逆転と逆転
マーシャは唖然としていた。
さっきまで敵に衣服を取られそうになっていたのに、敵がいなくなっている。
気づけばリョウに抱えられていた。
「マーシャ大丈夫?」
話しかけられてようやく我を取り戻す。
「リョウ?」
自分の目をマーシャは疑っていた。
さっきまで動けなかったはずのリョウが目の前にいる。
見たところ傷が塞がったわけじゃない。
「あんた、刀に刺されてたじゃない。何やってんの、早く逃げなさい!」
「…助けたのにそういうこと言うか。マーシャだって刺されてるじゃないか」
「私のは致命傷じゃないわ!まだ戦える、早くあなたは逃げて!」
「大丈夫だから、こいつも一緒に戦ってくれるし」
「こいつって…」
言われて初めてマーシャは気づいた。
リョウのドールの姿が変わっていたのだ。
色はただの白ではなくつやがあり、シルバーに近い。
足や手のパーツに然程の変化はないが、背中に4つひし形の物体が羽のように浮いている。
「あなた、まさか」
「これが俺の二段階目だ」
マーシャは驚いた。
1年生のうちに二段階目に到達するドールは数少ない。
10年に一度出るか出ないかと言われているほどなのだ。
それなのに今目の前に10年に一度の逸材がいる。
「…なら早くしなさい」
「何を?」
「あいつと戦うのことをよ。ドールは進化した瞬間、大体5~10分程度、進化した段階+2段階くらいの力が出せるの!」
「なんでそんなにすごいの!?」
「教鞭をふるっている暇はないわ。ともかく今のあなたならあいつに勝てる、私の仇も取って来なさい!」
「分かったよ、マーシャはレックス達を頼む。すぐに倒して戻ってくる!」
リョウがビムのもとに向かう。
だが、心配だった。
リョウが強くなっても相手を超えられなければ意味がない。
「リョウ!」
マーシャが叫んだので振り返る。
「…死なないでね」
リョウはにこっと笑い再び向かって行った。
衝撃があった頭の部分をビムが撫でている。
相変わらずの余裕が窺える。
リョウがビムの元へたどり着く。
「おしゃべりは終わったのか?」
「マーシャとの会話でも似たようなこと言ったんじゃないのか?」
「よく分かるなぁ。進化と同時に相手の心を読む能力でも身についたか?」
「悪いけど話している余裕はないんだ」
「知ってるぜ、ドールの力が一時的に著しく高くなるもんなぁ。でも俺が―――」
リョウはビムが台詞を言い終わる前に一気にビムに迫る。
ビムはそのスピードについていけず、反射的に盾を創りだす。
ところがその盾はいともたやすくリョウのただの拳に壊され、ビムの腹にリョウの拳が入る。
「ごはぁ…!」
そのままビムは突き飛ばされ壁にぶつかる。
ビムはあまりのことに頭がついていけず、とりあえず防御をするということしかできなかった。
彼の予想を超えている。
そんなビムに休む暇を与えることなく、リョウはすぐに2撃目を入れようとする。
ビムは2撃目を食らわないため周りに球体を出現させる。
リョウは回避するがビムは壁の真ん前で使ったので出現したいくつかの球体が壁に当たり爆発する。
砂煙でビムが見えなくなるが砂煙の中から球体が襲ってきたのでリョウはビムが生きていることがすぐに分かった。
球体を回避しているとビムがリョウから離れるように砂煙から出てきた。
「(時間を稼ぐつもりか。でも)」
リョウは逃げているビムにすぐに追いつく。
自分でもわかるほど、速さが違う。
「てめぇ…!」
「時間稼ぎなんてさせるかよ、さっきまでの威勢はどうした?」
「なめてんじゃねぇぞ!」
突然、後ろから銃声が聞こえた。
振り返るとさっきマーシャに乱暴していたらしき敵がマシンガンだのスナイパーだのを撃ってきている。
「なめるな」と言うがやはり時間稼ぎがしたいらしくその隙をついてビムはまた離れる。
後で人質を取られるのも嫌だったが何より
「あんなひどいことしておいて今更生きて帰れると思ってねぇよな」
距離は10m以上離れているのに、しかも呟いただけなのに敵ははっきりと聞き取ることができた。
危険な匂いがしたが敵は逃げることはできなかった。
ここで逃げればビムに後で何をされるかわからない。
