、広島市安佐北区で震度6弱、広島市中区基町、広島市西区で震度5強などとなっています。地震の被害については現在調査が行われており、被害状況などわかり次第お伝えします』

 テレビでは広島市内での揺れの状況が定点カメラの録画で放送されていた。民放では広島市内でのカメラ映像だが、NHKでは三次市内の揺れの状況が放送されていた。

 「副院長。病院内のすべての医薬品の状況を調べました。床に散乱して医療に支障のある医薬品の多くあり、すべての把握な困難ですが6割はすぐに使用できます。」

 医薬品や医療機器は1995年の阪神淡路大震災の教訓ですべての医薬品は床な落ちても割れないプラスチック製品やすぐに使用できるように注射器に入ったタイプが多く出回り、現在ではほとんどが災害時でも使用できるようになっている。だが、問題があった。

 「在庫は各2000セットで在庫数量以上の患者が押しかければ不足します。」

 阪神淡路大震災や東日本大震災でも、物流拠点が軒並み被災したためにすべての医療機関に医薬品が行き渡らず被災2日目で在庫が底をつく病院が相次いだ。

 「副院長。地震で市内一帯が断水となっています。人工透析に影響が出るおそれが。」

 「なに」

 人工透析は腎臓の機能が悪くなっている患者にとっては命をつなぐためにはどうしても必要な医療器だ。1人に100リットル以上の水が必要で。断水になると事態は深刻になる。

 東日本大震災では、津波や地震による断水で被災地の病院は機能不全に陥り、人工透析の患者は被害の少ない関東地方や日本海沿岸の病院に転院を余儀なくされた。

「地震による上水管破損の場合はどの程度の破損かによっては工事期間が半月から1ヶ月はかかります。三次市内は約4割が耐震化が行われていないので被害は甚大かと」

 「自衛隊に患者の緊急輸送を要請しましょう。事態は急を要します。」

 病院内では、広島市内と福山市から応援に駆けつけた。D-MATが地震で負傷した住民の手当をしていた。地震直後に広島赤十字などで組織された緊急医療班「D-MAT」が県医療ヘリ「ドクターヘリ」で次々とピストン輸送され、残りは自衛隊のヘリや専用の輸送バスで現地に赴いていた。

 「トリアージ」は万全な体制が整えられ、残るは人工透析など急を要する人達の輸送のみとなった。

 「分かった。自衛隊に透析患者搬送の要請をしよう。」

 院長は電話を手に取り、広島県知事に電話をする。

 11に午前9時21分、院長の要請に基づき、陸上自衛隊からUH-1中型輸送ヘリ2機と県の防災ヘリ「メイプル」が病院に特別に設けられたヘリポートに着陸した。

 「人工透析の必要のある患者8名です。」

 「分かりました。責任を持って届けます。」

 自衛隊員は患者をヘリコプターに乗せると速やかに離陸する。ヘリには数名の自衛隊医官が常駐していた。この医官は医師の資格を持った自衛隊員だ。当然、点滴も打てるし非常時には手術もできる。東日本大震災では津波にあった東北の街に出動し被災した住民の治療に当たった。

 自衛隊機は三次市を離陸すると、地震被害の少ない。広島市に向けて飛行した。三次市から広島市までは直線距離で30分程度の場所にある。自衛隊は着陸前にはすでに広島市の広島市民病院と広島大学医学病院に受け入れ準備の手はずを整えていた。広島大学には屋上にヘリポートを備えており、過去にも数回、自衛隊のヘリコプターが急患搬送をした経験がある。

 「広島大学病院は災害時対応の救急病院です。順調にいけば25分ほどで到着します。」

 「ありがとうございます」

 男性等は自衛隊員に感謝を伝える。

 その時だった。ヘリコプターに運ばれた8人のうち、初老の男性の体調に異変が起きた。

 「村上さん、大丈夫ですか。」

 自衛隊員が声をかけるが男性は返答しない。

 「クラッシュシンドロームかもしれない。」

 男性のズボンからは失禁も見られる。

 クラッシュ症候群は建物の倒壊によって手足が圧迫された場合、救助されることで圧迫された手足が開放され、そこから大量のカリウムが流れ出すことで生じる病気だ。意識が喪失し数時間以内に人工透析をしないと死に至ってしまう。1995年の阪神大震災や新潟県中越沖地震でもこういった症状がでた患者が多かった。

 「広島大学の医師に「クラッシュ症候群」の患者発生を伝えてくれ。」

 ヘリコプターで出来る処置は大量の輸液でなんとか持たすしかない。

 三次市による地震の犠牲者は32人に及んでいる。

 「必ず生還させます。頑張ってください。」

 隊員はただひたすら男性に声をかけ続けるしかなかった。

 

