罪
寒くなりつつも、暖かくなったりするこの時期。
季節の変わり目は健康に気を使いましょう。
レックスがグリージョと戦っている。
それを少し離れたところから、Tは見ていた。
加勢をしようかと思ったのだが、Vが戦っているのなら問題ないと思った。
「…Rの様子を見に行くか」
誰にも届かないような小さな声で呟いた後そこを後にした。
―科学の会場4―
「くそ、なんなんだ!」
レックスはVと戦っている。
今、戦況はVに傾いていた。
レックスは相手の位置すらほとんど確認できていない。
理由は簡単。
相手が見えないからだ。
「てめぇ、姿を現しやがれ!」
「申し訳ないが私の本職は暗殺だ。こちらの方がやりやすい。光学迷彩とは実に便利だ」
これはどうやら相手の能力ではなく、着ている服が光学迷彩だからのようだ。
この技術はまだミューズデルには存在しない。
つまり対処法をレックスは一切知らないのだ。
「(どうする?相手が見えないんじゃ打つ手がない。それにあいつ、魔法を得意とするはずなのにハンティングナイフ使ってやがる)」
魔法を使ってくれば、何かしら法則性を見つけることができれば多少は絞り込めるかもしれない。
だが相手はハンティングナイフしか使ってこないのだ。
Sバリアによって体への傷は防いでいるがそれもこのまま打開策が見つからなければ時間の問題だ。
「考え事とは余裕だな」
レックスに再び刃が当たる。
Sバリアの残りのエネルギーが減る。
その間にもVは攻撃の手をやめない。
「(減る速さが尋常じゃねぇ…!)」
レックスがハンティングナイフと思っている理由はその攻撃力だ。
あの丈夫な切れ味が多くのエネルギーを消費させていると考えたのだ。
「くそ野郎め!」
レックスのドールは完璧なほどに接近戦用のドールと化していた。
遠距離用の武器など装備されていない。
がむしゃらに周りを攻撃する、が相手は暗殺を本職とするネーム持ち。
そんな攻撃あたるはずはない。
「手間をかけさせるな」
レックスの周りに火の玉が出現する。
「なっ!?」
すべてが同時にレックスに襲い掛かる。
防ぐ手立ては…ない。
会場の4分の1が炎に包まれ崩れ落ちていく。
「…弱いことは罪ではない。この世には仕方のないこともある。努力という程度のことでは超えられない壁だ。私はお前を罵ったりはしない。むしろ感謝しよう。これからの仕事を簡単にさせてくれたことを」
グリージョが光学迷彩を解除しその場を去ろうとする。
しかし、ここで本職の勘が働く。
まだあいつは死んではいないと。
「…」
炎を見つめる。
そこには動く人影があった。
「何か…御託を並べてた、なぁ?すまねぇが、もう一度…いってもらえるか?」
「弱いことは罪ではない。そして強いことも罪ではない。私が罪だと思うのは――――」
グリージョがレックスの視界から消えた。
光学迷彩が発動したわけではない。
ダメージを負ったレックスには負えないようなスピードでグリージョが移動したのだ。
「しぶとく生き残ることだ」
レックスの背中に回りナイフを首に向かって振り下ろす。
レックスはギリギリのところで避けるが完全には回避できなかった。
背中に痛みが走る。
「ぐぁぁぁ…!」
「Sバリアは消えたようだな。安心しろ。お前の罪は私が洗い流そう」
体が痛む中、相手を見るレックス。
そして驚いた。
「だ、ダガーナイフ…?」
「さすが戦闘訓練を積んでいるだけあるな。そう、ダガーナイフだ」
「そんな…。さっきまでの攻撃と今のはいったい?」
「こいつを使った」
持っているダガーナイフを指す。
ありえなかった。
ダガーナイフは基本的には小さく、相手に致命傷を与えられるほど攻撃力は高くない(首や頭など急所を狙えば話は別)。
「不可能だ…。俺に急所はあっても、Sバリアにはない!それなのにあのエネルギーの減り方は、尋常じゃなかった」
「…私たちがお前たちを相手にすると分かっていたのに何もしないと思うのか?このナイフはSバリアのエネルギーを分散させる。残念ながら小さくしたら打ち消すということはできなくなってしまったがな」
レックスの理解は早かった。
以前レックスはビムと戦った時Sバリアが作動していたにもかかわらず、日本刀によって刺されたからだ。
その日本刀は研究機関に持っていかれたが、構造が分かっただけで対策は練れていなかった。
「でも…おかしい」
「お前の背中を切ったことか?」
「ダガーナイフじゃ、ここまで深く切ることは…できない!」
「職業柄あまり教えたくはないのだが、いいだろう。冥土の土産に教えてやる。私の持っている「V」の能力だ。私の魔力を込めたものは殺傷能力が上がる」
「殺傷能力?」
「そうだ。だがこいつは使いづらくてね。生物に対してしか効果が発揮できない。攻撃力を上げるわけじゃないということだ」
「悪趣味な能力だな…!」
