天使と悪魔
意識が戻ったリョウ。
彼は迷わず外へ向かった。
―魔法の会場4-
シューレスとアルゴラは戦っている。
ただ、ここの戦いは少し他とは異質になっていた。
何が異質なのか?
この戦いにはあるものがところどころ欠けていたのだ。
「オラァ!」
鎖状の紐を作り出し、アルゴラを拘束しようとする。
アルゴラは水の盾を作り出し、鎖を受け止める。
水の盾は鎖を受け止めると、水の玉となりシューレスに向かう。
それをての一振りですべて吹き飛ばす。
するとアルゴラの姿が消えている。
全体を見渡す…がいない。
「ちっ!どこいった…?」
探していると背中が熱くなるのに気づく。
急いでその場を離れる。
その直後、さっきまでいたところには炎の渦が出現する。
「あぶねぇ…な!?」
シューレスが水の中に包み込まれる。
このままでは溺れてしまうがシューレスはいたって冷静だった。
すぐに氷魔法を唱え、水を凍らせ内側から砕き脱出する。
アルゴラが脱出したシューレスを待っていた。
「思ったよりやるな、ヒヒっ!もう死んでいてもおかしくはないのに」
「俺はお前に負けないのに死んでるわけないだろ?」
「ところで、私のネームであるR、どういう意味か分かったかい?」
「おおかた、な」
「ヒッ!なら教えてもらおうか?」
耳を指で指しながら答える。
「音を消すことができる、だろ?」
「ヒヒヒッ!いいよいいよ!正解だねぇ。ヒッ!」
「これくらい誰でもわかるだろ。音が聞こえなくなればすぐだ」
「私がこの能力を使えば、相手はたいていすぐ死ぬのでね。ヒヒっ!訳も分からず」
「同情するぜ。今までの奴らに」
「あいつらの何が起きたか分からないという困惑した表情、見るだけで気分がよくなったもんだよ」
「残念ながら俺はそんな顔はしねぇよ」
「させてみせるよ、ヒヒっ!そいつが死に際に見せた顔と同じ顔になァ!」
アルゴラの体に電流が走るが、音はない。
そいつとは、この会場にただ一人転がっている生徒の死体だった。
「…。あいつを今そっちに送る。だから待ってろ」
死んでいる人のことはよく知らない。
同じ学年の人ということだけだ。
それでも、彼は怒りに満ちていた。
彼ができる唯一のこと。
それは仇討ち。
死体を見てそれをささやき、シューレスも本気を出す。
少しだけ。
「ヒャハァアアアア!」
電流があらゆるところから迫ってくる。
シューレスは水の塊を出現させ、その電流の動きを止める。
電気を通しやすい水(純粋な水は通しません)は電流の向きを無理矢理変更する。
電流をたっぷり吸った水の塊をアルゴラに投げつける。
「ヒヒッ!なかなかおもしろい大道芸だねぇ!」
アルゴラが自分の目の前に一つの火の玉を出現させる。
火の玉が爆発した。
水の玉がすべて蒸発していく。
爆発が終わり、アルゴラがいたところを見るとすでにいない。
姿も見当たらないのはどんな小細工を施しているのか…。
攻撃の音が聞こえないというのはとても大変なことだ。
魔法には一人一個ずつしか唱えられないなんていう決まりはない。
馬鹿正直に音が聞こえたところの攻撃のみに対処していては不意打ちを食らうのがオチだ。
「早く困惑した顔を見せてくれ。ヒヒっ!」
どこからか分からない声でしゃべる。
周りに空気でできた刃のようなものが出現する。
丁寧に色付けされていた。
その刃がシューレスを襲う。
「この程度で焦るほど俺は安くない」
背中から翼のようなものが生えてくる。
天使に生えていそうな形をしているが色は白ではなく汚れた灰色。
自分の体をそれで包みすべての刃を防ぐ。
「まさか…その年で天使の装備術式にも目を通したのか!?」
天使の装備術式。
文字通り、天国に存在するといわれる天使の力を借りる術式。
肉体強化魔法のパワーアップバージョンといっても間違いではない。
が、この魔法の場合、人によって効力が変わる。
理由は不明となっているが、ある人が使えば使えなかった魔法ができるようになったリ、またある人は肉体が強化されたり、またある人はその間だけ不死身になったり。
高低差はあるが成功すれば必ず術者に恩恵をもたらす魔法だ。
天使の装備魔法とも呼ばれるこれは誰でもできる代物ではない。
だが、できない人が多いというわけでもない。
今では、天使という明確な存在から力をもらっているのだから4神のように召喚できるのでは?と考えられているがうまくいっていない。
「ほとんどの魔法には目は通してるぜ?こう見えても努力家なんでな」