  第6章  「相次ぐ地震」

 

 そのころ、救助本部を立ち上げている広島県庁では会議室で職員などが情報収集に当たっていた。

 テレビからは三次市の現在の様子や自衛隊機からのライブ映像がリアルタイムに流されている。

 「これまでの死者数は把握されているだけで33名です。三次市、庄原市、世羅町、安芸高田市、北広島町で倒壊建物多数、土石流などの発生で閉じこめられている住民も多くこれからさらに被害が拡大する恐れがあります。」

 会議室に陣取る広島県知事に報告する職員。

 その時だった。県庁の建物全体が激しく揺れ始めた。

 「緊急地震速報が発表されました。震源地は広島県南西部です。」

 NHKが緊急地震速報を発表している。

 「緊急地震速報が発表されました。広島県南西部、広島県北部、山口県東部、島根県西部では震度5弱以上の揺れが起きているようです。落下物から身を守ってください。落下物の恐れがあります。外には絶対に出ないでください。」

 緊迫した表情で知らせるアナウンサー。

 地震速報のテロップが流れる。

 「ただいま、震源地が発表されました。時刻は午後3時30分をまわったところですが広島市でおおきな揺れが襲っています。震源地は広島市北部。地震の規模を示すマグニチュードは7.6と推定されます。広島市安佐北区と安芸高田市高野町で震度6強、広島市安佐南区、広島市西区、安芸区、中区八丁堀などで震度6弱です。震度5以上は愛媛県、山口県、島根県など広範囲に及んでいる模様です。これから余震も多く発生します。落下物などに注意してください。」

 地震速報の直後から会議室の電話は鳴りっぱなしとなった。

 「自衛隊と県警、消防からの情報収集を急がせろ。」

 「M7.6は桁違いの揺れだ。広島市でも大きな被害が出ているかも知れん。」

 怒鳴り声も聞こえ始めた。

 「安佐北区の団地で土砂崩れ発生、多数の住宅が生き埋めになっている模様」

 「パチンコ店の天井が広範囲に落下、心肺停止の人がいる模様。」

 「安佐南区沼田町の団地でも土砂崩れ、住宅多数が流されているとの通報あり。」

 次々と被害の情報が入ってくる。

  東日本大震災の時は本震発生後、東日本一帯で大きな地震が相次いだ。広島県北部のの地震は活断層による地震だが、規模が大きければ周辺の活断層を刺激する可能性もないわけではない。

 「市内警察、各署は地震の被害状況を報告せよ。」

 県警本部の司令所では地震発生後から被害状況の情報収集を始めていた。とくにゆれが大きい安佐南区と西区は被害が集中している可能性がある。

 「震源は安佐南区山田付近、西区己斐地区、安佐南区沼田、祇園など被害状況の確認を急げ。」

 M7.6の地震であれば被害はしない全域に及ぶだろうが、活断層線上では特に被害が甚大になる。

 「己斐断層ですね。」

 防災課課長が広島県知事に話しかける。

 「間違いないな。己斐断層となれば市内の被害はかなりのものになるだろう。消防で対応できなければ自衛隊にも派遣要請を出そう」

 「お願いします。」

 災害対策室は広島県北部と共に発生した広島市北部の地震に対応しなければならなくなり、一段と切迫していた。災害対策室には陸上自衛隊も情報収集隊が常駐し被害対応に当たっていた。

 「先ほどの地震は我々の出動が必要ですか。」

 広島県知事に詰め寄る。

 「今、情報収集中ですが、安佐南区沼田地区で大規模な土砂崩れが発生して多数の家屋が生き埋めとなったという情報があります。規模がどの程度か不明ですが。よろしければそちらの方へ部隊を派遣してもらえるでしょうか。」

 「了解しました。正確な位置をお知らせいただければ直ちに部隊を派遣します。」

 隊員は直ちに海田市駐屯地に無線で連絡。

 待機中の部隊に詳細な情報が知らされる。

 「先ほど発生した地震で広島市で大規模な土砂崩れが発生して多数の家屋が生き埋めとなった模様だ。我々は住民の救出に向かう。」

 グランドに待機中の偵察へりが状況偵察のため飛び立ち、続いて先遣隊を乗せた中型トラックが駐屯地を出発した。

 OH-1偵察へりは広島市安佐南区上空にさしかかった。安佐南区は1994年に開催されたアジア競技大会によって目覚ましく発展した。各所に団地が造成され人口が爆発的に増えていた。そのため、危険箇所が多くなり、豪雨時の土砂崩れなど被害を増大させる要因ともなっていた。

