視覚と触覚
―使い魔の会場―
使い魔たちは全員同じ場所に集められていた。
4~6年全員だ。
敵の数は膨大だったが彼らは使い魔を甘く見ていた。
使い魔が圧倒的に押している。
そんな時、サクは気づいた。
リョウが近くにいる、と。
「行ってきなよ」
近くで戦っていたスノーが言う。
「だが―――」
「大丈夫ですから。もうすぐここの敵は殲滅できます」
「お前だって主が心配でしょ?」
「今でもかすかに感じます。落ち着いた魔力の状態です。だから主は大丈夫です。でもリョウさんは何か急いでいる」
「…」
「行ってあげてください。僕たちの使命は何ですか?」
「主を…守ること」
「そうです。だから、ね?」
サクは決めた。
「ありがとう」
それだけ言うとリョウを追いに行った。
「…また一人、死んだ」
マスターと呼ばれる男はミューズデルのどこかにある基地でただ一人呟いた。
周りには部下もいるが戦力としては微妙なところだ。
「やはり、コロナを完成させるまで待たせるべきだったか」
目の前には一つの塊がある。
大きさは普通のリンゴほど、色は黒。
マスターはそれを手に取ると、自分の胸にあてる。
するとその塊はマスターの体に染み込んでいった。
「…」
痛みは感じない。
だが、快感があるわけでもない。
本当に何も感じなかった。
「…行くぞ」
「「「はっ!」」」
部下に呼びかけ、そこの基地を後にした。
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―魔法の会場4-
目の前で、アルゴラという男が粉々になる。
シューレスがやったわけではない。
だがメリーがやったわけでもない。
後ろに2人の男が立っていた。
「…何者だ、てめぇら?」
礼儀正しく頭を下げながら一人があいさつをする。
「初めまして、ジーク・T・エリオスというものです」
「…」
もう一人は黙ったまんまだ。
一言でいえば屈強そうな男。
「俺はシューレス・D・ジルリア。こっちは使い魔のメリー」
「初めまして」
はた目から見ればただの社交辞令をしているようにしか見えない。
だが、殺気が漂っていた。
「単刀直入に訊く。あの肉塊を殺ったのはお前らか?」
「私ではなく、この人です。名前はロベル―――」
「Aだ。本名なんて聞くだけ無意味だ」
「だそうです」
「そうか…。なら俺はお前を殺さないとな」
「なぜだ?殺人犯にならなくてよかったと喜ぶかと思っていたのだが」
「俺の獲物に手を出した。だからだ」
「なるほど」
手の骨を鳴らし、前へ出る。
「T。お前は邪魔だ、失せろ」
「私が最初に来たのにひどいですねぇ」
「居たかったらかまわないが、俺はお前が嫌いだ。隙あらば殺すぞ?」
「…分かりました。では、私は他をあたりましょう。ここでは私の能力も使えませんし」
それを言うとTはどこかへ行ってしまった。
「いいのか?せっかく2対2だったのに」
「さっきまで戦っていた奴が何を言っている?万全でもないネームなど俺の足元にも及ばない」
「魔力の保有量には自信があるんだぜ?」
「そんな資料は来ていない。魔力が多いのはケイトという男のみ。お前はシューレスと言ったな」
「あいつは例外だよ。まさに『魔力タンク』だぜ、あいつは」
「魔力は減ってる。そして子供。ネームといえども、使い魔いるといえどもただの雑魚だ」
「20過ぎてる俺を子供というのか…」
「学校の生徒でいる限りは…な」
突然シューレスたちの周りに竜巻があらわれる。
予備動作が見当たらず、完璧に出遅れてしまった。
目を細めながら感嘆する。
「…すげえな。突然こんなものが出せるのか?」
「俺は風魔法を得意とするネームだ。これくらいは造作もない」
「でもな、こっちにも風魔法を得意とする奴は要るんだぜ?なぁ、メリー」
「ええ。そうです」
竜巻の間に不自然な穴が開く。
「なんで全部消さねぇんだよ?」
「申し訳ありませんが無理です。あの方は風を得意とするネーム。私ごとき風の妖精程度ではこれが限界です」
「精霊と人だと精霊の方がすごいんじゃないのか?」
「私は妖精です。精霊ならばいけるかもしれませんが、そもそも精霊なんているんですか?」
「その分野はお前のほうが得意だろ…。お前が知らないようなこと俺は知らねぇよ。まぁ、『私は精霊です!』っていうくそ強い使い魔だっているし、いるんじゃね?」
一歩間違えれば死んでしまうこの状況でどうでもいいことを話している。
それほど余裕があるのだ。
「余裕だな…。俺ももう少し本気を出そう」
穴がふさがり始める。
「メリー!」
「…面倒ですね」
ふさがり始めた穴を人が動け動ける程度でぎりぎり止めた。
シューレスが穴から出ていく。
