王都で②
後半から別人物の視線から見ています。
それにしても、みんなどうやってタイトルを考えているんだろう……
セレーム王国王都レムリア。
街の中央を流れる大河、アミル河の河口にある港を基点に発展してきた都市である。
先のアロンシグマ神聖皇国の内戦に巻き込まれなかった、数少ない国の一つであるため、最近発展が著しい。
街の中には多数の水路が引かれ、船による人や物資の移動を見ることができる。
大河と海沿いに発展してきた街のため、度々水害によって悩まされてきたが、着工から二百余年かけて完成した大堤防と水門により近年はそれほど大きな水害にはあっていない。
大堤防の上部は一部解放されており、いまではレムリアの観光名所として多くの人々が訪れている。
「――だってさ。あとで、大堤防登ってみない?」
「はいはい、お仕事が終わったらねぇ……」
おれの方を見ることもなく、村から持ってきた品物を整理しているシェリア。
――おかしい。おれのほうが前世からの記憶がある分、精神年齢が高いはずなんだけど、なぜかシェリアのほうがおれを子供扱いしている気がしてならない……大堤防、登ってみたかったのに。
宿屋のカウンターから持ってきた、レムリアの観光案内っぽいチラシを丸めてズボンのポケットに突っ込む。
「で、次はどこに行くのさ?」
これまでに野菜と肉、さらに毛皮などをそれぞれの店に売って、逆に村のために布や糸などを購入してきた。もう、残っている品は少ない。
「んー、レンちゃんは薬草を持ってきてたよね?」
「ああ、嵩張らないし」
「じゃあ、次は薬屋さんとこかなぁ」
手に広げているのは、トムさんがおれたちに書いてくれた王都の地図。
普段は村の唯一の商店の主人であるホルツさんと、トムさんの二人が王都へと訪れているため、おれたちはその地図に沿って店を巡っていた。
ちなみにおれとシェリアは字の読み書きができる。
シェリアと二人でトムさんの奥さんであるロゼさんから教わった。ロゼさんは、元魔法使いで治癒魔法を得意としていた。
シェリアの魔法の師でもある。
まあ、おれは前世の知識があるから字は元々読み書きできたんだけど、教わるふりをしていたのだ。
地図に沿ってしばらく歩くと、薬屋の看板が見えてきた。
店の中に入ると、カウンターに爺さんが座っておりリッド村から来たと告げる。
爺さんは笑顔を浮かべて、おれが持ってきた薬草を鑑定する。
おれもシェリアも薬草の相場は知らなかったが、トムさんが大体の相場を書いたメモを渡してくれていたので、それと照らし合わせながらシェリアが交渉を行った。
薬草を全部買い取ってもらうと、今度は村で使用するための風邪薬や傷薬などの薬を購入する。
購入したものはおれが背負っている袋の中へ詰め込んでいく。
ようするにおれはただの荷物持ち。買い物に、前世の知識はまったく役にたちません。
「んー……ダメだぁ」
薬屋を出て、少し歩いたところでシェリアが溜息をついた。
「何がダメだったの?」
「値段交渉。あのね、父さんとホルツさんが大体の相場の値段を書いたメモをくれてたんだけど、ほとんどの品がそのメモの最低限の値段で買い取られちゃった」
「ああ、なるほど……」
初めての交渉で海千山千の都会の商人を相手に、いくら少しは勉強しているとは言え村娘が敵うはずもない。
むしろ良くやったほうじゃないの?
ふと――シェリアが足を止めた。
いつの間にか開けた場所に出ている。
どうやら上流階級が住まう地区へと出てしまったようだ。広場の先には貴族の屋敷と見られる立派な門構えの大きな屋敷が並んでいる。
「ありゃ、これは場違いな場所に来ちまったな」
道に迷ったのかと思ってシェリアを見ると、シェリアは中でも一際大きい門構えの建物を見ていた。
門を中心に、ここからでは端が見えないほどの長さの壁が続いている。
その敷地内には幾つもの建物が建っており、周囲の貴族の屋敷が何軒も入りそうだ。
「でっかい屋敷だな。王族の離宮?」
「違うよ。ここは王立学院」
シェリアの声音に憧れの色が混じる。
「この国の最高学府。貴族や富裕層の子供たちがここで学んでるの。ここの卒業生は官吏や騎士になる人が多く、優秀な成績を修めたら中央――皇国に仕えることもできるの」
へぇ、そんなものがあったのか。
おれ、現場からの叩き上げだったしな。そいえば、おれの前世の女房はどっかの学校出たとか言ってたな。
結婚する前はおれの副官をしてたんだけど、優秀だったからあいつに書類をほとんど投げてたし……元気にしてるかな? 娘が産まれたばっかりで俺が死んじまったから、苦労をかけただろうな。
まあ、生活に困らないくらいには金あったはずだけど。
「シェリアは官吏とか皇国に仕えたいのか?」
「違うよ。魔法を勉強したいだけ。母さんから魔法を教えてもらっているけど、やっぱりそれだけじゃ足りない」
「あの村で魔法を覚えて何するっていうのさ?」
「治癒魔法や補助の魔法を覚えたら村のみんなの力になれるかなぁって。それに勉強したら、今日みたいな失敗がなくなるかもしれないし」
どうやらシェリアは値切られたことに相当オカンムリらしい。
「でも、うちの経済事情じゃとてもじゃないけど入学料も授業料も払えないから、夢でしかないけどね」
その時、ふとおれの脳裏にルーナディカの顔が頭に浮かぶ。
あいつ、第四位とはいえ王女なんだし、コネになるんじゃね?