 「現在、安佐南区沼田町上空です。第二高取団地の被害が甚大のようです。元の場所がわからないほど大きく崩壊しているようです。」

 「了解。別の地区への偵察を続行せよ。」

 偵察へりは指令を受けて別地区に飛行する。

 高取団地では通報で多数の救急車やレスキュー隊が駆けつけていた。しかし、崩落した土砂が行く手を阻み作業が停滞していた。

 「崩落した土砂からわずかに建物が覗いている状態です。40件以上の建物が飲み込まれている可能性があります。」

 「40件」

 対策本部は凍り付いた。

 「現在、警察が住民の安否確認を進めていますが、被害状況が大きすぎて難航しています。25人の安否不明との情報があります。」

 「25人」

 対策本部には広島市の被害状況が寄せられていた。

 「これまでに安佐南区で2人、西区で3人、中区で1人の死亡が確認されています。落下物などによるものとさられます。ほかに安否不明が西区で5人、安佐南区で先ほどの25人を含めて28人との連絡がつかないとのことです。」

 対策本部に相次いでかかる被害報告の電話。警察、消防、それぞれの被害状況を集計しホワイドボードにかき加えられていく。

 「酷いですね。ここをまでとは思いませんでした。」

 副知事がホワイトボードの数字にみながら落胆した様子で知事をみる。

 ユサユサと余震が起きる。

 ここまでくると余震にもなれたのか職員は只ひたすら被害状況の把握に走り回る。

 「広島西エアポートで液状化が発生、防災へり、県警へり、離発着困難な模様。」

 広島市上空の被害状況の把握でとびまわるヘリコプターの燃料補給や整備に支障を来すおそれがでたのだ。

 県警は広島西ヘリポートのほかに河内の広島空港に拠点をおいており、そこでの補給が必要となる。一方、陸上自衛隊はへり部隊の燃料補給のための用地を確保しており、高台の高須台にヘリポートを設置している。

 「県警のヘリの燃料補給を陸自に要請しよう。」

 「液状化が発生していれば、離発着も困難ですし、すぐに要請しましょう。」

地震発生から4時間が経過し既に日は暮れまっくらな闇が広島市を支配し始めていた。

 「時刻は午後7時を過ぎたところです。広島市内は真っ暗闇に包まれています。西区のほぼ全域、中区、南区の一部で停電が起きているようです。 広島市での被害は午後6時54分現在、死者32人、重軽傷者242人となっており、救出活動が進むにつれ被害はさらに広がる恐れがあります。」

 テレビカメラは停電で漆黒の闇に包まれている西区の様子を映し出していた。

 「ライフラインの被害状況はどうなっている。」

 混乱した状態の続く対策本部は深刻になる市民生活の影響についても最小限にするため、状況把握を始めていた。倒壊した建物が多い西区己斐・古江地区を中心に被害把握を続けていたが倒壊した建物などで道路がふさがれ職員は徒歩での状況把握を余儀なくされていた。

 「全体の被害把握までにはまだかなりの時間が必要です。現在、各生活避難所に自衛隊が避難物資を積んで急行していますが一部で徒歩での運搬になるため、被災者にわたるまではかなりの時間を要するものと思われます。」

 地図には各地区の被害状況と共にどのような物資が必要なのか職員が手書きで記入していた。

 広島市は阪神大震災を教訓に震災発生時には食糧運搬などの緊急支援物資輸送手順を取り決めていた。広島市の救援物資の積載地は安佐北区亀入の消防学校や広島空港の倉庫に保管し被災時に手分けして市内へ搬入する手はずが整えられていた。不足分に関しては業者に発注するというのが防災マニュアルに記載していた。

 だが、この方法では震災発生時に混乱が増すのは防災マニュアル作成時に有識者からも指摘があった。震災発生してから業者に不足分を発注しても被災者に物資が届くのにかなりの時間がかかるからだ。現地は混乱している。容易にトラックが入れるわけではない。

 東日本大震災の場合は東北の高速道路は震災から1か月は緊急支援物資輸送拠点とし一般車の走行は禁止されていた。広島市の一般道も同様の措置がとられるのは確かだった。一時的な経済停滞がはっせいするおそれがあるがそれは仕方のないことでもあった。