「私が望んで手に入れた能力ではない。ネーム持ちなど皆そのようなもんだ」
「そうかよ。…じゃ、続きと行くか」
「お前は本当に罪深いな。だが、今のお前に勝機などありはしない。たまには暗殺ではなく虐殺というものでも楽しませてもらおう」
「それは見過ごせないね」
声がした。
2人の声ではない、第三者の声だ。
「私の生徒だ。殺されそうになったら出ようと思ったけど、虐殺をすると宣言されてだまってはいられないねぇ」
「…誰だ?」
「ヒューズ・マクアドルだ。一応教師をやっているよ」
「先生…」
「マクアドル…。ビムを倒したやつか?」
「あの爆弾魔かい?ちょっときついお仕置きはしてあげたよ。結局死んでしまったがね」
「やはりそうか…。となるとお前のドールは5段階目だな?」
「それが何だい?」
まじまじとマクアドルを見る。
見た感じ、1段階目のドールと比べても大差は見られない。
右腕を除いて。
右腕の下にのみ、大砲のようなものがつけられているのだ。
一点特化しているのならあの大砲らしきものはかなりの威力があることになる。
「…面倒だ」
「ん?」
「さっきまではこいつを倒せばあとは楽だった。なのにお前が来たせいでこいつは意味を持たなくなった。つくづく罪深い連中だ」
「罪深い?」
「私がこの世で罪だと思うことはただ一つ。しぶとく生き残ることだ。弱いことは罪ではない。だが、弱いくせに、役に立たないくせにただただ生きている連中。そういうやつに限ってしぶとく生き残ろうとする」
「…罪なのは殺すという事実だと思うんだけどなぁ」
「死ぬ時が来たのになぜ死なない?なぜ逃げて生き残ろうとする?生きている有能な者の時間を無駄に消費するだけだ」
「つまり無能な人間は死ねと?」
「無能と弱いは違う。それに無能でも有能なものの下で働ければ、そして時が来たら迷わず死ねるのなら、そいつに罪はない」
マクアドルは少し考え込んだ。
相手の考えがあっているのかどうか吟味したのだ。
そして答えは出た。
「…悪いが私は君には賛同できないよ」
「なぜ?」
「君はつまりこう言いたいんだろう?負けたら、相手との力の差が歴然だったら、抵抗せず迷わず死ねと。それは未来をつぶすのと同じだ。人は変わる。そしてこの世は大器晩成な人ほど伸びがすごい。君の言う罪深い人はまだ抵抗して勝とうとしている。つまり力を伸ばそうとしている」
「それを時間の無駄という」
「違う。この世界でやることに無駄な時間など存在しない。そして強くなりたいと思い、努力を続けることができれば、その人は強くなる。結果はどうなるかは分からない。結局かなわないかもしれない。それでもその人がやってきたことは何かに繋がる。それは本人だけではなくほかの人に対してということもあり得る」
「…」
「私がむしろ嫌悪するのは簡単に諦めてしまう人だ。普通の一般人は努力をして初めて掴めるものがほとんどだ。それを「才能がない」だの「俺には向いてない」だのの理由でやめていく。君の言う罪のない人はそういう人のことだ。甘ったれるんじゃない」
「私が掴めないものなど無い」
「それは君が一般的に言う天才だからだろう。別に波乱万丈の人生を送れとは言わない。だが、人は生きている限り諦めるべきではない。私はそう思うよ」
レックスはぽかんとした顔でそれを聞いた。
「…マクアドル先生が、いいこと言ってる」
「レックス君、後で君の評定下げとくよ?」
「そ、それは勘弁を…!」
「…くだらん」
Vはさっきの言葉に対してなんとも思ってはいないようだ。
「そんな御託を並べて私の心を動かせると思ったのか?」
「別に君の心を動かそうとは思ってなかったよ。ただ、君の意見に反論しただけだよ」
「私の思うことは変わらない。しぶとく生き残るものは死ぬべき。そして今から私はお前を殺す。貴様の負けだと分かった瞬間からお前も罪深い者たちの一員だ」
「まぁ、そんなことしなくても私は一度殺されかけてるからね。君から見れば罪深い人かもしれないよ?」
「そうか。なら…私はその罪をあら流す聖人となろう」
体を再び消す。
「光学迷彩…。やっぱり見間違いじゃなかったか。君はグリージョ・V・ラナターシャ君だね?」
「…私を知っていたのか?」
「ラブトリアの一人。そして国家厳重未知検察官だよね」
「…今貴様が有能だと分かってももう遅い。しかし、失態だな。いったどうやって知った?」
「情報源を教えると思うかい?」
「それもそうだな。愚問だった。忘れてくれ。死後の世界があるのならば特にな」
先手必勝と言わんばかりにマクアドルに攻撃を始める。
連続攻撃が当たりSバリアのエネルギーが一気に減る。
「へぇ、本当に減るんだねぇ…。でもSバリアを通り抜ける類の武器もあったはずだけど?」
「私はダガーナイフが手に合うのでな。この大きさでは無理なのだよ」
