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矛と盾

今回少し長めです。

読んでいただければ幸いです。

どこも痛くはない。

なぜか体は正常。

頭を殴られたはずなのに妙だ。


「やっと起きた!」


声が聞こえた。

と同時に意識もクリアになる。

見覚えのある景色が広がっていた。

目の前には水でできた人型の物体がいる。


「…おまえたち」

「悪いけど愚痴を聞いている暇はないわ。急いで起きて、みんなのもとに向かって」

「でないと後悔する」


早く起きてほしいのならこの世界に連れてくる意味が分からない。


「なら早く起こせよ!」

「もちろんすぐ起こすわ。それとあなたにはいいものをあげる♪」


水でできているのにテヘッと舌を出したのが分かる。


「いいもの?」

「一気に5段階目に上がる権利よ」

「…本当か?」

「ええ。でも条件があるの」

「それは?」

「…クロを連れて帰ってきて」

「…えっ?」


意外な条件だった。


「意外って顔してるわね」

「それはそうだろ。なんでお前らがクロのことを?」

「私たちはあなたと常に一緒なのよ?私たちはあなたの顔が曇ることを良しとしないわ」

「…」

「あなたはクロを疑いながらも、信用できずにいながらも、友達だと、親友だと思っていた。そんな人がいなくなった後、この戦いに勝ったってあなたの笑顔は戻ってこない」

「私たちは、そんなのは嫌」

「だから…お願い」


彼女(?)たちはリョウが思っている以上にリョウのことを思っていた。


「…ありがとう」

「これは取引。ありがとうなんて言われる筋合いはないわ。それより急ぎましょう。あとはお願いね?」

「任せてくれ」


その強い意志がこもった声を聞き、ドールはリョウをもとの世界へ返した。


「取引ね…」

「なによ?何か言いたいことでもあるの?」

「いえ、なにも」

「ちょっと、なによそれ!ここに出てきなさい!」

「今に出てこれる。リョウが私たちを進化させれば。そして…、死ななければ」


















―学生寮(女子)―

「くっ!」

「どうしたのよ!?あたしを抑えるんじゃなかったの?」


「マーシャさん!」

「あなたの、相手は、私」


戦況は五分五分だ。

カーリャとマーシャではマーシャがおされているが、ピスとフィリアではフィリアが優勢だ。


「ただ足が進化しただけであたしに勝てるわけないでしょ!」


マーシャのドールは3段階目だ。

マーシャのバトルスタイルに合わせて足が特化されており、いろいろな機能が備わっている。

例えば


「アクセル!」


ドールの足にアクセルがついた。

支給されるアクセルよりも長い時間使える上に、時間を過ぎてもSバリアのエネルギーを使えば延長ができる。


速さで近づき蹴りを加える。

止められるがマーシャの攻撃はもともと数勝負である。

軽量化され、破壊力が上がった足で何度も攻撃をする。


「この程度で…あたしを殺せると思ってんのかぁ!?」


しかし、カーリャには通用しない。

カーリャは正直面倒な相手だった。


「なんであたしがAコースに進んだと思ってるの?ピスは別だけど、戦う力があるからよ。あたしはネーム持ちじゃない。でも得意魔法はある。それは防御型肉体強化魔法よ!あんたのちまちました攻撃なんて通用しないの――――」


セリフの途中でフィリアが攻撃を加える。

傷は少しも付いていない。


「――よ。セリフの途中で攻撃はひどいんじゃない?ていうかピスはどうしたのよ?」

「少し強くやってしまいましたが命に別状はありません」


地面でのびていた。


「あのバカ…。だからBコースに行っておけと言ったのに」

「ピスさんは戦闘経験少ないんですか?」

「もともと戦うことが嫌いらしいのよ。それで今まで避けてきた結果がこれよ」

「いいことじゃない。戦いを望まないなんて。それに女の子らしいわよ」

「あたしたちは将棋で言うところの『歩』なの。表のままのね。表のままの歩は簡単に捨てられてしまうの。そんなのあたしは嫌だ。歩はほかの駒に変われなくても『と金』にはなれる。『金』と同等になれる」

「あなたがそういうなら私たちはあなたを倒して将棋のようにこちらの仲間に戻します」

「あたしは帝国側について、ようやくここまで来た。あと一歩、あと一歩であたしは『と金』になれるの。ここで引くわけにはいかないわ!」


炎の矢を出現させ、フィリアたちに向かって降り注がせる。

当たってもエネルギーがある限り体に対して傷はできないが痛みはある。

そしてその矢の数が多かった。


「ホラホラホラァ!このまま押し切るわよ!」

「なめてんじゃ…ないわよ!」

「マーシャさん!」


できる限り避けて確実な勝機を狙うフィリアに対して、マーシャは出たとこ勝負をする。

攻撃を受けながらも突っ込んだ。

そして自慢の足で攻撃する…が、


「何よ!何度やっても無駄よ!」

「それを決めるのはあなたじゃないわ!」


攻撃対象が再びマーシャのみに絞り込まれる。

この間フィリアは考える。


「(どうする?私とマーシャさんではマーシャさんの方が一撃の攻撃力は上。そのマーシャさんが少しも相手に攻撃を通せない。それじゃ私がどんなにやってもほとんど無意味。私にできることは…)」