 「物資搬入に関しては自衛隊にも要請して全力で当たります。明日までには救援物資を市内全域に渡れることが目標です。」

 「草津、井口地区に関しては被害把握はほぼ済んでいます。倒壊建物もそれ程多くないため、スムーズに進んでいます。」

 「中区、南区は液状化による被害が目立っています。特に、沿岸部が被害が大きいようです。」

 対策本部には震災発生直後に地球観測衛星が捉えた液状化の写真が掲載された。

 「液状化は太田川水系の沿岸と湾岸に沿って起きています。高速3号の橋や高架橋は液状化対策が施されていますので被害は確認されていません。」 

 「高速3号を使っての救援物資侵入は可能なのだな。」

 市長は対策室長に詰めいるように質問する。

 「はいっ、ただし、ランプ周辺では液状化が発生していますので通行は困難です。」

高速3号線周辺での液状化被害調査を進める市の職員。

 「こちら、江波ランプ付近です。液状化の被害がかなり大きいです。道路もたわんで通行に支障が出ています。」

 沿岸部の被害状況がホワイドボードに書き加えられていく。

 「ガタガタガタッ」

 部屋全体を激しい揺れがおそう。

 「広島市役所設置の震度計で震度5弱を観測しました。」

 午後8時を過ぎ、市内は暗闇が支配していた。相次ぐ地震で市内各所の変電施設が支障を来すなどして停電が各地で相次ぎ、電力会社は住民の苦情に思慮していた。

 「先ほどの震度5の地震で変電所の被害が大きく市内2万件で停電が発生しています。」

 「停電の普及見込みは」

 電力会社に詰め寄る広島市長。

 「今のところ、復旧の見込みはありません。部品交換などで復旧に全力を挙げていますが明日以降の可能性も」

 梅雨の激しい雨もやんで雲の切れ間から半月が姿を現していた。少ない月明かりが頼りとなっていた。

 「市内の4割は 停電している状態です。地震で碍子が落下しているものもあって変電所以外にも見て回らなければ行けないところも多いようです。」

 電力会社の作業員が携帯電話で対策本部に電話をしていた。電柱によじ登って電線の具合を一つ一つ確認する作業員もいる。

 「結構、多いね。時間がかなりかかりそうだ。」

 電力送電に関しては一区間で被害が発生しても周りで被害がなければ別の変電施設を経由して送電が可能で普通であれば大規模な停電は発生しない。しかし、大地震が多発し迂回する変電施設も被害を受けているため市内一円で大規模な停電が発生しているのだ。

 20年ほど前に発生した台風19号(通称・リンゴ台風)の場合は台風によってもたらされた海水によって電柱の碍子に塩がかかってショートしたため市内で大規模な停電が発生した。完全復旧に1週間以上かかるなど電力会社にとっては後世に残る災害でもあった。この停電で不思議だったのが別の地域では電気が通っているのに自分たちの地域は停電という不思議な光景が各所で見られた。

 今回の地震でもこの光景が再び各所で見られたのだ。

 「あそこの家は電気がついてるね。」

 不思議そうに遠く離れた電気のついている家を指さす子供。

 「電気の通っている場所が違うからね。家は別の変電所を経由しているから停電なんだよ。」

 ランタンを囲んで話す親子。

震災を経験したことのない広島っ子にとっては、この大地震は初めての経験だった。

 「ガタガタガタッ。」

 「キッャーッ」

 再び発生した余震に悲鳴をあげる子供。

 「今のは少し大きかったな。」

 「先ほど、広島市内で強い地震を感じました。各地の震度は情報が入り次第お伝えします。先ほどの地震で緊急地震速報が出されましたが、広島県南部で震度5強を観測した模様です。各地の震度は情報が入り次第お伝えします。」

 停電時の頼れる情報源はスマートフォンのワンセグテレビかラジオの音声だ。スマートフォンは電池が切れるとみることができない。

 「あと10パーセントだ。20分見れたら良いかな。」

 「僕が充電するよ。」

 男の子が手廻し式スマートフォン充電器をぐるぐると回す。スマートフォンが充電していることを示す赤い表示がつく。

 「今日はこの辺にして寝よう。」

 父親がそういうとみんな寝床に入る。

 「ガタガタッッ。」

 再び揺れが襲う。震災発生かこれまでに何回揺れが起きただろうか。住民の不安な夜は続く。

 

 第7章 「途絶したライフライン」


 6月12日、広島県北部を襲った大地震から始まり、広島県西部に拡大した広島県の震災から2日目が過ぎた。「ガタガタガタッ。」。

 小さな揺れと大きな揺れが絶え間なく広島市内を襲い、復旧活動を妨げていた。

 「また、震度3です。」

 「夜が明けてこれで6回目の地震です。」

 「揺れが鎮まるどころか。絶えることがない。こんな地震は広島では初めてだ。」

 広島県庁の災害対策本部に詰める警察官や消防官が愚痴る。

 「愚痴るよりも手を動かせ。」

 ホワイトボードの地図上に被害の状況示している。広島北部と県西部による地震は広島市で大きな被害を生んでいた。砂の堆積によって誕生した街だけあって豆腐のように柔らかい地質で最初に起きた震度6弱の地震によって沿岸部で液状化が発生、道路は砂でおおわれ車の通行はほぼ不可能な状態だった。