リョウはすぐに近づき1人に拳を入れる。
ただのパンチのはずだが一段階目と二段階目以上では力に圧倒的な差がある。
手で止めたつもりが手のパーツはすぐに壊れ拳は顔に当たり吹っ飛んで伸びてしまった。
逃げたい気持ちはあるがそんなことは許されない4人は一斉に襲い掛かる。
どんなに強くなってるといえどもSバリアが強化されたわけではないのでドールのパーツがないところを殴れば、バリアが壊れ何とかなると考えたのだ。
しかし、その考えは甘いとすぐに思い知らされた。
襲い掛かろうとした途端、リョウの背中にあるひし形の物体が背中を離れ4つともバラバラに散る。
離れた4つの物体は少し離れると4人の背中に向かって襲い掛かる。
敵はリョウにしか集中しておらず離れた物体など気にしていなかった。
無防備な背中にひし形の物体は突き刺さり、核が壊れ敵はリョウに触る前に地面に転がる物体になった。
その敵にまだ足りていない恨みを晴らしたいと思ったが時間もあるのでビムに標的を絞る。
「部下を捨て駒にするなんて、くそ野郎だな」
「俺が勝つために戦ったんだ。捨て駒とはひどい言い方だな」
「倒したら病院で洗いざらいしゃべってもらうぞ!」
「あの女と同じこと言いやがって、俺は負けねぇよ!負けるのはてめぇだ!」
ビムの周りに電気が走る。
しかし、黄色や青ではなく黒に近い紫色をしていた。
リョウに向かって放たれるが避けられないスピードではない。
しかし、そこにビムはさっきの球体を加えてきた。
「これなら避けらんねぇだろ!」
回避しながら進んでいたがさすがに避けきれないと思い、いったん下がる。
しかしその程度では避けきれず球体に当たり、爆発を食らってしまった。
そこにさらにビムは追撃を加える。
「どうしたよ、王子様!?さっきまでの主人公気質はどこいったんですかぁ!?」
勝ちを確実にするためビムはありったけの魔力をつぎ込む。
しかし、攻撃している中不安が頭をよぎっていた。
当たってる感触はあるがどんなに当ててもリョウが落ちないのだ。
空中で戦っている以上、ドールが機能停止すれば落ちるのは必然だ。
これだけ攻撃を加えれば確実に壊れるはず、なのに落ちてこない。
攻撃をやめ、勝ちを確認するため風を使い砂煙を飛ばそうとする。
するとビムが魔法を使う前に風が起き、砂煙が晴れる。
リョウはそこにいた。
無傷で。
リョウの前にはひし形の4つの物体が盾のごとく浮かんでいた。
「さっきので精いっぱいか?今まで避けて損したぜ」
「な…なんで!あれだけ攻撃を受けて…!」
「確かにあんたは最強だ。一段階目を相手にすればな」
「…なんだと?」
「お前は現にこうして俺に手も足も出なくなっている。確かに一年生相手なら、今の一年生なら一段階目しか存在しなかったからおそらく最強だった」
「根拠は?」
「先生たちをどこかに閉じ込めただろ?これだけ騒ぎが起きているのに先生が1人も来ない。今回の魔科祭は一般人を受け付けないから外から警備員を連れてくることはない。先生たちが代わりに警備員をしているはずなんだ」
「よく知ってるじゃねぇか」
「ここの生徒なんだ。当然だろ?今すぐ降参すればここで終了させてやる」
「笑わせんな、俺の勝ちが揺るぐことはねぇ!負けるのはて―――」
「分からない奴だな」
リョウがビムの目の前に移動する。
顔に向かって下から思いっきり蹴りを入れる。
蹴跳ばしたあと、すぐにビムの頭を掴み地面に向かって叩きつけようと急降下する。
「これじゃあ、てめぇが悪役だぜ?」
「言ってろ、ゲス野郎」
リョウは頭を地面に叩きつける。
そのまま右手の拳を加えようとする。
しかし
「!?」
リョウの拳がビムの右手に止められる。
その瞬間、仮面の隙間からビムが笑うのが見えた。
さっきまで圧倒していたはずのビムに吹っ飛ばされた。
リョウは何が起きたか分からない。
「ようやくか…。覚醒が終わるのは」
「なに…?」
「聞いてるだろ?お前はドールが進化したおかげでその段階以上の力を出すことができていた。さっきまではな」
「…まさか」
「そろそろ10分経つころだ。覚醒の制限時間の限界だからなぁ」