考える。


そして結論は出た。

行動に移る。

リリアの元まで行くと、気絶しているのを確認しひょいと持ち運ぶ。

得意の速さでその場を離れた。


「ホラホラァ。どうしたのよ?あたし、さっきから防御魔法以外使ってないわよ?」

「舌噛むわよ?」

「それもちゃんと守られてるからご安心を。それよりあなたって可哀想ねぇ」

「何がよ?」

「フィリアちゃん、あの子あなたを置いて撤退したみたいじゃない。気絶していたお友達も連れてね。意味わかる?」

「置いてけぼり食ったわねって言うの?」

「そんな甘ったるいもんじゃないわよ!あなたは捨てられたの。なんでだか分かる?あなたが『歩』だからよ!ただの雑魚捨てて行くなんて簡単だものね」


確かにフィリアは居なくなっていた、リリアと一緒に。

でもどこに隠れたのかはわからない。

寮に戻ったのか、転移装置で逃げたのか、あるいはそれ以外か。


「もう終わりにしましょう。私はあなたに勝って『と金』になる!」

「さっきから将棋ネタばっかり使って…。いまいち理解できてないのよ。でも一つ言える。私は負けないわ!」

「その状態でいつまで大口がたたけるのかしら」


マーシャは逃げていた。

もし、フィリアたちが逃げた方向が分かれば。

だが、今は分からない。

だから、そこで踏ん張るしかなかった。

だが、無理だ。

敵は絶対に破れない盾を持っている。

マーシャ一人では、無理な話だった。


「おい」


しかし、それは一人の場合だ。

第三者が来れば、人にもよるが状況は大きく好転する。

その人は6つある腕すべてに敵を抱え現れた。

その鋭い目つきと合わせれば見る人が見れば「死神」といっても間違いではないのかもしれない。


「…誰よ、あんた」

「年上には敬意を払え。俺を知らないのか?」

「同学年以外知るわけないでしょ。何年生よ?」

「一年前卒業した、クレア・ランパードだ」

「…聞き覚えがないわね。対して強くないととっていいのかしら?」

「…お前と話すより赤毛と話したほうが早そうだな。おい、そこの赤毛!」

「は、はい!(赤毛?)」

「リリアはどこだ?」

「気絶していたので…安全な所に」

「気絶?なぜだ?」

「簡単に要約するとあいつが原因です」


カーリャの方を指す。

それを聞くとクレアは手に持っていた敵をすべて離す。

殺気が半端じゃなかった。


「貴様…」

「な…なによ」

「人体の腱を切り、目玉をつぶし、四肢をはぎ、体の皮膚をできる限り薄くはいで、内臓を―――」

「クレア先輩、もういいです!」

「―――ともかく俺は貴様を許さない。永遠に残るトラウマを作ってやる」

「あなたが何をする気かは分からないけど、あたしに傷一つ付けられないのは確かだわ」


クレアはカーリャに向かっていく。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




―学生寮(女子寮内部)―

フィリアはリリアを抱えてここまできた。

フィリアが思いついた秘策にはどうしてもリリアが必要なのだ。

マーシャには申し訳ないが今は耐えてもらうしかない。


「リリア!起きてください!」


揺らす。

だが起きない。

フィリアは手段は選ばないといわんばかりにドールを解除し、往復ビンタを始めた。

リリアの頬が腫れていくが起きない。

いい夢を見ているのかむしろ笑っているようにも見える。


「なんで夢を見るほど浅い眠りなのに起きないんですか!?早く起きてください!」


起こそうとして再び平手打ちの構えをした時、リリアの目が開眼した。

覚めたというより開眼したのだ。

寝起きには見えないような程大きく目を開けている。


「リリアさん!やっと起きましたね?」

「一体何が…?ここがどこだか分からないし、頬は痛いし、それに…」

「どうしたんですか?」

「…なんか寒気がしたわ」

「風邪ですか?」

「いえ、これは…危機感?」


本能とは恐ろしいものである。