 「西区の観音、中区の舟入、江波、吉島、南区の宇品などは水道、電気などのライフライン被害が甚大です。ガスも途絶えていて生活に影響が出始めています。」

 広島市は震度1日目で水道が途絶えていることを察知し水道局に給水車の派遣を要請していたが水道局の給水車は水を求める人に対して必ずしも足りているわけではない。東日本大震災でも関東の沿岸部の液状化によってライフラインが激しく崩壊し全ての地域が復旧するのに1年以上かかった。

 「広島市内沿岸の液状化被害は深刻です。全ての地域に給水車をくまなく派遣させることはほぼ不可能です。」

 「分かった。陸上自衛隊に給水車の派遣を要請しよう。」

 市長は傍にいる県知事に打電する。

 「了解、すぐに自衛隊に給水車の派遣を要請しよう。」

 県知事は災害本部に詰めている自衛隊員に要請する。

 自衛隊は知事の要請により、第十三旅団から給水車14台を市内沿岸部に派遣した。給水車の到着は派遣要請から3時間後には江波地区に到着、吉島、観音にも正午過ぎには到着した。

 「自衛隊が到着しました。給水を始めます。」

 市の担当者が水を求めて集まった住民に呼びかける。

 「助かったよ。」

 住民はバケツなどを手に給水車に駆け寄った。

 「観音マリーナなどに海上自衛隊の補給船が待機しています。水がなくなり次第、補給をします。」

 「有難いです。」

 住民はそう言いながらバケツに水をため始める。

 液状化によって水道管の破裂が発生し各地で断水が発生していた。道路のあちこちで水が漏れていた。

 「ここも、水が漏れています。」

 水道漏水調査中の水道局職員はヘッドフォンを装備したマイクで漏水している場所の特定を続けていた。

 「吉島地区だけで20か所で水が漏れている。全ての地域で水道管の漏水調査が完了するのに1週間はかかるぞ。」

 水道管の取り換えが完了するのに1か月以上かかるだろう。との予測もある。

「東日本大震災の場合は千葉県などで液状化による水道管の破損が著しく1年以上かかったところがありました。破損個所の特定を早急に進めないと市民生活に大きな影響が出ます。」

 「分かった。早急に応援を要請しよう。」

 市民生活を早急に取り戻すための復旧活動が本格化し始めた。

 

 第八章  「現れた活断層」


 広島県北部、広島市西部と相次いで発生した発生した元凶である活断層を捜索する作業が、東京大学地震研究所と広島大学が共同での地震観測が震源場所である広島市西部の己斐地区で開始された。

 高感度の地震計が5台と重力観測計、レーザー測量計が持ち込まれた。

 「地震計観測によって地震発生場所は大よそ特定できています。己斐地区は1997年に活断層調査で「己斐断層」のズレが見つかっているので観測は容易です。」

 地震計を設置する大学生の傍で横山大学准教授が広島大学地球物理学教授の長谷川氏に話す。

 「ええっ、広島市西部の地震は己斐断層が活動したことは確かです。ただ、広島県北部の地震に関しては今までの地震観測で安芸高田市の逆断層が有力視されています。トレンチなど具体的な調査が必要でしょう。」

 「確かに、北部の地震に関しては今まで見つかっていない断層が活動している可能性が高い。現地での調査は気象庁をはじめ、各研究機関が調査を始めています。」

 「グラグラグラッ」

 准教授らの足元で分かるほどの揺れが起きた。

 「震度4程度でしょうか。」

 「かなりわかるほどの揺れで下から直下で震度4でしょう。」

 岩盤に設置された地震計もこの揺れをとらえていた。

 「直上ですね。己斐断層であることは明らかです。」

 ワンセグを見ていた大学院生。

 「教授、NHKで速報しています。震源はここと広島市北部でも発生しているようです。」

 「北部。」

 教授は速報に設置している地震計に歩み寄った。

 地震計には微かにだが、別の波形をとらえていた。

 「確かに別の波形が捉えられています。震源地は安佐北区から安芸高田市にかけてのところ。」

 「安佐北区、「上根断層」でしょうか。」

 長谷川氏は直感からそう思った。上根断層は広島市北部の上根川の河川移動説について調査していた経緯があった。入り組んだ地形は空からの航空写真で容易にみることができる。広島市北部の太田川水系は激しく蛇行していて幾つもの活断層が動いたことがうかがえ知れる。しかし、現段階においても活断層の詳しい調査は行われていないため、いつどの程度の活動があったのかは分かっていない。

