出会い
う~ん、タイトルが思い浮かばない。
大振りな木の枝の上でおれは気配を隠す。下には一匹の野ウサギ。
木の根元には集めて置いておいた、野いちごが置かれてある。
ウサギは時々立ち止まっては周囲を伺いながら、徐々に根元へと近づいてくる。そしてウサギが野いちごを口にした瞬間――
トスッ――キュッ.
枝から飛び降り、おれの全体重を乗せたナイフが、うさぎの首筋に突き刺さった。
「おう、レン坊。今日はうさぎか? 大したもんだな!」
「こんにちは、トムさん。後でウサギの毛皮とその鳥肉を交換してくれる?」
「わかった。ロゼに捌いてもらうから、夕方くらいにでも取りに来い」
「うん、わかった」
森からの村への帰り道、今日の戦果らしい山鳥五羽を背中に吊るしたトムさんに出会った。
トムさんはおれの生まれたこの村――リッド村で一番の腕利きの狩人だ。
元冒険者だったというトムさんは、おれが小さい頃に預けられていた家の主人で、一応おれの狩りの師匠として7歳のころから弓やナイフの使い方を教わっている。
もっとも、前世からの記憶と経験を持っているので、弓矢はともかくナイフは使えたんだけどね。
弓矢?
いあ、攻撃魔法あれば弓矢は使わなかったから、前世では使えませんでしたよ?
トムさんに習った今でも実は苦手……。
今日みたいに気配を隠して、枝の上から飛び降りて捕まえたり、ナイフを投擲したりするほうが得意です。
初めて触る(ということになっている)ナイフをおっかなびっくり扱うフリをしながら、狩りを覚えていったんだ(弓矢は演技の必要もなく、明後日の方向へ飛んでったけど)。
なぜ、そこまでしたかって?
それは食糧事情の改善のため。
母さんの作ってくれるスープは美味しいけど、やっぱり鍛え上げられた身体を作るには滋養に溢れた肉でしょ、やっぱり。
というか、肉食いてぇ! の一心でした。
というわけで、トムさんに狩りを習い始めてから七年――十四歳になった今では、不自然ではない程度に昔の経験を活かして狩りをしている。
村まで一緒に歩き、馬小屋に行くというトムさんと入れ違いに、女の子が歩いてきた。
「レンちゃん」
「やあ、シェリア」
おれと村で唯一の同い年で幼馴染のシェリアだ。
トムさんの一人娘である。
村で一番の大男で、冒険者だった頃から衰えていない盛り上がった筋肉を持ち、その反面、少し腹の出てきたごついおっさんであるトムさんから、どうしてこんな? と聞きたくなるような可憐な女の子だ。
ふわふわとした金色の髪に、ぱっちりとした青い瞳。
村娘なので質素な服に身を包んでいるが、綺麗なドレスを着せれば貴族として通用するんじゃないか? というか、前世では貴族ともけして付き合いがなかったわけじゃないので、いろんな貴族の姫君を見てきたが、シェリアのほうが可愛い気がする……。
まあ、贔屓目もあるかもだけど。
ちなみに金髪はトムさんの奥さんであるロゼさん。青い瞳はトムさんからの遺伝だ。
トムさんの随分と寂しくなった髪の色は、白髪混じりの灰色だ。
シェリアめ……いいとこ取りしたなぁ。
ちなみにおれの今世の顔は平凡です! 母さんは、結構綺麗な顔立ちしてるいのに……きっと親父に似たんだろう。
脳内で顔も見たことない親父を罵倒していると。
「何よ……じっと見て」
「いや、何かムカつく」
「ちょ、人の顔を見るなりどういう意味よ!?」
「ちょっと僻んだだけだよ。気にしないでくれ」
「そんなこと言われても気になるわよ!」
