覚醒②
『《~~~~~~》』
まるで何か唄うかのように口ずさみ、『セファリア=ルーナディカ』が手を振った。
それに合わせてゴウッという音と共に、四つの激流が一本の太い水柱となっておれに襲いかかる。
「《呪紋閃》!」
合わせてこちらも《呪紋》を発動。
おれの《呪紋》の先から高熱を放つ光が正面から水柱へと迸り、互いの魔法が衝突。
どぉおんん!
大爆発。
耳がおかしくなるほどの爆音が轟き、視界を遮る蒸気。
「くぁあああああ!」
かろうじて、本当にギリギリのところで、おれの横を掠めて蒸気を突き抜けてきた激流が通過していく。
どごぉおおおおん!!
あっぶねぇ……
何て威力だよ。
村の外の森へと着弾した激流が、辺りの木々もろともに大地を抉っていく。
障壁系の魔法も使えるが、あれをまともに正面から受けたら、張った障壁ごと貫かれるな。
というわけで、貫通力を持った《呪紋閃》で逸らしてみたのは正解だった。
《呪紋閃》の《呪紋》によって蒸気と衝撃は遮られ、そこまで体勢も崩さずにすんだ。
距離を取っておいたのも正解だった。
シェリアたちは大丈夫だろうか?
見ると、シェリアは防御系の《呪紋》を使って、障壁を張っていた。
距離もあるし、あれで魔法のせめぎ合いの余波を防いだようだ。
ほっとしながら、霧状になった蒸気が徐々に晴れてきたその向こうに見えるセファリアへと目を向ける。
『~~~~~~~』
唄い続けるセファリア。
舞うように踊りながら、両手をゆっくりと頭上にかざす。
キラキラと日差しを反射して、氷の礫が彼女の頭上へと集まり――
無数の氷の矢となっておれへと飛来する。
魔法でも《氷矢》という呪紋が水精霊系の初級攻撃魔法としてあるが、人が生み出せる数を遥かに超えている!
でも、これくらいなら!
腰に帯びていた剣を抜き、自分に当たりそうな矢だけに限定して叩き落とす。
どんなに数があろうとも、人という大きさへと殺到できる数には限りはある。
それだけを取捨選択すればいい。
キ、キ、キィン!
甲高い金属音を響かせ、次々と撃ち落としていく。
ホント、この剣はよく頑張ってくれている。
もとは盗ってきたものなのに……これ、結構な名剣な気がしてきたぞ。
まあ、だいぶ刃こぼれがひどくなってきたけど。
あとで、ちゃんと研いでやろう。
氷の矢をどうにか凌ぎつつセファリアを見れば、今度はくるくると回りながら『~~~~~~~』唄っている。
「――っ!」
回りながら両手に拳大程度の水球を作り出し――右手から、左手から、次々と水弾を撃ち込んでくる。
《水蛇》――軌道を変化させながら飛んでくる、水精霊系の初級攻撃魔法の一つ。
《氷矢》の矢のように刺さるといった攻撃ではなく、水弾による衝撃でダメージを与える魔法だ。
真っ直ぐな《氷矢》とは違い、軌道が変化するため回避しづらい攻撃魔法だが、威力は人に殴られる程度のものなので、足止めに使用したりする魔法である。
とはいえ――さすがに精霊神が放つものを受けてみたいとは思わない。
結構な速さだが、剣では受けられないので避けていく。
バンッ! バンッ! と、地面に着弾して結構深く抉っていく水弾。
やっぱり、かなり威力が強化されている。
次々と飛来してくる水弾によって、おれの足元がどんどん水浸しに――水浸しっ!?
くるっと回るのをやめ、セファリアが右手を鋭く振り上げ――
「《砕破》!」
おれが魔法を足元に向けて放つのは同時だった。
と、同時におれは大きく後ろへと飛びすさる。
爆発音とともに泥が弾け、おれはその爆風を利用して跳躍した距離を稼ぐ。
そして、その瞬間におれが今までいた空間を、細い錐状になった氷柱が地面から幾つも生えていた。
《水蛇》によってできた水たまりの水を一気に凍結。錐のように鋭くし氷柱による攻撃。
危なかった――下手な剣より鋭いあれなら、骨だって貫きそうだ。
距離を開けることができたので、仕切り直すために息を整える。
『~~~~~~~』
凍結されなかった水たまりから、ずぶずぶずぶと水が盛り上がる。
人の大きさ程度まで盛り上がった水の塊は、ウネウネと蠢きながら徐々に透明なルーナディカの姿を造形し――
キィン!
右手の手首から先を細剣に変化させ、おれに一気に襲いかかってきた。
打ち込んできたのは以前にビージャスとの戦いで見せた二段突き。
こいつは、水精霊を召喚具現化したものか!?
ルーナディカの姿と技を複製しているようだ。
剣筋が彼女のものとほぼ同じ。
だが、ルーナディカの剣筋は一度見せてもらったし、そうでなくてもおれとルーナディカの技量の差は大きい。
姿勢を低くし、伸び上がるように突きを放ってきたところを、半身になって躱しざまに斬りつける。
放った突きで伸ばしきった彼女の右手下の脇腹から、おれの放った剣が食い込み――手応えなく胴を一文字に通過して左から抜けた。
「――っ!」
何となく予想はできていたが、やっぱりか!
水で造形されているのだから、生物のように斬っても意味はなさそうだ。
振り抜いたため、少し体勢を崩してしまっているが、幸い水ルーナディカもまだ体勢を戻しきれていない。
一度、距離を取り火精霊系魔法で蒸発させてしまうか。
と思った矢先――
突きの体勢からそのままおれの首元へ、横薙ぎに氷の剣を振ってきた。
かろうじて、横に身を投げ出すようにして躱す。
今のは危なかった。首筋には一筋傷が付いている。
受身を取って水ルーナディカを見てみれば、下半身は突きの体勢のままで、上半身だけをひねるようにして剣を振り切ったらしい。
上半身と下半身が別の方向を向いている。
気持ち悪い動きしやがって。
幼いとはいえ、整った容姿の本物のルーナディカを模写しているため、余計にその動きが気持ち悪い。
骨も筋もないのだから、人には不可能な動きは出来て当然か。
水ルーナディカが再び突っ込んでくる。
迎え撃とうと身構え――
『~~~~~~~』
視界の端に捉えたセファリアが、氷で作った槍を放つのが見え――
「ぐっ……」
左腕から鮮血が滴り落ちる。
斬撃は右手の剣で防ぐことができたが、水ルーナディカの背後からその腹部を貫いておれに迫った氷の槍は、気づいてはいたものの交わすことができず、仕方なく左手で弾くようにして叩き落としたのだが。
左手先の感覚がない。
やっぱり無理があった。
これで左手が封じられ、右手で剣を使いつつ《呪紋》を描くことができなくなってしまった。
打開策を見いだせないまま、おれは水ルーナディカとその向こう側にいるセファリアを睨みつけた。