 「あそこはM6程度の地震を発生させる可能性もある。広島県北部、広島市西部の一連の地震に速迫された可能性もある。調査が必要ですね。」

 「はいっ」

地震調査の主体は東京都大学地震研究所で広島大学と広島工業大学はバックアップにあたる。上根断層の路頭観測と本格的な断層を掘っての調査となる。

「地震計とGPS、重力計、持てるたけの機器は必要だ。」

人員は10人前後になる見込み。

「グラグラ」と小さな縦揺れが発生する中、落石の危険性もあった。

 「地震も続いている。二時被害の危険性もあるから慎重にいこう。」

 「わかりました。」

 スタッフは長谷川の声に緊張感をいっそう強めた。

 だが、長谷川とスタッフはこの地震が広島市をさらに危険な状況へと導くものであるとは予想する余地もなかった。地震計では拾いきれない事態が進行していることを。

 

 第九章 「地熱上昇?」

 

 相次いで発生した広島県の地震を解明するため、長谷川氏率いる調査チームは地震が頻発する安芸高田市に到着した。地震によって道路の糊面は所々で地割れや落石が発生し二次被害発生の可能性も秘めていた。

 「予想はしていたが地割れなどの地盤被害が多いな。」

 車から降りた長谷川は周辺を撮影する。

 「そうですね。断層が地表面に現れていれば一層わかりやすいのですが。」

 助手の井上はこれまでの地震分布をみながら地図と照らし合わせていた。

 「地震発生の分布図と地図を照らし合わせると発生地点はこの道路から谷側へ1キロ入ったところのようです。」

 地図と照らし合わせていたスタッフの一人が長谷川に伝える。

 スタッフが指さした地点は谷と谷の間をさしていた。

 「あそこだな。」

 「確かに断層がありそうな場所ですね。河川の争奪が行われていた地点にふさわしい。」

 一行は車から地震計や、重力計、測量機器をおろし地震が多発している場所に向かった。道路から震源地付近は車では行けない細い道となっていた。強いていえば「獣道」といった感じだ。

 「道に迷わないようにロープを張っておけ」

 「わかりました。」

 井上はスタッフに持参してきた「黄色の荷造り用ロープ」を木の枝にはりながら行くよう指示する。

 悪路を進む一行。数日前まで降っていた雨によってぬかるんでいた。

 「結構、ぬかるんでいますね。」

 「ああっ、確かに足元気を付けろ。」

 山道に慣れていないスタッフの中には滑って転倒する者もいた。

 そろそろ現場に近づいたころだった。

 「教授、前方に蒸気らしきものが。」

 「なにっ」

 一行がスタッフの指さすほうに目をやると、10メートル以上はあるかのような水蒸気の立ち上る光景が見て取れた。

 「さっきまではなかったと思ったが。」

 驚愕する光景だった。道路から見たときは水蒸気が上がっている様子は見ることはなかった。

 「霧がかかっていたから見えなかったのか」

 一同は狐に掴まれたような顔で水蒸気の上がる方向を見た。広島市近郊では50度を超える温泉が自噴することは何処を見てもない。あったとしても30度程度のぬるま湯程度の温泉だ。しかも、掘削しないで自然に出るのはほとんどない。

 「断層に沿って温泉がわくことはよくあるが50度を超える源泉がわくのは山陰地方ぐらいしかない。」

 長谷川は赤外線照射の温度計を水蒸気に向けた。

 「温度は82度だ。触れただけで大火傷=死だな。」

 「成分を調べてみます。」

 井上は温泉採取する。

 「匂いは少し硫黄臭がしますね。」

 硫黄臭がする温泉は広島県では福山市近郊の温泉が有名だが、県内の温泉の殆どは無味無臭で成分は放射能泉だ。岩盤由来の温泉が殆どだ。

 「マグマが上がってきているんでしょうか。」

 スタッフの一人が教授に尋ねる。

 「硫黄のにおいがするからと言って、必ずしもマグマ由来とは限らない。」

 「そうですね。」

 不安を隠せないスタッフたち。

 「とにかく周辺の調査を始める。」

 「分かりました。」

 一行は、温泉の成分、PH度測定、地震観測、測量など調査を着々と進める。

 東日本で発生した大地震以降、日本各地で温泉の温度が高くなったり、突然、温泉が噴出したりと異常が多発していた。西日本では際だった異常は報告されていない。

 「マグマが地上に近づいたのなら、地震計などの異常が観測されるはずだ。今のところ、そういった異常も観測されていないから一連の地震活動が起因の可能性もある。」

 木々が枯れてから間もないことから温泉が噴出してからそう時間はたっていないものと推測される。

 「幾つかの断層からは熱水噴出口が確認されている。温泉が噴出した原因は調査をすれば判明するが、これからどうなるか逐一観察する必要がある。」

 「了解です。」

 国土交通省の機動観測班も調査チームに同行していた。

 「GPS観測の結果からは変動数値に大差異常は観測されていないことが判明しました。」

 「噴出量は時間あたり100リットルと推測されます。」

 次々と観測情報が入る。

 だが、火山活動を示す情報は現地調査では得られない。

 「西日本は火山の空白域です。ただ、数年前の大震災で地質構造が変わった可能性があります。」

 地震波形とGPSデータを見比べていた教授は助手の顔を見る。

 「オンラインでデータを送れるよう設定してくれ241時間見れるようにな。」

 「分かりました。」

 観測機器の設置状況をカメラでおさめ、24時間観測できるよう設定してから一行は現地を離れる。

 