「ヒッ!ヒヒッ!これは素晴らしいな。ヒヒッ!」
「素晴らしい?ネーム持ちならだれでもできるだろ。お前らの年なら」
「どうやら私は天使に認められなかったらしくてね?ヒヒッ!できなかったんだよ」
「確かに無理そうだな。自業自得だ」
「だが、悪魔の方は成功している。生け贄に死体が必要なんだけどね」
シューレスが顔をしかめる。
理由は、それが禁術の一種だからだ。
禁術とは文字通り使ってはいけない魔法。
理由は様々だが、すべてに言えることは危険極まりないということ。
その中の一つである悪魔の装備術式。
これも天使とほとんど効果は一緒なのだが違うところが3つある。
一つは恩恵のケタが天使よりもすごいということ。
これにも高低差はあるが、確認された例では触れただけで人を殺せるという並外れた力を手にした人もいるという。
そしてもう一つは生け贄。
悪魔は生け贄を要求する。
軽いものでは髪の毛を一本というものもあるが、ひどいものは死体を要求し、更にその死体に条件を付けたりする。
そして最後に、何が起きるか分からないということ。
死体という代償を払ったのに術者におおきな負担をかけることがある。
あまりにも危ないと、特例を除いて行使することは一切許されなくなってしまった。
ミューズデルでは(それと同盟国)。
帝国の方ではどうか分からないがおそらく容認されているのだろう。
「外道め…」
「よく言われるがね。ヒヒッ!私の国では使えるものは何でも使うっていう方針なんだよ」
「それを外道っていうんだよ。何事にも限度ってものがある」
「なぜおまえがその限度を決める?」
突然の問いに意味が理解できなかった。
アルゴラがシューレスの視界に入る。
「…どういう意味だ?」
「そのまんまだ。お前は私のことを外道といった。そして限度があると。つまり私がその限度とやらを越している。そういうことだろ?」
「違うのか?」
「ああ。間違いなくおかしいな」
アルゴラの体は全身黒でおおわれていたが細いということは分かった。
魔法側の人では別に珍しいことではない。
だが、今はその体と服、そして口調によってかなり不気味に感じられた。
「このミューズデルで育った奴らはみんなこうだ。『人は殺してはならない』『人を傷付けてはならない』『人を陥れてはならない』。これを当たり前と思っている」
「何か間違いでもあるか?」
「ああ。間違いだらけだ。この決まりは人の進化を阻害している」
「こういう話はあまり好きじゃないんだけどな」
「ヒッ!まぁ、聞けよ。まず一つ訊こう。なんでお前は『人を殺してはならない』ということに賛同している?」
「…」
黙ってしまった。
当たり前すぎた質問に答える方法が見つからないからだ。
「当然のことだろ。そう思ったか?」
「…当たり前だ。俺だって戦いは好きだ。だが人を殺すということはできる限り避けたい。お前は殺すがな」
「私は例外、か。まあそこは後にしよう。なぜ人を殺してはいけないということが当たり前なのだ?」
「…」
「殺すと二度とその人に会えないから、悲しいねぇ。殺すと憎しみが生まれるから、なくもない。ほかにも理由はあるだろうが私はこれらの答えは本当の答えを隠しているだけにしか見えない」
「本当の答え?」
「自分が死にたくない、だよ」
確信をついた答えだった。
「人はどんな御託を並べても最終的には自分がかわいい」
「自分よりも大切なものがあるっていうやつもいるぜ?恋人とか」
「あれはきれいごとだ。漫画には、妄想の世界にはいるだろね、子供が大切だ、家族が大切だ、恋人が大切だっていう奴らは。だがそれらは非現実的な話だ。いくらでも作れる」
「人を殺す、殺さないだのの話からそれてるような気がするぜ?」
「おっと、私としたことが。ヒッ!まぁ、つまりそういうことだ」
「わけわかんねぇよ…」
「すまないね。どうも人に説明をするのが苦手なんでね。一番最初の話題は何だったかな?」
「外道かどうかだろ」
「結論のみ言うよ。人を殺すことは別に悪いことじゃない。犠牲はつきもの。つまり俺は外道じゃないんだよ。ッヒヒヒ!」
禍々しいオーラがアルゴラを包み始める。
それと同時に転がっていた生徒の死体も同じようなオーラに包まれる。
包み込むというよりは巻き付くかのように、しみ込んでいくかのように。
一体化してゆく。
目に見えて分かるように体から黒い何かがあふれ出ている。
生徒は服と腕輪を残して消えていなくなっていた。
