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レンVSビージャス②

 パチパチと薪の爆ぜる音。

 火にかけられている小さな鍋には、おれが川で獲ってきた魚の身をぶつ切りにして放り込んだスープが、コトコトと煮えていた。


「ほら、これ飲んで」


「感謝を」


 ルーナディカはスプーンでスープを一口飲み、魚の肉を一口かじる。


「美味しい……」


「だろ? この魚は身がもっちりしているからな。しかも栄養も豊富なんだぜ?」


「何という魚なのだ? 初めて食べたぞ」


「レグって魚だよ」


「レグ? あれは臭みが強い魚であまり食べられないと聞いたことがあるが、全然そんなことないな」


「レグの臭みは皮の下にある血合いが出しているんだ。だから、こいつを捌くときは、鱗を取らずに少し身を削るようなつもりで皮を剥ぐ。で、残った血合いも綺麗に取り除けば、結構美味いんだ」


「レンちゃん、このトロっとしたのは?」


「それは、レグの浮き袋」


「へぇ……」


 おれたちはリッド村へと続いている街道から少し離れた場所で野営中。

 サリアが立ち去ったあと、尾けられていないことを確認しつつ、おれは宿へと急いで戻り三人と合流。

 すぐに宿を発った。

 急いで旅立ったため、腹ごしらえもできず、そこで川から魚を獲ってきておれが調理した。

 

「レンちゃん、こういう料理も作れるんだねぇ。どうして普段から作らないの?」


「おれが作れるのは野営料理だからな。ちゃんとした料理なら、母さんやシェリアの作った料理のほうが美味い」


 美味い料理を作ってくれる人がいるなら、食べるだけのほうが楽だからな。

 今日はしかたないけど。

 スープを飲んでいる二人を見る。

 シェリア、ルーナディカ共に憔悴がひどい。

 さっきから、少しの葉擦れの音にも必要以上にビクッと震え、今もスープを飲みながらもその視線は森の木々の合間をさまよっている。

 無理もない。

 命を現在進行中で狙われているのだから。

 ちなみに魔法で傷を癒したとはいえ、血を多く流しているトムさんはすでに横になっている。

 魔法では体力までは回復しないからな。

 

「ふぅ」


 スープを全部食べ終えて、ルーナディカが一つ息を吐いた。

 レグの骨で出汁を取り、塩と香草で味付けしただけのスープだったが、綺麗に食べてくれたし、おれは少し安心した。

 食事は重要だ。

 特に命を狙われているいま、二人とも食欲はあまりなかっただろう。

 でも、いざという時に空腹では何もできない。

 だから肉を使ったスープではなく、食べやすい魚を使ったスープを作って二人に食べさせたのだ。


「落ち着いた?」


「うむ。レンには助けられてばかりだな。そなたには感謝の言葉しか出てこない」


「まあ、拾ってしまった以上、面倒は見るよ。それでルーナはこれからどうするんだ?」



 おれたちはすでにレン、シェリア、ルーナと呼び捨てにしていた。

 いちいち、畏まるのも面倒だし。

 って、もともとおれ、畏まってなかったけどね!


「そなたたちの村を経由して、お祖父様の住んでいる屋敷へ帰ろうと思う」


「お祖父様というと?」


「先代の国王陛下のイルファン様?」


「うむ。わたしをここまで育ててくれた。お祖父様のいるファボニアの街はここからだと、馬で二週間くらいだ。それで、その、相談なのだが……」


 尻すぼみに声が小さくなり、ルーナディカが上目遣いにおれを見た。


「ああ、わかったよ。ファボニアって街まで送ってくよ」


「本当か!?」


 パッとルーナディカの顔が輝く。

 

「まあ、さすがに女の子を一人放り出すわけにはいかないだろ」


 それに、サリアの件もあるしね。


「わたしはお父さんが心配かな。一緒についていけないよ、ルーナちゃんごめんね」


「良い。わたしのほうこそ、そなたの父に怪我を負わせてしまった」


「ああ、はいはい。やめやめ! 暗くなっちまうだろうが」


 おれは手を叩くと、シェリアとルーナディカの謝罪合戦を止める。


「もうこうなってしまった以上、おれたちゃ一蓮托生だ。まずはリッド村で準備を整える。それから、旅の準備をしてファボニアへ向かう」


 おれは立ち上がると、荷馬車の荷台から毛布を二枚取り出す。

 

「だから、今日はもう寝とけ。いろいろあって疲れたろ?」


「え、でもレンちゃんは?」


「おれは見張りしてるよ。前世じゃ、二日や三日の徹夜なんて当たり前だったんだ。お前らは寝た寝た」


「バカを言うな。そなただけ見張りをさせるなど……」


「うるさいうるさい。それに、おれを舐めるなよ? これでも転生前と合わせたら、おまえらよりも経験年齢は遥かに上なんだ。いいから寝とけ」


「……おっさん?」


「誰がおっさんだ!」


 シェリアの頭に軽く拳を落とす。


「いったぁ。わかったよ、ルーナちゃん寝よ?」


「しかし……」


「いいから、いいから」


 うん、こういうときはシェリアは頼りになるな。

 渋るルーナディカを無理やり横にさせると毛布を被せる。


「イタズラしないでね?」


「するか!」


 掛けた毛布から目元だけ出し、悪戯っぽく微笑むシェリアに石を投げるフリをする。


「ふふ、おやすみ。レンちゃん」


「……おやすみなさい」


「ああ、二人ともゆっくり寝てろ」


 横になった二人はすぐに寝息を立て始める。

 相当疲れていたようだな。


 おれはパチパチと火の粉を上げる薪をじっと見つめる。


 サリア――九天(くてん)が動いているということは、ルーナディカを殺すことは皇国の意思だ。

 ファボニアにいるというこの子の祖父にも、何らかの圧力がかかっている可能性がある。

 それに、この子の内に宿っているという高位の存在。

 これを宿すために行った《禁呪》は、二十年前から準備されていたもの。

 当時の国王だった彼女の祖父が、関係している可能性もある。

 

