王都で①
少し、説明回入ってます。
本当はまだ書きたかったけど、やっぱり仕事のあとで力尽きてしまいました……。
「――んっ……」
微かな身じろぎをする音と共に、小さな声が聞こえた。
シェリアが掛けていた椅子から立ち上がると、ベッドへと歩み寄り覗き込む。
「目覚められましたか? わたしの声がわかります?」
じっとシェリアを見つめる王女。まだ頭がうまく回っていないようだ。
ひとしきりまぶたをぱちぱちさせたあと、ゆっくりと上半身だけをベッドの上に起こす。
「……ここは?」
「王都の宿屋です」
「そうか……私は生き延びることができたのか」
く、暗い……。
まあ、彼女にしてみれば、護衛の騎士たちは全滅してしまい、自分だけ助かってしまったのだ。空気も重たくなるというものだろうが――。
「怪我が消えているな」
「恐れながら、わたしが《小治癒》の魔法をかけさせていただきました」
シェリアは簡単な回復魔法を使える。ちなみにおれは使えません。
「とりあえず、自己紹介と行きませんか? 事情も聞きたいこともありますし」
「父さん、むしろ聞かない方がいいかもよ?」
場の雰囲気を変えたかったのかトムさんが明るく告げたが、そこに鋭くツッコミを入れるシェリア。
確かにシェリアの言うとおり。
王族を暗殺しようとしたんだ。下手に事情を聞いて、巻き込まれても困る。
とはいえ――
「取り逃がした奴がいるなら、もうすでに巻き込んでしまっている」
取り逃がしたんじゃなくて、おれたちが逃げたんだけど、ビージャスはきっとおれたちも探すだろうな。
ああ、面倒くさいことになってきた。
「そうだな。とりあえず自己紹介だろうな」
「では、我々から。わたしはトム・リッドといいます。こちらの娘がシェリア・リッド。それからレン・リッド」
トムさんが代表しておれたちを紹介する。おれとシェリアは自分たちの名前言われた時に軽く頭を下げておく。
「王都から二日ほど離れたところにある、リッド村の出身です。王都へは、村の特産物を売りに出てきたところです」
「そうか。わたしはこの国の第四王女。ルーナディカ・ラン・ディ・セレーム。この度のこと、多大なる感謝を。本来であれば、感謝の品を贈りたいところではあるが、何分今は持ち合わせがない」
「お気になさらず、王女殿下。それで一体、どうしてあのようなことに?」
「わたしにもわからない。わたしは第四王女で、正直なところ王位継承権も低く、他国に嫁ぐことが唯一の利点のような者。わたしを暗殺したところで何もメリットはない」
確かに。彼女の言うとおり、第四王女なんて微妙な立場の人間を暗殺しても、どこに利益があるのだろう。
それに権力闘争をするにしても、このセレーム王国の国王はいまだ四十半ば。譲位するにはまだ早すぎる。
でも、そんなことよりもおれにはどうしても気になることが一つだけあった。
「レンちゃん、どうしたの? そんな難しい顔をして」
さすがシェリア。幼馴染の目は誤魔化せないか。
おれがさっきから王女殿下を見つめながら、何事かを考え込んでいることに気がついたようだ。
「何だ? 気になることがあるのなら、なんでも言うが良い。あと、口調もわざわざ変えずとも良いぞ」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
王女の許しももらえたので、おれはさっきから気になっていたことをズバリと言うことにした。
「あんた、一体いくつだ? 見た目、おれたちより年下だけど、実は二十歳越してるとか?」
「わたしは十二歳だ」
マジか!
「さすがにレンちゃんみたいに、二十歳超えとは思わないけど、お姫様ともなるとすごいねぇ」
シェリアが目を丸くする。
「王族なら当たり前だ。幼き頃より促成栽培のごとく教育されるからな。たとえ、第四王女という政治的にはなんの力もない王族であっても、他国へ嫁がせたりと外交の道具には使用するのだ。王族に限らず、貴族であっても程度の差はあれ、庶民に比べれば精神的な成熟は早くなる。それよりも――」
ルナーディカがおれに目線を向ける。
「そなたこそ何者なのだ? あの傭兵と渡り合える腕の持ち主。さぞや高名な武芸者の弟子のようにも思えるが、そのわりには身なりは村人のようであるし」
「正真正銘の村人さ」
「だが、わしも気になるな?」
腕組みをして頷くトムさん。
「わしは弓矢と狩りの仕方は教えたが、剣は教えておらん。それに、明らかにわしよりも強い」
「うーん、天才?」
小首を傾げながらシェリア。というか、その一言で済ますか……?