シェリアはむくれると、おれを上目遣いに睨んできた。
これ以上からかうと、シェリアの必殺グーパンチが飛んでくる。
元冒険者の娘として、簡単な護身術程度をシェリアは身につけている。ただの村娘だと思って手を出してきた旅の若い男を、いとも簡単に叩きのめした姿を何度も見た。細身の癖に、結構いいモノ持ってるんだよな。
「で、何か用?」
「うん、あのね。明日から父さんと一緒に王都に行くんだけど、レンちゃんも一緒にどうかなって」
「ああ、それでトムさん馬小屋に行ったのか」
馬小屋にはこのリッド村唯一の荷馬車がある。村のみんなでお金を出しあって購入した、共同で使用している馬車だ。王都へ何か用事がある際には貸し出されていた。
リッド村から王都までは、馬車で2日ほどの距離である。トムさんは馬車の整備に行ったのだろう。
「ホルツさんも一緒?」
「ううん。ホルツさんとこは今、娘さんが臨月迎えているから今回は村に残るんだって」
ホルツさんというのは、この村唯一存在する雑貨屋の主人だ。
村での交渉事や村で採れた品物を売りに行く際は、たいていホルツさんとトムさんが行っていた。二人に村のみんなが品物を委託して売ってきてもらっていたんだけど、もうすぐ孫が産まれるとあってはさすがに村に残りたいようだ。
「だから今回は父さんが村を代表して行くんだって」
「トムさん、元冒険者だからなぁ。確かにホルツさん以外では適任だよね」
ほとんどの村人たちは、自分の村から外へ出ることは滅多にない。
海千山千の人々が暮らしている王都なんかへ純朴な村人が出向いたら、いいようにぼったくられてしまうだろう。
その点、トムさんは冒険者として旅をしてきていたし、ある程度の物価というものも知っている。それに今までホルツさんと一緒に王都へは何度も行っているわけだし、適任と言えるだろう。
「それでね、わたしも勉強も兼ねてお父さんに付いて行くんだ。レンちゃんも、最近王都へは行ってないでしょう? それでどうかなって……」
おれは頭の中で素早く今家の中にある売れるものを考える。
(干し肉もあるし、畑で採れた野菜も結構ある。そういえば、この間見つけた薬草もあったな。塩とか調味料も欲しいし、行くかな)
「いいよ、おれも行く」
「うん」
おれが頷くと、シェリアは嬉しそうに微笑んだ。
ゴトゴトゴト――。
翌日、おれとトムさんとシェリアの3人は、朝日が昇るころに王都目指して出発した。
御者はトムさん。
おれとシェリアは荷台だ。村の人から預かり積み込まれた品物の隙間に無理やり座っている。馬車小さいからな。
人が乗れるスペースはほとんどないんだ。
ちなみにこの王都への街道の道沿いは延々と森が続いている。
村を出たばかりの頃は少しはしゃぎ気味だったシェリアも、今は荷物に寄りかかって居眠りをしていた。緊張感の無い奴め。
王都から2日程度しか離れていないとはいえ、この森の中にはゴブリンやコボルトといった妖魔や、魔獣など人を襲う魔物たちや、時には野盗だって出ることがある。
けして安全な道のりではない。
とはいえ、周囲は森で暇なのは確かだ。
御者をしているトムさんには悪いけど、おれも寝ようかしらん……。
一応、よほどの使い手でもない限り、殺気や敵意を感じれば即座に起きることができる。戦場暮らしが長かったからな。前世で――。
そう思って、おれもシェリアを見習って荷物に寄りかかりうたた寝しようとした時――
ドンッ!
ガタンッ!