「…こんなのがあるから魔法が科学に難癖つけられるんだよな…」
「ヒッ!ヒヒッ!気分がいい…。コロ…せる」
首がかくかくと動いている。
なんだか気味が悪い。
「そんなに気持ち悪くなるもんなのか、その魔法は?」
「気持ち悪い?ヒッ!こんなに気分がいいのだ、そんなのどうでもいいなぁ!!」
黒い龍のようなものがシューレスに襲い掛かる。
全部で3体。
意思があるのか分からないが追尾性を備えていた。
「本当に悪魔のような攻撃だなぁ?」
「これを発動している時しか使えないのでね。ヒッ!ヒヒッ!」
「なら俺は天使らしい攻撃をしないとな!」
光の棒を作り出す。
刀や槍のような形はしておらず本当に棒だ。
3体をすべてそれで捌く。
相手は確かに強いがただの理性のない怪物に過ぎない。
棒が一本あれば事足りる。
「なんで、ヒヒッ!死な、ナいの?」
「これで俺を殺せると思っていたなら大したもんだよ、お前は」
アルゴラの様子がおかしくなっている。
シューレスはこれに気づいていた。
強力な術なのだ。
もともと何かを犠牲に使役する術。
体が耐え切れなければ表に被害が出てくる。
中身がどうなっているのかはあまり想像したくない。
「やはり…子、ドモ…だな。ヒッ!」
「なに?」
「この、力をアマ、ク、見るナあ!」
突如後ろで大きな音がする。
後ろに4体目がいた。
気づくはあまりに遅く、避けるにもあまりに時間が足りなかった。
わざと気づかせたのだろう。
「(音を…消して!)」
噛みついてきたので棒で抑え込む。
しかし、3体はこの機会を見逃さない。
同時に襲い掛かってくる。
4体が集まった瞬間、そこに火柱が立ちすべてを焼き払った。
「ヒヒッ!見レ、た!困惑した、カ…お見レタ!」
火柱が収まりそこに熱気のみが残る。
何も残っていない。
「ぐぅ…。ああ…、急…がねば」
術を解除しもとに戻る。
ダメージが大きいらしく汗の量がものすごい。
しばらくの間宙で休む。
「ヒッ!…ヒヒッ!ヒヒヒヒヒヒヒっ!さすがはネーム持ちだ、だが―――」
仮面を外しそのげっそりとした顔があらわになる。
「お前みたいな餓鬼に俺が負けるわけな…い?」
突然下腹部に痛みが走る。
刺されていた。
ナイフで刺されているらしく銀色の刃が見える。
ところがそれを確認した直後、刃が消えていった。
何が起きたか分からず、ただ痛みに耐える。
「い、いったい、何が…!?」
後ろを振り向くと一人の女が立っていた。
年は20代後半ぐらいで女なのに男用の執事服を着ている。
「て…んめぇ!」
音を消すこともせず、ただ火の玉をそいつにあてる。
しかし、当たる前に火は消えてしまった。
少しづつ弱くなり、女の目の前で消えた。
「なっ!?」
「…」
女は興味をなくしたのか視線をアルゴラからそらし誰もいない場所に問いかける。
「…いつまで死んだふりをしているのですか?」
「…は?」
「私はまどろっこしいのが嫌いです。それは貴方様もご存知でしょう?」
「…俺の作戦の邪魔するなよ、メリー」
シューレスが女の見ている先に姿を現した。
無傷だ。
「なっ…、そんな?!」
「おっ、いい顔してるじゃねぇか。それこそまさに困惑した顔だな。メリー」
「…五分だけです」
メリーの体が消えて鏡が置かれる。
「見えるか?自分の困惑した顔」
「あ…。ぁぁ…」
「先に言っておくがタネは教えないぜ。俺は秘密が多い人間なんだよ。でも一つだけ、さっきのは俺のネームの能力だ」
「…」
さっきまでの異様な感じは一切なくなっていた。
何も感じられない。
「さて、俺は今からお前を殺す。が、一つ訊きたい。なんでお前らは俺の学年を狙った?」
「…」
「6年生は最初の爆発である程度仕留めたんだろ?なら次に狙うべきは5年生だ。なのにおそらくそちらに強い人員はほとんど回していないだろ?1年の時の事件を考えれば恐らくそうだろうと思う。現に近くの5年の会場からは対して強い力を感じない。なぜだ?」
「…」
Rは黙ったままだ。
この状態の敵は逆に怖い。
何をしでかすか分かったものではない。
「…」
「我が主、時間です」
「分かった。後で捕まえた捕虜にでも訊くとするか」
シューレスは迷わず大きな、高温の火の玉を作り出す。
もともと魔法は適当に作った物でも人を殺すことはできる。
それを更に強くし死を確実にする。
「地獄で泣きわめけ」
火の玉を投げつけた。
しかし、それは当たることがなかった。
あたる前に火の玉が消える。
そして次の瞬間、Rが千切りされ命を絶った。