 

 6月23日、地震発生から6日がたち、地震活動も一時期の激しさも一段落しはじめていた。復興へと動き始めていた。

 だが、ひとつだけ、気がかりなことが起き始めていた。

 「広島市北部の源泉噴出孔に設置されていた地震計データに異常がで始めているんです。」

 「異常が。」

 助手が示した地震波形には火山活動時に出る特異な波形が映し出されていた。

 「マグマなど貫入によって起きる波形だな。結構の数だ。」

 火山性の微動はマグマが地表近くに近づいた時に発生する特異な地震波形だ。2000年に発生した北海道有珠山噴火の際にも火山性の微動が多発したことで噴火予知に結び付いた。

 たが、中国地方には三瓶山や萩市周辺ぐらいしか活火山はなく、有史以来、噴火をした記録もない。

 「マグマ水蒸気爆発よりも、水蒸気爆発が先に起こるのでは。」

 先の現地調査ではこの直下で大量の地下水があるのが確認されていた。この地下水でマグマの熱で沸騰した場合、大規模爆発が起こり、激しい噴火となる。予知が出来ない火山災害のひとつだ。

 「早く、警告した方が、御嶽山のにの前になります。」

 大爆発するのは必死だった。地震計のデータはそれを裏付けていた。

 「分かった。広島県に連絡しろ。すぐに周辺を立入禁止にしろと」

 「はいっ、」

 水蒸気爆発が登山客を襲う事態になれば大惨事は間違いない。2014年9月の御嶽山の噴火災害のにの前だけはさけなければならない。

 助手は直ぐに広島県庁に電話をする。

 「広島県知事をお願いします。東京大学地震研究所の長谷川です。広島市北部の山で火山噴火のおそれがあります。大至急入山禁止をお願いします。」

 「広島市北部の山ですって、そんな話は聞いていませんが。」

 対応に当たった広島県の防災担当者は突然の電話に困惑していた。

 「気象庁からも直に連絡がくるはずです。噴火のおそれがある山は広島市安佐南区の武田山です。半径1キロの範囲で降灰と噴石の恐れがあります。登山客を襲えば御嶽山のにの前になるんです。早く、対処してください。」

 防災担当者は長谷川の『御嶽山』の言葉に凍り付く。

 「わかりました。すぐに連絡して登山道を封鎖させます。自衛隊には連絡した方が。」

 「当たり前です。警察、消防では対処できないかもしれません。待機してもらってください。」

 防災担当者は受話器を置くとすぐに知事室へと向かう。

 「分かった。すぐに自衛隊に連絡して出動を要請しよう。地震の後で混乱が続いているのに今度は火山とは。一体なにが起きているんだ。」

 県知事は、受話器を取り、陸上自衛隊第十三旅団の司令部のある海田市解体地に電話をする。

 「広島県です。再びで申し訳ないが今度は安佐南区の武田山で火山噴火のおそれが強まったとの連絡がありました。災害に備えて待機をお願いします。」

 「了解しました。何時でも出動できるように待機状態におきます。」

 第十三旅団司令官が受話器を置く。

 「指令、何か。」

 部下が司令官室にはいる。

 「今、広島県知事から連絡が合った。広島市安佐南区の武田山で火山噴火のおそれが高まっているそうだ。噴火に備えて待機が要請された。」

 「分かりました。準待機態勢に移ります。」

 

 第10章 「噴火」


 噴火の危険が高まった武田山は、広島市が一望できる展望スポットしても多くの登山客が訪れることでも有名だ。戦国時代の名将「武田氏」が山城をおいたところとしても知られており、今も城垣が残されている。

 「現在、噴火の危険性があるのは山本登山口からのぼった途中にあるため池近くです。現時点ではこの付近で熱水噴出口が4カ所あるのが確認されています。」

 「熱水の温度は」

 「約60度。現在は90度です。硫黄臭も確認されています。」

 「マグマが地表近くにまで来ている可能性があるということですか。」

 「はいっ、今は限界状態に達しつつあると見られます。もともと、噴火口がない場所なので、噴火が起きれば地表面を吹き飛ばす大規模なものになる恐れがあります。近くに登山客がいれば間違いなく死にます。」

