王都で③
難産だった……この話でも視点変更があります。
一人称で書くと、裏の事情とか書けないのが辛い。
他の作家さん、よく書けるなぁとつくづく思いました。
最初に違和感に気づいたのは、シェリアの言動からだった。
「ねぇ、レンちゃん。せっかくだし、ちょっと遠回りしてから宿に戻らない?」
「あれ? 宿に戻ってトムさんと合流するんじゃなかったのか?」
「大堤防、見たいって言ってたから」
「まあ、見たいけどさ。ルーナディカのことも気になるし、トムさんと合流してからでもいいよ」
「そう? じゃあ、何か食べたいとかない? 王都って、きっと食べ物も美味しいよ?」
「宿でも食えるしなぁ……」
おかしい。
おれと違って真面目なシェリアがこういった寄り道何かを提案してくるのは珍しいことだ。
そのことに思いあたり、おれはようやく気がつくことができたのだ。
――誰もいない。
迷い込んだ上流階級が暮らす閑静な区域であるからとはいえ、こうも人がいないものなのだろうか?
立ち並ぶ貴族や豪商の屋敷の門前にも、誰も衛兵が立っていない。
まるで、世界におれとシェリアの二人だけが取り残されているかのようだ。
「おい、シェリア。おかしい感じがしないか? ここにいてはいけないような気分がしないか?」
「うん。なんだか、ここに居ると心細いよ。やっぱり、貴族様の住んでいるところだからかな?」
違う。そうじゃない。
これは『人払い』の結界の魔法だ。
しかもかなり広範囲に展開されているようだ。
この道の先にはおれたちの宿屋があるが、そこへ至る前の分かれ道に入れば王宮へとつながる大通りがある。
「シェリア、走るぞ!」
「え、ちょっと待って」
シェリアの走る速度に合わせて走り出す。
この『人払い』、シェリアには作用したが、魔法の使用者と使用者が指定した者。そして、強い魔力を持つ者には抵抗されてしまう弱点がある。
故におれには通用しなかった。
だけど、シェリアの魔力はけして弱いものではない。
まあ、貴族の屋敷を守っている衛兵ですら排除しうるのだから、相当レベルの高い何者かが動いているようだ。
そして、目的は恐らくはあの幼くも気高い王女だろうな。
まあ、まったく関係ない可能性もあるが――
「ねえ、レンちゃん。こっちは王宮だよ? わたしたちが近くに行ってもいいのかな?」
シェリアは王宮方面に行くのに躊躇いを覚えているのを見て、やはりこちらが魔法の発生源だと思う。
「シェリア、これは『人払い』の結界だ。だから、おまえはこっちの方に行きたくないという気持ちが強くなってるんだ」
「『人払い』?」
「効果範囲内にいる者たちの精神に働きかけて、施術者の企図した場所から人を遠ざける結界魔法だ」
王宮方面からということであれば、ますますあの王女を狙う刺客によるもののような気がする。
「シェリア、ちょっと待て」
通りの途中にあった武器屋に飛び込み、おれはひと振りの長剣掴むと店を飛び出しシェリアに合流する。
「ちょっとレンちゃん、それ!」
「緊急時だ! 後で払いに来れば問題ない!」
戻る気ねぇけど(ぇ?)。
『人払い』って、こういう使い方もできるからなぁ。
盗賊たちにこの魔法が普及すれば、結構厄介なことになるであろうが、この魔法が仕える程の腕があれば、盗賊なんぞに身を落とさなくても食っていける職はいくらでもある。
それに執着している物がある場所に対しての効果は薄いため、宝物庫などの周辺でかけても効果が薄かったり、またそういったところには魔法対策の結界が幾重にも張られているため、そもそも使えなかったりする。
だが市街に潜伏して、現地調達する際には非常に役立つ魔法だった。
まあ、当時の同僚たちや部下たちの目が冷たかったのも事実だけど――
走りながら、盗ってきた長剣の握り具合を確かめる。
時間がないので、適当に掴んできたものだ。
店頭に置いてある程度の並程度の品質であるのは仕方がない。
が、武器がないのはもっとまずいからな。
「もう……ほんとに後で返しに来るんだよ?」
「ああ、わかってるって!」
シェリアに返事しながら角を曲がる。
そして、おれたちはたどり着く。
力を抜き、ただ立ち尽くしているルーナディカ。その足元には血だまりが出来つつある倒れたトムさん。
そしてルーナディカに抜き身の長剣をぶらりと握ったまま近づく少女――。
「トムさん! ルーナディカ!!」
「――レン!?」
ルーナディカが俺たちの方へと振り向く。
――その顔は笑顔を浮かべていたが、その両目からはとめどなく涙が溢れていた。
「覚悟を決められましたか?