「はあ、何にしろ面倒くさいことになってきたな」


 おれはぼやくと、新しい薪を火の中に突っ込んだ。








ルーナディカが《水竜弾》で抉った裂け目を過ぎ(地下水が湧いたのか、細長い池ができていた)、リッド村まであと少しといったところ――


「シェリア、御者を替わってくれ」


「いいけど、どうしたのレンちゃん?」


 荷台で横になったままのトムさんに付いていたシェリアが、荷台から不思議そうに身だけ乗り出してきた。


「お客さんって奴さ」


 はあ、そういえばこいつもいたんだっけか。


「よう、小僧。待ってたぜ」


 抜身の大剣を担ぎ、ビージャスはクスクスと笑いながら道の真ん中に立っていた。


 おれも剣を掴むと馬車の御者台から飛び降りる。


 あっ、そういえばこの剣、どさくさに紛れて結局そのままもらってきちまった。

 まあ、元々支払いに戻る気もなかったけど。


「よく、ルーナが戻ってくると思ったな」


「まあな、どうせ王都まで行っても、戻ってくることになっていただろうからな」


 笑いながら、ゆっくりとこっちに歩いてくるビージャス。

 その目に宿る色は狂気。


 ほんとにコイツは狂ってやがるな。


 それと、こいつのセリフからビージャスの雇い主は王宮関係者ぽいな。

 おおかた、皇国によってルーナディカを殺されてしまう前に、自分たちの手で始末して後に皇国から難癖をつけられても、知らぬ存ぜぬを貫こうとしたといったところかな。


「シェリア、先に村に行ってくれ」


「大丈夫? レンちゃん」


「村についてもこいつの仲間がいるかもしれないから、気をつけるよ? いざとなったら馬車で逃げるんだ」


「うん、わかった」


 シェリアが馬車をビージャスの横を通るように進路を取る。


「安心しな。もうおれの仲間はいねぇさ。だがな、むざむざこのおれがターゲットを逃がすと思うか?」


 大剣を構えるビージャス。

 狙いは――馬か!


「ビージャスっ!」


「むっ!」


 おれが放った投げナイフ。

 それを大剣で弾く間に、シェリアの駆る馬車がその横を通り抜けた。


「ちっ、まあいい。小僧を殺してしまえば、あんなお姫さん。どうとでもなる……ふっ、フハハハハ!」


 笑いながら、馬車から視線を外し大剣を担ぎなおすとおれを見るビージャス。

 

「最も新しき遺失魔法《呪紋閃》と《神移》の使い手。てめぇがあの英雄の糞野郎の弟子だか何だか知らねぇが、今のおれにとっちゃ、あのお姫さんよりもてめぇのほうに興味がある」


おれはゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込むとゆっくりと息を吐く。

 右手の剣。

 武器屋で適当に持ってきた、並の品質の剣だったけど徐々に握りが馴染んできた。

 おれはゆっくりと目を開き――


「むっ!」


 それまで大笑いしながら、おれに余裕ありげに近づいてきていたビージャスが後ろに飛び退り、大きく間合いを取る。

 先程までの締まらない笑顔から、真剣な顔つきに表情が変わった。

 おれが放つ殺気を浴びて――


「勘違いするな、【豪剣】のビージャス。おれは英雄の弟子でも何でもない」


「大した殺気だ。ほんとにその年齢で大したものだ。だが――」


「面白いものを見せてやるよ、ビージャス」


 おれはビージャスの言葉を遮ると、剣を持っていない左手で呪紋を描く。


「《幻装》!」


「な、あ、おまえは……」


《幻装》――効果としては、自らの姿に幻を重ねて幻覚を見せる魔法である。

 外見だけを幻で包んでいるため、能力が変わるというわけではないが、ビージャスはおれのその姿に目を剥いていて驚いていた。


「馬鹿な……馬鹿な……なぜ、なぜ!? なぜ貴様がここにいる!」


「久しぶりだな、【豪剣】ビージャス。もっとも短い付き合いになるとは思うけどな」


 白い――真っ白い特別しつらえの軍衣を着た二十代後半の年頃の青年。

 前世でのおれの姿。

 アークライト・ウィンズベル。

 

「【真紅の悪夢】、【聖皇女の剣】……いや、奴は死んだんだ。あっけなく……無駄だ! 幻でおれを騙そうとしてもそうはいかんぞ!」


「幻なのは正解だけど、本人だよ」


 おれはゆっくりとビージャスと間合いを詰める。


「魂だけ転生したのさ。風のリーシェ様は輪廻転生も司ると神殿で聞いてたけど、転生ってのは本当にあるんだな」


「く、本物だとしてもおれは貴様に敗れたあとも十七年も鍛錬した! 貴様を超える!」


「強くなったのは認めるよ。だけど、決着をつけようか、ビージャス。今のお前でもおれには勝てない」


「ぉおおおおおおおおお!!!!」


 大剣を振りかぶり、おれを一気に両断せんと突進してくるビージャス。

 その速さは以前戦ったよりも断然鋭かったが――


「《神移》!」


 おれは一瞬でビージャスの背後に回り込み、剣を突き刺した。


 ちなみに『レグ』という魚は『ボラ』をイメージしています。ただ、『ヘソ』や『カラスミ』はめんどくさかったので、『浮き袋』を食べさせています。ちなみに浮き袋は『にべ』という魚の浮き袋のイメージ。

 ニベの浮き袋をフライにしたらトロっとしてて美味いんです(笑)。

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