 対応にあたる防災担当者は寒気が背中を走る。御嶽山の惨状が脳裏をよぎった。

 武田山の登山口は3カ所すべてが閉鎖され、半径1キロの住宅街や団地に退避勧告が出され住民が避難していた。この武田山付近は近年。宅地開発が活発で麓の安佐南区山本地区、祇園地区、大町地区は緊迫した状態となっていた。パトカーや消防車が駆けつけ住民に避難を呼びかけ住民が次々と避難していく。

 「この前の地震に続いて、今度は火山でしょ。気味が悪いわ。」

 報道陣に話す地元の主婦。武田山付近には活動度Bの『己斐断層』が走っている。1996年の調査で活動の頻度が少ないととの報告書が出され、山麓に住宅団地が造成され多くの住宅が建設されていた。この団地造成が災いし2014年の土砂災害では多くの犠牲者がでている。

 御嶽山の火山災害では多くの登山客が犠牲となった。火山灰と噴石が登山客を襲い、その多くは損傷死といわれている。火山岩が頭部や肩、腕にあたり、頭蓋骨骨折など致命的な損傷を受けて死亡したのだ。

 武田山でもその可能性がでてきたのだ。

「ズシンッ」

 という鈍い音と共に揺れが起きる。揺れはかろうじて建物がきしむ程度で

 「何かしら。」

 ベランダで洗濯物を干していた主婦がふと周囲を見渡す程度だ。座っているものだと少し程度揺れを感じるが、

 「何だろう。」

 と周りを見渡す程度のごく小さな揺れである。

 「現在、発生している地震は武田山の深さ10キロ程度の浅い場所でMは1~3程度です。マグマ黙りが形成されているみたいなので噴火の危険性は高いといえます。ただ、いつ、噴火するかまでは予知には至っていません。」

 「現段階では予知はできないのか。」

 「はいっ、この山の基本的なデータが得られていないので予知は厳しいです。」

 2000年3月に発生した北海道有珠山の火山活動では噴火の2週間前に活動の兆候を読むことができたが、この火山はもっとも活動的な火山で過去に幾度もの噴火を繰り返していたのが予知成功のカギを握っていた。だが、武田山は火山ではなく噴火の歴史もないため、まったく、データがない。噴火の予知ができない最大の弱音である。

 「現在、武田山周辺に地震計やGPS、重力計など10基の観測機器を設置していますが、具体的な活動が分からない状況ではいつ噴火をするかまでは分かりません。」

 気象庁広島地方気象台のま担当者の説明は県庁防災課の疑念を強めるだけだった。今の日本の火山観測はここまで低いのか。呆れた感じで気象庁担当者を見つめていた。

 武田山登山道、火山活動の監視強化に伴い、登山客の姿はなく山頂付近は人気はなかった。

 「寂しですね。」

 地震計の設置作業を進めていた。気象庁地震火山観測部技術官の小畑は手を止めた。

 「おいっ、手を止めるな。いつ噴火するかわからない山だ。早く観測機器を設置しないと観測できないぞ。」

 観測部主任の東田は小旗を叱責する。

 「はいっ、了解です。」

 小畑は気象大学校を卒業して2年目、気象庁本庁の地震観測室で地震計と・傾斜計のモニターを睨む日々が続いていた。研修で気象庁観測部にいたころ、あの東日本大震災に遭遇した。激しく揺れる室内で揺れに翻弄されながら観測モニターを見つめていた。1時間後、岩手県大船渡市と宮古市のモニターに小畑は息をのんだ。

 激しい津波が街を飲み込む場面は小畑の目に強く焼き付いていた。

 小畑は武田山を見上げる。人造池の後方に白い水蒸気を上げる噴気口は高さ500メートルに達していた。広島市内からも見ることが出来る、遠方から自衛隊が赤外線監視装置で噴気の様子を見ていた。雲仙普賢岳の噴火災害でも自衛隊はあらゆる装備を駆使して火山観測に協力していた。災害にたいしてはあらゆるノウハウを有している自衛隊は多くの災害現場に威力を発揮している。それが彼等の強みである。

激しさを増す噴気は更なる活動を見せ始めていた。温度上昇である。それはマグマが地上に迫っている証でもあった。

「来ますか。」

臨時の観測所となっている公民館の一室で地震計のモニターを食い入るように見る長谷川氏に小畑は話しかける。

「来ますね、着実に、マグマは地上部分に迫っています。数時間以内に噴火しても不思議ではない。」

現場は緊迫感が増していた。

「周辺の避難勧告の範囲を拡大させましょう。」

広島市役所に設けられた災害警戒本部は住民への避難勧告の拡大を巡ってやり取りが続いた。判断を謝ると大変な事態となる。だが、事態は急を要していた。

「直ぐに決断しないと街は大変なことになりますよ。」

内閣府から派遣されている防災担当副大臣は広島市長に決断を促す。


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