「もしかしてマーシャさんの身になにか!?」

「マーシャがどうかしたの?」

「一人で戦ってるんです!ただ相手があまりにかたくて…。リリアさん、でもあなたのドールなら!」

「分かったわ。急ぎましょう。フィリア、連れて行ってちょうだい」


マーシャと同じくお姫様抱っこの形で持ち上げる。


「…さっきは気づきませんでしたけど、思ったより重いですね」

「あなたが男子だったら顔面に一発いいパンチが入ってたわよ」

「以後気を付けます…」


急いでマーシャのもとに向かう。

そう離れてはいないのですぐに着く。

しかし、リリアはそこに着くまで気づくことはなかった。

寒気が走った原因を。










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



―学生寮(女子)の庭―

「うおぉぉぉぉぉぉ!」


クレアの容赦ない攻撃がカーリャにぶつけられる。

ドールだけで見れば2段階目対5段階目なので勝つことは困難を極める。

しかし、カーリャの顔は焦ることはなかった。


「どうしたの、そんなもの?先輩♪」

「赤毛ェ!」

「はい!(赤毛?)」


カーリャの体には傷一つついていなかった。

5段階目のクレアのドールでさえ、攻撃が通らないのだ。

マーシャも応戦するが避けなくてもいい攻撃をする相手に対して気を張る必要なんてない。


「あんたは後よ、マーシャ。まずは先輩さんを殺すわ」


ショットガンを取り出す。

魔法を得意にしてるといってもドールを展開しているので持っていてもおかしくはない。

クレアの頭を狙う。


「チィ!」


急いで離れる。

そのまま回避行動に移る。


「今度は逃げ?悪いけどあたしは考えて魔法を使ってるの。この肉体強化魔法が切れるころにはもうすべて終わってるわ。ラブトリアを押し返したいなら時間はかけてられないわよ?」

「ラブトリア?…マクアドルが言ってたな。だが悪いが俺がここに来た目的は違う」

「ミューズデルを守りに来たんじゃないの?」

「俺はリリアを守りに来た。ミューズデルも残ってはほしいがなくなるならそれでもかまわない」


宙に浮いている腕のみをカーリャに向かわせる。

それのみで攻撃をしたり拘束したりしようとするが遠隔操作はかなり難しい。


「あっそ。つまりあんたはレズビアンってやつなんだ?」

「男でも条件を満たせば好きになるがな」

「あたし、そういう人キモいと思うの。女子が女子を、男子が男子を好きになる。ないわ~」

「前も言われたな。だが俺はお前に分かってもらおうなんて思ってない」


近づいて来た腕をショットガンで撃ち落とす。

一発に二発では落ちないがどんどんボロボロになっていく。

手詰まりなのはすでに自覚していた。

その場には見当たらないリリア。

いっそのこと後退して体制を立て直そうかと考え始めた時、クレアが何かを感じた。


後ろからだ。

なにか、いいものが迫ってくる。

クレアはニヤッと笑う。

作戦が決まった。


「1,2,3,4!四肢!」


クレアが叫ぶと腕の動きが突然俊敏になる。

カーリャにあるのはものすごい防御力のみ。

スピードや動体視力はあまりない。

すぐに体を大の字で拘束する。


「先輩馬鹿ですかぁ?あなたの攻撃はあたしには届かない。それなのにあたしを拘束してどうするんですかぁ?もしかして、あたしに欲情でもしました?」


クレアはそれを鼻で笑う。


「お前みたいなのに欲情するほど俺は軽くない。まだあっちの赤毛を選ぶ」

「じゃあなんであたしを拘束するんですか?もしかして転移装置を使って逃げる時間確保?無駄ですよ。今あの転移装置はこっちから出るときに限り、作動しませんから」

「そんなことはしない。ただ、おまえを倒す秘策ができたからな」

「もしかしてやわらかい目玉でも狙うんですか?無理無理!今のあたしは目玉を狙っても、電磁砲で200%の力がないと貫くことはできません。今のあなたたちにその力はない!」