「でも、確かにここはわたしたちには場違いだよね。帰ろっか」
シェリアがくるりと身を翻し宿の方向へ歩き出した。
「感謝を、トム殿」
「いえいえ、お気になさらず。王族の方とコネが出来ると思えば、このくらい安いものですよ」
「わたしには何の権力もないぞ?」
「ルーナディカ・ラン・ディ・セレーム王女殿下というその名前に価値があるのです。よろしけば、一筆程度でも書いていただけたら」
「その程度でよければ、王宮に着いたら用意しよう」
トムという名のリッド村の男と共に、当初は王宮を真っ直ぐ目指していたが、途中せっかく街を歩くんだしということで、見物しながら歩いていた。
刺客が襲ってきたのに、何を呑気なことをと思うものもいるだろうが、そんなことを気にしていては王族など、やっていられない。
元冒険者という彼の実力は、あのビージャスには遠く及ばないものの、ベテランという領域にある。
護衛役としては十分な力量だ。
まあ、あの前世の記憶を持つとかいう、レンという少年に比べればというのもあるが、彼とビージャスの二人は規格外の強さだった。
冒険者か傭兵のギルドに登録すれば、そう遠くないうちに二つ名を名乗ることが許されるだろう。
「レンとシェリアの二人だけで行かせてしまって良かったのか? そなたら、そもそも王都へは商売をしに来たのであろう?」
「うーん、不安といえば不安ですがね」
頭を掻きながらトム殿は苦笑を浮かべた。
「メモも渡したし、損にならない程度には頑張ってくれると思ってます。それに、うちの娘はわしより賢いんで」
「――前世の記憶を持つレンもいるから?」
「ああ、あいつには期待してません」
肩をすくめつつ、大きく腕を交差させてバツ印を作るトム殿。
「確かに、あいつは字を覚えるのも、数の計算を覚えるのも早くて驚きましたが、転生者であるということなら納得できました。ですが、たとえ前世の記憶があっても、あいつはお人好しすぎて商売には向いていません」
「なるほど」
――レン・リッド。
横転した馬車からどうにか逃げ出したところに鉢合わせた少年。
みすぼらしい格好して茂みの中に潜んでいたため、最初は襲撃者の仲間と思い込んでしまい、我ながらやりすぎ感のある《水竜弾》を放ってしまった。
しかし、彼は至近距離からの《水竜弾》をかわし、そのあとは男たちを数人倒したあと、あのビージャスとかいう傭兵と互角に渡り合ったという。
他の男はともかく、ビージャスには不意打ちを受けて死んでしまった護衛の騎士たちでも到底敵うことはないと思う。
つまりレンは彼らよりも強い。
――惜しいな。
純粋にそう思う。彼が騎士を目指せば、間違いなくなれる。皇国の最精鋭、天帝騎士団への入団も認められるかもしれない。
あのシェリアという、トム殿の娘の治癒魔法もなかなかの腕前だった。
あれだけ痛めつけられたルーナディカの身体から、まだ多少の傷みはあるとはいえ、回復させたのだから。
――お祖父さまに会わせてみたい。
わたしが王都へと来たのは王命でもあったが、お祖父様から王都にある王立学院へ通ってみないかという提案があったからだ。
先の国王であるお祖父さま、イルファン・クラウ・ディ・セレームは賢王と名高く、わたしが家族で最も愛している方だ。
先の皇国の内戦にも参加せず中立を守り、その結果として国が豊かなままで終戦を迎えることができた。
残念ながら、参戦しなかったということで他国より避難の声が上がり、その積を参戦派だったお父様に糾弾され王位を息子に譲ったそうだ。
わたしが生まれる前の出来事なので、正直内戦がどういったものなのか、物語で知るしかなかったが、王都レムリアの活気を見るに結果としてお祖父さまの判断は正しかったとわたしは思っている。
お祖父さまは人を見る目が鋭く、多くの人材を適材適所に振り分けて今の繁栄を築き上げた。
そのお祖父さまがレンを見たらどのように判断するのだろうか――?