「よいしょ!」
穴が閉じる。
「女を一人置いていくとは…。最低だな」
「あいつはこの程度じゃ死なねぇよ。それに―――」
シューレスの横の空間が歪み始める。
「いつでも出てこれたみたいだしな」
メリーの姿が現れる。
「…どうやった?」
「私は風の妖精。体を空気にすればあれくらいいくらでも抜け出せます」
「面倒な妖精だな。だが―――」
メリーの体に異変が起こる。
体が分解していく。
「これは…!?」
「言っただろう。俺は風魔法が得意なネームだ。お前は風の妖精。体が空気を凝縮してできているのなら、凝縮できないように操作すればいいだけだ」
簡単に言っているが大気中に無数に漂う空気を掌握するなどネーム以外にはできない。
「…申し訳ありません、我が主。私はここまでのようです」
「死ぬわけじゃないんだろ?なら別にいい。2対1じゃ卑怯だしな。お前は見てろ」
「そうさせていただきます。では…」
それを最後にメリーは完全に消えた。
死んだわけではないのだが…。
「さて、面倒な妖精もいなくなったことだし、仕切り直しと行くか」
「そうだな。あいつがいなければ俺も本気が出せる」
「なら見せてみろ、お前の本気とやらを」
シューレスの上に巨大な岩が出現する。
もちろんこれは本物ではなく空気を凝縮させたものだ。
天使の力を使い、光の太刀を作り出す。
試しに切りかかる、がちょっとしたヒビしか入らない。
「(硬いな)」
回避行動に移る。
しかし、回避しようとした先に暴風が吹き荒れる。
だが、迷っている暇はない。
暴風の中に突っ込む。
「たかが風使いの分際で!」
暴風の中にいるためどこを進んでいるのか、今上を向いているのか、下を向いているのか分からない。
だが、そんなシューレスに一つ感じ取れるものがあった。
「…熱気?」
気づいた直後、周りの景色が赤く変わり始める。
これには焦った。
「ヤバ!?だけど…」
太刀を消して、水魔法を唱える。
体を水で包む。
方向はさっき火がきた方向で分かった。
火は下から上に伸びていく。
ならさっき見た光景から考えれば大体は分かった。
一気に突っ込み外へ脱出する。
出ると次は刃物の応酬が待っていた。
暴風を出た直後から槍、モリ、ナイフなどが襲い掛かる。
「(メンドいな)」
硬いのは分かっているので盾を保険にしてAを探す。
姿が見当たらない。
「(空気を使って光学迷彩的なことしてるのか?風魔法も侮れないな)」
そんな中でも刃物は的確にシューレスを狙ってくる。
ただ、移動しているとその刃の動きが鈍るときと俊敏になるときがあった。
「(あいつに近づいたり離れたりしているのか?刃が襲ってくる以上近くにいるのは間違いないが…)」
見えない相手の居場所を特定するのはとても難しいことだ。
刃の動きを見ればある程度は分かるが正確な位置までは分からない。
油断していないのかしゃべることすら一切しない。
「ったく、さっきのアルゴラといい、お前らは正面から戦おうとはしないのか!」
返事はない。
「(挑発にも乗らない…。仕方ない、やるか)」
攻撃がこれ以上めんどくさくなる前に行動に出る。
羽で体を包む。
そのまま魔力をためる。
Aにも何かするのは分かったらしく、攻撃が強くなる。
しかし、対処するには遅かった。
羽はボロボロになっていくがシューレスがやりたいことをするまで、もてば十分だった。
シューレスの羽が輝き始め、次の瞬間突風が起きた。
それ同時に刃がすべて消え、暴風も跡形もなく消える。
そして、Aが姿を現した。
シューレスが予想した範囲以内にいる。
「なっ!?」
予想外の出来事に一瞬Aの反応が遅れる。
シューレスは一気に突っ込み鉄の槍で…刺した。
「ぐ…!」
心臓や脳に刺したわけではないので死にはしない。
だが十分だ。
「どうする?まだやるってならこの槍の形状を刀に変えて真っ二つにするぜ?」
「すぐには、殺さないのだな?」
「気分が変わったんだよ。お前は別に何もしてないしな。あいつを殺されたことはイラつくが話してほしいことのほうが沢山だ」
「俺は口を割らないぞ?」
「だろうな。だが割らせるのは俺の役目じゃない。違うやつの仕事なんて知ったことか」
「そうか、だがやはり詰めが甘い!」
Aがシューレスの頭をつかむ。
「…お前、馬鹿なのか?」
槍の形状が刀に変わる。
「死ぬぞ?」
「残念ながらそれはない。お前の刃が通ることがありえないからな」
「…残念だよ」
シューレスが刀に力を入れ振り下ろそうとした…が、
「…!」
「どうした?やらないのか?」
刃が通らない。
「!?」
「お前は俺の時間を与えすぎた。これだけ時間があれば体全体に空気でできた盾を張るなど造作もないこと」
「………」