「まあ、正直に言うと、前世の記憶っぽいものがあるんだ」
剣術を始めとした体捌きや格闘術。それに魔法の知識――。
「どうも、前世は騎士か傭兵だったんじゃないかな。恐らくは傭兵」
話終わっても、三人はしばらく黙り込んだままだった。
まあ、そりゃそうだ。前世がどうとかって、何かの怪しい宗教かっての。
「なるほどな。転生者ということか」
王女が納得したかのように頷く。
って、あれ?
「あれ? 信じるの?」
「嘘をついているのか?」
「いや、そんなことはないんだけど」
そんなに簡単に信じちゃっていいの?
「ならばよい。それに転生者であるならば、あの腕にも納得できる。それで、前世は何者だったのかわかるのか?」
「さあ、そこまでは……。ただ、礼儀作法とか曖昧なので、傭兵だったんじゃないかと」
英雄でした! とは言えん。
「しかし、殿下。レン坊の話をどうして信じられるのです? 正直、同じ村の出身であるわたしにも信じられないのですが」
「転生者という者がいないわけではないことを知っているからだ。そなたらも知っているだろう? 我が国の盟主国であるアロンシグマ神聖皇国の聖皇女聖下もまた、転生者であらせられるからだ」
アロンシグマ神聖皇国。
このセレーム王国も含めた十二国を属国とし、大陸の半分を支配する超大国。
その頂点に立つ者が聖皇女である。
聖皇女は世界を創造したとされる四大精霊神のうちの一柱が、人へと転生した者で、今の今上聖下は風の精霊神リーシェの転生だ。
「けしてありえないとは言い切れぬ」
「そっか、レンちゃん前世の記憶があるんだぁ。だったら騎士にもなれちゃうんじゃない?」
「騎士になりたいなら、わたしも少しは力になれるかもしれないぞ」
「うーん、あんまり興味がないなぁ」
かつて、散々国のために戦ったんだ。今さら騎士になんてなりたいと思わない。
「どちらかというと、冒険者のほうが興味ある。でも、母さんもいるし村から出たいとは思わない」
「そっかぁ」
なぜか、嬉しそうに微笑むシェリア。
せっかく平穏な生活を手に入れたのだ。確かに、村の生活には刺激がないけど、平穏が一番だよ?
「ところで、殿下。これからどうなさるおつもりで?」
「王宮に向かう」
「暗殺されそうになったのに、大丈夫なのか?」
王宮にこそ、この暗殺事件の黒幕が絶対にいそうだ。
「王宮内で王族に迂闊に手をだしたりはしないと思う」
「そうか。なら、わしが送っていこう。レン坊とシェリアは村の品を持って、いつもの商会に行ってくれ」
「感謝を。世話をかける」
トムさんにルーナディカが軽く頭を下げた。
「そなたらはしばらくこの宿に滞在するのか?」
「滞在するといいましても、一巡りの間くらいですが」
「なら、此度の働きの報酬をそれまでに届くよう手配しよう」
「ありがとうございます。殿下」
「うむ」
ルーナディカがベッドから立ち上がる。
「まだ少し、身体がふらつくな」
「殿下、いくら傷を魔法で癒したとはいえ、まだ動かれるのは早いかと」
シェリアの言葉に首を振って。
「いつまでもここにいれば、また刺客が来てしまう可能性がある。そなたらをもう巻き込むわけにはいかない」
拾ってきていた細剣を受け取り、腰におびた。
「トムとやらにはもう少し付き合ってもらうが、レン、それにシェリア。本当に世話になった。もし、心変わりして騎士になりたいと思うなら、わたしを訪ねてきてほしい」
「ああ」
「王女殿下もお気を付けて」
「うむ。本当に世話になった。そなたらに感謝を」
おれたち二人に頭を軽く下げ、そしてにこっと笑ったその笑顔は、年相応の少女のものだった。
シェリアのセリフ『王女殿下』から『お姫様』に修正。