ああ、さっきからレンのことばかり考えている。
彼は騎士になる気はないと言い切っていた。つまり、これから王宮に戻り貴族や金持ちの子息が通う王立学院へ入学するわたしとは、もう会う機会はないだろう。
いや、でもお礼を直接渡したいとか言えば――
「殿下」
あれこれ考えていると、不意にトム殿が声をかけてきた。
貴族街もかなり進み、いつの間にか王宮の門が見えてきていた。
「わしはこの辺に来ることがないので、良くわからないのですが――」
その言葉でわたしも気づく。
「王宮の前ってのは、こうも人気が無いものなのですか?」
そんな馬鹿な。
人が一人も、犬や猫すらもいない。
「これは――」
「《人払い》の結界魔法?」
《人払い》の魔法はそう難しい魔法でない。
しかし、効果範囲や効力は術者の実力に比例する。
最重要防衛拠点の一つである王宮の門の前から守衛が消えている。門の警護という使命感をすら上書きするレベル――並大抵の実力ではない。
「誰か来ます」
前方からゆっくりと歩いてくる女性――いや、レンやシェリアよりも少し年上といった程度の少女。
トムが腰に帯びた剣を抜いたのを見て、わたしも細剣を抜き身構えた。
「どうも逃げたほうが良さそうな気はしますがね……」
「でも、そう簡単に逃がしてはくれると思えない」
「ですねぇ」
「そちらの方だけでしたら、見逃すことはできます」
少女が口を開く。
「わたしの目的はあくまでルーナディカ王女の命だけですから」
白を基調とした服。細身だが、ルーナディカの持つ細剣よりも刀身の長い長剣をぶらりと構えている。
「うむ、これ以上は迷惑をかけられない。トム殿、行かれるが良い」
「そうはいきません。逃げたいのは山々なんですが、ここで逃げ出してはあとで娘から確実に叱られる」
(殿下、水精霊系が使えるなら《白霧》とか使えませんか?)
(使えるが、呪紋を展開するのを相手が待ってくれるとは到底思えない)
(そこはわしが突っ込みます。わしが仕掛けたら、殿下は呪紋を)
(――了解した)
レンのことをお人よしとは言えないな。トム殿も十分にお人好しだ。
「――先手で行かせてもらう!」
走り出し少女にトム殿が斬りつける――
キィン――
澄んだ音ともに、トム殿の剣が半ばから短くなっていた。
折ったのではない、斬ったのだ。
一瞬、呆然とするトム殿。
そして――
一瞬、少女の持っている剣が霞んだかと思うと、トム殿がゆっくりと崩れ落ちる。
「《白霧》! トム殿!」
「む……!」
同時に白霧が周囲を一気に包み込む。わたしは更にその場で《氷矢》の呪紋を描き、トム殿に当たらないと思われる高さで何発も撃ち込む。
「ち!」
舌打ちとともに、飛び退くような足音。
さらに数本の《氷矢》は剣で叩き落とされたようだ。
この視界が無い状態で気配だけで叩き落としたのだろうか? 彼女の実力にぞっとする。
それよりもトム殿は!?
牽制にさらに《氷矢》を撃ち込みながら、トム殿が倒れていた場所に走る。
「ぐぅ……」
――大丈夫だ。息はある。気を失っているだけだ。治癒魔法をかければ、助かる。
とにかく、レンのとこへ急ごう――
わたしはトム殿の腕を肩に回し、トム殿の足を引きずって歩き出す(わたしはまだ十二歳なのだ。大人の男性を抱えるなんて、できるわけがない)。
逃げきれるとは思えない。この白霧の中、《氷矢》を落とす技量の持ち主である。
正直、ビージャスといい何でこうも凄腕にばかり狙われなければならないのか。
泣いちゃダメだと思うけど、目から涙が溢れてくるのを抑えきれない。
――そんなにわたしが生きていては困るのか。
「一人で逃げれば、ほんのわずかにでも逃げ切れた可能性があったのに、その男を抱えたまま逃げようとしているとは、わたしも舐められたものです」
すぐ背後から聞こえる少女の声――
「――お分かりでしょうが、その人は急所は外しておきました。ですが、そのまま抱えたままですと、あなたごと斬ってしまいますよ?」
わたしはそっとトム殿の身体を自分の足元に横たえた。
「彼は見逃して欲しい」
「わたしはあなただけが目的なのです。それ以外の人には興味がありません」
「そうか……ならばよい」
わたしは泣きながら笑みを浮かべた。
せめて殺されるなら、笑って死んでいきたい。ふとそう思ったのだ。
「――覚悟を決められましたか?」
少女がゆっくりと歩いてくる。その手にはわたしの命を刈り取る長剣。
目を閉じて、その瞬間を待とうとした瞬間――
「トムさん! ルーナディカ!!」
「――レン!?」
振り向くとそこにはレンとシェリアの二人が立っていた。
展開が早いかな。もう少し街での買物とか書こうと思ったんだけど、ざっくり削除。
買い物シーン、展開が間延びするだけな気がして……