しかし、クレアの顔はいまだに笑ったままで「馬鹿だな」とも聞こえてくるような気がする。

その余裕が怒りを煽る。


「さっきから笑って、何がおかしいのよ?」

「笑っているのか、俺?確かにうれしくはあるがな」

「どういう意味?」

「半年ほど一方通行だったんだ。好きな奴に会えたら嬉しいだろう―――」


カーリャにも分かるようにクレアが少し横に移動した。


「―――リリア」

「任せてください、部長!」


リリアがドールを展開して構えていた。

ほかのドールとは違いとても大きい。

等身大サイズだった一段階目とは全然違い、ドールはリリアの体の3、4倍ほどまで大きくなっている。

また、肩には盾ともとらえられるような大きな長方形がついており耐久性に優れているように見える。

リリアは地面に座っていて片膝を立ててもう片方の足は内側に寝かせていた。

立てている足には大砲ともとらえられるような大きな銃が構えられていた。


「!?」

「あなたがどんなに優れているかはわからないけど、私だって攻撃力のみに優れているの!負けないわ!」

「やれ!リリア!」


銃口から大きな弾が飛び出し、カーリャに命中する。

カーリャを拘束しているクレアの腕もただでは済まない。

しかし、…カーリャはまだ全然動けた。


「はっ!確かに攻撃力はすごいみたいだけどあたしの盾は破れなかったようね!見なさい、あたしはちょっとしたやけどだけよ?」

「なら…」


リリアは再び銃を構える。


「更に威力が高い弾を使うだけよ!」

「…えっ?」


意味が分からないカーリャだったがすぐに理解できた。

再び銃口から弾飛び出てカーリャに当たり爆発する。


「まだだ、リリア!俺の腕が吹き飛ぶまで撃ち続けろ!俺が支える!」

「はい!けど、部長。私の胸を揉みながら支えるのはやめてください」


揉んでくるくせに、支えてはいる。

器用な人である。












それから撃ち続け、9発目にしてカーリャはついに力尽きた。

クレアの腕も壊れぐったりしたカーリャが落ちた。


「やったの?」

「やったわ。私たちの勝利よ!」

「じゃあ、早くランたちのところに行かないと…」


立ち上がろうとするリリアをマーシャが制止する。


「駄目よ!あなた、今弾を撃ちすぎよ?」

「殺さないために加減したのよ。まだいけるわ」

「でもあなたはもう戦えない。ドールが良くてもあなたの体は悲鳴を上げてるはずよ?」

「赤毛の言う通りだ。それに使い魔なら心配ない。あいつらの中には非戦闘員は居ないからな。それに今年はリョウの使い魔もいる」


たしかにノティスがいるのは心強い。

あれだけの使い魔はなかなか存在しないし、居たとしても軍人がほとんどだ。

完璧には納得していないようだが、リリアは頷く。


「じゃ、私は行くわ」

「でもあなただって…」

「まだ雑魚を相手するくらいの力はあるわ。雑魚がどれくらいの力を持っているかは知らないけど」

「でも…」

「それに、居ても立ってもいられない人もいるみたいだしね」


フィリアはカーリャの服の中を探っている。

転移装置を起動させたいようだ。


「なにそんなに焦ってるのかしら?スノーのこと?」

「スノーは大丈夫って言いきってるわ。冷たいととらえるか信頼しているととらえるかは任せるけど好きな人の所に行きたいんじゃないの?」

「ああ。なるほどね」

「みなさん!転移装置起動できました!行きましょう!」


叫びながら3人の方を見て、マーシャとリリアがニヤついているのに気づく。


「…なんですか、2人とも」

「いや、恋する乙女はすごいなぁと思ってね」

「成功したら教えなさいよ。記事にするから!」


フィリアは顔を真っ赤にして震え始める。


「な!ななな、何言ってるんですか!?別にケイトさんはそんなんじゃありません!」

「誰もケイトとは言ってないわよ?」

「あ…」

「いいじゃない。別に悪いことじゃないんだから。それにバレバレよ?」

「えええ!?2人とも気づいてたんですか?」

「2年の秋あたりから、こりゃ間違いないと思ってたわ」

「ううぅ…」

「いいからさっさと行きなさい。何言っても私たちは分かってるから」

「それもそうね。じゃ、行くわよフィリア。愛しのケイトの所へ」

「ケイトさんの前では絶対言わないで下さいよ!?」

「じゃ、ほかの人には言うわ」

「それもやめてください!」


2人は転移装置に乗り目的地へ向かった。


「行ったな…」

「行っちゃいました…ね?」


ここでリリアはやってはいけない間違いに気づいた。

おそらくいま女子寮で意識があるのは2人、クレアとリリアのみ。


「さて、リリア。今の戦いをねぎらってやろう。寝っ転がれ。あおむけで」

「マッサージするならうつ伏せだと思いますが…」

「胸から順にほぐしてやる」

「要りません!疲れただけですから!」

「そうか。ならいい」


クレアが簡単に引き下がる。

しかし、その顔はまだ笑っていた。


「なら、マッサージの後にしようと思ったんだが…。弁償について話そうか」

「べ、弁償!?」

「俺の4本の腕、見事に粉々にしたな?」


クレアの腕の破片がそこらじゅうに散らかっている。

形こそ残っているものもあるが修理で治せるレベルではない。


「い、いや。あれは不可抗力で…!っていうか部長も」

「安心しろ。お前が求めてこない限り、貞操は守ってやる」

「いや、そういう問題じゃ!…いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


リリアの戦いが再び始まった。

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