「でも、それでも俺は二段階目だ。お前を倒すことは」
「できない」
ビムは悩むことなく即答した。
すぐにリョウに向かって飛び込む。
リョウはひし形の物体を使いカウンターをしようとする。
しかし、ビムの魔法にはじかれ唖然とした。
ビムはその隙を突き首を掴む。
「形勢逆転だなぁ…。しかし、今日は同じことを繰り返しすることが多いなぁ。どうだ、降参するか?そうすれば楽に死なせてやる」
「だれが…!」
「先に言っておくが俺は二段階目のドールには負けねぇぞ?10年に一度といえど一年でもドールが二段階目に到達することがあると聞いている。だから、二段階目に勝てる俺がこの作戦に選ばれた」
「…」
「分かるか?お前はおしまいなんだよ!テレビ中継できないのが残念でならねぇぜ」
「クソッタレが…!」
「言ってろ。あの世でな」
首の骨を折ろうと手に力を入れる。
しかし、首の骨の音が鳴るよりも前に力が抜ける。
リョウの目の前をビムが跳んでいき、代わりによく知っている人が目の前に立つ。
「間に合ったみたいだねぇ。大丈夫かい?」
「ふぅ」と少し焦ったように見せるマクアドルがいた。
しかし、言葉とは裏腹に顔はそんなに焦っていないのが分かる。
「マクアドル先生、遅いですよ」
「申し訳ない。結界の中に幽閉されてたんだけどね、結界を壊すのに時間がかかってしまって」
「それでも警備員かよ」
「本職は教師だ。けっこうやばいかと思って急いで来てみたんだけど、君は元気みたいだね」
「…でも、見ればわかる通り死人が」
「それは君のせいじゃない。私たちが罠にはまり動けなくなってしまったのが原因だ、自分を責めるんじゃない」
「でも…」
話していると爆発が起きる。
がれきの中からビムが起き上る。
仮面が完全に割れ、頭から血を流しているがまだ動けるようだ。
頭を押さえ、歯を食いしばっているのが見える。
怒りからのものだろう。
「私はあいつを倒してくる。君は休んでなさい」
「俺も戦う!」
「君がいたら足手まといだ。覚醒が終わった君じゃ勝てない」
「囮ぐらいには!」
「私は教師だ、生徒を危険にさらすわけにはいかないよ。それに私なら余裕で勝てるしね」
「そんな根拠どこにも…」
「今に分かる」
そう言うとマクアドルはビムの元に向かった。
「いてて…。ったく、俺は今日何回頭を殴られれば気が済むんだ?」
「マーシャ君のときは蹴りが入ったんじゃなかったのかい?」
ドールを展開したマクアドルが悠々とビムの前に現れる。
マクアドルを見るなり、目を見開いて驚きの声を上げる。
「てめぇ、マクアドルか!?いったいどうやって…!」
「あの結界の解き方かい?あんな簡単な結界の解き方なんて教えるだけ面倒なんだけどねぇ」
ビムの顔がさらに驚きに包まれる。
よほど自信があったのか、信じられてない様子だ。
「なにを、言ってる?あの結界が、簡単?」
「余裕過ぎて逆に罠かと思ったよ。私はあまり魔法は得意じゃないんだけどね。さっきも言ったけどマーシャ君のときにはすでに見てたんだ。結界を破壊してね」
「…」
「リョウ君たちには悪かったけどね、あれが進化の近道だと思ってね。いい機会を作ってくれた君には感謝してるよ?でもやりすぎだ」
「…だったら何だってんだ?」
「おとなしく捕まってくれないか?」
「ふざけんな。俺がお前なんかに―――」
「私のドールは五段階目だ」
唐突にマクアドルは言った。
「君の戦いは見せてもらった。覚醒したリョウ君にやられっぱなしだったじゃないか?私の力はそれ以上なのだが…、それでもやるかい?」
「俺が勝つ確率は100%だ」
「100%なんてありはしない。0%はあるけどね。今君が私に勝てる確率は」
そこまで言うとマクアドルは一瞬でビムの後ろに回り込む。
ビムはまったくついていけてない。
「ゼロだ」
頭を地面に叩きつける。
一瞬の出来事だったので、飛び散っている地面の石と音が合っていなかった。
ビムはそのまま気絶した。
戦争が終わった。
早くもここまで来ました。
こんな、まぁバトル主体の物語ですが読んでくれている方々はありがとうございます。
これからもよろしくです。