馬車の進行方向から爆発音が聞こえ、トムさんが馬を止めた。
「……なに?」
馬車が急停車した際にぶつけたのか、腰をさすりながら目を覚ましたシェリアがおれに問うてくる。
「攻撃魔法か何かのようだな。すぐ近くだ!」
御者代からトムさんが答えた。
前方に灰色の煙が一筋立ち上っているのが見える。
「レン!」
「レンちゃん!?」
「誰かが襲われているのかもしれない! 様子を見てくる。二人はここにいて!」
煙を見た瞬間に荷台から飛び出し、走り出す。
「ちょっ、待て! ああ、くそ! もう、何かあったらエナさんに何て言えばいいんだ!」
トムさんも飛び出そうとしていたようだが、おれが先に飛び出してしまったため空を仰いで罵倒している。
元冒険者として身体が反射的に動いたんだろうけど、そのお腹の出っ張りがアダとなったようだな! おれのほうが早かった!
結局、トムさんは馬車の残ることにしたようだ。
可愛い娘のシェリアを一人にはできないよね。
道を曲がり馬車が見えなくなると、左手の指先で呪紋を描く。
「《加速》!」
爆発的に走る速度が上がる。
身体強化系の魔法の一つ《加速》。文字通り、加速する魔法だ。大体、馬の全力疾走並の速さで走ることができる。走っているので疲れるからあまり長時間は使えない。今のおれの体力だと、4~5分程度しか持続できないだろうけど、爆発音は結構近かったし十分だ。
それに、最悪戦闘もあるとなると体力を残しておく必要がある。
魔法が使えることはもちろん、村の誰にも話していない。
《明かり》や《発火》といった簡単な魔法であれば、村の大人たちの何人かは使えるけれど、《加速》は身体強化系の戦闘用魔法。
この魔法を習得するには軍に入る必要がある。
ただの村人が使える魔法ではないので、トムさんやシェリアに見られるわけにはいかなかったのだ。
およそ2分ほど走ると、おれは足を止めた。
リッド村の馬車よりもはるかに大きく、そして装飾の施されている馬車が街道横の森の茂みに突っ込むような形で横転して燃え上がっていた。
先ほどの爆発はおそらく《火球》。
攻撃魔法としては一般にも知られた初級の攻撃魔法だが、爆発と火炎を伴い、戦闘用のものとしては非常に使い勝手の良い魔法である。
これはつまり何者かがこの馬車を襲撃したということだ。
しかも攻撃魔法を使用して――。
風が馬車の燃える焦げ臭い匂いとともに、前世で嗅ぎ慣れた、懐かしい匂いをおれの鼻へと運んでくる。血の匂いと、臓物の強烈な匂い。
咄嗟に道の横の茂みに飛び込み姿を隠す。
見える範囲には8人の人間と数頭の馬が倒れていた。倒れているものたちは、どこかの騎士なのだろう。みな一様に同じ装備を身につけていた。その馬たちには矢が突き刺さっている。
そして十数人の男たちが、倒れた騎士たちに止めを指しているのか、剣を突き立てていた。
「馬車の中にいる王女を引きずり出せ!」
男たちの中でよりガタイのいい男が命令した。
(――王女? それよりもあの男!)
見覚えがある。
戦場で何度か刃を交えたことがあった。ニメートル近い自分の身体と同じ長さの大剣を片手で軽々と操っているその男――確か、名前はビージャス。【豪剣】の二つ名を持つ、名の知れた傭兵だった男だ。
三度ほどその剣を折ってやった覚えがあるが……止めを差しきれなかったんだよな。
――ガサッ。
気づかれた!?
不意に近くに気配を感じ、護身用のナイフを抜く。
木々の合間から飛び出してくる女の子。
おれより更に一つ、二つ年下か。おれを見て、ぎょっとして立ち止まる。
「こんなところで死んでたまるものですか!」
右手を突き出し、一気に呪紋を描く――速い!
呪紋の展開速度が速い!
そしてあの呪紋は――
「《水竜弾》!」
竜を形作った、強固な城壁すら破壊するとされる、戦術級と呼ばれる水精霊系上級攻撃魔法が、おれに放たれた。
お約束の王女様登場です。次回は戦闘シーン…うまく書けるか自信がない。
次の更新は仕事のため、少し空きます。頑張れば元旦にできるかも……。