「さらばだ」
Aが単純に力を入れる。
そして頭を握りつぶした。
人間の頭を握りつぶすなどただ力を入れるだけでは無理だろう。
はじけた頭の中からドロドロとした中身が飛び散る。
頭をつぶされて生きている人間はいない。
しかし、Aはすっかり忘れていた。
彼女の存在を、そしてシューレスがネーム持ちであることを。
再びAに激痛が走る。
にぎり潰してから3秒経っていない。
心臓のすぐ隣を刺されていた。
「なっ…!?」
後ろを向くとメリーが立っていた。
「先ほど我が主が使った魔法強制解除によって貴方の私に対する魔法は解けました。主はその時に魔力をほとんど使い果たしていたので私が代わりに殺るということになったわけです」
「だが…貴様の主は、死んだ!」
「いつまで握っているんですか、その空気を」
「?」
持っているシューレスの亡骸を見る。
しかし、そこには亡骸はなくあるのは目に見えない空気の塊だった。
「いったい、何を…?」
「主、こいつは説明を望んでいるようです」
「んん~…まぁ、いいや。してやるよ」
シューレスが何もないところから現れる。
「まず、俺のネームの能力は分かったか?」
「…」
「俺のネームの能力は『幻覚』だ」
「幻…覚?」
「アルゴラには驚かされたよ。あいつは『音』だったな?俺は『視覚』だ」
「まさか…ここにもいたのか」
「あとは簡単。魔法を解除した後幻覚を見せ、メリーの魔法は解けてるから作った幻覚に体温や触感を取り入れ、お前と戦わせる。油断したお前はこんな状況になる!」
「だが、私の体に、張った盾は?」
「私は風の妖精。先ほど貴方が作った竜巻に穴をあけました。こんな薄い盾なんてどうということはありません」
完璧な連携。
この2人が会ったのはたった1年前だというのにとてもそうには見えなかった。
「さて…、お前、さっき俺を殺したな?」
「ま、待ってくれ。情報は渡すから」
「それも作戦ですか?」
「可能性はあるな」
「どうか…殺すことだけは!妻や子供を置いて逝くわけにはいかないんだ!」
Aが焦り始める。
手がないのか必死で懇願している。
「…そんなこと言うならなんで俺たちは簡単に殺そうとする?俺にだって家族はいる」
「それは…」
返す言葉がなく、ただ黙ることしかできなかった。
「ま、いいや。メリー、あとはよろしく。俺、魔力ほとんど使って疲れたから」
「分かりました」
「頼むから殺さ―――」
刀を横に振り心臓を真っ二つにする。
メリーは死んだAを落とすことはせず持ち上げる。
力なくぶら下がる人間を持ち上げるのはそれなりの力がいるだろう。
「死体を集める趣味でもできたか?」
「ケイト様の仕事を減らしただけです」
「仕事?」
「主はこいつを後でケイト様に頼んで生き返らせるつもりですよね?」
「…よくわかってるじゃねぇか」
「嫌がりますよ?ケイト様は死人を治療するのは自分の意思に反するって」
「でも、結局はやってくれるさ。重要参考人だしな」
シューレスは地面を見る。
肉塊になったアルゴラと、生徒の腕輪や服があった。
「あれは…、さすがに無理でしょうね」
「あそこまでバラバラだと確かに無理だろうな」
「生徒のほうは…、おそらく治せたでしょうね」
「いや、生徒は何があっても治療しなかっただろうよ」
「なぜ?」
「何人死んだと思ってるんだ?」
戦争はミューズデルで起きた。
人が何人死んだかなんて今は分かったもんじゃない。
「一人生き返らせれば他が来る。だからしないだろうよ」
「…敵は生き返らせるのに、仲間は殺したまま…。ひどい話ですね」
「そう言うな。あいつだってつらいんだ」
シューレスとケイトは仲がいい。
出会いは7歳。
それからよく遊んだ。
今では親友。
そんな彼だからこそ分かることだ。
「しかしまぁ、ケイトの仕事は減らすのに俺の仕事は減らさないんだなぁ?」
「何が言いたいんですか?」
「ケイトなら無理だぞ?あいつ好きな奴いるし」
「妖精が人を好きになると思いますか?」
「実例はあるって聞いたぜ?」
「私がケイト様に優しくする理由は、可哀想だからです」
「可哀想?」
「主もたまにいじりますが特にクリティウス姉妹。弱いくせによくいじれますよね」
妖精に同情されていた。
しかも自分の使い魔でもないのに。
「ケイトは人がいいからなぁ」
「ですから私は親のような目線で見ていきたいと思っています」
「なら、好きな奴はいないのか?お前」
「…いないこともありません」
「誰だ?」
「言いませんよ、バカバカしい」
どうもです。
早いもので今年も残すところ1か月なくなってしまいました…。
まぁ、別に名残惜しいとかそういうわけじゃないんですけど。
これからもよろしくです。