わたしの問いかけにこの国の第四王女――ルーナディカ・ランディ・セレーム王女が、そっと地面に抱えていた男を横たえる。
感謝の言葉だろうか、小さく呟いたあとわたしへと向き直り、歩いてきた。
今からわたしに殺されるというのに、涙こそ流しているものの、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいるのを見て、敬意を覚える。
これから死ぬというのに、笑顔を浮かべることができるその精神力。
まだ十二歳だというのに……
先程、この憐れな王女を守る男をわたしは斬った。
村人風の格好だったが、元は傭兵か冒険者の戦士だったのだろう。
かつてはそれなりの腕を持っていたに違いない。即死にはならないよう、急所を避けて斬りつけた。
そして王女は『白霧』を使う――ここまでは予想通り。
だが、そこからの王女の行動は、わたしの予想を裏切ってくれた。
王女からしてみれば、ただの平民に過ぎないその男。
急所を外してあるとはいえ、けして浅傷はないその傷からは止めどなく血が流れている。
即死ということはなかったにしろ、早く止血などの応急処置を施さなければ死んでしまう。
そんな彼が流す血にまみれながらも、王女はその小さな身体で成人男性を必死に抱え(身長の関係で引きずってしまったようだが)、逃げようとしていた。
王族であれば、下々の者が自分を守って犠牲になるのは当然とばかりに、王女もまた男を囮にして逃げるものだとばかり思っていた。
そうなっていれば、彼を置いて一人逃げた王女を殺害し、その後に戻って男を治療してやるつもりだった。
それなのに、現実はどうか。
命が狙われている恐怖を味わいながらも、彼女は必死で、しかも男も見捨てずに逃げようとしたのだ。
王族としては甘いのかもしれない。
それでもわたしは、初めて自分よりも年下の子供に敬意を覚えた。
そして残念なことに、そんな彼女をわたしはこれから殺さなければならない。
――ほんとうに嫌な任務だ。
せめて苦しまずに死ねるよう、全力の一撃を放つ。
わたしの目の前まで進み、王女が足を止める。
怖いだろうに、それでも恐怖を微塵も見せず、笑顔のままだ。
本当に強い……そして惜しい。
なぜ、彼女が死ななくてはならなくなったのか?
彼女を死なさざるを得ない状況に追いやった人物は、いまだのうのうとしている。
わたしは心に決める。
貴女を死に追いやることになったその現況、それを作り出した人物は必ずわたしが報いを受けさせるから。
それが貴女を殺すわたしができる唯一の手向けです。
心の中で彼女に語りかけ、ゆっくりと剣を構える――だが、その時。
「トムさん! ルーナディカ!!」
「――レン!?」
その声に、王女が弾かれたように振り向く。
笑顔こそ浮かべていたが諦めの色が宿っていたその瞳に、その声が聞こえた瞬間確かに喜びの色が見えた。
その笑顔にわたしは思わず剣を止めてしまった。
目線だけを声の方に向ける。
そこには少年と少女が立っており、抜身の剣を下げた少年は、わたしのほうを鋭い眼光で睨みつけていた。
どうやら彼女を殺すには、いま一人排除する必要があるようだ。
そう思いつつも、わたしは彼女を殺す機会が伸びたことに少しほっとしていることに気がついていた。
ふ……話が進んでない(笑)
でも、次回は再び戦闘かな。迫力あるシーンが書けるかどうか。