そう言っている間にも攻撃を続ける。
姿が見えない以上、相手は手出しできないはずなので複雑な動きなどいらない。
単純に早い動きのみをして、できるだけ早くエネルギーを減らす。
マクアドルは抵抗するそぶりを見せない。
「先生!」
「君はそこにいるんだ。私なら心配ない」
マクアドルは飛んだ。
しかし、その程度で避けられるほどグリージョの攻撃は甘くない。
「どうした?もうそろそろエネルギーが切れるころではないのか?」
「そうだねぇ。もうほとんど残ってないよ。でも――――――――――」
エネルギーが切れる最後の一撃をグリージョが加えたとき、言った。
「対策も練り終わった」
バリアが消え、マクアドルへの攻撃が可能となる。
そのまま腕を切り落とそうとしてまっすぐ突っ込むつもりで攻撃したのにその一言を聞いて一瞬迷ってしまった。
マクアドルはその一瞬を見逃さなかった。
見えていないはずなのに、グリージョの腕をつかむ。
「なっ!?」
あまりの出来事に何が起きているか理解できなかった。
彼の本職は暗殺。
そんな人は無駄な音を立てない。
つまり音で判別したわけではない。
しかし、臭いがなにか着いているわけでもない。
「悪いけど…、もらうよ右腕」
それと言うとマクアドルは思いっきり手に力を込める。
メキッ、バリリリ!と骨の割れる音がして腕から骨が飛び出たり血が流れ始めたりする。
「ああああぁぁぁ!」
痛いので逃げようとするがドールを装備した人間と、普通の人間の力の差は歴然。
離れることができない。
魔法を使って腕を体から切り離す。
「あぁぁぁああ…。ハァ、ハァ…」
「さすが裏の世界の一人、すぐさま最良の判断をしたね」
「ぐ…。な、…なぜ?」
「君の場所を当てられた理由かい?これ見えるかな?」
背中を指すマクアドル。
そこにはさっきまではなかった蜘蛛の足のようなものが生えていた。
ただ、長くはないので気づかなかった。
「何だ…。それは?」
「相手の位置を探し当てる検索機…みたいなものかな?」
「なに…?」
「君は私のドールを見てこう思ったんじゃないのか?この大砲的なもので攻撃してくるんじゃないかと」
「違うのか?」
「以前なら合っていた。だが今は違う」
「…どういう、意味だ?」
「この大砲は今ではただのおもちゃだ。鈍器としては役にたつかもしれないけどね」
腕に着いていた大砲がマクアドルの手を離れ、落ちていく。
「私は教師だからね。君が分かるまで教えてあげよう。私のドールの能力について。あの大砲は一つ前の戦いで使ったものだ」
「…?」
「ヒントをあげよう。あの大砲を使った時の相手は、動きが鈍く、耐久力がある相手だったよ。私の生徒なんだけどね」
「……。まさか!」
「分かったかい?答え合わせだ。私のドールの能力は情報を集めてそれに対応した何かを作るというものだ」
「そんな…ドールにそんな、ことが」
「ドールには意思がある。この子は私の目から得た情報をもとにそれに合ったものを作り上げる。もっとも、集団戦には向かないし、一度装備を解くと作った物はただの飾りになってしまうけどね」
「…」
「さらに作るのには時間がかかる。君との勝負だってSバリアがなければおそらく無理な勝負だったね。強いんだか弱いんだかよく分からないドールだよ」
グリージョはまだ痛みに悶えている。
あまりの痛さに体を宙に浮かせていられないようだった。
「天才だったのが災いしたね」
「何…?」
「どうせ今まで大きな攻撃を体に受けたことがなかったんだろう?そのせいで君は痛みに対して耐性がない。レックス君を見てみなよ」
レックスはすでに立ち上がっていた。
多少痛むようでおぼつかなくも見えるが、立ち上がり臨戦態勢に入っている。
「君も一般人ならばおそらくまだ戦えたんだろうけどもう無理だろ?天才だからこそ手に入れられないものもあるんだよ」
「まだ、…戦え…る」
「今君は君が言うところの罪深い人に当たっていると思うんだけど、どうだい?」
「…」
「まぁ、安心してよ。私は君を殺す気はない。しっかり情報を聞き出すつもりさ。だから黙って座っていてもらえるかな?」
マクアドルが高度を下げてグリージョを確保しようとする。
「…るな」
「ん?」
しかし、おとなしく捕まる気はないようだ。
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
「!」
グリージョの体が光り始める。
マクアドルにはそれが何を意味するのかすぐにわかった。
グリージョから離れ、レックスを掴み逃げる。
「先生!あいつは…!?」
「すまないが交渉に命を懸けるつもりはない!あいつは自分の信念を貫き通すつもりだ!」
「どういう…?」
「あいつは自爆するつもり―――」
マクアドルがレックスに教えた直後、会場が爆発に包まれた。




